第790話:月下美人、再来
「もうすぐバル・リベルタスだ! 全騎、戦闘準備!」
――――ラムダ=エンシェント、アリステラ=エル=アロガンティアが旗艦アウチェプスに突入した頃、輸送艇で“海洋自由都市”バル・リベルタスを目指していた降下部隊もまもなく都市部に到着しようとしていた。
バハムート軍の加勢でアロガンティア帝国軍は戦力の分散を余儀なくされ、降下部隊はその隙を突いて輸送艇を地上に近付けていたのだ。
そして、二機の輸送艇は街の港に着水――――
「行くぞ……ラストアーク騎士団、出撃ッ!!」
「ギルド本部を目指して突撃するにゃーーッ!!」
――――ラストアーク騎士団による進撃が始まった。
七番隊隊長ウィンター=セブンスコード、九番隊隊長ノナ=メインクーンが率いるのは二十名の魔族で構築された戦士及び三十機の機械兵、作戦の要であるオリビア=パルフェグラッセ、シスター=ラナの二名である。加えて、空中をツヴァイ=エンシェント率いる二番隊が遊撃隊として突き進む。
ラストアーク騎士団の目的地は街の最後の城塞、冒険者ギルド本部。そこにへとたどり着き、孤立した冒険者たちを救出するのが彼等の任務である。
「セブンスコード卿、前方に帝国軍が……!」
「蹴散らすさ! いでよ……僕の“歌姫”!!」
迎え撃つのは総勢千名を超える帝国兵たちだ。ウィンターたちに気が付いた兵士たちは一斉にブラスターによる射撃を開始。ラストアーク騎士団も反撃とばかりに攻撃を開始、都市の一画で激しい戦闘が勃発した。
「“歌姫”、僕たちを守れ!!」
「相手は遠距離から攻撃できる銃器で武装している。迂闊に近付くな、蜂の巣にされるぞ!!」
「分かりました、メインクーン隊長!」
「遠距離攻撃系の術式を待つ者はh攻撃せよ! 僕たちが来たことが冒険者ギルド側に伝われば、本部に避難した冒険者たちも決起する。なるべく派手に暴れるんだ!」
「了解ッス、セブンスコード隊長!」
「負傷者はすぐに後退を。わたしとラナさんで治癒魔法を掛けて傷を癒やします。決して無茶はしないでください、お願いします」
帝国軍の兵士たちが用いるのは高密度に圧縮された魔力を弾丸として放つ『アルバート・インダストリー』製のブラスターライフル。魔素を内包した魔石をカートリッジに用いた、誰にでも扱える汎用性の高い、それでいて殺傷性の極めて高い武装だ。
対するラストアーク騎士団は弓矢や魔法、各々の術式を用いた戦法、簡素な合金製のフレームで造られた機械兵によるブラスター射撃で応戦していた。
「ぐあッ!?」
「一人やられた! オリビアさん、治癒を!」
「はい、すぐに!」
「ドロイドを盾にして進め! ひるむにゃーッ!」
「アァ〜……オレ達、弾除ケカヨ……」
「人間ハイツモ人使イガ荒イ……」
「進めドロイド、敵を蹴散らすんだーッ!!」
「ア〜……ラジャラジャー」
「ラジャラジャー……」
戦況は“個”の力で勝るラストアーク騎士団が優勢だった。騎士団側も少なからず負傷者、戦死者を出しているが、それ以上の速度で彼等はアロガンティア帝国軍の兵士たちを薙ぎ倒していた。
ただし、ラストアーク騎士団の優勢はあくまでも『歩兵同士の戦闘』に限った話である。
「むっ!? なんだ、地震かにゃ……!?」
《聴こえますか、降下部隊! あなた達の方に帝国軍の駆動兵器が迫って来ていますわ! 急いで退避を!》
「セ、セブンスコード隊長……向こうから化け物が……」
海上に浮かぶ都市では考えられない地響きを感じ、ラストアーク騎士団は進軍を停止する。そして、彼等は目撃した。街の大通りを、周囲の建物を薙ぎ倒しながら進軍してくる巨大な兵器を。
