第8話:方舟
「ガルムは……まさか、消し飛んだのか……?」
目の前で引き起こされた出来事を、俺はまだ理解できないでいた。
今にも俺を喰い殺さんとしていたガルムの巨躯は跡形もなく消え去っており、残されたのは銃口から放たれたビームによって開けられた壁の穴だけだった。
その光景に俺は右手に構えたビームライフルに視線を落とす。上部のカウンターは“0”を示しており、全ての電源を失った武器は沈黙し、二度と起動する事は無かった。
「た、助かった……」
全身を強く打ち、右眼を失い、左腕を切断されて今にも死にそうだが、なんとか魔物に喰い殺される危機だけは去った。
そう思って、思わず安堵した時――――
『敵性個体の排除を確認。ゲートオープン、ゲートオープン。方舟、再起動を開始します』
――――地下空間に何処からともなく自動音声が響き渡り、俺の背後にあった門は大きな音と共に開き始めた。
「…………方舟?」
開いていく門と共に視界に現れたのは一隻の白銀の機械舟。水に浮くことを一切考慮していない不思議な形の舟が門の向こうに鎮座していた。
その『方舟』と呼ばれた舟を見た俺は衰弱しきった身体に鞭を打って立ち上がり、足を引き摺りながら歩き出す。
「あそこに……何か、傷を癒やすものがあれば……」
確証は無い。だが、舟の中に助かる為の手段が無ければ俺は助からない。それでも、確証が無かったとしても、舟へと向かわないと俺はどう足掻いても死ぬ。
幸いにも、門の開放と同時に舟に入る為のハッチが船体の下部に開かれており、俺は招かれるように舟の中へと入ることが出来た。
「す、すげぇ……こんなのドワーフ族にも作れっこない……!」
舟の内部は正しく高度文明の技術の粋を結集しており、あのビームライフルと同等以上の機械が所狭しと敷き詰められた異質な空間だった。
俺と言う来訪者の乗船と共に、長年動いていなかった機構が目覚め始めたのか、薄暗い船内の所々で小さな光が点滅を繰り返す。
「ここは……操縦室か……?」
そして、暫く船内を歩いた俺は舟の先端部分、操縦室へと辿り着いた。
そこにあるのは、舟の舵取りをする操縦桿と、部屋の中央に意味深に置かれた白い棺の様な箱。
「まさか……この舟の持ち主の死体でも入っているのか……?」
その棺に若干の恐怖を感じた俺は、先に操縦桿へと近付く。
あの棺には間違いなく人が入っている。そう、確信できたから。
「この舟、捨てられた“ゴミ”だったりしないよな……?」
そう思って、操縦桿を右手で握った瞬間、今まで弱々しく蠢いているだけだった舟が激しく動き出す。
『スキル【ゴミ拾い】――――認識。術者:ラムダ=エンシェントを当艦の所有者として再設定。“棺”開放――――冷凍睡眠解凍、冷凍睡眠解凍』
俺を舟の所有者として選定したと思われる自動音声が響き渡り、艦内の照明は一斉に点灯を始める。
そして、舟の起動と共に操縦室に安置されていた棺は白い冷気を吐き出しながらゆっくりと開いていく。
「…………女の子だ!」
そこに眠っていたのはひとりの少女――――白銀に輝く長い髪、人形の様に美しいなめらかな白い肌、美しくもあり可憐でもある宝石の様な美の結晶。
そんな、今にも目覚めそうな少女が、生まれたままの姿で棺の中で眠っていた。
「まさか……古代の……グッ!?」
少女の姿を見た俺だったが、そこで遂に体力の限界を迎えてしまい、力無くその場に倒れてこんでしまう。
もう一歩も動けない、視界はゆっくりと滲んでいき、徐々に意識は薄れていく。
「………………」
もう声すら出ない。
斬り落とされた左腕の切断面から溢れ出る血が倒れた俺を侵食するように血溜まりを作っていく。
このまま死ぬのか、家族から“ゴミ”と蔑まれて、憧れていた騎士にも成れず、誰にも認められることもないまま、ここで死んで“ゴミ”になるのか。
そう思うと、悔しくて涙が溢れてきた。
俺の人生には、ゴミの様な価値しか無かったのか。
そう思って、悔しさに塗れたまま意識を閉じようとした時だった――――
「う、う〜ん……。うぅ……もう、朝?」
――――微かに、俺の耳に聴こえた少女のか細い声。
その声に釣られて、最期の力を振り絞って視線を上げると、そこには棺から上体を起こして瞼を擦る少女の姿があった。
眠たそうに瞼を擦り、気怠そうに欠伸をする少女。俺に残された最期の希望。
「…………ぁ…………ッ!」
こちらに気付いていない少女に呼びかけようとしたが、声が上手く出せない。
少女がこちらに気付いてくれるしか無い。
だったが――――
「う〜ん、二度寝……Zzzzzzzzz」
「二度寝した……!?」
――――俺の願いも虚しく、少女は呑気に二度寝を始めてしまったのだった。
「ぅ……もうダメだ……し、死ぬ…………」
呑気に眠る少女の側で、力尽きて意識を失っていく俺。
この時はそんな温度差の酷い出会いが、運命の出会いになるなんて、俺も彼女――――ノアも思ってはいなかった。
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