第773話:第七の大罪【傲慢】/ 燃え盛る愛
「どうして……お前がその焔を……!?」
「それを知る必要もあなたにはありません」
――――【嫉妬の焔】、“嫉妬の魔王”ディアナ=インヴィーズが操っていた魔王としての権能。嫉妬に燃え上がる紫焔。それをエージェント・ピースは我が物のように扱ってみせた。
彼女の左手から放たれた火炎放射が勢いを増しながら俺へと迫りくる。
「――――つあッ!!」
「包囲せよ、嫉妬の情炎」
迫りくる紫焔を聖剣で斬り裂き、直撃はなんとか防いだ。
だが、斬り裂かれた紫焔はそのまま左右へと分かれると、俺とエージェント・ピース、そして漆黒の兵士たちを取り囲むように円状へと広がっていった。
「囲まれた……!?」
「はい、囲みました。もう逃がしません」
直径十メートルの円形の闘技場、それがエージェント・ピースが嫉妬の焔で作り上げた戦いの舞台だった。
背後は焔で退路を塞がれ、漆黒の兵士たちが武器を構えて俺を標的に捉えている。目の前ではエージェント・ピースが魔杖の先端に取り付けた魔石を紫焔で発火させながら佇んでいる。
「跳躍して逃げようとしても、わたしの焔とトルーパーたちの射撃があなたを阻みます。もう逃げ場はありません。あなたは此処でわたしの愛に灼かれるのです!」
「…………ッ!!」
「そして、英雄亡き後、世界に新たな覇者が生まれる! その名はスペルビア! 歪なる世界を壊し、新たなる秩序を齎す覇王なり!!」
エージェント・ピースは皇帝スペルビアへの忠誠を高らかに叫び、俺たちを囲む紫焔をさらに激しく炎上させる。自分自身が燃え尽きる事も厭わないかの如く。
「アロガンティア帝国を乗っ取り、皇族を貶めるような奴に忠誠を誓うのか、エージェント・ピース? それにトルーパー共も!」
「「…………!」」
「説得は無駄ですよ、ラムダ=エンシェント。わたしは自らの意志でスペルビア様に忠誠を誓い、あの方の目指す理想に賛同した。そして、トルーパーたちは彼を裏切らない……」
「…………」
「トルーパーたちに“意志”なぞ必要はありません。ただスペルビア様から与えられる指令に忠実であれば良い。ふふふっ……!」
エージェント・ピースは兵士たちの人権を蔑ろにしたような発言をする。だが、肝心の兵士たちは彼女の言葉に反応する事もなく、ただ黙って俺に得物を向けているだけだった。
その様子に言いしれない違和感を覚えた。まるで、彼等は自らの意志を無理やり剥奪されているような、そんな気がしていた。
「我が焔に、我が愛に灼かれて死になさい!!」
「テメェの愛なんぞお断りだ、ピース!!」
そんな予感を他所にエージェント・ピースは俺への敵意を声高に張り上げ、漆黒の兵士たちは俺へと襲い掛かってくる。
同時に、エージェント・ピースも魔杖をくるくると高速で回転させ、紫焔で光輪を描きながら俺へと距離を詰めてき始めた。
「チィ……!!」
三人の漆黒の兵士が三方から斬り掛かり、迫りくる刃を俺は回転しながら聖剣を振り抜いて弾き飛ばす。
「――――ッ!!」
「くっ……!!」
三人を弾くと同時に、後方に待機していた残り二人の漆黒の兵士が俺の頭部と胸部に向かって魔弾を発射する。俺が剣を振り抜くタイミングを見計らっていたのだろう。咄嗟に上半身を逸らして弾丸を躱す事には成功した。
だが、俺の背後では躱された筈の弾丸が何かに弾かれて霧散する音が不気味に響いていた。エージェント・ピースが回転させた魔杖で弾丸を弾きつつ、俺の真後ろに迫っていたのだ。
「ハァ!!」
「――――ッ!!」
エージェント・ピースは魔杖の両端に紫焔を灯し、打撃武器のようにして俺へと殴りかかってくる。
上段から、身を翻しつつ次は水平に、さらにくるりと回り今度は斬り上げるように。まるで踊るようにエージェント・ピースは回転しつつ、俺へと波状攻撃を仕掛けてきていた。
「さぁ、さぁさぁさぁ!! 燃え尽きなさい!!」
エージェント・ピースの魔杖を両手の剣で受け止める度に、魔杖から紫焔が溢れ出る。それが纏った戦闘服に飛び火する度に、身を引き千切られそうな激痛が襲い掛かってくる。
「スペルビア様、見ていてくださいませ! わたしが、今日ここで、ラムダ=エンシェントを亡き者にしてみせます!!」
「この……ふざけるな……!!」
「あなたの宿願はわたしが護ります! このわたしが、エージェント・ピースが!! それだけが、それだけがわたしの存在意義ッ!!」
狂気の叫びと共にエージェント・ピースは魔杖を振り回し、同時に漆黒の兵士たちも背後から連携を仕掛けてくる。
何度も聖剣と蒼剣を振り回しつつ身体を翻し、エージェント・ピースたちの苛烈な挟撃を凌いでいく。
(くっ……飛び掛かる火の粉のダメージが……!)
だが、エージェント・ピースが撒き散らす紫焔の火の粉が与える激痛が、着実に俺を追い詰めていた。
少しずつ身体が痺れ、身体の動きが鈍くなっていく。このままではいずれ、エージェント・ピースか漆黒の兵士の攻撃を喰らってしまうだろう。
「そこ!!」
「――――ッ!?」
そう予感した矢先、エージェント・ピースが勢いよく魔杖を振り上げ、俺は右手を大きく弾かれて体勢を崩してしまった。
エージェント・ピースはその機を逃さずに魔杖を振り上げ、漆黒の兵士たちもブラスターの銃口に魔力を集束させていく。
そして、エージェント・ピースたちが俺に向けて一斉に攻撃を放とうとした瞬間だった――――
「それ以上、儂のラムダに手出しは許さんぞ!」
「この魔力は……グラトニスですか!」
――――遥か頭上から魔力による砲撃が降り注ぎ、俺の背後にいた漆黒の兵士たちを襲うのだった。




