第74話:ある黒騎士の最期
『ラムダ、お前は優しすぎる! 命取りだ、その優しさは……いずれ、お前は自分の甘さのせいで命を落とすだろう……シータみたいにな……!』
――――昔、ゼクス兄さんに言われた言葉。『優しすぎる』と、そう言われて怒られた。
『救えるもの全部救おうとして、自分ひとりの身を投げ出す――――馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿だ! そうやって自分を犠牲にしてシータはどうなった!? 雪に晒されて死んで、魂は奴に奪われて、お前には心の傷が残った!』
自己犠牲――――自らの命と引き換えに誰かを救う、最も高潔で、最も愚かな精神。
ゼクス兄さんは、俺にも、シータにも、その『自己犠牲』の精神が巣食っていると罵った。
『俺は……テメェがどこぞで雨風に晒されて死んでいく所なんざ見たくねぇ……! 俺がお前を殺す! お前が自分で自分を殺す前に、俺が殺してやる! だから……シータと同じ眼を……俺の前でするな……!』
以来、ゼクス兄さんとの関係は悪くなった。事あるごとに喧嘩をして、いつしか兄さんは俺に『殺意』をチラつかせる様になっていった。
遠い日の残影――――ある黒騎士の見せた、唯一の『甘さ』。
「ヒャーッハッハッハッハ!! 唸れ、吼えろ、駆動斬撃刃どもォ!! 俺様の魂を喰い尽くせ、そして目の前の敵を斬り刻め!!」
「ラムダさん! もうこんな事やめて! 兄弟同士で殺し合うなんて……悲しすぎるよ…………」
「ゼクス……今度こそ、終わらせてやる!!」
俺の後ろで、ノアが涙を流している――――ごめん、つらい思いをさせて。
それでも、俺は、ゼクス兄さんは、殺し合いを止めれない。きっとそれは、俺が背負った『運命』なんだろう。
ごめん……ノア。
「斬撃包囲刃――――第十四剣技“暴風雨”!!」
「【光の翼】――――最大加速!!」
俺を取り囲み、乱れ飛ぶ黒い駆動斬撃刃。その斬撃の猛襲を潜り抜けるように俺はゼクス兄さんに向けて突貫する。
俺の手には流星剣、ゼクス兄さんの手には漆黒剣――――剣と剣のぶつかり合い、恐らくはこの一撃が最後になる。
「ラムダさん……自分を見失わないで!! 私は……ラムダさんの優しい所が…………好きなの!!」
「――――――ッ!!」
だめだ、ノアの声が響く。シータと同じあの天使の様な透き通った声が――――俺の心に響く。
俺は君の為なら何でもできる。できなければならない。
けれど……ノアを悲しませるのは、間違っている。
「私は……ラムダさんの優しさに……救われたの……!」
あぁ、そうか――――甘い事は、必ずしも悪いことじゃないんだな。きっと、優しいからこそ、出来る事もあるんだな。
なら、俺は、ラムダ=エンシェントは――――心の赴くままに、己の“生き様”を見せるだけ。
「――――ゼクス兄さん……これで最後だ!!」
「俺様に……その“眼”を……見せてんじゃねーーーーッ!!」
騎士と騎士の決闘、意地と意地のぶつかり合い、兄と弟の喧嘩――――剣と剣は火花を散らして克ち合って、お互いの矜持を突き通す。
もう迷わない――――甘さも優しさも、全部抱き抱えて、俺は“ノアの騎士”として戦う。
「――――光量子展開射出式超電磁左腕部……!!」
「同じ手に三度も引っ掛かるかよ……これで終いだ、ラムダ!!」
咄嗟に左腕をゼクス兄さんに向けようとした瞬間、俺の右眼に映った【行動予測】による警告――――俺の身体を貫く様に表示された朱い幻影。
背後からの奇襲だ――――さっきノアを攻撃しようとして、俺が弾いた兄さんの駆動斬撃刃が伏兵として俺に向かって来ている。
このままだと俺は背後から貫かれる――――なら、回避しなければ。
「ラムダさん!!」
「――――射出!! 空間掌握!!」
「左腕を上に向けて……跳躍だと!?」
左腕を上に向けて放ち、空間を掴み、そこに向けて跳ぶ――――何度か使った離脱方法で、ゼクス兄さんの奇襲を俺は回避した。
「――――しまった!! ぐォ!!?」
「――――兄さん……!」
それが、ゼクス兄さんの敗北につながるとは“予測”出来ずに。
俺が躱した駆動斬撃刃の一撃は、そのまま射線上にいたゼクス兄さんの胸を貫いて、兄さんを闘技場の壁へと貼り付けにする。
呆気ない決着――――ゼクス=エンシェントは自らが操るアーティファクトを御しきれずに、自滅と言う末路を辿った。
「兄さん……!! 兄さん!!」
地面へと降り立った俺は、貼り付けにされた兄さんに呼びかける。戦いの決着は付いた――――なら、助けないと。
「ノア……兄さんが…………あっ…………」
「――――――ッ!!」
