第67話:わが望み、其は
「覚えていろ……シャルロットめ……! よくもメイド服を男の俺に……!!」
「まぁまぁ……似合っていますよ、ラムダ様……似合ってるのが不思議なくらいです……」
「御主人様、メイド服も似合うなんてうち感激! あぁ、そして……これでうちも御主人様の忠実なるメ・イ・ド♡」
「リリエット=ルージュはラムダ様が何をしても褒めるような気がコレットはするのですが……」
「この淫魔、パーティーに馴染むの早すぎる……!? 僕の両親の仇なの忘れてないだろうな……?」
「あなた達、私語は慎む! メイドたるもの、主の恥となるような言動は慎みなさい!」
「エシャロット伯爵令嬢は意外とお厳しいようですね~ラムダさん?」
翌日、“享楽の都”【アモーレム】上層――――貴族街、早朝。
街の中央にある高台を囲む商業区画から伸びる魔導式のロープウェイに乗って辿り着けるこの場所に潜り込めた俺たちは、シャルロット伯爵令嬢の案内の元、【快楽園】へと潜入するべくメイドに扮してシャルロットの従者に成り済ましていた。
ノア(メイド服)、オリビア(メイド服)、コレット(服装変わらず)、ミリアリア(メイド服)、ルージュ(メイド服)、そして……俺(何故かメイド服)の六名はシャルロットの後ろを付かず離れずの距離で歩いている。
「あの……なんで俺もメイド服なの? 執事が着る燕尾服は無いの?」
「ありませんわ! 私――――男は雇わない主義なので!!」
「先に言えよ……オリビアと出かけた時に買えたのに……」
「…………本当に〜? ラムダさん……オリビアさんとあつ~い“キス”に夢中〜で、どうせ買わなかったんじゃないんですか〜?」
「ノアのオリビアへのやっかみがすごい……」
「ノアちゃんは激しく嫉妬しています!」
「――――ふっ(勝ち誇った顔)」
「キーーッ! く〜や〜し〜い〜〜!! オリビアさんのあの顔、ムカつく〜!!」
「貴方たち……緊張感がなさ過ぎですわ……!! く……ッ、人選を間違えた気がしますわ……」
他愛のない会話を続けながらも一行は目的地に向けて歩いて行く。眠らない街に唯一訪れる静寂な時間――――それが、妙な不安を抱かせる。
貴族街――――そこは、雑多な商業区画と真逆の、綺麗に生地された落ち着きある空間。
「しかし……流石は上流階級のみが入れる上層区画……さっきから身なりの良い人ばかりだ……」
「それは当然の事ですわ! ここはグランティアーゼ王国でも屈指の貴族が住む場所……それも殆どが【死の商人】の顧客たる、王国の重鎮達が住まう最高級の――――“悪の巣窟”ですのでね……!」
「悪の巣窟ねぇ……」
各地から巻き上げた金品で私腹を肥やし、買い漁った奴隷を馬車馬のように酷使し、ただ快楽を貪り喰う畜生共の住む背徳の都。
それが、俺たちが今いる貴族街――――【享楽の都】のもう一つの顔。
首輪を付けた少女を連れて歩く貴族、人間に馬車を引かせる貴族、往来にも関わらず遊び感覚で奴隷を殺す貴族――――街ゆく人々の全員が快楽の為だけに悪徳を成している。
「なぜ……こんな胸くそ悪い場所が野放しにされているんだ……? 王国騎士団は何をやっている……!?」
「残念な事に……王立騎士団も此処には一枚噛んでおりますのよ……ラムダ卿……」
「ほんとか……!?」
「えぇ……エシャロット伯爵家の娘である私は言うのだから間違いはありませんわ……! もっとも、此処の摘発を妨害しているのは王国騎士団でも、元老院と内通している“保守派”の貴族様だけですが……」
王国騎士団にも【死の商人】の魔の手が伸びている――――高潔な騎士であるアインス兄さんやツヴァイ姉さんが居てもどうにもならない程の場所。
そんな場所にレティシア姫が囚われているとなると気が気ではない。一刻も早く助けなければ――――今頃、どんなめに遭わされているか想像したくもない。
「シャルロット伯しゃ……いえ、シャルロットお嬢様……それで、【快楽園】というのは何処にあるのでしょうか? やはり……この高台の地下部分でしょうか?」
「のんのん……【死の商人】を甘く見すぎね、オリビア……そんな粗雑な造りなら、【快楽園】なんてすぐに壊滅させられているわ……!」