「な、なんだアレは!?」
全高三十メートル、全長五十メートルにも及ぶ、かつてこの惑星に存在した巨大生物ティラノサウルスを模した機械兵器、その名を『デストルエ・レックス』。アルバート=ファフニールがかつての地上の支配者を再現した大量破壊兵器である。
その数は総勢三機。鋼鉄の恐竜は敵対者を威圧するように、口部に凄まじい量の魔素を充填しながらゆっくりとラストアーク騎士団へと近付いてくる。
「あ、あんなのが居るなんて聞いてないぞ……!」
「あ、あわわ……ば、化け物ですにゃ……!?」
デストルエ・レックスの三機の内の一機が口部に充填した魔素を街の教会に向かって勢いよく撃ち出す。魔素をデストルエ・レックスの周辺の建物を破壊する程の凄まじい勢いで飛んでいく、五百メートル離れた位置に在った教会に僅か一秒で着弾した。
次の瞬間、魔素の着弾地点で大爆発が発生し、教会はおろか半径百メートル四方の建物が完全に消滅してしまっていたのだった。
「ちょ!? あんなの撃たれたら一巻の終わりだぞ!」
「もう狙われているにゃ、セブンスコード卿〜!」
街の一区画が丸ごと消し飛ばされ、巻き上がる爆炎にラストアーク騎士団は愕然とする。白兵戦なら帝国軍に引けは取らないが、大量破壊兵器を出されては生身の人間では対処はできない。
セブンスコード、メインクーンの両名は一時退却を考えた。帝国軍の大量破壊兵器デストルエ・レックスの数は三機、さらに兵士もまだ数百人規模で陣を敷いている。このままでは消耗戦どころか全滅すると感じたからだ。
だが、萎縮したラストアーク騎士団を前に――――
「おや……あの程度の怪物相手に及び腰か? ラストアーク騎士団も存外、大した事はなさそうだな……」
――――焚き付けるような言葉は吐きながら、その人物は現れた。
街の大通りを塞いだ炎を斬り裂き、ラストアーク騎士団の前に現れたのは、狐のお面を被った黒い和装の男性。腰には大太刀を携え、眼前の巨大兵器に一切臆する事なくゆっくりと歩いてくる。
「その狐の面……まさか“幻想郷”の……!?」
「如何にも。“征異大将軍”ミカゲ=イザヨイ、義理あって助太刀致す。アサガオ様が世話になっているな、ラストアーク騎士団よ」
その男の名はミカゲ=イザヨイ――――“夢現幻想郷”マホロバの政を取り仕切っていた“征異大将軍”である。
かつてラムダ=エンシェントと死闘を演じた男は、グロリアス=バハムートと共に“海洋自由都市”バル・リベルタスへと赴き、ラストアーク騎士団への加勢に来たのだ。
「目覚めよ……宝剣・月影!」
鞘に収められた大太刀の柄を握りしめ、イザヨイは静かに殺気を研ぎ澄ます。その視線の先に居るのは大量破壊兵器デストルエ・レックスだ。
「我は“月”――日の差さぬ夜を照らす輝き。我は“影”――無垢なる光に陰った闇を背負う者。我は“刃”――幻想の国を覆う暗雲を祓う剣」
「おお……これがラムダ卿を追い詰めた……!」
「固有術式【月下美人】――――発動! あらゆる“因果”、全ての“怪異”、遍く“悪”、我が太刀にて断つ!!」
地響きがする程の気迫と魔力を大太刀に乗せ、イザヨイは前口上を静かに語る。“幻想郷”に蔓延る怪異を討つ刃を、傍若無人なアロガンティア帝国へと放つ為に。
そして、ラストアーク騎士団の正面を陣取るデストルエ・レックスが口部に充填した魔素を放とうとしたその刹那――――
「斬り裂け――――“廻帰月蝕”!!」
――――イザヨイが抜刀と共に放った不可視の斬撃がデストルエ・レックスを縦に真っ二つにして斬り裂き、帝国の大量破壊兵器は充填させた魔素の暴発で爆発して沈黙するのであった。




