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第7話:遺物《アーティファクト》


「ぐっ、うぅ……」



 気が付いた時、俺は冷たい地面にうつ伏せで倒れていた。


 地面に空いたあなに落ちた拍子ひょうしに頭を打ったのか、意識は朦朧もうろうとして、まるでまだ夢の中にいる様な気分だった。



「いったい、何がどうなっ……つうッ!?」



 しかし、そんな夢うつつも束の間、俺の右眼に激痛が走った。痛みによる防衛反応から無意識のうちに右眼をかばった手に付着した粘度の高い液体の感触――――血だ。



「クソっ、眼が……」



 落ちた際に一緒に崩落してきた土砂どしゃがクッションになり即死は免れたのだが、当たりどころが悪かったのだろう。右眼に走る痛みと流れ出る鮮血せんけつ、察するにどうやら俺は右眼を損傷したらしい。

 

 ズキンッ、ズキンッと、脈打つように走る痛みが身体中を駆け抜ける。


 その痛みはまるで危険信号の様に、俺の身体からだ精神こころに警告を発する。まだ右眼を失っただけ、まだ事態は何も終わっていないと。



「俺は確か……あなに落ちて……」



 右眼から走る痛みと出血の中、おぼろげな意識の中で精一杯にさっきまでの出来事を回想する。夜のロクウルスの森、狼の魔物モンスター・ガルムの襲撃、地面に空いた謎の孔への落下。



「そうだ……ガルム! あいつは何処に……!?」



 そこまで思い返して、俺はさっきまで相対あいたいしていた『敵』の存在に思い至る。巨大な狼の魔物モンスター、俺の命を狙っていた敵。


 そして、思い出した『脅威』に慌てて視線を起こした俺の眼に映ったのは想像とは違う、()()()()()だった。



此処ここは一体……? 遺跡……?」



 真夜中の地下空間、本来なら真っ暗闇で何も見えない空間はあちこちに取り付けられたランプのような光源こうげんのおかげでほのかな明るさがあり、目の前に鋼鉄こうてつで造られた“門”の様なものがあるのが確認できた。


 遺跡――――そう呼ぶに相応しい明らかな人工物。

 半分に削がれた俺の視界に映った異質な空間。



「ロクウルスの森にどうしてこんな場所が……?」



 今まで、ロクウルスの森の地下に『迷宮ダンジョン』が広がっていたなんて聞いたことが無い。俺は今、間違いなく誰も足を踏み入れていない()()()()()へといたのだった。


 周囲にガルムの気配は無い。その事を確認して、全身の打撲だぼくと右眼に受けた傷をいたわりながら俺は恐る恐る“門”へと近付いて行く。


 俺の背丈の十数倍、王城を護る門よりも立派なくろがねの門はまるで時間から取り残された、或いはそこだけが遥か未来に存在するような感覚を俺に主張する。



「周囲に道の様なものはなし……完全に孤立した空間か……」



 かろうじて無事だった左眼で周囲を見渡す。巨大な“門”と今いる大きな空間以外は何も無い殺風景さっぷうけいな場所。外へ繋がる道はなく、俺の様に『上から落ちてくる』以外に到達出来ない場所。


 ふと、上を見上げれば俺が落ちてきたあなが見える。俺の背丈の数十倍はあるような高さにある天井のあな、飛行魔法も筋力強化による大跳躍(ジャンプ)も出来ない俺ではまず到達出来ない。


 だとすれば、俺にはこの門を開く以外に助かる見込みは無い。


 この出血と衰弱すいじゃくでは、夜が明けて救助が来たとしても間に合わない。救助が来る前に俺の体力が尽きるだろう。



「どこかに門を開く鍵か装置があれば…………んっ、あれは……?」



 じわじわとにじり寄ってくる“死”に焦燥感しょうそうかんを駆られ、眼前の門を開ける手段を探していた俺の視界に飛び込んできたのは地面に転がるように落ちていた白く細長い箱。


 迷宮ダンジョンに隠された宝箱と言うにはその白い鉄の箱は余りにも無機質で、何か良くないものでも入っているかのような気配がしていた。


 それでも、現状を切り開く手助けになるかも知れない。そう思い至って、俺はその白い箱に手を掛ける。



「これは……自動小銃ライフル……?」



 鍵は掛かっておらず、難なく開いた箱の中から出てきたのは自動小銃ライフルと呼ばれるドワーフ族が開発した狩猟用の射撃武器。


 近接武器を扱うスキルを持たない【弓兵アーチャー】や、獣を狩って生計を立てる【猟師】などの職業クラスの為に開発された最新鋭の武器だ。



 けれど――――


「俺の知っているライフルとは……何かが違う……」


 ――――目の前にある()()は、むかし見たライフルとは似ても似つかない代物しろものだった。



 弾丸を装填する為の弾倉マガジンも、弾丸に詰められた火薬を発破はっぱするための火蓋ひぶたも、薬莢やっきょうを排出する為の機構も存在していない。これはライフルの形をした“何か”だ。



「何だよコレ……欠陥品じゃないか……?」



 知識にある銃火器とは余りにも違う、弾丸を射出できなさそうな物に俺は思わずあることを懸念けねんしてしまう。



「もしかして……ゴミ……!」



 欠陥があるが故に捨てられた“ゴミ”。そこまで考えた瞬間、俺は自分に与えられたスキルを思い出す。


 【ゴミ拾い】――――捨てられた、所有者のいないゴミを自身の所有物とし、拾ったゴミに込められた性能を引き出すスキル。そのことを思い出した俺は好奇心からそのライフルの様な物体に手を触れる。



