第791話:オペレーション・インビジブル
「ラムダ隊長、アリステラ、敵旗艦突入と同時に音信不通。如何しますか、グラトニス司令」
「あやつは放っておけ。勝手にしよるじゃろ」
「降下部隊、ミカゲ=イザヨイ公と合流しましたわ。この後はどう部隊を動かのすのですか?」
「ミカゲ=イザヨイを主軸にメインストリートを進撃させよ。できる限り敵を引き付けさせ、冒険者たちに体勢を立て直す時間を与えるのじゃ。展開している帝国軍の大型兵器は全て薙ぎ倒させよ!」
「機械天使はどうすんだ?」
「いつまでも格納庫で“天空神機”の調整をやっておるノアの阿呆をせっつけ、ホープよ。あやつがもっと早ぅ出撃すればラファエルが落される事もなかったろうに……」
――――戦艦ラストアーク、ラストアーク騎士団の司令部である艦橋では総司令であるグラトニスが戦場に散らばるラストアーク騎士団に絶えず指示を飛ばしていた。
ラムダ=エンシェント及びアリステラ=エル=アロガンティアは遥か上空の敵旗艦アウチェプスに、冒険者ギルド本部目指す降下部隊はミカゲ=イザヨイと合流、制空権の奪取を図る機械天使たちはバハムート軍の支援を受けて優勢になりつつあった。
「戦況はラストアーク騎士団の優勢に傾きつつあります、グラトニス司令。騎士団もバハムート軍の損害はまだ軽微です」
「…………」
「私たちの救援に気が付いた冒険者たちも、“ギルドマスター”カルマさんを先頭に反撃を開始しましたわ。これでますます此方側が有利になりますわ!」
「…………」
「太陽熱集束砲……発射ォォ!! シッ、敵艦撃破ーーッ!! ハハハッ、アルバートのクソ野郎が造った戦艦なんぞにオレたちのラストアークが負けっかよ!」
戦況はラストアーク騎士団側に傾きつつある。だが、刻一刻と変わる戦況に一喜一憂するホープたちとは違い、グラトニスだけは神妙な面持ちで立体映像に映された戦況図を睨みつけていた。
「どうした、グラトニス?」
「おかしい……これが“世界一の軍事大国”と謳われたアロガンティア帝国の実力か? 如何に予期せぬバハムート軍の援護があったとは言え、あまりにも呆気なさすぎる」
「帝国軍を買いかぶり過ぎでは?」
「儂がグランティアーゼ王国を最初の標的にしたのは、アロガンティア帝国の軍事力を懸念してのことじゃ、シャルロットよ。当時の帝国軍ですら、儂が“脅威”と感じる程度には強大な規模だった」
「違和感があると言うのですか、グラトニス司令?」
「連中はまだ“切り札”を切ってはいない。まだ勝ちを確信するのは早いのじゃ。リヴよ、展開中の部隊に最大限警戒をするように忠告せよ」
「承知しました」
「シャルロット、待機中の第二陣をいつでも出撃できるようにさせるのじゃ。此度の戦い、もう一波乱あると思え」
「分かりましたわ。サジタリウス隊長に連絡を……」
「ノアよ、いつまで格納庫に居るつもりじゃ! さっさと出撃せんか! 戦線に出たいと我儘を言うたのはそなたじゃぞ!?」
《わ、分かっていますが……“天空神機”のマニピュレーターの調整が終わらなくて……》
魔王軍を指揮し、膨大な数の戦場を経験したグラトニスは『バル・リベルタスの戦い』はまだ荒れると感じていた。
アロガンティア帝国軍は様々な兵器を持ち出し、圧倒的な火力で冒険者たちやラストアーク騎士団に拮抗しているが、連中はまだ奥の手は見せていない。そう直感的に感じ取っていたのだ。
「リヴよ、ラムダとの通信は?」
「まだ繋がりません……」
「まず間違いなくラムダとの通信は妨害されている。目的はなんじゃ? あやつを隔離するのが目的か? それとも……何か別の意図が……」
「ちっ……電磁障壁、出力60パーセントまで低下」
「儂等は何かを見落としておる。リヴ、シャルロット、そなた等の固有スキルでバル・リベルタス全域に索敵の網を張るのじゃ!」