アーティファクトによる刀傷、それがどのように人体に影響を与えるのか知りたくてノアへと視線を向けた俺が視たのは――――顔を真っ赤にして、涙を止めどなく流して、俺を見詰めているノアの……悲しげな表情だった。
あぁ、助からないんだな――――それだけは、分かった。
「…………ガフッ! あー……ちくしょう…………結局、勝てなかった……か…………ハハ……ざまぁ……ねぇな…………」
「兄さん……」
あの時と同じだ。口から血を流し、顔には死相が浮かんでいる――――高密度のエネルギーである光量子で構成された刃に貫かれ、兄さんの身体は内部から破壊された。
助からない……回復魔法を使えるオリビアもメメントと戦っていて手が離せない。
「なんだ……その憐れんだ……眼は……! 相変わらず……むかつく……ぜ……!」
「どうして……メメントなんかに……!!」
「決まってん……だろ……テメェを…………殺す……ためさ……! もっとも……結果は……この……通りだがな……!」
死を目前にして、ゼクス兄さんはそれでも傲慢に満ちた笑顔で俺を罵倒する。
彼なりの強がりだろうか、はたまた、弟である俺に弱音を吐きたくないのか――――それは分からない。
「分かってたのにな……【死の商人】と組めば……碌な死に方…………しねぇ……って……!」
「なら……どうして!?」
「それでも……俺は……お前に…………勝ち……たかった……! お前は……『甘い』って……分からせ……たかった……」
「兄さん……」
「よく……見とけや……ラムダ……! “騎士”なんざ……こんな……もん…………だ……どこかで……無様に……死ぬ…………! その覚悟が……テメェに…………あるか……!?」
黒騎士は笑う――――己のが“死”を目前にしても、なお俺へと覚悟を問う。
この“死”は、いずれ俺にも降りかかる運命だと。
「――――ある。でも、俺は……生き抜いてみせる……!!」
「…………ケッ、甘ちゃん……が! けど……悪くねぇ……眼だ…………それなら……メメントは…………任せれ……そう……だな……」
「兄さん……何を……?」
「俺を超えた……祝いだ…………コレ……くれて……やるよ……」
俺の覚悟を、俺の眼を見て何かに満足したのか、兄さんは小さく笑いながら手にしていた【漆黒剣】を地面へと落とす。
ゼクス=エンシェントがメメントから受け取ったアーティファクト。それが、所有者に捨てられて地面へと転がっていく。
「拾うの……好きだろ…………『ゴミ』……をさ……!」
「兄さん……!」
「その『ゴミ』に……俺の…………新しい…………固有……スキル……を……込めて……おいた……!」
「兄さん……兄さん……!!」
「その最高……に……くそったれ……な……『ゴミ』で…………テメェ……が…………メメントを…………討て……! そして……奴に…………囚われ……た……シータ……を……解放……して……やれ……!」
「いま……なんて……!?」
ゼクス兄さんの足下に落ちたアーティファクト。いつかのあの日、エンシェント邸で兄さんが俺を誂う様に寄越した剣と同じように、彼は『ゴミを拾え』と俺を急かす。
拾うしか無い――――きっと、それがゼクス兄さんの『生きた証』なんだと確信して、俺はアーティファクトを手に取る。
『遺物――――認識。対“光量子”干渉斬撃兵装・【漆黒無光消失剣】――――認識。ゼクス=エンシェントによる保有権限の放棄――――認識。スキル【ゴミ拾い】効果発動―――所有者をラムダ=エンシェントに設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調率最適化――――完了。拾得物に記憶された技量熟練度及び技能の継承――――完了。固有スキル【死への戒め】取得――――完了』
頭の中で響く声――――そして、俺は兄さんの意図の全てを察した。
「兄さん……始めっから、メメントを……!!」
「俺の……“死”に……意味を…………持たせ……たい……なら…………やるべき……こと……は……わかって……いる……な……!」
「〜〜〜〜ッ! 分かってる……分かっているよ……ゼクス兄さん……!」
「なら……いい…………せいぜい……死ぬな……よ……テメェが…………あの世に……来るのを…………ゆっくり…………待ちたい…………から……な…………」
「兄さん……ありがとう…………」
「くくく……ヒャーハッハッハッハ…………――――――」
最期の最期に、いつものように高笑いをして――――ゼクス=エンシェントは死んだ。
ある黒騎士の最期。俺へと憎しみをぶつけて、最後まで“悪”を貫いた兄の死――――彼が最後に遺したものは、メメントを討つ『ゴミ』の贈り物。
この悲しき“死”の螺旋に終止符を打つ――――『死への戒め』。
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