第82話:継承
「――――さん、―――ダさん、―ムダさん、ラムダさん! 起きて、起きてよ……ラムダさん……!!」
「――――ノア……!」
気が付いた時、俺はノアに膝枕をされて神殿の入口で横たわっていた。
アズラエルとの死闘、そしてシータ……母さんとの別れ――――その後、アズラエルの爆発による爆風に巻き込まれた俺は地上に落下したらしい。戦いの反動で身体はボロボロで、指一本動かすのも億劫なぐらいに……疲れていた。
「ノア……俺……」
「………………ばか」
ノアの口からぽそりと漏れた俺への罵倒――――それと同時に、俺の顔に降り注ぐ温かな雫……あぁ、ノアの涙だ。
「ばか……ばか……ばか、ばか、ばか、ばか、ばか、ばか、ばかぁ!! 心配……したんだからぁ……!! あぁあああああん!!」
「ノア……」
涙をボロボロと流しながら、両手で俺の胸をぽかぽかと殴るノア――――俺の悪い癖だな、女の子を泣かせてしまうのは。
「ラムダさんが居なくなったら……私、生きていけないよぉ……!!」
「ごめん……心配かけた……本当に、ごめん……!」
「ラムダさん……ラムダさん……ラムダさん……うぅ、うぅううう……!!」
少しつらいけど、身体を無理にでも起こしてノアを抱きしめる。花のような甘い匂い、さらさらと流れる髪の触感、ほんの少しだけひんやりとした体温――――ノアの身体から伝わる命の鼓動が、俺に“生”を感じさせる。
あぁ……俺が護りたいもの、俺が生きたいと思える理由。それが、君だ。
「どこにも行かないで……もう、私を独りぼっちにしないで…………私の手を……放さないで……!!」
「分かっているよ……ノアの手は放さない…………約束したんだ……母さんと……!」
「あぁ……おかえりなさい…………ラムダさん」
「ただいま……ノア」
ノアを抱きしめて自分の“生”を実感する俺と、俺を抱きしめてその無事に安堵するノア――――運命共同体、共依存、それが……俺たちの関係。
ノアが居なければ俺は“騎士”では無く、俺が居なければノアはこの世界では生きてはいけない――――もう、放れられない。俺は、君を放したくない。
だから……俺は、ノアの全てが――――欲しい。
誰にも渡さない、誰にも取られたくない。
「ノア……」
「ラムダさん……/// だめ、こんな所で……恥ずかしいです……///」
「俺の……帰るべき居場所は、ノア……君の所だけだ」
「ラ、ラムダさん/// あれ……これもしかしてチャンス……? イケる……イケちゃう……?」
――――何が“イケる”んだ?
ノアの顔を見れば……赤く上気こそしているものの、少し期待に満ちた瞳をしている。何かを待っているようなキラキラとした瞳が、俺をじっと見つめている。
さっきまでの泣き顔はどこにいったのだろうか……?
