第76話:VS. 【死の商人】メメント 〜Memento Mori〜
「【光の翼】――――最大加速!!」
「生きとし生けるもの、全ての魂を刈り取れ――――【死神の鎌】!!」
漆黒剣を振るう俺と、血を零した様な朱い刀身の大鎌を振るうメメントとの開戦――――闘技場の上、“死の隣人”を祀った神殿で騎士と死神は輪舞曲を演じる。
「あぁ、愉しい……実に愉しい……!! あなたの“魂”の輝き……実に……実に眩しい……!! シータ=カミング……あの時壊した騎士が、良くぞ折れた心を蘇らせて“アーティファクトの騎士”を産み落とした……これほどの“魂”の輝きを持つ逸材は、【勇者】クラヴィス=ユーステフィア以来だ!!」
「黙れ! よくも、よくも……シータさんを殺したな!! お前だけは、絶対に許さないぞ!!」
宙を舞う死神――――メメントの振るう大鎌から放たれた斬撃は、黒き魔力の奔流となって俺へと襲い掛かる。
「死に惑え――――“死水”!!」
「喰い斬れ――――【漆黒剣】!!」
その放たれた“死”を右眼で見切り、漆黒剣で確実に喰い斬っていく。俺の直感が告げる――――メメントは攻撃は掠ることも許されない“死”だと。
「ほう……勘が鋭いですね……! そう……私の攻撃は【死神】特有のスキル【即死】による一撃必殺――――死に物狂いで躱す事をおすすめします!」
「外道が……! いったい何人の人間を殺してきたんだ、メメント!!」
「――――あなたの“兄”を含めて、通算10万9999人。あなたが……栄えある11万人目ですよ、ラムダ=エンシェント!!」
「残念……!! 11万人目はお前自身だ、メメント!! 来い――――可変銃!!」
一振り、一振り――――大鎌が振るわれる度に鎌から溢れ出てくる“死”の影。死を弄ぶ死神を体現した攻撃。
こちらのアーティファクトを用いた遠距離攻撃はその影に当たった瞬間に『死んだ』ように消滅していく。
「生物だけじゃなくて、攻撃も殺せるのか!?」
「如何にも! 私の“死”は万物一切に等しく死を齎す――――私が殺せぬのはただ一つ……私自身のみです!!」
「なら安心しろ……お前に“死”を与えるのは――――俺が引き受けてやる!!」
「――――笑止千万!!」
なら近接攻撃だ――――攻めろ、攻めろ、攻めろ。いたずらに“死”をばら撒く死神に、報いの鉄槌を。
だが距離は遠い――――いかにアーティファクトで強化されていようとも、迂闊な被弾は避けなければ。万が一にも死のうものなら、ノアにも、オリビアにも、申し訳が立たない。
生き残れ、その上で活路を見い出せ――――それが、俺ができる精一杯の戦いだ。
「ん〜〜……焦ってますねぇ……。ほらほら、正面以外の意識がお留守になっていますよぉ!!」
「――――ッ!? 【魔導人形】か!?」
「ハイジョ……ハイジョ……ハイジョ……!!」
「【天使】ほどの性能は御座いませんが……それなりに強力ですよ? さぁ、獲物を刻みなさい!」
メメントへと距離を詰める俺を阻むように降ってくる三基の【魔導人形】たち。樹脂で塗り固められた駆体、無機質な頭部、腕はすげ替えられて鋭利な刃物に――――簡易魔法陣を足場にして宙に降り立った殺戮の人形が、メメントの命に従って俺を襲う。
「魔力変換――――断ち切れ……“流恋草”!!」
「ハイジョ、ハイ――――ッ!?」
「――――トリニティ卿!!」
「無味淡白な“魂”しか持ち得ぬエルフ風情が……! 私の邪魔をしないでいただけますか……!」
「あらあら……エルフはお嫌いですか? これは良いことを聞きました……わたしも死神風情は嫌いですので♪」
しかし、【魔導人形】たちは俺に凶刃を突き立てる前に瞬時に斬り捨てられる。
トトリ=トリニティ――――王立ダモクレス騎士団の【王の剣】が俺とメメントのいる空中まで一息で跳躍し、瞬く間に人形たちを斬り捨てたのだ。
「露払いは任せてください……! ラムダ卿――――メメントは貴方に託します!」
「――――はい!!」
「…………小癪!!」
