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第63話:貴方は私の愛しのダーリン♡


「まったく……テラスで楽しそうに喋っていると思っていたらいきなり殴り合いを始めるなんて、何考えてるんだふたりとも?」

「申し訳ございません……ラムダ様……」

「申し訳ありませんでした……ラムダさん……」



 ――――“享楽の都”【アモーレム】外周部、大衆食堂『踊り子の酒場』、時刻は日没。


 冒険者ギルドに【ケルベロス傭兵団】の傭兵たちと、【死の商人】に殺害されたと思われるグレイヴ=サーベラスの亡骸を引き渡した俺たち【ベルヴェルク】は、近場にあったこの『踊り子の酒場』でかなり遅めの夕食にありついていた。



「しっかし……やっぱりレティシア姫が受けた依頼クエストを横取りした形だったから、報酬は出なかったな~」

「全くですねーラムダ様! な~にが、『依頼クエストを受けたレティシアさんが完了報告をしないと報酬は出せません』ですか! コレットたち、タダ働きじゃないですかー!」

「まぁまぁ、ギルド側もレティシアさんを連れてくれば報酬は払うって言ってたし、僕たちは当初の目的通り【快楽園メル・モル】に潜入してレティシアさんを救い出そうよ!」

「まぁ、そうだけど…………問題はどうやって【快楽園メル・モル】を見つけ出して潜入するかなんだよなぁ……」



 レティシア姫が受注した【ケルベロス傭兵団】の壊滅は報酬無し、【快楽園メル・モル】への潜入方法は不明、グレイヴから手掛かりは何も得れず――――事態は暗礁に乗り上げて、俺たちは料理を囲んで頭を抱える羽目になっていた。



「ところでラムダさん…………あの【ラピーナ城】に捕まっていた金髪ドリルのうるさい人は何処に行ったんですか?」

「金髪ドリル? あぁ、シャルロット=エシャロット伯爵令嬢のことか? あぁー、そういえば『オーッホッホッホ! 【アモーレム】までの護衛、感謝致しますわ! このご恩は近いうちに必ずお返しいたしますわー!!』って言いながら、上層区画に行っちまったよ」

「何でモノマネしたの? 妙に上手いし……」

「なら……あのお方もお役には立ちそうにありませんね…………やっぱり悪役令嬢じゃあラムダ様には相応しくありませんね(笑)」



 シャルロットも何処かに消えて、【快楽園メル・モル】の情報は無し――――はてさて、誰がこの街の暗部を知っているのだろうか。



「あぁ、なら僕たちが“奴隷”に扮して【快楽園メル・モル】に潜入するのはどうかな?」

「残念、却下ー! そんなの『ミイラ取りがミイラになる』ようなものですよー! 馬鹿しかしません、そんな事……!」

「曰く……【快楽園メル・モル】に出品された“奴隷”には、命令に逆らえなくするような【隷属の契約】が科せられているみたいですよー!」

「つまり……【快楽園メル・モル】の“奴隷”にされた時点で、主の命令には絶対服従の下僕げぼくにされてしまうという事。ノアさんの言う通り、潜入調査は得策ではありませんね」

「むむむ……確かに……! 知らない人にいいようにされるのは嫌だなぁ……!」



 ノア達の言う通り【快楽園メル・モル】に“商品”として潜入するのは悪手も悪手だ――――どんな目に合わされるか分かったものじゃない。


 潜入するなら“顧客”として堂々と潜入しなければ。


 ただ、それには“情報”と“手段”が不足している――――何か事態が進展する出来事が都合よく起きれば良いのだが。



「いっそのこと……ラムダ様の『アーティファクト』で一切合切いっさいがっさい、【快楽園メル・モル】を破壊してしまえばよろしいのでは?」

「なんでアーティファクトの事をオリビアが……!? いや、ノアが教えたのか…………ううん、【快楽園メル・モル】をぶっ壊すにしても、先にレティシア姫を救出してからだよ」