遺物アーティファクト――――認識。光学射撃兵装、アンチ・マテリアル・ビームライフル:アーラシュ――――認識。スキル【ゴミ拾い】効果発動――――放棄されたビームライフルの所有者をラムダ=■■■■■■に再設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調シンクロ率最適化――――完了。拾得物に記憶された技量熟練度及び技能の継承ラーニング――――完了。技量スキル【射撃:Lv.10】【鷹の眼(ホーク・アイ)】取得――――完了』



 頭の中に響き渡る自動音声システム・ボイス、それと共に脳内に広がる武器の知識。



「アーティファクト……? 一体これ、何なんだよ……?」



 頭の中に響いた聞き慣れない単語の数々。それらは俺が手にしたこのライフルが、剣と魔法が謳歌おうかする今の文明からは遥かに掛け離れた()()()()()()であることを雄弁に物語っていた。


 遺物アーティファクト――――太古の時代の文明の残滓ざんし今日こんにちまで遺された“場違いな物体(オーパーツ)”。現代では絶対に作れない機械仕掛けの光学兵器。それを今、俺は手にしていた。



電源バッテリー枯渇を確認――――緊急用非常電源、作動。アンチ・マテリアル・ビームライフル――――アーラシュ、起動。残弾数――――1』



 ビームライフルを手に困惑する俺に語りかけられるライフルからの自動音声システム・ボイス。どうやら、このライフルは弾丸を1発だけしか撃てないらしい。



自動オートメーション化してあるのか……ますます今の時代に似つかわしくないな……」



 ライフルに備え付けられた液晶画面に表示される“1”の回数表示カウンター、内蔵された予備電源から供給された光量子フォトンの弾丸、スキル【ゴミ拾い】によって解析されたこの武器の情報は俺に高度文明の知識を与える。



「既に滅んだ文明の遺物、打ち捨てられてゴミと化したアーティファクト……か」



 もし、門の向こう側にもこのライフルと同じアーティファクトが眠っているのだとしたら、この状況を打破出来るかも知れない。


 俺は手にしたライフルが秘めた可能性に夢中になっていた。



「…………Grrrrr」



今まさに、危機が迫っていることも見逃すほどに。



「――――ッ、まさか……ッ!?」



 不意に俺の背後から聞こえた獣のうなり声。それに気付いた俺が振り返ると、そこにはガルムの姿があった。


 さっきまでは居なかったはずの魔物モンスター。恐らくは地面の崩落にギリギリまで耐えていたが、遂に力尽きて落下してきたのだろう。


 そして、落ちた此処ここに先に居た俺に再び狙いを定めた。弱っている獲物を確実に仕留める為に。



「Garrrrrr!!」

「くっ……!?」



 俺がガルムの姿を認識すると同時に振り下ろされた獣の凶爪、それは左側頭部をかすめて、()()()()()()()()()()()()と共に俺の身体を吹き飛ばす。


 浮き上がる身体、視界の左側に映り込む大量の鮮血。そして、宙を舞う折れた剣と、それを握ったままの左腕。



「――――ッ!」



 すぐに理解した――――俺は、左腕を切断された。


 血を吹き出しながら宙を舞う腕を認識した瞬間、身体中に再び激痛が走る。


 痛い、痛い、痛い痛い痛い。


 余りの痛さに声を出すことも出来ず、俺はただ地面に転がってもだえ苦しむ事しか出来なかった。



「Grrrrr――――!」



 そんな俺の姿に勝利を確信したのか、ガルムはこちらを見据えて舌舐めずりをする。


 後は息の根を止めて、死体となった新鮮な肉を喰らうだけだ。狩りの緊張感から解き放たれ、その後に来る『食事』に心躍らせる様に。



「くそ……くそ……くそ……! まだ……俺は……!」



 折れた剣は左腕と共にガルムの脇に落ち、残された武器は右手に持ったアーティファクト、ビームライフルと呼ばれた代物しろもののみ。


 最早、躊躇ちゅうちょも思案もする猶予は無い。俺は【ゴミ拾い】で得たこのアーティファクトの知識を総動員し、ガルムに向けて銃口を構える。


 使い方は解る――――銃口を向けて、引き金を引く、ただそれだけ。

 

 ドワーフ族の作ったライフルでは、目の前にいるガルムは一撃では仕留めきれないだろう。俺は、手にした古代文明のアーティファクトに一縷の望みを託す。どうか、一撃でガルムを仕留めてくれと。



 そして、引き金を引いた瞬間――――


「Grrr――――!?」


 ――――地下空間を一瞬真っ白な光で覆う程の眩い発火炎マズルフラッシュと凄まじい轟音と共に放たれた赤い光量子フォトンの弾丸が、直撃したガルムのからだを瞬時に溶解ようかいさせていった。


 一瞬の決着だった。剣を手にした俺では到底勝ち目の無かった上級魔物(モンスター)はあっさりと、虫けらの様に吹き飛んで消え去った。


 アーティファクト――――剣と魔法の世界では身に余るであろう強大な力を、俺が手にした瞬間だった。

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