次々と降り注ぐ【魔導人形】の大群にトリニティは臆する事なく立ち向かう――――足下に魔法陣の力場を形成し、空に舞い降りた美しきエルフの騎士は大太刀を構え、鷹のように鋭い眼光で敵を見定める。
「固有スキル発動――――【聖杯の泉】……!! 魔力を“敏捷”と“筋力”の魔力変換…………一意専心――――斬り抜けろ“落葉しぐれ”!!」
白き輝きを放つ豊満な胸の下に隠された炉心、魔力を過剰に送られて青く発光を始めるスラリと伸びた腕と脚、磨きに磨かれて光る大太刀の刀身は白銀の刃――――ほんの少しだけ脚に力を込めた瞬間、トリニティの姿は忽然と消え去って、俺が右眼で追い切るよりも疾く【魔導人形】の大軍の向こう側へと姿を再び晒す。
次の瞬間、無数の斬撃が【魔導人形】の大軍を一挙に斬り刻み、バラバラの破片となった人形は役割も果たせぬままに散っていく。
「疾い……!? これが……【王の剣】……!!」
「さぁ、ラムダ卿、急いでメメントを……!!」
「私の大事な玩具を試し斬り感覚で壊されては堪りませんねぇ……! ここで死になさい――――価値なき“魂”のエルフ!!」
「トリニティ卿!!」
死神はエルフを忌み嫌う――――トリニティの活躍に業を煮やしたのか、メメントは俺を差し置いて彼女の背後で大鎌を構える。
朱き刀身に滲む黒い水――――あの鎌に少しでも触れれば、【王の剣】たるトリニティですら“死”は免れないであろう。
「――――あら、ダンスのお誘いですか、メメントさん? 一刀散開――――“愛燦燦”!!」
「――――ぐゥ!?」
だが、トリニティは“死”に怯むこと無く大太刀を振り抜いて回転し、大鎌を振りかぶっていたメメントの胴を真横に両断してみせる。
分かたれたメメントの上半身と下半身――――トリニティの一閃による決着。誰もがそう信じて疑わない光景。
しかし――――
「――――うっふふふ……無駄、無駄、無駄! 死神たる私に、あなた方の安っぽい“死”など無意味極まりますねぇ……!!」
「やはり……不死身……!」
――――その程度で斃されるなら、グランティアーゼ王国を蝕む【死の商人】などとは呼ばれない。
不死の肉体を持つ【死神】などの特異種のみが有する不滅のスキル【不死身】――――【死の商人】メメントがこれまで討伐されなかった理由。そう、メメントは死なない。
いかなる攻撃を受け、どれほどの欠損を被ろうとも、どれほどの精神汚染を浴びようとも――――その“魂”と肉体は損なわれる事なく現世に留まり続ける。
最低最悪の“チートスキル”――――それがメメントの力の源。避けられぬ“死”を無自覚に回避する【死神】の詐欺。
そして、【不死身】の効果で斬り裂かれた身体は瞬時に再生し、大太刀を振り抜いて隙を晒したエルフの騎士に邪悪な死神の齎す“死”がふり翳される。
トリニティもすかさず大太刀を逆手に持ち替えて反撃の姿勢を取るが一歩遅い。トリニティが大太刀を振るうよりも疾く、死神の鎌は彼女の胸を抉り抜くだろう。
「【七天の王冠】――――闇を討て、“光の矢”!!」
「【吸血搾精】――――血死砲、“逆椋鳥”!!」
「――――クッ!?」
――――だが、戦っているのは何も俺とトリニティだけでは無い。
メメントの奇襲を防いだのは下方から放たれた光の属性を帯びた矢と、血に染まったような朱い魔力で束ねられた砲撃による攻撃。
「御主人様、ご無事ですか!?」
「トリニティ卿、怪我は無いかしら!?」
「ルージュ!」
「レティシア様!?」
メメントに攻撃を仕掛けたのはルージュとレティシアのふたり。レティシアはトリニティと同じ足下に展開した魔法陣に上に立ち、ルージュは右側のニ枚の翼を懸命に羽ばたかせて、俺たちがいる神殿上部へと登ってきたのだ。
「レティシア様……お、お怪我は……!?」
「愚問ね……内蔵破裂と複数箇所骨折の重傷よ! 今にも死にそう……!」
「何してんの!? 下に戻って騎士団に保護してもらった方が……」