「あら残念……妙案だと思ったのですが……」

「僕、思うに……オリビアさんの手段って『最終手段』だと思うんだけど……」

「思考放棄して一番簡単な解決策を出してきてますね〜この破戒僧は〜」



 何をするにしても、レティシア姫の所在と彼女を手中に収める【死の商人】の存在が問題ネックになってくる。


 せめて、【快楽園メル・モル】の所在だけでも分かればいいのだが。


 そう思いながら、俺は目の前のジョッキに注がれた果実のジュースに口を付ける。



《さぁ〜、本日はこの『踊り子の酒場』に入ったばかりのピチピチの新人のご紹介だーーッ!!》

「おおーーッ! 新人の【踊り子】かぁーー、テンション上がって来たぜーーッ!!」

「美女だ、褐色の美女を出せーーっ!!」



 そんな折に酒場の中央から聴こえてきた男たちの盛り声――――どうやら何か始まるらしい。



「…………何あれ?」

「ラムダ様、知らずにこの『踊り子の酒場』に入ったのですか〜?」

「店を選んだのはノアだ!」

「イェ~イ!! 踊り子ちゃんバンザ~イ!! おへそがエッチ、おへそがエッチ!!」

「…………何でしょう、ノアさん…………時々、ものすごく馬鹿になりますね」

「言うほど“時々”かな? 頻繁の間違いだと僕は思うんだけど……」



 酒場の一番目立つステージで群がる男たちに手を振って笑顔を振りまく【踊り子】の女性たち――――全員が魅惑的な衣装に身を包み、素肌を惜しみもなく晒して、男たちの“性”を刺激している。


 倒錯的とうさくてき退廃的たいはいてきな光景――――個人的には、あまり好みでは無い光景だ。



「ここ『踊り子の酒場』は彼女たち【踊り子】が日夜、舞を披露し男たちの見世物となる場所ですね〜」

「特に……気に入った【踊り子】は金銭で“一夜だけ”買って、自分のものにして良いみたいですよ…………それこそ、踊りを見るも良し、身体を味わうも良し…………と」

「えぇ〜!? じゃあ此処、いわゆる『ストリップクラブ』じゃん!? 私たちが入ってよかったの!?」

「基本的に『神授の儀』を受けていれば大半の施設には入れるよ? そこが趣味嗜好に合うかは別の話だけどね…………って言うか、此処を選んだのノアさんだよね?」



 踊り子たちに群がる男たちは目をギラつかせ、鼻息を荒くしてステージに立つ踊り子に視姦しかんしている。


 中には金銭を放り込む者まで――――荒れ狂う欲望、舞い飛ぶ金銭、理性を蒸発させる“性”の快楽。


 これこそが、【アモーレム】が“享楽の都”と謳われる所以の一端なのだろう。



「時に……ラムダ様はどの【踊り子】をご所望で? お気に入りのが居ましたら、近場の『連れ込み宿』にどうぞ」

「俺は興味ないよ、そういうこと」

「ならわたし、オリビア=パルフェグラッセをご指名なのですね!? さぁ、ラムダ様、早速『連れ込み宿』に行きましょう♡♡♡」

「あーーっ、抜け駆け!? オリビアさん、ズルい!!」

「…………人の話聞けよ」



 踊り子の登場と共に【ベルヴェルク】のテーブルの話題も一気に“色欲ピンク”に――――やれやれ、どう収集を付けようか。


 踊り子――――【快楽園メル・モル】の噂が本当なら、ステージで踊る彼女たちの中にはもしかしたら【快楽園メル・モル】で売り物にされていた人も居るかも知れない。


 なら、オリビアの提案通り【踊り子】を買ってでも、情報を聞き出すのは有効かも知れない。もっとも、買った【踊り子】が【快楽園メル・モル】を経由していなければ意味は無いが。



