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第62話:世よ、汝の喜びはわが重荷なり《SIDE:オリビア》


「ノアさん、お疲れでは無いですか? これ、コレットさんが淹れてくれた紅茶です。一緒に飲みませんか?」

「ありがと~オリビアさん! 私もう喉がカラカラで……」



 【ケルベロス傭兵団】の頭領、グレイヴ=サーベラスの変死から数時間後――――わたしたち【ベルヴェルク】は、傭兵団の残党と亡くなったグレイヴさんの遺体を冒険者ギルドへと引き渡す為に、ギルドから派遣された回収部隊が来るのを【ラピーナ城】で待っていた。


 すっかり夜は更け、朝日が眩しいぐらいに輝く晴れやかな空――――でも、わたしとラムダ様の心には、()()()の暗い影が暗雲あんうんの様に立ち込めて。


 どうしても不安で――――つい、謁見の間のテラスでひとり黄昏たそがれていたノアさんの元へとすがりに行っていた。



「ズズズゥゥ〜……あっちちち!? オリビアさん、この紅茶熱すぎます〜!」

「あらら……コレットさんの“狐火”で温めて貰ったのですが、少し火力が強過ぎたようですね。火傷はしてませんか?」

「へいき〜……! これぐらいでへこたれるノアちゃんでは無いので!」



 ノアさんはいつも通り明るく、気丈に振る舞う。


 わたしは知っている――――彼女の本心は“傷だらけの乙女”で、それを隠したいが為にわざと気丈に振る舞っていると。


 まるで、遠い思い出に眠るあの女性ひとのように。


 ノアさんを見ていると昔が懐かしい――――ラムダ様と、シータさんと、共に過ごしたあの暖かい日々。たったの四年前なのに、遠い遠い記憶の彼方かなたの思い出。



「ねぇ……オリビアさん…………訊いてもいい?」

「何を……ですか?」

「シータ=カミング…………どんな女性ひとだったの?」

「…………!!」



 その彼方の思い出を、失われた尊きあの人を――――彼女は突然尋ねてきた。



「さっき……ラムダさんと盗賊団のボスの戦いの時に、その名前が出た瞬間――――ラムダさん、一気に気持ちが()()()()()から…………気になって…………」



 通信――――ラムダ様とノアさんが密かに行っている連絡手段。魔法とも、スキルともまた違う『未知の技術体系』で実行されるふたりだけの秘密。


 羨ましい、羨ましい、羨ましい――――わたしの知らないラムダ様を、ノアさんは知っている。


 金色こんじきに輝く右眼、あらゆる障害を薙ぎ払うくろがね黒腕こくわん、天使を彷彿ほうふつさせる光の翼、この世の物とは思えない武装の数々――――わたしの知らないあの人を、目の前の彼女は知っている。


 羨ましい、妬ましい、寂しい――――ラムダ様は、わたしの“騎士”になってくれると思っていたのに。


 わたしは、ラムダ様の“一番”になれると思っていたのに。


 そんな彼女が、わたしとラムダ様の“心の傷”を暴こうとしている――――取らないで、盗らないで、獲らないで、わたしたちの“傷”をとらないで。



「私、ラムダさんのこと……ちゃんと知りたい……! どんな過去も、どんな傷も、受け入れて……受け止めてあげたい……! それが、私の“役目”だから……!」

「………………!」



 でも、本当は分かっている――――わたしは、ただラムダ様を独占したいだけ。あの冬の日を共にした、あの女性ひとの死を共に看取ったわたしだけが、“特別”だと思っていただけ。


 けれど、不公平よね?


 ノアさんは、彼女なりにラムダ様を想っている――――なら、嘘偽りは無し。


 同じ人を慕うのなら、条件は同じではないと。



「…………身体の“疵”は癒せても、心の“傷”は癒せない。わたしも……ラムダ様も……心に深い“傷”を負っています……」

「オリビアさん……」

「これは、ある女性の“死”の話――――すでに終わった……むかしの話です」



 わたしがノアさんに語り聴かせたのは、シータ=カミングを中心にした彼方の“思い出”の話。


 ラムダ様との馴れ初め、シータさんとの別離、墓標での誓い、婚約の解消、そしてラジアータでの出会い――――わたしが知りうるラムダ様の全てを、ノアさんへと語ってみせた。



