第769話:Attack of the Empire
「マスター・ラムダ。ご指示通り飛空艇でオリビアさんを連れてきました。本機はこのままノア様の“天空神機”と“鋼鉄巨兵”の残骸を回収してラストアークへと運びます」
「ありがとう、ラファエル」
「どうも〜、パルフェグラッセ出張治療室で〜す♡ 急患、重傷者はわたしが早急に、速やかに、有料で! 治療致します♡」
「えっ、金取るんですか……!?」
――――“暗黒都市”ペッカートゥム市街地、“叡智の捕食者”ジェイムズ=レメゲトンの失踪から二十分後。激しい戦いを終えた俺たちは傷付いた身体を労る為に、戦火を免れた建物の小陰で休んでいた。
「あ~、痛い痛い。斬り落とされた右腕が痛い〜(泣)」
「待っててくださいね。いま治癒魔法を掛けますから」
「あ~、儂も全身が痛いのじゃ〜(泣) オリビアよ、ささっとリリスを治療して儂にも治癒魔法を掛けておくれ〜」
「傷口に塩でも塗っていてください、グラトニスさん」
「なんで儂に対して塩対応なんじゃ!?」
「う〜……激しい操縦のせいで私も気分悪い〜(泣) オリビアさ〜ん……私にも治癒魔法を掛けてください〜」
「治療費として五万ティア請求しますね、ノアさん」
「なんで私に対しても塩対応なんですか!?」
要請を受けたオリビアが飛空艇でやって来て、全員の治療に当たっている。
今は腕を切断されたリリスがベンチでオリビアに膝枕されながら治療を受けている。その脇ではグラトニスとノアがわざとらしい演技で不調をアピールしていた。
「ラムダ様、治療を受けなくて大丈夫ですか?」
「先にグラトニスたちを診てあげて」
「はぁ……またそう言って自分の事を後回しにする。一連の継承戦で一番戦ったのはラムダ様ではないのですか?」
「それはまぁ……そうだけど」
「ならもう少しご自身をご自愛くださいませ。貴方はわたしの婚約者。ラムダ様の人生はわたしの人生の一部でもあるんですよ?」
「あぁ〜……分かった。じゃあ回復をお願いするよ」
「ちょ、私たちを差し置くつもりですか!?」
「儂等だって重傷者患者じゃぞ!」
「それだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫でしょ? だいたい……ラムダ様は内臓がボロボロですので、お二人より治癒を優先しなければなりません。そんなにすぐに回復したいなら、支給された携帯用回復薬でも飲んでいてください」
「「え〜、あれ美味しくないからヤダ〜(泣)」」
オリビアはリリスに治癒魔法を掛けて傷口を塞ぎつつノアたちを軽くあしらい、袖にされたノアたちは駄々っ子のように泣き叫んでいる。
至って平和な光景だ。さっきまで炎上する都市の中で“原初の魔王”と死闘を繰り広げていたとは思えない程に。
「それで……意識不明のアケディアスやコレット、他の負傷者の容態はどうなっておる、オリビアよ?」
「運ばれてきた負傷者たちは片っ端から医療用カプセルに放り込んで、ラナさんに診てもらっています、グラトニスさん。何人かは非常に危険な状態ですが……ラストアークの施設ならなんとか峠は越せるかと」
「ならよいが……」
「アケディアスさんやコレットさんはまだ意識不明のまま。報告にあった魔王の因子が戻らないと昏睡したままなのでは?」
「それはありうるのう……」
「そうなのか? でも俺はピンピンしているし、グラトニスも一瞬、記憶喪失になっただけじゃん?」
「たわけ……お主が意識を保ってられたのはアーティファクトのおかげ、儂が記憶喪失になったのは“忘却神殿”の性質のせい。アケディアスたちとは症状が違うのじゃ」
「いや……俺はともかくお前は……」
「儂も心臓にアーティファクトを入れておるからのう……それで意識を保っていられたのじゃろう。記憶喪失になってたのは……その、また別の問題じゃから気にせんでよい////」
「? なんで照れてんだよ、グラトニス?」
「あー、うるさい//// なんでもないのじゃ。いちいちあの事を掘り返すな、たわけめ。あの時の出来事は忘れよ。これは命令じゃからな!」
「…………??」
「ピーン! これは乙女の恥じらいですね、グラトニスさん。さては……その記憶喪失の間にラムダさんに手を出されてましたね?」
「(……ぎくッ!?)」
「はぁ〜〜……ほんっと、とんだぽこちん野郎ですね、ラムダ様。どうせ記憶喪失のグラトニスさんに言い寄られてホイホイ抱いたんでしょ?」
「うっ……」
「どうせわたしが膝枕しているリリスさんって人も手を出しているんでしょ? この人からラムダさんの匂いがしますよ。正直に白状なさい」