《さぁさぁ、お気に入りの娘は見つかりましたか? 次が最後のご紹介…………とっておきの〜踊り子のご紹介だぁーーッ!!》



 ステージの盛り上がりも最高潮――――いよいよ、最後の踊り子が姿を表すらしい。


 俺は再び果実のジュースに口を付けながらステージの方へと視線を向ける。いざという時の為に、誰かを買う準備をしておかないと。



《次に紹介する踊り子は〜〜なんと、世にも珍しい“淫魔サキュバス”の踊り子!! 我らが街の大物おおもの――――メメント様からの贈り物だーーーーッ!!》

「――――メメントですって!?」

「ラムダ様!!」

「…………!!」



 まさか、【死の商人】直々におろした踊り子が此処に居るなんて――――間違い無い、その踊り子は【快楽園メル・モル】に精通している。


 何としてでも購入しなければ。



《この“淫魔サキュバス”は男を惑わす色香いろか化性けしょう、その悪魔の尻尾で男の生命を喰らう色欲の怪物…………しかして〜色恋知らぬ生粋の生娘きむすめ!!》

「つまり処女って事か!? ふぅ~、淫魔サキュバスの癖してなんてレア物なんだ!! ぜってー買うぞ、俺は買うぞーーーーッ!!」

「魔人種の踊り子なんて初めてだ!! 金はたんまりある!! 買うぞ買うぞ買うぞーーーーッ!!」



 司会の紹介にボルテージを上げる男たち――――まずい、このままではせっかくの【快楽園メル・モル】の情報源が他の男の手に渡ってしまう。


 手持ちは少ない――――これは不利か。



《そして、この“淫魔サキュバス”…………恐れること無かれ、かつて“魔王軍最高幹部”として我らを震撼させたS級規模の実力者!! 遠く離れたオトゥールで“ギルドの狂犬”に討ち取られた“吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス”!!》



 ――――いま、なんて言った?



《ご紹介しましょ〜! 魔王軍最高幹部…………リリエット=ルーーーーーージュ!!》

「ブーーーーッ!!?」

「ギャーーッ!? ラムダさんが私に向かってジュースを吹き出したーーッ!!」

「きゃー、ラムダ様の吹き出したジュース♡ これはわたしへのご褒美なのでしょうか♡」

「オリビア様が変態すぎる……!」



 現れたのは踊り子の衣装に身を包んだ褐色肌の魔人――――金色の瞳、薄紫色の髪、ハートの形が特徴的な尻尾、片側を斬り落とされた二枚の翼、同じく片側を切断された二本の角。


 間違い無い――――魔王軍最高幹部【吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス】リリエット=ルージュだ。



「ヴ……【吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス】のリリエット=ルージュって言えば……あの【竜騎士】ツヴァイ=エンシェントの宿敵の!?」

「そんな奴が【踊り子】として『踊り子の酒場』に居るだと……!?」

「倒されたって噂……本当だったのか……!」



 リリエット=ルージュの登場と共にそれまでの熱狂は影を潜め、男たちはステージに立たされた淫魔サキュバスの姿に困惑の声を上げ始める。



「リリエット=ルージュ……!! あいつが……僕の故郷を滅ぼした奴か……!!」

「あの方が……!? そう……よくもラジアータ村の皆さんを皆殺しに……!!」

「あわわ……! ふたりとも落ち着いてー!!」

「ここは公共の場です〜! ミリアリア様もオリビア様も武器を納めてください~!!」



 そして、【ベルヴェルク】から上がったのは怒りに震える声――――リリエット=ルージュに故郷を滅ぼされたミリアリアと、その騒動に巻きこまれたオリビアだ。


 ふたりは武器を手にリリエットに向けて凄まじい殺気を放っている。ふたりの身体にしがみついて懸命に抑えているノアとコレットが居なければ、すぐにでも襲い掛かろうとするほどに。


