第793話:ウィル=サジタリウス VS. スペルビア -Duel of Destiny-
「クックック、すぐに楽にしてやる……!」
「できたら良いね、皇帝陛下殿……!!」
――――戦艦ラストアーク中央連絡通路、アロガンティア帝国軍による侵攻が進む中、ウィル=サジタリウスと皇帝スペルビアの戦いは勃発した。
スペルビアが振り下ろした魔剣を狙撃銃の銃身で受け止めながら、ウィルはブーツに装備した小型噴射器を起動する。
「よっと……!」
「ふん、腰抜けが……」
噴射器を噴射したウィルは輸送列車の屋根から後方へと跳躍。スペルビアを視界に収めつつも距離を離していった。
「固有スキル【不死殺しの銀の弾丸】――――発動。寿命“100秒”と引き換えに徹甲弾を精錬。精製数30……寿命は使い惜しまないよ」
連絡通路を浮遊しつつ、ウィルは左手に狙撃用の弾丸を精製していく。
ウィル=サジタリウスの固有スキル【不死殺しの銀の弾丸】――――術者ウィルの“寿命”を弾丸に変換する“魂喰い・自壊”と同質の性質を持つ術式。これによりウィルは既製品の弾丸の使用を排し、より強力な弾丸を自らの寿命が尽きぬ限りは弾数を気にせず戦える。
普段使用する“寿命1秒”の弾丸よりも威力、消費寿命も十倍な高性能の弾丸を精製して狙撃銃に装填し、ウィルは輸送列車の屋根で佇むスペルビアに狙いを定める。
「光穹ケイローン、穿て――――“流星”!!」
狙撃銃の引き金を引いた瞬間、眩い発火炎と共に一発の銃弾がスペルビアに向かって撃ち出される。
弾丸はウィルの寿命を100秒消費して作られた分厚い鋼鉄すら容易く貫通する徹甲弾だ。それをウィルはスペルビアの心臓に寸分の狂いもなく放っていた。
だが、音速を超える弾丸を――――
「くだらん。芸が無いぞ、サジタリウス……」
――――スペルビアは容易く切り払った。
スペルビアは慌てる様子もなく、右手の魔剣で目の前の空を軽く薙いでウィルの弾丸を切り捨てた。魔剣によって砕かれた弾丸が粒子になって周囲に霧散し、ウィルが費やした寿命が無意味に消えていく。
「参ったね……おじさんの寿命をあっさりと切り捨てられたら流石にショックなんだけど……」
「どうせ死ぬのだ、この私を相手に一秒でも長く生き延びる努力でもしたらどうだ? まぁ、貴様とのお遊戯に付き合う暇は無いから、すぐに息の根は止めてやるがな……!」
「そうだね。じゃあ一秒でも長く生き延びれるように抗わせて貰おうかな。光穹ケイローン、付き合ってくれよ」
だが、スペルビアの剣技を目の当たりにしてもウィルは一切退くことはなく、彼は狙撃銃を構えるとスペルビアではなく中央連絡通路の彼方此方に向かって銃弾を次々と発泡していった。
「これは……最初にやった跳弾か……」
撃ち出された銃弾は壁や天井に衝突すると同時に反射、甲高い反射音を響かせながら軌道を変えて飛んでいく。反射しても弾丸の威力や速度は殆ど減衰しない。これは自らの“魂”を弾丸の触媒にするウィルが意図して組み込んだ『撃ち抜きたい対処のみに殺傷力を発揮させ、それ以外には別の特性を発揮させる』という性質だ。
数秒の内に撃ち出された十発の弾丸は何度かの反射を繰り返し、発砲の誤差を微調整し、スペルビアを四方八方から同時に襲い掛かる。
「これなら……!」
直撃すればスペルビアの装甲を貫通する。それが四方八方から同時に迫りくる。スペルビアは防御するしかない筈だとウィルは考えていた。
そして、ウィルは狙撃銃の引き金に指を掛けて、スペルビアが跳弾を防御する瞬間を待った。その瞬間に狙いを定め、渾身の一発を叩き込む為に。
「言っただろう……付き合う気は無いと!」
だが、スペルビアは迫りくる弾丸を切り払おうとはせず、斜め上に大きく跳躍して迫りくる十発の弾丸をかいくぐってウィルへと距離を詰め始めてきたのだった。
「なっ……軌道が読まれた!?」
「私の眼は高度な演算装置だ。お前が撃った弾丸の軌道も、どこを抜ければ無傷で突破できるかも、容易に割り出せるのさ……」
「――――ッ!!」
「私を貴様等のようなただの“強者”だと思うな。私は貴様等よりもさらに上の領域に立っている」
「どおりで帝都が落ちる訳だ……くっ!?」
離した距離をスペルビアは一瞬で詰め、彼は魔剣を空中に浮かぶウィルに容赦も躊躇いもなく振り下ろした。ウィルは咄嗟に狙撃銃の銃身で防御、傷を負うことは避けた。
「そのまま床を舐めていろ……!」
