第75話:わが神の望みとあらば
「うわぁあああ!!」
「きゃぁあああ!!」
「――――アリア……コレット……!」
ゼクス兄さんの“死”を看取った俺の側へと落下してきたミリアリアとコレット。ふたりとも身体中に傷を負って地面へと倒れ、起き上がれずに身体を震わせる。
どうやらメメントとの戦いで負傷したようだ。それでも、ふたりは心と身体を奮わして立ち上がろうとしていた。
「ごめん……ラムダさん……僕たちじゃ、あいつに敵わない……!」
「ラムダ様……ッ!? あぁ……そんな……ゼクス様……あぁ、あぁああああ……!!」
メメントがいる闘技場の上を睨み付けるミリアリア、俺の側で息絶えたゼクス兄さんに気付き慟哭をあげるコレット。
「おやおや……死んでしまったのですか、ゼクス=エンシェント? 参りましたねぇ……せっかく新しい“玩具”を恵んで差し上げたと言うのに……やはり、エンシェント家の『面汚し』ではこの程度でしたか……!」
そして、闘技場を眼下に見下し、ゼクス兄さんの“死”を嘲笑うように姿を現したのは【死神】メメント。
「うぅ……ラムダ様……」
「がふッ……! ご、ごめんなさい……御主人様……!」
「オリビア! ルージュ! ふたりを放せ、メメント!!」
足下に倒れたオリビアの頭を踏みつけ、右手でルージュの首を絞めて宙釣りにしながら、メメントは戦いで傷付けられたであろうヒビの入った仮面を向けて俺を威圧する。
「いやはや……私とあろう者がここまで時間を掛けてしまうとは……! まったく、流石は勇者パーティーですね……少々、お遊びが過ぎましたか」
「メメント……よくも……!!」
「それで、如何でしたか、ラムダ=エンシェント? 実の兄を手に掛けた感想は? 気持ち良かったですか、快感でしたか、恨みを晴らせてスッキリしましたか? 憎い兄弟を殺めるなどと……最高の“快楽”ではありませんか!!」
「黙れ……!! 口を開けるな、このクソ野郎……!!」
虫唾が走る。こんな奴が好き放題に暴れているなんて、我慢が出来ない。
ゼクス兄さんが遺した【漆黒剣】を構えて、メメントを睨み付ける。
「ほう……? 兄を殺めたすぐ後に、私と一戦交えるつもりですか? 良いですねぇ……なら、このゴミ2匹を始末して……お相手致しましょうか……!」
「――――やめろ、メメント!!」
だが、迂闊には動けない――――メメントの足下にはオリビアが、メメントの手にはルージュがいる。
人質――――俺が動けばふたりは殺される。なんとか不意を突かないと。
「うふふふ……リリエット=ルージュ……人間を憎み、いまや人間に媚を売る哀れな淫魔よ――――何か言い残す事はありますか?」
「ぐ……ッ、あるよ…………死ぬのは――――私だけで充分だってね!!」
メメントの意識がルージュへと注がれた瞬間、メメントが油断した僅かな“隙”を見計らって、ルージュは尻尾を倒れたオリビアの背中へと突き刺した。
「…………? リリエット=ルージュ……何を……?」
「ルージュ……さん……?」
「貴女は生きなさい、オリビア……! 生きて、御主人様を守ってあげて!!」
力いっぱいに尻尾を振って、メメントの足から強引にオリビアを引き剥がして、ルージュは【神官】の少女を闘技場へと放り投げる。
かつて、ラジアータ村で殺そうとしたオリビアを、ルージュが命懸けで助けた瞬間――――ルージュが、彼女なりに選んだあの日の『贖罪』。
「だめ……だめ……ルージュさん……だめだよ……! ラムダ様が……悲しむわ……」
「人殺しには……お誂え向きな末路よ……さようなら」
「いや~、美しい! 低俗な魔族にしては、なかなかに良い“魂”の輝きだわ……さぞ、飾りがいのある宝石になるでしょうね…………【来たれ、汝甘き死の時よ】……!!」
「――――ぐッ!! あぁ……あぁああああああ!!」
「ルージュ!!」
ルージュの胸に挿し込まれる【死神】の手――――生きとし生ける者の“魂”を奪わんとする死の腕。