「うん、ラムダくんとわたしは大人な関係だよ」
「!!? あっさり認めたーーッ!?」
「ほらやっぱり。はぁ……やはり医務室に居てはラムダ様の管理が疎かになりますね。次からは常にラムダ様に同行して監視する必要がありそうですね」
「いや、そこまでしなくても……アハハ……」
アラヤ=ミコト一派が倒れ、レメゲトンが去った今、もう魔界には驚異は残っていない。あとは負傷者たちが回復すれば一連の事件は決着する。
因子を奪われたコレットとアケディアスの回復には一悶着ありそうだが。そもそも、奪われた因子はアラヤ=ミコトが吸収し、そのアラヤ=ミコトはレメゲトンに喰われた。なら、因子はレメゲトンが持っていると考えるべきだろう。
「因子を奪われた連中の心配ならしなくていいぞ、ラムダっち。レメゲトンは去り際に魔王たちの因子を残して行ったからな〜」
「“マザー”……もう動いて平気なんですか」
「にゃはははは! オイラは大地から魔力を分けて貰えるから治癒能力は高いのね〜。もう十分に回復したぞ」
そんな折、人型形態に戻った“マザー”が八つの光球を抱えて俺たちの元へとやって来た。彼女が持っているのは、レメゲトンが残した俺たち魔王の因子らしい。
「これを体内に戻せば昏睡した魔王たちも回復する筈なのね〜。ほら、受け取るにゃ、ラストアークお祖母様」
「だから、私は貴女の祖母ではありません!!」
「継承者が死亡している“強欲”、“嫉妬”、“悲観”はラストアーク騎士団で管理するとして……あとは儂等が取り込めば万事解決じゃな。まぁ……儂はあの時、自力で“暴食”と“色欲”の権能を発動させたから要らんが……」
「えっ……俺も“傲慢”なんて要らないんだけど……」
「あらら? ラムダっちは“傲慢の魔王”からは卒業かにゃ〜? まぁ、こんなの持ってても良いことなんて無いし、他の因子と一緒に封印でもしとけば〜?」
因子を戻せばアケディアスたちも目覚める。おそらくはレメゲトンからの最後の贈り物だろう。或いは、彼にとっては魔王たちの因子は既に無用の長物か。
いずれにせよ、これで懸念事項も無くなった。無くなった筈なのだが、どうにも俺は胸騒ぎが収まらなかった。ずっと何かが引っ掛かっている。
「どうしたんですか、ラムダさん?」
「何か気になる事でもあるのかの?」
「いや……レメゲトンが言っていた事が気になって。間もなく“招かれざる客人”がやって来るって……」
レメゲトンは去り際に空を見上げ、俺たちに“招かれざる客人”がやって来ると言っていた。それがずっと気になっていた。
彼が口からでまかせを言うとは考えづらい。何か嫌な予感がする。ずっと言いしれぬ不安が俺の意識の中にしこりになって残り続けていた。
「考えすぎじゃ。今さら誰が騒ぎを起こすというのじゃ? 資格者たちは全員倒れ、レメゲトンは去り、邪教徒たちも肉腫の怪物どもも全滅した。もう脅威なぞ残っておらん」
「だと良いけど……」
「ならラストアークの艦橋に居るホープたちに聞けば良い。シャルロットとリヴが哨戒をしている筈じゃしな」
何かが迫って来ている。そんな予感は杞憂だと言うのように、グラトニスは意気揚々と戦艦ラストアークの艦橋へと通信を行なった。
《グラトニスか!? やべーぞ、緊急事態だ! 北東から無数の熱源反応が迫って来ている! 今すぐに警戒態勢に入れ!!》
「な、なんじゃと!? 何事じゃ!?」
《ラストアークよりさらに上空から複数の反応接近! これは……空中戦艦による艦隊です!!》
そして、俺の懸念はホープたちの慌てふためいた緊急事態宣言で現実のものになってしまった。
リヴによる艦隊接近の報告を受けた俺たちは魔界の空を見上げ、そして目撃した。都市の上空に停泊する戦艦ラストアークよりもさらに上空の雲の中から、何隻もの空中戦艦が現れるのを。
「な……いったいなんなのね、あいつら〜!?」
「あの空中戦艦……『アルバート・インダストリー』から強奪された空中戦艦です、ラムダさん! カタログと照合しているので間違いありません!」
「アルバートの……!? じゃあまさか……」
“暗黒都市”を覆うように現れたのは五隻の空中戦艦。全て天空大陸の大企業『アルバート・インダストリー』製の戦艦だとノアは断言した。
その戦艦は天空大陸での戦いの際、ある連中が奪っていったと報告があった。それは世界一の軍事大国と名高いとある帝国だ。
「まさか……アロガンティア帝国!?」
魔界の空に現れたのは、“悪性機神帝国”と謳われた軍事大国アロガンティア。
魔王継承戦を終え、長い戦いを漸く終えた俺たちの前に、“招かれざる客人”はその姿を現したのだった。




