第69話:暴かれる秘密
「さぁ……どうぞお座りになって楽にしてください、【ベルヴェルク】の皆さま…………あっ、金髪ドリルはその辺りを彷徨ってて良いですよ、貴女との商談は後でしますので」
「この死神、私に対して失礼すぎますわ!?」
――――【快楽園】、古ぼけた神殿の一室にて。メメントに案内された俺たちは室内に用意された座席に座ってテーブルを挟んだ向かい側に座る【死神】と対峙する。
手入れもされずボロボロの状態になった室内、至る所に蜘蛛の巣が張られ風化して崩れた石壁が足下の飛散する陰気な空間。
それが、俺たちとメメントの“商談”の場所。
「…………汚いですわ」
「えぇ……私、こう言う辛気臭い場所が好みですので」
「商談に適した場所じゃねぇだろうが……この阿呆商人が……!」
「また【黒騎士】さんに怒られました……」
メメントの傍には俺たちの一挙手一投足を見張るように【黒騎士】が立っている。
全身を覆った黒い騎士甲冑、素顔を隠した漆黒の兜――――しかし、甲冑こそ違えど、メメントを諌める時の喋り方はあまりにもゼクス兄さんとそっくりで、どうしても妙な胸騒ぎが治まらなかった。
「あなたの下らないお喋りに付き合う暇は無いわ…………単刀直入に訊きます、グランティアーゼ王国の第二王女……レティシア=エトワール=グランティアーゼ王女は何処に居るのかしら……【死神】メメント?」
「ふふふっ……これは手厳しい、流石は“人形”……私との商談の心得が有るようですねぇ…………ノアさん?」
「おい……ノア……」
「ここは私に任せて、ラムダさん。あいつと喋ったら、普通の『人間』であるラムダさん達では“魂”に干渉されてしまうわ…………だから、死神の相手は私がする……!」
メメント相手にたったひとり立ち向かうのはノア――――俺たち普通の『人間』では、メメントと喋るだけでも“魂”に奴の干渉が入ってくるとノアは言う。
でもそれは、ノアは普通の『人間』じゃ無いような言い方で。
「貴女の眼を観れば分かります…………愛もなく機械的に結合された精子と卵子、子宮の代わりに満たされた薬液塗れのシリンダー、組み替えられた遺伝子、極限まで省かれた人間性、不純物の無い無垢な“魂”…………まるで、与えられた“役割”をこなす為に造られた人形――――さて……貴女は、何者ですか?」
「――――人類への奉仕、私の存在意義はただそれだけ……人の“魂”を刈り取る“役割”をこなすだけの存在であるあなたと同じよ……メメント」
「ふふっ……なるほど、やはり『同族』でしたか…………では、そんな“人形”がそこまで人間性を獲得しているのは…………横にいる“男”の影響でしょうか?」
「そこまで私の“秘密”をあなたに明かす気は無いわ…………さっさと商談に移りましょう、メメント」
淡々と喋るノア、彼女に興味を示すメメント――――薄暗い部屋で繰り広げられる“死神”と“人形”の舌戦。
そこに俺たち『人間』が入り込む余地は無く、【ベルヴェルク】の面々はノアの奮闘を見守るしか無かった。
ただ、メメントは知らない――――テーブルの影に隠して、ノアの左手がずっと俺の右手を握っていることに。
震える小さな硝子のような手、絹のようになめらかな白い手が、俺の手を強く強く握りしめている。
「――――よろしい、では……商談を始めましょうか……!」
「…………ラムダさん……私の手を……放さないで……」
分かっている――――この手は放さない。
約束だから、大切な人の手は絶対に放せない。
「私たちの要求はただ一つ……第二王女レティシアの引き渡し。さぁ、あなたは私たちに何を対価として求めるのかしら?」
「第二王女レティシアの引き渡しですね……承りました。では、私からの要望をお伝えしましょう…………それは、貴女を頂戴する事です……ノアさん」
「――――ノアを!?」
「えぇ、私は貴女が欲しいのですよ、ノアさん。ロクウルスの森に隠された方舟より目覚めた少女よ……! ふふっ……【黒騎士】さん、例の物をテーブルに……」
「――――――承知した」
メメントが欲するのはノア――――しかも奴はノアがロクウルスの森に隠されていた方舟で眠っていた事まで把握していた。
そして、メメントの言葉が俺たちを揺さぶる“憶測”では無く、その眼で確かめたであろう“事実”であることを俺たちは思い知らされる。
「――――ほらよ、てめぇの“腕”だ」
「な……なんですか…………これ? き、切り裂かれた……左腕……?」
【黒騎士】が無造作にテーブルに放り投げたのは人間の左腕――――俺が『神授の儀』を受けた日、ロクウルスの森で戦った魔狼に切り落とされた左腕だ。
「な……なんで、私が方舟に保管していたラムダさんの左腕を……!?」
「ラ、ラムダ様の……左腕…………きゅぅ……」
「オリビア様が泡を吹いて失神しました……」