それが今、ルージュの魂を奪わんと彼女を蝕む。
「さぁ、あなたの魂を寄越しなさい……それこそが“契約”、それこそが私の所有物である貴女の末路――――何ッ!?」
「う……私は……もうあなたの所有物じゃ……無い! 私は……御主人様の――――ラムダ=エンシェント様の物よ!!」
「魂が……奪えない!? 馬鹿な、この私の契約が……上書きされているの……!?」
「御主人様を傷付けるな……この――――死神がッ!!」
「――――ガッ!?」
だが、メメントはルージュを害せなかった。あの時、俺たちに匿われたルージュが俺と交わした【隷属】の契約――――それは、ルージュがメメントの支配から逃れ、ラムダ=エンシェントの所有物となった瞬間。
図らずも、メメントを出し抜いたルージュが振り抜いた拳が、メメントの白い仮面を強打する。
「ルージュ!!」
「えへへ……仕返し♡ ざまぁみろ、メメント……!!」
「おのれ……よくも私の顔に傷を……!! 今すぐ死になさい、リリエット=ルージュ!!」
決死の一撃、稼いだほんの数秒の時間――――それこそが、ルージュの運命を分かつ分岐点。
「――――魔力変換。斬り裂きなさい……“天城越え”!」
「――――何!?」
怒りに身を任せてメメントが右腕でルージュの首を折ろうとした刹那――――何処から放たれてメメントの右腕を切断した白い斬撃。
肘の部分から斬り落とされ、分かたれた腕と共に闘技場へと落下するルージュ。今しがた起きた出来事に身体を仰け反らせて驚くメメント。
それこそが、反撃の合図。
「総員、突撃!! 【快楽園】にいる全員を残らずに捕らえろ!!」
「な、何……? 神殿に騎士がいっぱい突入してきた?」
「あれは……王立ダモクレス騎士団第三師団……【破壊縋】……!!」
「レティシアさん、知っているの!?」
「グランティアーゼ王国が誇る……十人の“王の剣”……その内の一振り……!」
《メメント様! この鏡面世界【快楽園】に侵入者です! 至急対応を!!》
神殿のあちこちから現れる騎士たち――――レティシアは言う、彼らこそが、王立ダモクレス騎士団の精鋭であると。
そして、栄光ある騎士団を率い、今しがたメメントの腕を斬り落とした騎士がひとり。
「ようやくお会いできましたね……【死の商人】メメントさん?」
「…………トリニティ……!!」
自分の背丈をゆうに越える巨大な大太刀を携えた、美しい白金色の髪と青い瞳をした甲冑姿のエルフの女性。
威厳と尊厳に満ちた騎士団を率いるにはあまりにも朗らかで、慈愛に満ちた表情をした聖母が如き女性。
「わたしの名はトトリ=トリニティ……! 王立ダモクレス騎士団の第三師団【破壊縋】を指揮する騎士――――あなたを殺しに来ました、【死の商人】メメントさん♪」
彼女の名はトトリ=トリニティ――――王立ダモクレス騎士団の第三師団を纏める騎士。グランティアーゼ王国に十人しかいない【王の剣】と讃えられた栄光の騎士のひとり。
「馬鹿な……王立騎士団がなぜ、【快楽園】の場所を……!?」
「勇敢なる騎士……ゼクス=エンシェント卿から提供された情報で、この【快楽園】の所在地が分かりました……もう、逃げれませんよ?」
「ゼクス=エンシェントが……!? おのれ……私を謀ったのか、あの男……!!」
王国最高の騎士が【快楽園】に現れた理由―――――それは、自らの身命を賭して【死の商人】へと組みした、ある黒騎士の計略。
ゼクス=エンシェントが俺を殺そうとしたのは、紛れもなく彼の『本心』だった。そして、彼が仕込んだもう一つの計画こそが、【死の商人】メメントの討伐。
「あなたに強い恨みを持つ男を味方にできたと思い込んだ……それが、あなたの決定的な過ちよ……」
「恨みですって……!? まさか……さっきまでの私の足を引っ張るような無能ぶりも……全部……!」
「演技よ、メメント……! そして、ゼクス=エンシェントの計画の全ては、ラムダさんへと託された……!! あなたは、自分の墓を自分で掘った――――『自業自得』、それがあなたに相応しい末路よ、メメント!!」
