第77話:因果応報、自業自得、自分が撒いた種
「駆動斬撃刃――――メメントを斬り刻め!!」
「……ひっ! 来るな、来るなーーッ!!」
死神メメントを殺す唯一のスキル【死への戒め】――――このスキルの存在を認識した瞬間、メメントの顔から余裕は一切消えた。
自身が死ぬと思いもしなかった傲慢さ、相手を見下し続けた高慢さ――――【死の商人】として“命”を弄び続けた死神が始めて感じた“死”への恐怖が、メメントの“魂”を凌辱していく。
「そんな……そんな……私が……死神であるこの私が……死ぬなどと……あってはならない――――あってはならない事よ!!」
「それが……死んでいった全ての人々が感じていた恐怖だ――――思い知れ、メメント!!」
「いや……いや……やめて、やめて……!! あぁ、あぁあああああ!!」
駆動斬撃刃による連続攻撃によって斬り刻まれていくメメント。大鎌による必死の抵抗も虚しく、十の刃は彼女の身体を容赦無く引き裂いていく。
纏っていた黒いローブはズタズタに破かれて、そこから見える真っ白な素肌を穢すは死神の黒い鮮血――――始めて流すであろう血にメメントは恐怖と苦痛を感じてみっともなく声をあげる。
「ゼクス=エンシェント……たかが一介の雑魚が、何故これ程のスキルを……!?」
「その為のお前との“契約”だ……! お前は、自分自身の固有スキルでゼクス兄さんに力を与えた……自分自身を殺すスキルをな!!」
「まさか……私の死神としての『“死を司る”力』を……逆手に……!? それじゃあ……今、私が置かれているこの状況は……!!」
「因果応報、自業自得、自分が撒いた種――――お前を殺したのは、他ならぬ自分自身の愚かさだと知れ、メメント!」
「――――ッ!!」
メメントの表情が固まる。さぞ、各地で恨みを『買った』のだろう――――額から冷や汗を流しながら、メメントは周囲をキョロキョロと見回す。
俺の後方ではトリニティ達によってバラバラにされた【魔導人形】の残骸が、眼下に広がる闘技場では同じく人形を蹴散らしていくノア達の姿が、神殿全体ではメメントの配下を次々と捕らえていく王立ダモクレス騎士団の精鋭達が――――【死の商人】が築き上げた背徳の都を壊していく。
「わ、私が築き上げた……【快楽園】が……崩壊していく……!」
「これでお前のくだらない商売も終わりだ……! 欲をかいてアーティファクトにまで手を出したのが間違いだったな……」
「ア……アーティファクト……あんなくだらない『ゴミ』のせいで……私は……し、死ぬの……?」
「そうだ……アーティファクト……使えもしないのにそれを拾ったお前の負けだ……メメント……!」
「………………」
左腕を失い、満身創痍と言える程にボロボロになったメメントは己の“死”に怯え始める。死神が死ねばどうなるのかは知らないが、彼女の反応から察するに“禄でない”死に方なのは確かなようだ。
「お……お待ちなさい……ラムダ=エンシェント……! こ、ここは一つ取り引きをしませんか? あ、あなたが望むものを私が何でも見繕いましょう……!」
「…………この期に及んで命乞いか? 随分と無様だな、メメント……!!」
そして、追い詰められた死神が取った行動は『命乞い』――――俺へと必死に媚を売って、メメントは浅はかにもこの場を切り抜けようと考えたのだ。
だが、それは無意味だ――――俺はお前のせいでシータを失った。俺は、お前を殺したい程に恨んでいる。
「そ……そうだ……【快楽園】に売ってある奴隷の女性をあなたに融通しましょう……! 労働奴隷でも性奴隷でもお好きなのを幾らでも差し上げます!」
「生憎と……すでに手に余る少女だらけで頭を抱えているうえに、ここから2人増えそうなんだ……奴隷なんぞ俺はいらねぇ……!!」
「…………で、では……アーティファクトは如何ですか!? このアモーレムから北に進んだ先にある“逆光時間神殿”【ヴェニ・クラス】に良いアーティファクトがまだまだ残っていますよ……!」
「それは自分で取りに行くよ……!」
「では……どうすれば……? いや、いやぁ……わ、私が死ねば……私の“魂”は女神アーカーシャに召し上げられる……!! そんな屈辱……耐えれない……!!」
「助かりたいか、メメント? なら、シータ=カミングを生き返らせろ!! お前が奪った俺の大切な人を……今すぐ返せ!!」