 俺が殺し損ねていたのか――――いや、確かに俺はリリエット=ルージュに向かって左腕アインシュタイナーの全力パンチをお見舞いした、生きている方がおかしい。


 だが、そんな事を考えるのは後だ――――あいつは間違いなく、【死の商人】を知っている。どうするべきか。



「…………って、おいおい…………店主マスターさんよぉ…………コイツ、()()()()()()()じゃねぇか……! こんなの抱く気にならねぇよ!!」

《あー……やっぱり“角折れ”は駄目です? 格安で買えたからラッキーって思っていたんですけど……》



 そう思っていた矢先、ルージュを囲んでいた男たちから急に不満げな声が噴出し始める。


 以前、俺が左腕アインシュタイナーによる手刀で斬り落とした角――――彼女の無惨に切断された角の生え際を見た男たちは“角折れ”とルージュを揶揄やゆしている。


 確かにあの時、角を斬られた直後からルージュは戦意を喪失していた。それが何か関係あるのだろうか。



「魔人種にとって“角”は力の象徴……折られたらそいつはもう種としては死んだも同然! 能力も半減と来たもんだ!」

「おまけに“角”を折られた奴は、折った奴に盲目的の()()するそうじゃねーか!!」

「つまり〜……この淫魔サキュバスは――――角をへし折ったくだんの“ギルドの狂犬”にしかなびかねぇってこった!!」



 ――――まずい。



「そうか……あいつ、ラムダさんにやられた後に角を折られて【快楽園メル・モル】に売られたんだな! ざまあみろ!!」

「……………………」

「どうされました、ラムダ様〜? お顔が真っ青ですよ~?」



 まずい、まずい、非常にまずい――――ルージュの角を折ったのは他ならぬ俺。


 つまり、ステージを囲む男たちの言葉が真実なら――――ルージュは俺に盲目的に服従する事になる。


 ――――まずい。



「なぁ……みんな…………店を変えないか?」

「えっ? みんなで一緒に『連れ込み宿(ラブホテル)』へ!?」

「…………いや、違う…………」

「アーーッ!? あの金髪の少年…………もしかして、格上に喧嘩を売りまくってボコボコにして回る“ギルドの狂犬”――――ラムダ=エンシェントじゃないか!?」

「…………誰が“狂犬”だッ!? ………………あっ!」

「あっ、リリエット=ルージュがこっち見た」

「……………………見つけた、ラムダ=エンシェント…………!」



 しまった、見付かってしまった――――俺は恐る恐るルージュの顔を見る。さっきまで虚ろにくうを眺めていたルージュの死んだ魚の様な瞳に光が灯ってくる。


 頬は薄紅色に染まっていき、鼻息を荒くして、彼女は俺の方を凝視している――――あぁ、これは駄目だ。



「見つけたーーーー!! ラムダ=エンシェントーーーーッ!! ()()の愛しの――――御主人様ダーリン♡♡♡」

「な……!?」

「なぁ……!?」

「ななぁ……!?」

「なななぁ……!?」


「「「「何だってーーーーッ!?」」」」



 俺に飛び付き、瞳の奥にハートマークを浮かべながら、ルージュは俺のことを“御主人様ダーリン”と呼んだ。


 これがリリエット=ルージュとの再会――――かつて倒した強敵が、俺に(変な意味で)組みした瞬間であった。



「ちなみに、ノアさん……ラムダ様の二つ名って“ギルドの狂犬”なのですか?」

「はいはい……街頭アンケートによると……」

「どこの街頭ですか……」

「ラムダさんの二つ名は“黒腕の狂犬”……“大物喰らいの狂犬”……“翼の生えた狂犬”……“ハーレム狂犬”……“ギルドの狂犬”とラインナップが沢山あって、一番得票が多かったのが“ギルドの狂犬”ですね!」

「“狂犬”の『絶対に二つ名に入ってやる』と言う圧が凄いですね……」

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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