「人形……!! よくも、私に知った風な口を……!!」
次々と騎士たちに拘束されていくメメントの配下と【快楽園】の住人たち――――メメントが思い描いた楽園が崩壊していく時。
たったひとりの騎士が放った“死の針”が、邪悪な死神の魂を蝕んでいく。
《メメント様! 【魔導人形】の投入許可を! なんとしてでも……な、なんですか貴女は……キ、キャアーーッ!?》
《拡声器を頂きましたわーーッ!! さて……オーッホッホッホ! 聴こえていますか、【ベルヴェルク】の勇者たち、それに【死の商人】メメントさん?》
「シ……シャルロットさん!? 避難した筈じゃ……!?」
《名誉ある伯爵令嬢であるこの私に、『逃げる』なんて選択はありませんわ、勇者リリーレッドさん!! この神殿にトリニティ卿を導くことが私の責務……お前たち、原稿を!》
《どうぞ、お嬢様……!!》
そして、闘技場を俯瞰していた実況席にいたメメントの配下から力ずくで拡声器を奪い、闘技場……ひいてはこの神殿全域にシャルロット=エシャロット伯爵令嬢の声が響き渡る。
《さぁさぁ、【快楽園】にお集まりの皆々様! 本日、私が語りますは〜邪悪な死神が織り成しし“死”の演劇へと立ち向かう勇敢なる者のご紹介〜♪》
これは、【死の商人】メメントが織り成す“死”を巡る戦いの軌跡。
《遠くオトゥールの地で【吸血淫魔】を打ち破り〜♪》
「…………御主人様……!」
グランティアーゼ王国を蝕んだ“癌”、【死の商人】と謳われた死神が起こし続けた悲劇と喜劇。
《迷宮都市エルロルで起こりし『勇者事変』で名を上げた“ギルドの狂犬”〜♪》
「あれが……アインス卿とツヴァイ卿の弟……“アーティファクトの騎士”……!」
その“死”の螺旋へと臨んだ“災いを引き起こす者”の戦いの記録。
《ご紹介致しましょう……彼の名はラムダ=エンシェント!! あなたに……相応しき“死”を与える、記念すべき男の名ですわ!!》
「ラムダ……エンシェント……!!」
シータ、リティア、ゼクス――――【死の商人】に弄ばれ命を落とした人々の無念、邪悪な死神に翻弄された挙げ句、『ゴミ』のように捨てられた全ての犠牲者の“魂”を拾い集めて……俺は大悪を討つ。
「俺の名はラムダ=エンシェント……!! 貴様に……相応しき“死”を与える者――――我が最愛の騎士……シータ=カミングが目覚めさせた“アーティファクトの騎士”!! さぁ、今日限りで廃業してもらうぞ――――【死の商人】メメント!!」
「随分と威勢が良いですね、【ゴミ漁り】……その魂、私の部屋に飾るには少々、眩しすぎる……! ここで括って差し上げましょう!!」
斬り落とされた右腕を再生させると共に、巨大な鎌を手にしたメメント――――それは、この闘技場を見下ろす“死の隣人”と敬愛された者の石像と同じ立ち姿。
そして、大鎌を携えた瞬間、【死の商人】の白い仮面は砕け散って、邪悪な【死神】の素顔は晒される。
長く揺蕩う黒き髪は闇夜の如く、白き素肌は死者が如き死化粧、血に染まった朱き瞳を妖しく光らせた、哀しくも孤独に踊るひとりの女。
祭壇に祀られた“死の隣人”の堕ちたる末路――――“彼女”の名はメメント。
死を司り、死を弄び、死を愛でる――――死神。
「魂を喰らいて起きなさい……我が下僕――――【魔導人形】よ!!」
「王立ダモクレス騎士団よ、いま現れた人形を蹴散らしてレティシア様とシャルロット様をお護りしなさい!」
「お前の相手はこの俺だ――――死神メメントッ!!」
【死の商人】メメントの織り成す“死”の演劇は第五幕へと――――全ての“魂”を背負いひとり戦う騎士と、全ての“魂”を凌辱した悪しき死神との決戦。
いま、悪しき死神に鉄槌の時――――これは、弄ばれた全ての魂に捧げる『葬送曲』。
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