「げっ、全域ですか!?」
「蟻の子一匹も見落とすななのじゃ! ホープよ、火器制御をネオンに全て託し、そなたが騎士団のオペレーションを担当せよ。それとラストアークの全ての出力を副砲“太陽熱集束砲”と電磁障壁に集中させるのじゃ」
「はいよ、七秒で切り替える」
自らが感じる悪寒を信じ、グラトニスは次の一手を打っていく。オペレーターであるシャルロット=エシャロット、リヴ=ネザーランド両名に術式による広範囲索敵を行なわせ、戦艦ラストアークの出力を副砲と障壁に集中させていく。
アロガンティア帝国軍は何かを企んでいる、だがそれが何かはまだ分からない。そんな漠然としが不安をグラトニスは感じ、来たるべき脅威に静かに備えていた。
だが、そんなグラトニスの行動は――――
「のわっ!? なんじゃ、この揺れは!?」
――――ほんの少しばかり遅かった。
グラトニスの指示を受けたホープが出力を電磁障壁へと集中させようとした刹那、戦艦ラストアーク全体を激しい揺れが襲った。
敵艦からの砲撃や大気の乱れではない、戦艦ラストアークに巨大な何かがぶつかったような強い揺れだ。そして、グラトニスたちはその揺れの正体をすぐに知ることになる。
「グ、グラトニス司令! ラストアーク甲板上に突然、空中戦艦が現れました! 所属……アロガンティア帝国軍です!」
艦橋の窓から見える戦艦ラストアークの甲板上に在ったのは、全長百メートル程の小型艦。アロガンティア帝国の紋章を掲げるれっきとした敵艦の姿だった。
小型艦は戦艦ラストアークの電磁障壁と自ら展開した電磁障壁をぶつけて相殺し、戦艦ラストアークに強引に接近していたのだった。
「迂闊……姿を透明化させる魔法を併用しおったか! ホープ、緊急警報を鳴らすのじゃ!!」
「分かってんよ!!」
「リヴ、艦内に第一種戦闘配備を指示せよ! 帝国軍が直接ラストアークに乗り込んでくるのじゃ!!」
すぐに事態に気が付いたホープは手元のガラスカバーで覆われた赤いボタンを叩き押し、同時に戦艦ラストアーク全区画の照明が赤に変わり、艦内中にけたたましい警報音が鳴り響く。緊急事態を告げる警報である。
敵の小型艦は透明化し、姿を暗ます魔法を用いて戦艦ラストアークへと接近していた。グラトニスたちは見えざる脅威を見落としてしまっていたのだ。
「て、敵艦から多数のトルーパーが降りてきますわ!」
グラトニスたちが見つめる中、敵艦の搭乗口が開き、中から武装した兵士たちが戦艦ラストアークの甲板へと降り立つ。
その兵士たちの先頭には、部隊を率いる黒い仮面をした人物が一人。グラトニスたちの居る艦橋に視線を向けて立っていた。
「あれは……新手のエージェントですの!?」
「いや、あれはエージェントではないのじゃ……」
シャルロットは兵士を率いているのは新手のエージェントだと考えていた。だが、グラトニスはその人物の姿を見て、それは違うと確信していた。
彼女はその人物の姿を知っている。アリステラから“彼”の様子を聞かされていたからだ。冷や汗を流し、グラトニスはいま戦艦ラストアークに起こった事態を飲み込もうとしている。
「まさか……大将が直接やって来るとはのう……」
素顔を仮面で覆い隠し、黒いボディースーツを身に纏い、アロガンティア帝国の紋章をあしらった外套を羽織り、右手に金色に輝く魔剣を装備した男。
「エージェント・アウル、そのまま潜宙艦の姿勢を維持しろ。すぐに内部を殲滅して対象を連れて来る……」
《承知しましたなのだ、スペルビア様》
「トルーパー、戦闘準備。ハッチは私がこじ開ける。ラストアークに侵入後、速やかに艦橋を制圧せよ」
その名はスペルビア――――アロガンティア帝国の皇帝自らが、戦艦ラストアークの制圧へと乗り出したのだった。




