第68話:ヒトならざるもの
「さぁ、こちらへどうぞ、【ベルヴェルク】の皆様……あとオマケの金髪ドリル」
「私がしれっとオマケ扱いされていますわ!? この無礼者!!」
――――鏡面世界【快楽園】、鏡面貴族街【背徳の都】。
鏡に写る“享楽の都”【アモーレム】を強力な時空魔法でそっくりそのまま『鏡の中の世界』として独立させた“鏡写しの世界”。
この場所を知り得るのは【死の商人】メメントとその従者のみであり、この場所に訪れることが許されるのは【死の商人】から『招待状』を贈られた“選ばれし顧客”か、“商品”として運び込まれた犠牲者のみ。
そして、この街から出る際に【死の商人】の掛けた暗示によって【快楽園】の正確な場所の記憶は損なわれ、再び訪れることは不可能になる。
それが、この“快楽流天都市”【快楽園】の正体――――長年、王立ダモクレス騎士団が【享楽の都】を駆けずり回っても見つからなかった理由。
甘き死が来たる、快楽の楽園。
【死の商人】メメントに案内されて俺たちはこの背徳の都を奥へ奥へと進んでいく。
奴隷市場、違法薬物店、禁忌の魔書を取り扱う古書店、先史文明の禁断魔導具『遺物』を収めた販売店――――表の世界では大っぴらにはできない重大犯罪のみを取り扱った悪の楽園。
そんな場所を俺たちは歩いていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
「ルージュ……大丈夫か? 俺の腕に掴まって良いから、無理するな」
「こわい……こわい……こわい…………うぅ、いや……いや……いや…………嫌い、嫌い、嫌い…………『人間』なんて……大っ嫌い……!!」
唯一、【快楽園】に足を踏み込んだ経験のあるルージュは俺の左腕にしがみついて、過呼吸を繰り返し震えながら、恐怖に怯える。
オトゥールで死闘を演じたあの高飛車なルージュがただ歩いているだけでここまで怯えた様子をみせる程の場所。
ルージュが怯える様を見て、俺の中で怒りが込み上げてくる。
グレイヴの言う通り、シータも【快楽園】で“奴隷”として売られ父さんに買われたと言うのなら――――シータは、どれ程の“恐怖”を植え付けられた状態でエンシェント家に来て、俺の教育係をしていたのだろうか。
考えるだけで吐きそうだ。
「ふふふ……良い顔ですね、リリエット=ルージュ……恐怖に怯えたその表情……たまりません」
「貴様……!」
「それに……極度の“人間嫌い”の貴方がそこまで人間に腰を振るとは……」
「――――『尻尾を振る』だ、腰じゃねぇよこの阿呆商人」
「…………失礼/// 尻尾ですね、貴方が尻尾をそこまで振るなんて……」
「…………今の【黒騎士】の声……どこかで……?」
「――――チッ!」
俺たちの背後を監視するように歩く【黒騎士】――――兜でぐぐもってしっかりと判別できないが、その声はどこか聴き覚えのある声だった。
「話を戻しましょうか……ラムダ=エンシェントちゃん??」
「……メイド服で女装しているだけでそいつは男だ……何惑わされてんだこの阿呆……!」
「失礼…………ラムダ=エンシェント……貴方は、何故リリエット=ルージュが殺人を愉しんでいたかご存知ですか?」
「…………知らない。ルージュは人間と敵対している魔族だ、人間を殺す事に呵責が無かっただけじゃないのか?」
「それは違いますね。リリエット=ルージュが人間を殺める事に“快楽”を感じていたのは――――復讐だからです」
「…………!?」
「お願い…………メメント……さん…………それは、言わないで……!!」
【死の商人】は語る、リリエット=ルージュの心の傷を。
リリエット=ルージュは元々、悪名高き【吸血鬼】の王が気紛れに孕ませた低級淫魔が産み落とした子ども。それでも、吸血鬼の王も淫魔の母も、ルージュの事をよく愛でていた。
「けれど……運命とは残酷…………ルージュの両親は人間に討ち取られました――――彼女の目の前でね」
「…………」
「その時、彼女の両親を討った人間たちがなんと言ったか分かりますか? 魔族を狩るのは愉しいな――――です」
「…………パパ…………ママ…………」
ルージュは人間の『娯楽』の為に両親を殺められた。人間から見ればルージュの両親は確かに“悪”だが、ルージュから見れば――――仲睦まじい父母だったのだろう。
だから、ルージュは“復讐者”となった――――両親を愉しんで殺した『人間』を、今度は自分が愉しんで殺す為に。
「ルージュは私にこう言ったのですよ――――『人間を殺す、だから私に“力”を!』と」
「貴様……ルージュの気持ちにつけ込んで……!!」
「ふふっ……“願い”を叶えただけですよ? 人間を殺す為の“力”を……負ければ永遠に人間たちの慰み者――――それが、彼女と私が交わした“契約”……」
リリエット=ルージュの真実――――彼女が人間から受けた仕打ち、そこから目覚めた憎悪。
