第80話:さようなら、愛しき我が“騎士”よ
「対象、超高速飛翔開始――――推定速度マッハ2。進路補足――――【煌めきの魂剣】……術技再現――――絶剣、“蒼穹百連”」
「【光量子加速翼】――――超加速!」
『あわわわ……!? 速すぎて何が起こっているか全然分からないぃいい!? ご主人様、お止めください!!』
アズラエルの周りに浮かんだ百以上の“魂剣”の一斉掃射、迫りくる暴風雨のような剣の嵐。
その蒼白い剣の雨を全て回避する為に、俺は【光の翼】を第二形態である【光量子加速翼】へと変化させ、膨大な光量子を噴出させながらアズラエルに向けて飛ぶ。
「対象、速度上昇――――追跡……不可。断続的消失を確認。短距離空間跳躍の反応を検知――――対応検索」
『これは……空間跳躍……!? あり得ない……魔王級の上位スキルを一介の冒険者が使えるなんて……!』
「うぉおおおおおお!!」
『無茶だ……! ご主人様、死に急いではいけません!!』
空中なのに海に潜ったような冷たい感覚に襲われる――――冷えていく手足、ハッキリと感じられる心臓の鼓動、薄れていく意識。
恐らく、俺は次元の『狭間』に居るのだろう。アズラエルが放った剣は全て俺を素通りしていく。仕組みはよく分からないが、きっと……人間が幽霊に触れれないのと同じ理屈なのだろう。
だけど、理屈が分かった所で、危険だと悟った所で――――止まれやしない。
「反応増大――――接敵開始。対艦斬撃兵装【ストームブリンガー】――――最大出力で起動開始。3……2……1――――開戦」
「斬り裂け――――【破邪の聖剣】!!」
空間の壁を被り、次元の狭間を飛び出して――――俺は再びアズラエルへと接近する。克ち合って激しく放電を迸らせる【破邪の聖剣】とアズラエルのアーティファクト【ストームブリンガー】。
磨かれて“鏡”のように輝く聖剣と、碧く輝く宝石の様な刀身をしたアズラエルの剣は激しくぶつかり合い――――その衝撃はかまいたちの様に鋭い風となって周囲の建物をなぎ倒していく。
「――――ゲホッ!! ここまでやって……まだ押せきれない……このままじゃ、俺の身体が保たない……!!」
「対象、内部出力――――想定値を超過。当機、胸部疑似量子動力炉――――急速に活動低下。原因不明――――深刻なエラー……エラー……エラー…………ラム……ダ、お願い……殺して……!」
「その声……うぅ……なんで……俺が、貴女を殺さなくちゃいけないんだ……!!」
「お願い……もう……楽に…………して……! お願い…………くぅ……深刻なエラーの排除を実行。疑似量子動力炉【シータ=カミング】――――強制初期化を開始します」
「やめろ……やめろぉおおおおお!!」
悔しい――――あの雪の日に置き去りにされた俺の大切な騎士が、目の間で『死を運ぶ天使』にされて苦しんでいる。
アズラエルを止めるには壊すしかない――――それは、彼女の二度目の“死”を意味している。それも……俺自身を手で、彼女に引導を渡さなければならない。それが、たまらなく悔しい。
許して欲しい――――貴女を、この手で殺めることを。
「何故……勝てない? 私は……アズラエル――――広域殲滅型人形戦闘兵器。なのに、どうして……ただ一人の人間に勝てないの? 教えて――――ラストアーク……お母様……」
「お前は……!!」
朱い“一つ目”を俺に向け、小さく感情を吐露するアズラエル――――何故、『自分は勝てないのか?』と“母親”と思しき女性の名を呟く。
機械天使は勝てない理由を探している、俺は負けたくない理由を持っている――――それが、俺たちの決定的な違い。
俺には……帰りたい場所がある。俺を待ってくれている仲間が居る。
だから……帰りたい。
「存在定義……証明不能。ラムダ=エンシェントを排除しなければ――――私は私を肯定できない」
「お前が勝てない理由を……俺は知らない。ただ、俺には――――負けられない、生きたい理由がある! 押し通らせてもらうぞ……アズラエル!!」
「対象、尚も出力向上――――理解不能、理解不能、理解不能。負ける……私が…………負けちゃう……!」
もうすぐ限界を迎える――――すなわち、俺の“死”だ。嫌だ、生きたい……もっと生きたい、もっと生きてノアと一緒に居たい、もっと生きてオリビアと愛を育みたい、もっと生きてみんなと旅がしたい。
あぁ、俺は我儘だ――――死にたくない癖に、命を懸けて戦っている。死にたくないなら平和に暮らせ、騎士になりたいなら戦い抜け……シータ、教えて……生きたいと願い、それでも懸命に戦う……それは、矛盾する感情だろうか?
俺とオリビアを護り抜いた貴女は――――どんな想いで戦っていたのでしょうか?
《生きて……生きて……生き抜いて……! 私は……ラムダさんとずっと一緒に生きていたい!!》
「ノア……! そうだ、俺は……俺は、貴女を超える! その誇りも、その愛も、その“死”も……全てをこの胸に刻んで、貴女を超えて行く!! さようなら、愛しき我が“騎士”よ――――貴女の想いは、貴女の生きた証は、今もこの胸に“星”となって輝いて……俺と共に生きていく!!」
「ラムダ=エンシェント……我がお母様の心を開いた……アーティファクトの騎士……!! “最後の希望”を護る……騎士……!!」
不意に聴こえたノアの声――――俺の無事を祈る少女の声。あぁ、そうだ……ノアの為にも、俺は過去と決別する。
シータ……我が愛しき騎士よ――――貴女の“死”を越えて、俺は『ノアの騎士』になる。
死力を尽くして聖剣を握る拳に力を込める――――右腕から血が流れる、左腕が悲鳴をあげる、それでも……負けない。
アズラエルが怯んだ一瞬の隙を突いて、彼女が構えていた大剣を弾く。剣を振り抜き、お互いに無防備になった――――次の一撃で、雌雄は決する。
「スキル抽出……【煌めきの魂剣】――――ッ!? スキル発動……不能……? 原因……不明……何故……?」
「来い……駆動斬撃刃……短剣形態――――ッ!! さようなら……シータさん!!」
右手を俺の顔に向けて差し出してスキル発動を試みるアズラエル――――しかし、シータから奪った“魂剣”は現れること無く、彼女の右手は虚しく空を撫でるだけ。
勝機は今しかない。
咄嗟に、空いた左腕に転送した駆動斬撃刃を握り締めてアズラエルの胸元へと振り下ろす――――あの冬の日と同じ光景、その再現。
それが、【死を運ぶ天使】との決着。
「――――ぁ……胸部……疑似量子……動力炉…………損……壊…………私……の…………敗……北…………?」
「やっ……た…………シータ……さん…………勝った……よ……俺…………!」
胸元に嵌め込まれた蒼い宝石を短剣で突き砕かれて、アズラエルの動きが止まる。
絶え絶えの意識の中で俺が観たのは、自身の敗北を悟り、悔しそうに声を漏らす黒い髪の天使の姿。動力を砕かれ薄れていく黒い翼、振り下ろした短剣が掠めてヒビの入った黒いバイザー、輝きを失っていく左手の大剣――――“死を運ぶ天使”に訪れる“死”が、戦いの終わりを告げる。
それは、愛しき我が騎士との再びの別れが近付いている事を俺に告げるように。
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