「しまっ……うあッ!?」
しかし、ウィルはそのまま連絡通路の床に向かって叩き落されてしまった。数メートルの高さから勢いよく床に叩きつけられ、何度も床をバウンドしながらウィルは転がっていく。
くたびれた中年男性には堪える激痛がウィルを襲う。如何に彼がかつては優れた戦士であったとしても、老化による肉体の衰えは容赦なくウィルを蝕んでいた。
「いたた……昔はこれぐらい平気だったのに……」
「寄る年波には勝てんようだな、サジタリウス。聖女ティオ=ヘキサグラムに“成長の阻害”を解いて貰ったツケだな」
「これは……僕が自分で望んだ道だ……!」
「その選択で貴様は私に殺される。選択を誤ったな、ウィル=サジタリウス! 永遠の処女である事を選んだリブラⅠⅩを見習えば、まだ希望もあったろうに!!」
痛みに悶えるウィルを嘲笑いながら、スペルビアは脚部の装甲に備えた推進器を噴射して一気に床に向かって加速する。
ウィルに完全にトドメを刺すためである。敵の接近に気が付いたウィルが撃ち出した弾丸を左手で握り潰しつつ、右手の魔剣の刀身を金色に発熱させてスペルビアは迫りくる。
「自らの選択に殺されろ、サジタリウス」
「それは……自己紹介かな、スペルビア?」
スペルビアが吐く嘲笑を鋭く跳ね返しながら、ウィルはスペルビアが振り抜いた魔剣を狙撃銃の銃身で受け止める。
「ほざけ……!!」
スペルビアはウィルの命脈を断つ為に魔剣を何度も振り抜き、その度にウィルは老いた身体を必死に動かしてスペルビアの猛攻へと喰らいつく。
右腕を狙った斬撃を受け止め、左肩を狙った斬撃を受け止め、心臓を狙った刺突を受け止め、胴を狙った斬撃を上体を逸らして躱し、ウィルはスペルビアの攻撃を捌き続けた。
「おじさんだってね、眼には自信があるんだよ」
狙撃手として培われた脅威の動体視力と空間認識能力。それがウィルの『老化による肉体の劣化』を補っていた。スペルビアの斬撃を初動段階で見切ったウィルは、まるで未来予知のようにスペルビアの攻撃に自身の防御を挟み込んでいた。
攻防は一進一退、魔剣と狙撃銃がぶつかる音が連絡通路内に幾度となく響き渡る。
「思っていた以上に粘るな……」
「おじさんを舐めたツケだよ、スペルビア」
スペルビアはウィルの脅威の粘りにも平常心は保っていたが、彼のしぶとさには驚嘆していた。すでに何十回にも渡って斬撃を繰り出したにも関わらず、ウィルはその尽くを捌いていたのだから。
(くっ……もう少し保ってくれよ、僕の身体……)
しかし、ウィルにはすでに“限界”が見え始めていた。激痛は意識を蝕み、息は途切れ途切れになり、次第にウィルの防御はスペルビアに追いつけなくなっていた。
(ティオ様……どうかお力をお貸しください。僕に……自分の居場所を守る力を与えてください……)
それでもウィルは必死に喰らいついた。故郷を二度も手放して失った彼は、今の居場所である戦艦ラストアークをどうしても守りたいと願っていたのだった。
だが、そんなウィルの切なる願いを――――
「くっ……しまっ!? う、ああッ!!?」
「残念……自らの選択には勝てなかったな」
――――スペルビアは容赦なく打ち砕いた。
ウィルの反応が鈍った一瞬の隙を突き、スペルビアはウィルの腹部に魔剣を突き刺した。ウィルが自分の身体を貫く金色の刀身を目の当たりにした瞬間、魔剣から発せられた高熱がウィルを体内から焼いていく。
「うっ……がはッ……!!」
「『選択』には常に『結果』が付きまとう。貴様を貫く刃は、貴様がこれまでに積み重ねた『選択』の『結果』だ、ウィル=サジタリウス」
「ぼ、僕は……」
「いまさら後悔してももう遅い。聖女ティオはとうの昔に死に、貴様の身体は老いに老いた。それで私に勝てる訳でもなかろう……」
「うっ……ゲホッ……」
臓器を焼かれ、ウィルは立っているのもやっとの状態になっていた。そんなウィルに対してスペルビアは冷たく『それが貴様の選択の結果』だと言い放った。
「それでも……僕は……!!」
「……まだ折れぬか、しつこい」
だが、ウィルはまだ闘志を宿していた。スペルビアが御高説を垂れている隙を狙い、ウィルは彼の腕を掴んでいたのだ。
「良いだろう。なら、もっと絶望を味わえ……」
「くっ……うあああッ!!」
そんなウィルをスペルビアは鬱陶しそうに蹴飛ばし、ウィルはそのまま通路の壁に激突し、その奥の格納庫へと吹き飛ばされていくのだった。