「ラムダさん……私…………ラムダさんの事が――――」
「ラムダ様ー! ラムダ様ーーっ!!」
「…………オリビア!」
「あぁ、もう! あとちょっとだったのに……!」
頬を赤らめてノアが天使のような……いや、あのアーティファクトじゃなくて、おとぎ話に出てくる本物の『天使』のような無垢な顔を俺に極限まで近付けた時だった――――神殿からオリビアが血相を変えて走ってくるのが見えたのは。
涙ぐみながら走るオリビア――――きっと、彼女も俺を案じて気が気では無かったのだろう。オリビアだってメメントに散々痛めつけられただろうに、そんな事どこ吹く風と言わんばかりに俺の名前を叫び続ける。
そして――――
「退いて、ノアさん!」
「ぐぇ!? 無理やり引っ張らないで……ギャア!? 振り向けざまにオリビアさんのおっぱいが私の顔にぃーーーーッ!?」
「あぁ、ラムダ様……よくぞご無事で…………!」
「おい、オリビア……何を…………ッ///」
「アーーーーッ!! またオリビアさんがラムダさんにキスしたぁあああああ!?」
――――膝をついてノアを強引に押し退けた(と言うより、胸を使って弾き飛ばしたが正しいが)オリビアは、そのまま俺の頬を両手で押さえると躊躇う事なく唇を重ねてきたのだった。
「待って、オリビア…………むぉ、し……舌を……///」
「しかもベロチューだぁああああ!? いやぁーーッ、オリビアさんが積極的過ぎるぅうううう!!」
舌を絡ませてまで俺と口付けをするオリビア、その光景に頭をかかえて悶絶するノア――――あぁ、いつもの光景だ。
「――――ぷぁ……オリビア…………その、積極的やしないか……///」
「…………良かった…………ラムダ様がご無事で…………良かった……!!」
「…………心配かけて……ごめん」
「はい……とっても心配しました。責任、取ってくださいね……♡」
「やめろオリビア……俺の顔を胸に埋めさせるな///」
「うぅうう……オリビアさんが恋愛強者すぎる……シクシク……ラムダさんは無自覚な女誑しだし……はぁ……『惚れた方の負け』とはよく言いましたねぇ…………んっ! あの剣は……!」
大きな胸を俺の顔に押し付けるオリビア――――息ができない。けれど……あぁ、生きて帰って来れたから、こうしてノアともオリビアとも触れ合える。
生きてて良かった……ありがとう、母さん。
「オリビア……懐かしい人に会えたんだ」
「ラムダ様……それって……!!」
「シータさん……俺の…………本当の母さんに……!!」
「シータさ――――はい……? 母さん……?? お母さん!!?」
懐かしい思い出の人、愛しき我が騎士――――俺を産み、育て、愛してくれた……本当の母親。
父さんに買われて、身体を重ねて、身籠って、そして……騎士から“母”となった、黒い髪と蒼い瞳の天使――――シータ=カミング。
「俺の……自慢の騎士で、自慢のメイドで……自慢の…………母さんに…………また会えたんだ……オリビア……!!」
「ラムダ様……」
「オリビアちゃんを幸せにしてあげてって……俺に…………言ってたよ」
「シータさん……あぁ……良かった……良かった……!!」
辛く悲しい思い出が、温かな優しい思い出に変わっていく――――母さんと共に過ごした日々が、鮮やかに彩られていく。
やっと……やっと……俺とオリビアは、過去の柵から解き放たれた。
母さん……やっと、俺は未来に向けて歩いていけるよ。
「ラムダさん……この剣、アズラエルが使っていた……対艦刀【ストームブリンガー】だよね……?」
「――――あっ、本当だ……アズラエルの爆発前に落ちてたのか……!」
オリビアと笑いながら泣いていた時に聴こえたノアの声――――彼女の方に視線を向ければ、そこにはアズラエルが振り回していた大剣が地面に深々と突き刺さっていた。
対艦刀【ストームブリンガー】――――巨大な船を斬り裂く剣のアーティファクト。碧い宝石のような刀身が印象的な大剣。
きっと、母さんが残してくれたんだろう――――そう確信して、俺はオリビアに支えて貰いながら立ち上がって【ストームブリンガー】に近付いて行く。
「ラムダ様……大丈夫ですか……?」
「平気……いや、【破邪の聖剣】にも怒られたな…………やっぱり、少しだけ疲れたよ、オリビア」
「なら、遠慮なくわたしの身体を使ってください、ラムダ様…………わたしの身体は、貴方の為にありますから♡」
「地味な正妻アピール……!! くそぅ……やっぱり、オリビアちゃんに勝つためには……思い切って脱ぐしか……!!」
