帝国崩壊の日①:アリステラの警鐘
「いま、世界は混沌へと向かっています。今こそ我らは『力ある者』として行動を起こすべきです」
――――アロガンティア帝国、帝都ゲヘナ、インペルティ宮議事堂にて。時は遡り、魔界とグランティアーゼ王国間で勃発した『アーティファクト戦争』の最中。
円状になった議事堂の中央の壇上に立ち、周囲を囲むように座る元老議員を相手に帝国皇女アリステラは悠然と叫んでいた。
「魔王グラトニスが勝つにせよ、グランティアーゼ王が勝つにせよ、決着がついても戦火が収まる事はないでしょう。両王は敗戦国を呑み込み、さらなる進軍を進める筈です!」
「だから我々も軍備が必要だと言うのですか?」
「ええ、そうよ。魔王グラトニスは言わずもがな、グランティアーゼ王国もかつて聖女ティオ=インヴィーズの失踪に絡む『偽聖戦争』で我らと交戦しています。信用なりませんわ、彼の王国も……!」
「ですがアリステラ様、連中は敗北を喫しましたぞ」
「敗北して『アロガンティア帝国には勝てない』と思うような殊勝な連中が、世界征服を目論む魔王グラトニス相手に果敢に挑むとお思いですか? グランティアーゼ王国は野心に満ちた野蛮な王国です。きっと我らアロガンティア帝国への復讐を考えているでしょう」
アリステラは近隣諸国で発生した『アーティファクト戦争』に対する警鐘を鳴らしていた。魔界、グランティアーゼ王国、戦争を行なう両国は共に、戦争終結後も良からぬことを企むだろうと。
その時に備え、軍備を拡張するべきだとアリステラは元老議員たちを説得し続けていた。
「魔王軍は古代文明の遺物『アーティファクト』を狙い、グランティアーゼ王国も『ラムダ=エンシェント』なるアーティファクトの使い手を戦力に取り込んでいます。これが意味する事が理解できますか?」
「アーティファクトを……」
「強大な力を持つアーティファクトに対抗するには、我らも戦力を持たねばならない。もっと兵士を増やしなさい、もっと兵器を作りなさい、もっと兵力を拡大するのです! 予算を軍事費に充ててでも軍の強化を優先なさい」
「しかしアリステラ様……それでは市政が……」
「ならば我ら皇族や貴方たち元老議員の報酬を減らせばよろしい。とにかく、世界は今、変革の時を迎えている。戦わねば、武器を取らねば、我らは変革の波に押しつぶされる事になるわ!」
戦争の炎はいずれアロガンティア帝国にも到達するだろう。そう危惧したアリステラは元老院に対して軍備の増強を訴える。
だが、保守的な元老議員たちはアリステラの要求に首を縦に振ろうとはしなかった。二十年前のグランティアーゼ王国との戦争が原因だ。
二十年前、デア・ウテルス大聖堂から一人の聖女が失踪した事で、アロガンティア帝国とグランティアーゼ王国の間で大規模な軍事衝突が発生した。後に『偽聖戦争』と語られる戦争である。
この戦争でアロガンティア帝国はグランティアーゼ王国を退けたものの、莫大な軍事費を払っただけで得られるものは何も無かった。教皇ヴェーダが仲裁に入ったからである。以来、帝国元老院は実入りの無い戦争には消極的になっていた。
「皇帝陛下、私の案を飲んで軍備の拡大を!」
「アリステラの言うことももっとも……私も魔界、グランティアーゼ王国間の戦争がこのまま終息するとは考えていません……」
「ならば今こそ決断の時……!!」
「ですが……いたずらに軍事力を拡大すれば……今度は我々が狂気に呑まれ、世界を脅かす“脅威”になりかねません。理解できますね、我が娘よ?」
「しかし、母上……!」
「我らアロガンティア帝国が“世界最大の軍事大国”と言われているのは、あくまでも抑止力としての役割を担っているだけです。手にした武器を無闇に使うためではありません」
それ故にアリステラは元老院を説得し、軍事力増大という過激な案を議会を通過させようとしていた。
だが、時の皇帝であるカルディア=ミド=アロガンティアはアリステラの発議に対して慎重であった。帝国が世界最大の軍事大国なのはあくまでも“抑止力”の為であると説き、アリステラを宥めていた。
「剣を使えば切り傷を、銃を使えば銃創を、武器を使えば多くの者が傷付きます。それだけではありません……戦争は戦闘に関わらない大勢の国民にも悪影響を与えます」
「ですが、いま決断しないと手遅れになります」
「戦争とはあくまでも『外交の行きつく果て』です、アリステラ。まだ我々には交渉の余地が残されている。ここは焦る場面ではありませんよ、我が娘よ」
「…………」
「まずは魔界とグランティアーゼ王国の戦争の決着を見届けましょう。その後、両国に遣いを出して交渉を。彼等が平和を望むのか、或いはさらなる覇道を求めるのかを見極めるのです」
「わしは皇帝陛下の案に賛成です」
「わたしも皇帝陛下に賛成を」
「馬鹿な……貴方たちに危機感は無いのですか!? アーティファクト戦争は今までの戦争とは訳が違う。もっと大きな……時代の変革の前触れなのですよ! 母上……それが分からないのですか!?」
アリステラの警鐘も虚しく、帝国元老院は皇帝カルディアの案を呑んで『様子見』を決め込んだ。アリステラの必死な叫びをかき消すように、百名にも及ぶ元老議員たちの皇帝への賛同する為の拍手喝采が鳴り響く。
「アリステラ……貴女は思想が少しばかり過激すぎます。良いですか……暴力に訴えるのは、知性なき野蛮人がする事です。我らの軍事力はあくまでも、そんな野蛮人に抵抗する為の手段……」
「様子見を決めれば相手に侮られます」
「我々までもが野蛮人になる必要はありません、アリステラ。貴女の主張も民や国を考えての事だとは重々承知していますが……時代の変革に必要なのは“力”ではありません……必要なのは“意志”です。それをゆめ忘れぬように……良いですね?」
「くっ……はい、分かりました……皇帝陛下……」
万雷の喝采の中で皇帝カルディアに説得され、アリステラは渋々と軍備拡張の発議を取り下げた。この決定が後に、ある重大な悲劇を引き起こすとも知らずに。
 




