第70話:折れた心《SIDE:レティシア》
「いいぞー! 殺せ殺せ、あっはははは!!」
「正義だのなんだの言って自慢気に暴れまわる忌々しい第二王女…………さっさと殺されてしまえば良いのに!!」
「さっさと負けて【快楽園】の商品棚に陳列されてくれよーレティシア姫ー! そしたら、僕が買ってあげるからさー!!」
――――わたくしは何の為に戦っている?
グランティアーゼ王国に住む人々の安寧の為に戦っているの……その筈。
なのに、何故、ここにいる人たちはわたくしに『負けろ』と言うの?
『では、貴女には特別な機会を与えましょう……この闘技場で私が用意した全ての敵を討ち果たせば、貴女を解放致しましょう…………勿論、ここに囚われた哀れなグランティアーゼ王国の国民達も纏めて……ね』
あの【死の商人】はそう条件を突き付けて、わたくしをこの朽ちた神殿に閉じ込めた。
分かっています――――わたくしは【死の商人】が引き連れていたあの【黒騎士】に無様に敗北して囚われた『敗軍の将』。
そんなわたくしに有利になるような条件を【死の商人】が提示する筈も無く、きっとわたくしは弄ばれているだけだと。
でも、“希望”が残されているのなら、わたくしは諦めてはならない。
わたくしの名前はレティシア=エトワール=グランティアーゼ――――この王国の王女、人々の手本とならねばならぬ存在。
だから、諦めれない。
「すげぇ……流石はレティシア姫…………もう一日中戦っているのにまだ倒れねぇ……!!」
「もう何匹魔物を屠ったんだ!?」
「はぁ……はぁ……はぁ……!! うっ、げほげほ…………はぁ……はぁ……!!」
もう喋る気力も無い。一体いつまで戦えば許されるの?
闘技場に放たれた魔物を斬って、斬って、斬って――――闘技場に放たれた悪党を斬って、斬って、斬って…………何匹殺した、何人殺した、あとどれだけ殺せば、わたくしの『正義』は為せるの?
誰か教えて、誰か教えて、誰か教えて。
「ひぃ……! お、俺たちはメメントさんに脅されて仕方無く傭兵をやっていたんだ! 頼む、助けてくれ!!」
「――――わたくしは……王国に蔓延る“悪”を……全て滅する……!!」
「ひぃ……あ、ギャアーーッ!!」
目の前で命乞いをする傭兵を光の剣で斬り捨てる――――相手は【ケルベロス傭兵団】の傭兵、断罪に値する相手。
わたくしは悪を刈り取り、また一つ正義を成した――――そうよね?
「…………もう…………いや…………いつまで殺せばいいの…………? なんで……誰も助けてくれないの……? なんで……みんな、わたくしを見て嘲笑うの……? わたくしは……あなた達の為に……戦っているのに……」
闘技場を囲む観客はわたくしの問いに何も答えない――――ただ、『早く次の相手を出せ』、『早く負けろ姫騎士』、『正義ぶるなこの偽善者め』とわたくしを罵るだけ。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ――――わたくしは、あなた達を救うために戦っているのに、どうしてそんな酷いことを言うの?
誰かの為に戦うのはそんなに醜いことなの、そんなにも愚かなことなの――――そんな無駄な事に、わたくしは躍起になっているの?
一度でも自分を疑えば、後はもう自分自身に押し潰されるだけ――――急激に体力が無くなっていく、気力が無くなっていく、心が折れていく。
《――――承知しましたメメント様…………それでは、アーティファクト……【天使】を投入致します》
心に暗い影が差し込んでも、無慈悲な戦いは終わらない――――闘技場の様子を実況する【死の商人】の配下の宣言の元、休む暇すら与えられずにわたくしの次の相手は投入される。
闘技場の入場用の門から現れたのは小さな少女――――純白のボディースーツに身を包み、目元を覆う金属製のバイザーを装着した白い髪の女の子。
「次は……幼子を殺めさせる……つもりなの…………! なんて酷い……もう……やめて……!」
《胸部動力炉に“魂宝玉”【グレイヴ=サーベラス】装着――――アーティファクト【天使】、起動に入ります》
わたくしの目の前で眠りように立ち尽くす少女の胸元に空いた窪みに、何処からか飛来した朱い宝玉が嵌め込まれる。
あぁ、またわたくしは――――人を殺めて、正義を成すのですね。
「――――起動、起動、起動。疑似エナジーユニット……認識。地球連邦軍汎用人型戦闘兵器【ティタノマキナ】――――起動を開始します。反重力飛翔ユニット【ルミナス・ウィング】展開」
バイザーから覗く朱い“一つ目”が輝き、少女は動き始める――――背中から光輝く翼を広げて、宙へと舞い上がる。
その姿はまるで天使――――女神アーカーシャ様の御使い。正義に殉じた者を救う使徒。
神々しき神の使徒が今、わたくしの前に降臨する。
「――――対象認識、殲滅開始――――【ルミナス・フェザー】発射」
「――――なっ!?」