彼女がラジアータで無関係な村人を殺してまわった理由――――純粋な『人間憎悪』。
俺が、目の前で嗤う【死の商人】を殺したいと思うのと同じ、燃えるような復讐心。
「ごめんなさい……ごめんなさい、御主人様……うちは……うちは……!!」
「メメント……!!」
「あぁ、その眼……思い出しますね――――私が一番気に入って、一番壊した“商品”……シータ=カミングに」
「――――――ッ!!」
「喋りすぎだメメント……そろそろ黙らないと、火傷をするぞ」
「ふふふっ……おやおや、私を嗜めるつもりですか……【黒騎士】さん?」
【死の商人】は嗤う、【黒騎士】に嗜められたとしても悪意を紡ぐ。
「えぇえぇ……よく覚えていますとも、シータ=カミング…………王立ダモクレス騎士団きっての天才騎士、自らの“魂”を剣に変えるスキル【煌めきの魂剣】の使い手」
「いい加減にしろ、メメント……! 死者をこれ以上、愚弄すんじゃねぇ!」
「16年前に騎士団を裏切って私の元に下った元第三騎士団の団長……グレイヴ=サーベラスが手土産に献上した少女……!」
「シータさん……」
俺とオリビアの大切な思い出を、ペンキをぶち撒けるように汚していく。
「その身に【隷属魔法】を掛けられても、最初の内は気丈に振る舞って抵抗していましたが……私が一週間かけて丁寧に調教したら……『何でもしますからもう許してください』……と、泣き言を言っていましたね……ふふっ、いやぁ……懐かしい……どこまで壊したのでしたっけ?」
「なんて……酷い…………シータさん……!」
「〜〜〜〜ッ!!」
「御主人様……」
両手で顔を覆って咽ぶオリビア、【死の商人】の戯言を神妙な面持ちで聴くノアたち――――俺だって、今すぐにでも殺したい。
だが、俺たちの任務は第二王女レティシアの救出――――まだ、耐えろ。
「そう言えば……彼女を買ったのはエンシェント辺境伯でしたっけねぇ? 壊れて空虚になったシータ=カミングを大層気に入って購入していきましたよ…………あぁ、そうそう……エンシェント辺境伯が彼女の純潔を散らしたのも、【快楽園】でしたね」
「――――――ッ!!」
「御主人様だめ、抑えて!」
「――チッ、馬鹿が! 挑発し過ぎだ、メメント!!」
とっさに、背中に背負った【破邪の聖剣】に右手をかけてしまった。
よくもシータをそこまで侮辱したな――――我慢できずに、俺は目の前で嘲笑う【死の商人】に斬り掛かろうとした。
「――――よくそこまで人を弄べるのね、【死の商人】メメント…………いいえ、こう呼ぶべきかしら? “死神”メメント……!」
それよりも疾く――――ノアが【死の商人】に語り掛けなければ、きっと取り返しのつかない事態になっていただろう。
「死神……メメント……?」
「ほう……よく私の正体を看破しましたね……ノアさんでしたか?」
「死を司る存在がそこまで命を弄ぶなど……まさに欠陥品ね……あなたは!」
「おやおや……貴女が私に“命”を語るのですか? 人に造られた、ヒトならざるもの――――“人形”であるあなたが!」
「――――薄汚い口で喋るな、メメント! よくも、よくも……ラムダさんの大切な“思い出”を穢したな!」
静かに怒りを露わにするノア。朱く透き通る瞳を【死の商人】へと向けて、普段の彼女からは想像も出来ないような口調で目の前の悪の正体を看破する。
明かされたその名は――――【死神】メメント。
女神アーカーシャの代行として、死してなお現世を彷徨う魂を冥界へと導く存在。オリビアが属する、女神を奉る【アーカーシャ教団】に於いて“死の隣人”として信仰された者。
「あなたに――――命を司る資格は無いわ!」
「ふふふっ……なら、止めてみてはいかがです? 太古の眠りから目覚めた、生きる『遺物』――――ノアさん?」
死神の手招きで案内された場所は古ぼけた神殿――――腐敗した肉の臭い、酸化した血の臭い、沈殿した体液の臭いが訪れる者の感覚を狂わせる“死”の神殿。
「さて……では、商売の時間と参りましょうか――――【ベルヴェルク】の皆様……!」
「商売だと……!」
「あなた方が欲するは――――第二王女レティシア。そして、私が欲するは…………穢れなき“魂”……!!」
「――――この、死神め!」
「私の名は【死神】メメント――――命を司りし【死の商人】……! さぁ、誰の“魂”と引き換えに――――壊れかけた王女を救いますか? “アーティファクトの騎士”……ラムダ=エンシェントよ!」
廻りめく“死”の螺旋――――【死神】メメントが織り成す“死”の舞台。
ここからが、戦いの本番。
【この作品を読んでいただいた読者様へ】
ご覧いただきありがとうございます。
この話を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしたりブックマーク登録をして頂けると幸いです。