「そうはいきません! わたくしをあそこまで辱めたメメントには……復讐しないと気が収まらない……!! わたくしの掲げた“正義”を踏み躙ったあいつだけは……倒さないと、わたくしは“騎士”の矜持を保てない……!!」
「大丈夫、御主人様! 私の尻尾から“血”を送って強化したから暫くは持つはず……! 後で“後遺症”に苦しむ事になるけど、御主人様……諦めてね♡」
「…………嫌な予感がする」
光の剣を両手に構え、頬を腫らして涙を流しながらメメントへと殺意を向けるレティシア。一度は壊されかけた彼女の“騎士”としての誇り――――俺たちの活躍を観たレティシアは、折れかけた心にもう一度だけ火を灯して再起したのだ。
そして、それはルージュも同じ。彼女もまた、メメントへの怒りに燃えて戦いの場に馳せ参じる。
げに恐ろしきは少女の怒り――――メメントが不用意に踏み抜いた乙女の逆鱗が、荒れ狂う復讐の炎と成りて死神の野望を阻む。
「さぁ、私の想いを弄んだ外道……!! あんたはここで殺して、二度と人間に悪さ出来ないようにしてやるわ!!」
「死に損ないの“角折れ”が何を今更……! 【魔導人形】――――纏めて串刺しになさい!!」
「ラムダ=エンシェント、あの人形の相手はわたくし達が引き受けます!」
「御主人様はメメントをやっつけて!!」
「ラムダ卿、必ずやグランティアーゼ王国に平和を!!」
「ありがとう、みんな! メメント――――覚悟!!」
人形の相手は彼女たちがしてくれる。なら、俺はただメメントだけを見据えれば良い――――俺にできる事、それは亡き兄の遺したアーティファクトと共にメメントを討つことだ。
「うふふ……! ラムダ=エンシェント……不死たる死神に抗う輝かしき“魂”の持ち主よ……! あぁ、やはり人間は素晴らしい……短く儚い生を懸命に謳歌するからこその“魂”の輝き……なんと美しい――――その輝きの最高潮を宝石にして切り取って眺める事こそが私の至福……!」
「悪趣味な……!! そんな事の為に【死の商人】をしていたのか、メメント!!」
「さぁ! あなたの“魂”を観させていただきますよ、“アーティファクトの騎士”……!!」
「やれるもんなら……やってみなッ!!」
メメントの大鎌から放たれた黒い魔力の攻撃を【行動予測】で見切って躱して、俺はメメントの懐へと飛び込む。
奴は油断している――――自らの【不死身】の力を晒して、自身の優位性に慢心している。
自分は死なないと錯覚している。
ならばこそ、お前に相応しい“死”を贈ろう――――我が兄が遺した“最高にくそったれなスキル”で、お前の鼻を明かしてやろう。
「死になさい――――“死刑”!!」
「固有スキル発動――――【死への戒め】!!」
「――――なッ!?」
メメントが振るった大鎌が俺の首を刎ねるよりも疾く――――俺が振り抜いた漆黒剣が死神の左腕を斬り飛ばす。
溢れ出る黒い血、激痛に歪む死神の苦悶の表情、自身の不死性が打ち破られた瞬間――――それまで大きく表情を変える事がなかったメメントが始めて見せた狼狽。
「バ、馬鹿な!? 私の……私の腕が……再生出来ない!? 何故、何故……!?」
「【死への戒め】……我が兄、ゼクス=エンシェントがお前と“契約”して獲得した新たな固有スキル……」
「……【死への戒め】……?」
「このスキルの効果は……『攻撃に死神メメントの不死性を打ち消す効果を乗せる』ことのみ!」
「…………なッ!?」
「ただ一度の決戦術式……! 我が兄が遺したお前への“死への戒め”……!!」
「そんな……うそ……嘘よ……わ、私が……死ぬ……?」
「そう、勘が鋭いな……! 俺の攻撃はゼクス兄さんの固有スキル【死への戒め】による“死神殺し”――――死に物狂いで躱す事をおすすめする!」
「ラムダ……エンシェントォーーーーッ!!」
メメントの激昂、人を喰い物にした死神から余裕の笑みが消えた瞬間――――今こそ、悪しき商人に裁きの鉄槌を。
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