ノアの戯言はともかく、オリビアに支えられて俺は地面に刺さった【ストームブリンガー】に手を掛ける。
母さん……貴女の『生きた証』を俺に……。
『遺物――――認識。対戦艦斬撃兵装【嵐をもたらす者】――――認識。アズラエル及びシータ=カミングの消滅による保有権限の放棄――――認識。スキスキル【ゴミ拾い】効果発動―――所有者をラムダ=エンシェントに設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調率最適化――――完了。拾得物に記憶された技量熟練度及び技能の継承――――完了。技量スキル【剣術:Lv.10】【直感:Lv.10】【底力:Lv.10】、固有スキル【煌めきの魂剣】取得――――完了』
母から子へ――――想いは継承される。
それは、俺の母さんが残してくれた……最後のプレゼント。
「ありがとう……母さん……!」
「母さん……?? 何の事……? なんでラムダさんもオリビアさんもそんなに嬉しそうなの!? こらー、ノアちゃんを仲間外れにするなーーッ!!」
右手に【ストームブリンガー】を持って、空に消えた天使を想う――――母さん、俺はきっと立派な騎士になってみせる。
たとえ女神様が俺を【ゴミ漁り】だと罵ったとしても――――貴女の意志を、俺は継ぐ。
だから――――どうか見守っていてください。
「母さん……」
「――――ラムダ卿、後ろ!!」
「……トリニティ卿!? いったい――――」
「ラムダ……エンシェントォオオオオオオ!!」
「――――なっ!? メ……メメント!? まだ生きて……!!」
そんな母を憂う俺を襲う事態――――トリニティの警告と共に俺の背後に現れたのは、アズラエルの斬り捨てられた筈のメメント。
完全に切断されて下半身を失い、断面から粒子になって消えていく身体、眼も完全に血で染まりきり、それでも上半身だけで浮かび右手に大鎌を掲げる――――もはや、“執念”のみで俺を付け狙う死神の、最期の悪足掻き。
「アァアア……アァアアアアア!! 私はタダでは死なぬ……お前を……お前の女も……道連れだ……アァアアアアア!!」
「正気を保てていない……!? メメント、どこまでも醜い奴め!! あぐッ……身体が……動かない……!!」
「だめ……ラムダ様、もうお身体が……!!」
「やめて、メメント!! ラムダさんを傷付けないで!!」
「アハハ……アハハハハハハハハ!! 共に……美しき……甘美なる“死”をォオオオオオオオオ!!」
振り上げられる大鎌、手にした【ストームブリンガー】すら満足に上げれない俺の身体――――ふざけるな……俺は良い…………だが、ノアとオリビアを傷付けるのは……許さない。
メメントの大鎌は俺はおろか、ノアやオリビアまでもを刈り取らんとしている……護らなきゃ、俺が護らなきゃ誰が護る。
母さん……俺に力を。
ノアとオリビアを護る力を……俺に。
「…………【自動操縦】開始……!! 固有スキル……【死への戒め】……【煌めきの魂剣】――――発動ッ!!」
「あれは……シータさんの……!!」
ノアとオリビアの盾となりて、俺は左手に剣を携える――――蒼い剣、我が母の二つ名……“魂剣”の由来となりし“魂の剣”。
あの冬の日のように――――俺は、死地へと馳せ参じる。愛しい人を護るために。
「死ね――――ラムダ……エンシェントォオオオオオ!!」
「俺の……俺の……俺の……!! 俺のノアとオリビアに、手を――――出すなぁあああああああああッ!!」
「「“俺の女”宣言、来たーーーーッ♡♡♡」」
「――――――カッ…………!?」
左腕の【自動操縦】に全てを懸けて、俺は剣を振るう。
死神の鎌よりも疾く、軽やかに、鮮やかに――――蒼い剣閃は【死の商人】の首を討ち取り、悪しき者に相応しき“死”を与える。
「ラムダ……エンシェントォ…………」
「あの世で自分が殺した全ての人に懺悔し続けろ……メメント……!!」
「あぁ……ぁぁ……――――――」
消えゆく執念、砕かれた野望、悪徳への報い――――グランティアーゼ王国を蝕み続けた【死の商人】……死神メメントの最期。それは余りにも呆気なく、正しく『因果応報』と言える惨めな最期であった。
弱々しいうめき声を漏らしながら粒子になって消えていったメメント――――こうして、【死の商人】は討ち取られ、彼女が織り成した“死”の演劇は幕を下ろした。
数多の“死”が螺旋となりし悲しき演劇――――その舞台に、せめてもの安らぎを。
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