「…………随分な物言いね、ルージュさん……? なら、この街の何処にあるのかしら?」
「じきに判るわ……それまでデカ乳揺らして歩いていなさい――――すけべ女さん?」
「…………この!」
「ふたりとも喧嘩はそこまでですわ……! 見えてきましたよ……【快楽園】の入口が……!」
貴族街を練り歩くこと数十分後――――シャルロット伯爵令嬢率いる【ベルヴェルク】はある場所に到達する。
貴族街の片隅――――この街に住む者が興味を無くして記憶から消し去った古びた美術館の奥の奥、埃が積もった大きな展示室にそれはあった。
「なにアレ……? モニュメントみたいに飾られた……“鏡”……? う~ん……僕にはあれが【快楽園】の“入口”には見えないなぁ……?」
「ふむふむ……私が観るに…………ただの鏡ですね!」
「え~っと……シャルロット様〜……ここが本当に【快楽園】の場所なのでしょうか……?」
「その通りですわ……! これが……王立騎士団が血眼になっても【快楽園】を見付けれない理由……」
部屋の中央に安置された一枚の『鏡』――――とりわけ磨かれた訳でも装飾が施された訳でもない、質素な造りの大鏡。
美術館の展示品だったのだろうか、人気の無いだだっ広い空間にぽつんと置かれた鏡はただただ廃れた虚空を映すだけ。
しかし、その『鏡』には奇妙な点がいくつか――――鏡の脇に立つうさ耳が印象的なバニー姿の女性、積もった埃を踏みしだいたと思しき『鏡』へと続く足跡、そして『鏡』には決して映らない俺たちの鏡像。
「――――ようこそ、エシャロット伯爵令嬢……我らが闇の支配人……【死の商人】、メメント様からの『招待状』はお持ちですか?」
「えぇ、こちらに……! 素敵な招待状をありがとうとメメントさんにお伝えいただけるかしら?」
「それはもちろん……我が主もお喜びになるでしょう……招待状はお預かりしますね」
「結構……それと、今日は【快楽園】で私が連れている従者を何人か売り払いたいので、中に入れても構わないでしょうか?」
「ちょっと、シャルロットさ……お嬢様……! 僕たちを売る気なの?」
(……話を合わせなさい、このお馬鹿さん! 適当に口実をでっち上げているだけですわ!)
(……なるほど、分かった!)
「あ〜れ〜、僕……じゃなかった、わたしを売らないで〜お嬢様〜」
「演技が下手過ぎる……」
「メイドを売りに出す……? 失礼ですが、その旨は我が主にはお伝えしていますか?」
「――――(ギクッ!)」
売りに出すから【快楽園】に従者を入れたいと進言するシャルロットだったが、流石は裏社会の“最大の暗部”――――案内係と思しきうさ耳の女性はシャルロットの言葉の“意図”に勘繰りを入れ始める。
まずいな――――ここで俺たちの存在がバレたりしたら、【死の商人】に接触出来なくなってしまう。
「御主人様……うちに任せて♡」
「ルージュ……? 何とか出来るのか?」
「もちろん♡ その為の御主人様の下僕ですので……♡」
第一の関門の突破口になるのはリリエット=ルージュ。俺に妙案があると伝えた彼女はゆらゆらと俺の側から離れ、うさ耳の女性の前へと歩み寄る。
片方が折られたとは言え、ルージュは魔性の角を生やした魔族。普段は強力な『認識阻害』の魔法とぶかぶかのローブで誤魔化していたらしいが、メイド服のまま至近距離に近付けば流石にバレる。
なら、ルージュが取る行動はただ一つ。
「何ですか、あなたは……まさか、淫魔ッ!? しまっ――――」
「【魅了】――――『シャルロット=エシャロット伯爵令嬢の連れている従者に不自然な点は無い。通しても問題なし』……!」
「――――はい……メイドを売りに出すのですね……問題ありません、我が主もお喜びになるでしょう……」
そう、【魅了】――――視線の合った相手を意のままに従わせる“淫魔”の特殊スキル。
俺たちに懐疑心を抱いていた筈のうさ耳の女性は、ルージュの【魅了】によって絆されていく。相変わらず恐ろしいスキルだ。
「んふふ〜♡ 御主人様……うちのこと〜いっぱい褒めて〜♡」