わたくしを見るやいなや、天使は大きく広げた光の翼から無数の光弾をわたくしに向けて撃ち放つ。
雨あられのように降り注ぐ光――――すぐに理解した、あれを喰らえば確実に死ぬ。
「固有スキル発動【七天の王冠】――――光の盾!!」
わたくしと天使の間に挟むように展開した光の盾――――S級の魔導師の放つ上級魔法にも耐えうるわたくしの自慢の盾。
降り注いだ光の光弾を受け止めていく――――少しずつ盾にヒビが入っていますが、魔力を送って随時補強すれば何とか凌げる筈。
そう思っていた。
「――――対象の防衛行動を確認。兵装展開――――【アンチ・マテリアル・ビームライフル】発射」
「――――えっ?」
光弾が止んだ瞬間、天使の手に何処からともなく出現した大型の機銃――――その銃の引き金を天使は躊躇わずに引き、砲身から朱く禍々しい光弾が射出される。
粉砕される盾――――わたくしの自慢の盾は、薄氷のように粉々に砕けて霧散する。
そして、わたくしの盾など無いにも等しいように朱い光弾は勢いを落とすことなくわたくし目掛けて飛んでくる――――防御は間に合うのか、意味はあるのか、それでも無意識の内にスキルで全身の防御を固めて、わたくしは大きく後ろへと跳躍する。
「――――キャア!?」
朱い光弾の直撃は避けれた。しかし、光弾の余波だけでも纏った魔力の鎧は瞬く間に砕け散り、大きく吹き飛ばされたわたくしは闘技場の壁に打ち付けられしまう。
内蔵を損傷したのか口から吐き出る鮮血、激突の衝撃で骨も折れている――――痛い、痛い、痛い。
「止めさない、【機械天使】!! その人を殺してはダメ!! 製作者である私の命令が聞けないの!?」
「無駄ですよ、ノアさん……あの天使の動力に使った宝玉は私が固有スキル【来たれ、汝甘き死の時よ】で精錬した“人の魂”を宝石化したもの……あの天使は私の命令しか聞きませんとも……」
「ぅ……あぁ…………ゲホッ…………誰か…………」
上の方から声が聴こえる。天使に呼び掛ける透き通るような少女の声と、わたくしを弄んだ【死の商人】の声が。
もう、身体が動かない――――嫌だ、怖い、怖い、怖い。目の前の天使に殺される、逃げれない、もう駄目なんだ……わたし。
「どうです? ご理解頂けましたか、レティシア姫? 貴女の言う『正義』は……所詮、世間知らずなお姫様が絵に描いたただの空想なのですよ……!!」
「うっ…………うぅ…………!!」
「何匹殺しました? 何人殺しました? 殺して、殺して、殺して…………それで貴女の正義は成せましたか?」
「うぅぅ……うぅぅうううう!!」
「貴女を褒めてくれる人が此処に居ましたか? いいや、居ない……貴女の『正義』は此処では無価値……!」
「いや……いやぁ……!」
「貴方はただ……自己中心的な『正義』を振りかざして、自慰に耽って、“快楽”に身を震わすだけの…………ただの卑しい女なんですよ!!」
「――――――ッ!!」
悔しい、悔しい、悔しい――――【死の商人】の言う通りだ。わたくしはただ、正義を御旗にして……『良いことをしたい』だけの女だ。
人助けをして、悪党を懲らしめて、人々から感謝されて――――その光景に“快楽”を感じたいだけの、卑しい女。
気持ち良かった、正義を成すのが……ただ、それだけ。
崇高な意思も、強い覚悟も、わたくしには……無い。
正義を果たす為に人を助け、正義を成す為に悪を討つ……“達成感”と“称賛”という見返りが欲しくて――――あぁ、なんと『薄っぺらい正義』なのでしょう。
死ぬのが怖い……正義の為に“死”を選ぶ事が出来ない。怖い、怖い、怖い。
あぁ、ただ『神授の儀』で【姫騎士】の職業を授けられて、喜んだだけの世間知らずな王女様。
それが、わたくしの正体。
「うぅ……うぁあああああん!!」
「おやおや……もう壊れてしまったのですか? 同じ目に遭わせたシータ=カミングさんでも、一週間は耐えたと言うのに…………やはり覚悟の伴っていない“偽物”には荷が重かったようですね」
涙が溢れる、感情が抑えられない――――心を折られて、現実を突き付けられて、わたくしはもう限界だった。
「わたくしが……わたくしが…………間違っていたの! お願いします……もう許して……もう許してください! あなたには逆らいません、何でもします…………だから、殺さないで……!!」
「それは…………彼の選択次第でしょうね」
「誰か……お願い……誰か……助けて……!! 誰か――――助けてぇえええええッ!!」
みっともなく声を張り上げる。全身が痛むけど、叫ぶしか無い。じゃないと、わたくしはここで殺される。
彷徨える子羊を神は救わない。
ただ、子羊は無慈悲に殺されて、死神の贄になるだけ。
それが、女神アーカーシャ様の思し召し。
「さぁ、ラムダ=エンシェント……選択の時です! 貴方はどちらの少女を救いますか?」
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