死神の表情が固まる――――俺の要求は『シータ=カミングの蘇生』。だが、“魂”を狩る事しか出来ない死神に、死者の蘇生など出来ない。
到底、実現不可能な要求を突き付けられて、メメントは怯えた子犬のような表情で俺を見つめている。完全に折れた心、奪われた不死性、もはやメメントに助かる術は無い。
「無理……無理、無理、無理です……! 私には……死者の蘇生は出来ない……ひぃ、た……助けて……お願い……助けて……!!」
「お前の差し金のせいで……シータさんは冷たい雪にうたれながら死んだ……!! 自分だって死にたくなかった筈なのに……俺とオリビアの為に命をなげうって死んだんだ……!! そんな高潔な騎士の死を踏み躙ったお前が……お前が……俺は許せないッ!!」
「…………なら…………なら、貴方が死になさい――――ラムダ=エンシェント!!」
交渉は決裂した――――なら、後は雌雄を決するのみ。俺に命乞いは不可能と判断したメメントは大鎌を残った右腕で振るい再び凶刃を差し向ける。
俺の首を刎ねんと迫りくる朱い刃、だがその軌道は観えている。
「――――えっ?」
「残念……【行動予測】……観えているよ、お前の浅はかな抵抗なんて……!!」
「馬鹿な……馬鹿な……私が、【死の商人】と恐れられた私が……こんな、こんな……【ゴミ漁り】風情に……!!」
「こんな【ゴミ漁り】風情にやられる……所詮お前は、その程度の存在だったって事だ、メメントッ!!」
メメントの振るった大鎌を漆黒剣で受け止めて、左腕に思いっきり力を込めてメメントの右手から大鎌を弾き飛ばして奴の唯一の武器を奪う。
そして、右手には【破邪の聖剣】――――刀身に束ねられた虹色の光が、悪しき死神を補足する。
『クラヴィスの姐さんもこの死神に騙されて“契約”させられて、深淵牢獄迷宮【インフェリス】で骸の門番にされた……我が主の恨み、きっちりと払って貰うぞ【死の商人】!!』
「やめて……やめてぇええええ!!」
「破邪、滅殺!! 穿て――――“誉れの騎士”!!」
「――――あっ、くぁああああッ!?」
聖剣による刺突、メメントの身体を穿いて迸る虹色の光――――【死の商人】と呼ばれた死神が致命傷を受け、その“死”を確定させた瞬間。
【死への戒め】による死神殺しの効果で体内から壊され、死神は苦痛の声を上げながら虹色の光と共に吹き飛ばされて神殿に祀ってあった自身を象った石像へと追突する。
「あぁ……うぁ…………そんな…………ばかな…………!」
追突の衝撃で砕けて崩壊する石像の瓦礫と共に闘技場へと落下していくメメント――――顔には死相が浮かび、もはや抵抗する力も残っていない。
これで終わりだ――――仇は討ったよ、シータ、ゼクス兄さん。
「やった……やった! ラムダさんが……メメントを倒したーーッ!!」
「ラムダ様……! あぁ……シータさん……うぅ……うわぁああああん!!」
「うぅ……ゼクス様……観ていますか? ラムダ様が……貴方様の想い……ちゃんと引き継ぎましたよ……!!」
「すごい……あれが……“アーティファクトの騎士”……!! 僕が目指すべき……勇敢なる者……!!」
崩れた瓦礫に埋もれたメメント。その場にいた全員が彼女の死を確信し、歓喜の声を、落胆の声を、感動して咽び泣く声をあげる。
ノア達は俺の勝利に沸き、メメントの配下と顧客達は闇の仲立人の失脚を嘆き、王立ダモクレス騎士団の精鋭達は現れた“アーティファクトの騎士”の勇姿に歓喜する。
《さぁさぁ、皆々様――――これにて決着ですわ! 悪しき【死の商人】を討ち倒し、見事勝利を掴んだ勇敢なる騎士の名を高らかに讃えましょうーっ!! 彼の名はラムダ=エンシェント…………グランティアーゼ王国に現れた偉大なる……“アーティファクトの騎士”ですわーーッ!!》
「御主人様……ありがとう……!!」
「あれが……ラムダ=エンシェント……! わたくしよりも気高き……真の騎士……!」
「なるほど……アーティファクトをあそこまで使いこなすなんて……通りで、国王陛下がご執心になる訳だわ……!」
勝利の雄叫びが木霊する神殿。誰も彼もが俺を讃えて喝采を贈る。
だが、“死”の演劇はまだ終わらない。メメントが残した最終兵器――――“死を運ぶ天使”が、その起動を待ちわびていたのだから。
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