「ふぅ……何とか凌げたな……! ありがとう、ルージュ……お陰で助かったよ」
「〜〜〜〜〜〜♡」
「むぎぎ……ラムダさんに頭を撫で撫でしてもらってる……! 悔しいぃいい……!!」
「ノア様がリリエット=ルージュに嫉妬心を全開にしておられますね……」
「やれやれ……流石に肝を冷やしましたわ……! では、改めて……こちら『招待状』ですわ……!」
「確かに……では、一同……“鏡”の前へと」
シャルロットが差し出した【死の商人】からの招待状を受け取ったうさ耳の女性は、頭を垂れると“鏡”の前へと俺たちを案内する。
「“表”と“裏”は紙一重、“美徳”とはこれ“背徳”の裏返し、“光”強ければ“影”もまた色濃く、“死”への恐れは“生”への執着、これなるは罪深き者たちの淫靡なる誘い……快楽流転の死の輪廻――――」
うさ耳の女性は歌う――――妖しく、淫らに、艶かしく、背徳の歌を口ずさむ。
そんな彼女の声に合わせて、“鏡”の表面が波打つ。あたかも、水滴が落ちた『水面』のように。
「――――開け鏡界、死の蜜は甘く生者を蕩かせて、至高の快楽はあなたを包む……!」
歌は終わり、『鏡』は波打つ――――そここそが、【快楽園】への入口。
「ようこそ【快楽園】へ……! 心ゆくまで、“快楽”を貪りください……エシャロット伯爵令嬢……!」
「――――行きますわよ……!」
シャルロットが“鏡”に手をのばす。鏡にぶつかる筈の手は、水面に手を浸けたように“鏡”に沈んでいって、それを確認するやいなや、彼女は勇よく歩を進めて“鏡”の中へと消えて行く。
そして、シャルロットは消えたのを確認した俺たちも、意を決して次々と“鏡”へと進んでいく。
ほんの一瞬、溺れるような感覚と甘い甘い快感が全身を包んで――――そして、その苦しみと快楽を抜けた先に、背徳の都は広がっていた。
「な……なんだよ……此処は!?」
「こここそが【快楽園】――――私たちが臨む、メメントの描いた楽園ですわ……!」
鏡から抜け出た先は先ほどまで歩いていた貴族街とよく似たくすんだ景色の街――――しかして、綺羅びやかな【享楽の都】とは似ても似つかぬ退廃の都。
誰もが言葉を失う。そこは快楽が流天する蜜の牢獄。
道行く人は理性を失い、快楽を求めて彷徨い歩く――――薬物を快楽に染まった者、性の快楽に溺れた者、暴力の快楽に魅了された者、奴隷を足蹴に優越の快楽に浸る者、誰も彼もがみな快楽に身を委ねて享楽に耽る。
理性なき廃人の都、堕落した愚者たちの街、堕ちれば二度と戻っては来れぬ“死の蜜”に満たされた“死”の螺旋の街。
「――――ようこそ、シャルロット=エシャロット伯爵令嬢…………我が快楽の楽園【メル・モル】に……」
「あいつは確か……エルロルに入る前に会った商人……?」
そんな背徳の都に足を踏み込んだ俺たちの前に現れたのは、ふたりの人物。
黒いローブに身を包み、白い仮面を被った人物――――以前、迷宮都市【エルロル】に入る直前、俺たちにエルロルの地図を格安で売ってくれた通りすがりの商人。
そして、黒いローブの人物の傍らには、漆黒の甲冑で全身を顔まで覆った謎の【黒騎士】。
「――――ヒッ!?」
「どうした、ルージュ!? あいつがどうかしたのか……?」
「あの黒装束……あいつが……あいつが……あいつこそが――――【死の商人】……メメント……!!」
「――――なんだと……!?」
俺の後ろに隠れて怯えるルージュは言う――――黒いローブの人物こそが【死の商人】メメントだと。
グランティアーゼ王国に巣食う悪、死を弄ぶ闇の仲立人、様々な悪党を動かして王国中に悪意をばら撒く黒幕――――シータを“死”に追いやった、憎き敵。
「私の名はメメント…………この【快楽園】で商いを営む、しがない商人に御座います。どうかお見知り置きを……シャルロット=エシャロット伯爵令嬢――――そして、勇者パーティー【ベルヴェルク】の皆々様よ……!」
死の演劇は第三幕へと続く――――【死の商人】メメントとの邂逅は、これから始まる“死”の連鎖の始まりにすぎず。
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