何かの透明な袋に入れられた左腕――――ノアが古代文明仕込の特殊な保存をしたのだろう、ある程度月日がたったにも関わらず、左腕は朽ちる事なくあの日の状態を保っていた。
「漁ったのね……私の舟を……!! その腕は、然るべき装置が整い次第ラムダさんに戻すために保管してあったのに――――よくも、よくも……!!」
「ふふっ……良い眼ね――――“人形”である貴女が、ラムダ=エンシェントの事となるとすぐさま感情を吐き出すとは…………うふふふ…………実に愉快」
「屈強な防衛を仕掛けてあった見てぇだが、メメントの持つ“玩具”でこじ開けれたぜ…………薄気味悪ぃ人形……!!」
「操舵室……いえ、操縦席と言うのですかね……そこにあった小さな棺――――そこで貴女は悠久の時を眠っていたのでしょう……ねぇ、ノアさん?」
間違いない――――メメントと【黒騎士】はロクウルスの森にあった『ノアの方舟』を漁っている。あそこから離れる時に、ノアが舟の制御システムに防衛用のセキュリティを起動させていたのも関わらず、こいつらは何かしらの方法でそれを破り、ノアの『秘密』を暴いたのか。
「ど、どう言う事……!? ノアさんはずっとロクウルスの森で眠りについていたって事なの?」
「ノア様……」
「な、なんの話をしていますの……? 私……まったく話に付いていけませんわ……?」
ミリアリア達は明かされたノアの『秘密』に驚きを隠せずに動揺の声を上げる。
俺とノアだけの秘密――――十万年の時を経て蘇った『アーティファクトの少女』の真実を、死神は嘲笑いながら詳らかにしていく。
「それが何、何なの!? あの方舟で眠っていたことが、あなたに何の関係があるの!? 答えなさい、メメント!!」
「関係ありますとも……貴女はこの世で唯一、知る者だ…………太古の昔、世を滅亡へと導いた超兵器――――『アーティファクト』の知識をね……!!」
「アーティファクトを…………貴様!!」
「貴方の右眼、左腕、そして心臓――――それらも全てアーティファクトでしょう……ラムダ=エンシェント……」
「…………ラムダ様のお体がおかしかったのは…………アーティファクトが組み込まれていたから……?」
暴かれるノアの秘密、俺の身体の秘密――――アーティファクトで繋がった俺とノアの“絆”が暴かれていく。
「だから私は貴女が欲しいのです――――貴女の知識が有れば、私は全てのアーティファクトを手中に出来る……! そうなれば、より多くの魂の輝きが愉しめる――――さぁ、あなた方にもお見せしましょう……魔法もスキルも、全てを嘲笑って灰燼に帰す兵器……アーティファクトの真の恐ろしさを!!」
死神は嗤う――――邪悪な観望を露わにして、白い仮面の奥に狂気を孕ませて。
メメントは手を高く掲げて指を”パチリ”と鳴らして合図を送る。それは、死神が仕掛けた死の演劇の幕開け。
暗い一室に差し込む光――――それは部屋から見える神殿の最奥から差し込んだ光。
「あれは……闘技場……?」
「元は私を祀った祭壇……しかし、そんな下らない物は私には既に不要……! ならば、より魂が輝く舞台にした方が何倍も愉しいと思いませんか? まぁ、奴隷を競りに賭けるオークション会場も兼ねていますが……」
眼下に見下ろすは鎌を携えた女性の巨大な彫像が祀られた祭壇――――しかし、そこにあったのは神聖な祈りの場ではなく、狂気渦巻く死の武舞台。
円形に囲まれた闘技場、周囲に設けられた観客席で狂気に酔いしれる【快楽園】の住人たち――――そして、闘技場で死闘を繰り広げるふたりの少女。
光輝く剣を両手に構え、息も絶え絶えになりながらも戦う金髪の少女騎士。対するは、光輝くの翼で宙に舞う、機械で造られたバイザーを付けた白髪の少女。
「あれは…………間違いありません、あのお方こそレティシア姫ですわ!!」
「じゃあ……あっちの翼の生えた子は一体……!?」
「――――機械天使……!!」
「ノア……?」
「やはり、ご存知のようね…………ノアさん? アレを動かせるようにしたのは苦労したのですよ?」
「私の時代で使われた……汎用人型戦闘兵器……【機械天使】……!!」
その名を【機械天使】――――ノアが生まれた古代文明に於いて猛威を振るった人型の戦闘兵器。
古代より蘇りし、天使の似姿をしたアーティファクト。それが今、レティシア姫に凶刃を向けている。
「さぁ、選びなさい、ラムダ=エンシェント……! ノアさんを私に差し出してレティシア姫を救うか、レティシア姫を見殺しにしてノアを護るか?」
「この……死神が……!!」
迫られるは二者択一。どちらかが“死”を、どちらが“生”を得る究極の選択。
ノアか、レティシアか――――その選択肢は俺の手に。
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