第794話:スペルビアの謀略
「ぐっ……うぅ…………」
「まだ息があるか、サジタリウス……」
――――戦艦ラストアーク、格納庫。魔剣によって重傷を負い、床に這いつくばるように倒れたウィルをスペルビアは冷めた様子で見下していた。
艦内で最も大きな空間である格納庫には、強襲要塞トロイメライや“鋼鉄巨兵”ネオ・ヘカトンケイルの装甲、調整中の“天空神機”ウラヌスが格納されている。
「ウ、ウィルさん、しっかりしてください!」
「ノア……ラストアーク……!」
そして、“天空神機”を調整していたノアの姿も。パイロットスーツに身を包んだノアは格納庫の壁を突き破って倒されたウィルの側に慌てて駆け寄ると、傷を負って倒れたウィルに必死に呼びかけ始めた。
そんなノアの姿をスペルビアはほんの数秒、静かに眺めていた。殺気も無く、ただ見つめていた。
「スペルビア……まさかラストアークに直接殴り込みを掛けるなんて……!」
「………」
「狙いは分かっています、私でしょう? たった一人の為にウィルさんをここまで痛めつけるなんて……!」
ノアは拳銃を取り出すと、ウィルを庇うようにスペルビアの前に立ち塞がった。銃口をスペルビアに向けて、狙いは自分なのでしょうと問うて。
それでもスペルビアはなんの反応も示さず、ただ自分に立ち向かおうとしているノアを黙って見つめていた。
《スペルビア様、目的を忘れては駄目なのだ》
しかし、頭部装甲に響いたエージェント・アウルの諫言でスペルビアは我に返った。思い出したのだ、自分の目的はノアを見つめる事はないと。
自分に向けて銃口を向けるノアに対して、スペルビアは四肢に僅かに力を込めて、彼女を害する事を静かに決める。
そして、ノアが身構えた次の瞬間――――
「悪いな……少し眠っていろ」
「えっ……ッ、ぐえッッ!!?」
――――スペルビアの膝がノアの腹部にめり込んだ。
ノアの細い首を左手で鷲掴んだスペルビアはそのまま腹部目掛けて膝蹴りを見舞い、合金の装甲に覆われた膝を腹部にめり込まされたノアは口から胃液を吐き出しながら苦悶の表情を浮かべた。
「うっ……おえ……!?」
「今はお前と問答をする気もないし、お前が起きていると何をされるか分からんからな。そのまま眠っていろ」
「お、女の子に……酷い…………」
一瞬の出来事だった。腹部の激痛に耐えかね、ノアはスペルビアに攻撃されて十秒も満たない内に気絶してその場に倒れてしまった。
スペルビアはノアを危険視していた。彼女に自由を許せば、隠していた手札で自分が窮地に陥る事を理解していたのだ。故にスペルビアはノアを即座に無力化していた。
「エージェント・アウル、対象を捕獲した。トルーパーたちの様子を報告せよ」
《艦橋制圧部隊は目的地まで到達しましたが、グラトニスの抵抗でほぼ壊滅状態。艦内制圧部隊もラストアーク騎士団の反撃で制圧率40パーセントに留まっているのだ》
「そうか……まぁ予想通りだな」
ノアを抱きかかえて、その華奢な身体を左肩に乗せたスペルビアはエージェント・アウルに戦艦ラストアークの制圧状況を確認する。
状況はアロガンティア帝国軍の不利、グラトニスや艦内で待機していたラストアーク騎士団の激しい抵抗に遭い、帝国軍は苦戦を強いられていたのだ。
《クハーッハッハッハ! 残念じゃったな、スペルビアよ。この儂をあんな雑兵で止めれると思うたか?》
「わざわざ私を放送で煽るか……相変わらずだな」
《お主の正体はもうわかっているぞ、スペルビアよ。ノアは連れて行かせん。待っておれ、すぐに格納庫に乗り込んでやるのじゃ!》
格納庫にグラトニスの声が鳴り響く。艦橋に迫った兵士を尽く返り討ちにしたグラトニスは、スペルビアの居る格納庫へと乗り込もうとしていた。
だが、スペルビアは特に動揺しない。彼は最初から引き連れた帝国兵たちが自分の期待に応えるとは思っていなかったからだ。故に、スペルビアは懐からトリガー式のあるスイッチを取り出した。
「ルクスリア=グラトニス……私は目的を果たす為なら手段は選ばない。どんな手を使ってでも目的を果たす」
《……? だからなんだと言うのじゃ?》
「私が連れてきたトルーパー共は“戦力”ではない。ただの“爆弾”だ。その身に攻城戦に用いる強力な火薬を詰め込んだな……」
スペルビアが取り出したのは起爆スイッチ。彼が戦艦ラストアークに侵入させた五十名の兵士に埋め込んだ爆弾を一斉に爆破する為の。
その事実を知った瞬間、格納庫にグラトニスの慌てふためく声が響いた。
《ホープ、リヴ、シャルロット、今すぐに伏せるんじゃ! 小奴らは人間爆弾にされておる!!》
「ではな、グラトニス……さようなら」
《くっ、貴様ぁ……この悪魔が……ッ!? の、のわああぁぁああああああッ!!?》
スペルビアが起爆スイッチのトリガーを押し込んだ瞬間、グラトニスの悲鳴と爆発音が響いて艦橋からの音声は断絶した。
そして、同時に艦橋と居住区間から激しい爆発音が響き渡り、戦艦ラストアークは内部で発生した衝撃で激しい揺れに包まれていた。五十名の兵士が、生者も死者も含めて纏めて爆発したからだ。
「これでラストアーク騎士団は頭脳を全て失った。これで瓦解は免れないだろう。エージェント・アウル、このまま対象を連れて帝都ゲヘナに帰還するぞ。帰投の準備をしておけ」
《バル・リベルタスの殲滅は如何しますか?》
「エージェント・ブレイヴ、エージェント・ハートにキリの良いところで撤退させろ。あぁ、それと……アリステラ=エル=アロガンティアに“招待状”を贈るのを忘れさせぬようブレイヴに伝えておけ」
《イエス、ユア・マジェスティ!!》
艦内で起こった大爆発の影響か、スペルビアを追って格納庫に現れる者は居なかった。ノアを連れたスペルビアは格納庫の搭乗口を侵入時と同じ方法で無理やり開き、外へと続く脱出経路の確保に成功する。
「念の為に格納庫内のアーティファクトを潰しておくか……。万が一、反撃に出られても厄介だからな」
脱出、ノアの誘拐を確実なものにしたスペルビアは格納庫を見渡し、右手に握った魔剣に魔力を集束させていく。格納庫内の“天空神機”や急襲要塞トロイメライを破壊し、後顧の憂いを絶っておくためだ。
《ノア=ラストアークの失神を確認。“天空神機”ウラヌス、自動迎撃モードに移行します》
「むっ……!?」
《機密保持の為、ノア=ラストアーク及び敵対者を強制排除します。“フォトン・ライフル”起動……》
だが、そんなスペルビアを阻もうとするものがあった。格納庫の壁に固定されていた“天空神機”だ。ひとりでに動き出した巨大人型兵器は大型のビームライフルを装備すると、スペルビアにその銃口を向ける。
ノアが万が一自分に何か危機が訪れた時に発動する迎撃プログラム。それが“天空神機”を動かしたものの正体だった。
「やはり何をされるか分からんな……」
事前に仕込まれたノアの罠。それに対して心底呆れたような声を漏らして、スペルビアはすぐ真後ろに開かれたハッチへとつま先を向ける。
そして、“天空神機”が発砲すると同時にスペルビアはハッチへと飛び降りつつビームを回避、そのまま戦艦ラストアークから脱出して甲板の強襲艦に向かって飛んでいくのだった。