「そして……ラジアータの教会で、わたしと貴女は出会ったのですよ…………っ!」

「――――――。」

「ノアさん…………」



 わたしの話に余計な相づちも入れず、ノアさんはただ静かに『彼方の思い出』に耳を傾けて――――泣いていた。


 愛する人を失った悲しみ、己の無力を呪った嘆き、バラバラになった心を繋ぎ合わせて再起した誓い――――きっと、彼女も“同じ道”を歩んだのでしょう。


 それが分かるほどに、朝日に映えた彼女の涙は美しくて、はかなくて、嫉妬するほどに愛に溢れていて。



「――――ありがとう…………教えてくれて…………辛かったよね?」

「えぇ、辛いです…………でも、シータさんの死に意味を持たせる為にも、わたしはうつむいていられません」



 どれぐらい話したでしょう――――1時間か、それとも2時間か、気付けば太陽は燦々(さんさん)と輝いて、テラスから見える城の桟橋にギルドから来た部隊が確認出来ていた。


 あともう少しで、このささやかな時間は終わってしまう。



「それでは、次はわたしが尋ねる番ですね?」

「…………えっ?」

「教えてください、ノアさん…………貴女の正体、ラムダ様の身体の秘密、あなた達の旅の“終着点”――――包み隠さず、全部……!」



 わたしは胸にしまい込んだ思い出を曝け出した。喜びも、怒りも、悲しみも、楽しさも――――全部、曝け出した。


 だから、不公平でしょ?


 貴女もわたしに教えて――――貴女の苦しみも、怒りも、絶望も、全てを受け入れて癒やしてあげたいから。



「…………分かった…………教える――――私の“秘密”……!」



 ノアさんの口から語らたのは荒唐無稽こうとうむけいな夢物語――――アーティファクト、女神システムアーカーシャ、古代文明の生き残りの少女、彼女が隠した『名前』、そして――――ラムダ様との“本当の関係”。


 どれもこれもが信じ難くて、でもノアさんの“眼”に偽りは一切感じられず――――わたしは、その話が『真実』なのだと受け入れるしか無かった。



「…………うそ…………? 女神アーカーシャ様が……ただの、人工知能…………?」

「隠していて……ごめんなさい……! 嫌われるの……怖くて……! ラムダさんの身体も……改造したのは……私なの…………ごめんなさい、ごめんなさい…………!」

「それに……ノアさんの話が本当なら…………ラムダ様は…………」



 全てを曝け出したノアさんは、懺悔ざんげする罪人のように――――わたしに許しを請い続ける。


 世界の秘密、ラムダ様の真実、そして彼女の心に深く刻まれた“傷”。


 身体の疵はいつか癒える。けれど、心の傷は永遠に癒える事は無い。


 なら、目の前で壊れそうな程に傷付いた少女にせめて安らぎを――――それが、わたしの使命。



「辛かったよね、もう大丈夫……! わたしが貴女を癒やしてあげる……」

「………………ママ♡」

「違います……次、同じことを言ったら杖でお尻を叩きますよ?」

「…………ごめんなさい(泣)」



 抱きしめて、頭を撫でて、調子に乗ったから釘を刺して――――わたしはノアさんの傷を受け入れる。



「…………良いことを教えてあげます、ノアさん。実はわたし――――女神アーカーシャ様には憤っています……!」

「…………どうして?」

「ラムダ様を【騎士】にせず、【ゴミ漁り(スカベンジャー)】にしたこと……! わたしの為に命を投げ出せるラムダ様が“騎士”じゃないなんて……わたしは許せない……!!」

「オリビアさん……」

「だから、わたしは女神アーカーシャに会って、一発ぶん殴ろうかなって思っています……! えぇ、それが――――わたしが貴女たちの旅に付いて来た本当の理由」

「なんだ……私やラムダさんと一緒なんだ…………あはは……嬉しい…………あと意外と血の気が多い……!」



 わたしたちは笑い合う。苦難の道を歩み、道は交わり、苦難の道を共に歩む者。


 人はそれを『戦友』と言う――――けれど、わたしとノアさんの関係はただの『戦友』だけでは言い表せない。



「ノアさん……わたしは、ラムダ様の事を心からお慕いしています――――わたしの身も心も、あの人になら捧げられる……! 貴女は……どうですか?」

「…………捧げれるよ、もちろん……! だって、私は――――ラムダさんのこと…………」

「なら…………やっぱりわたし達は『恋敵こいがたき』ですね!」



 そう『恋敵』――――同じ人を奪い合う、恋に生きるわたし達のもう一つの関係性。


 ラムダ様の“婚約者”として苦楽を共にしたわたしと、ラムダ様が騎士として忠義を誓った“アーティファクトの少女”ノア。


 再びめんと向かって告げる――――わたし達は同じ苦難を歩む“友”であり、同じ人を奪い合う“敵”であると。



「貴女には負けません…………絶対に、ラムダ様の心は射止めてみせます……!」

「私だって、ラムダさんはぜーったいに渡しません! オリビアさんにも、誰にも……!!」

「うふふ……」

「ふふふ……」


「「――――クロスカウンターパンチ!!」」



 お互いの頬を殴り合って、改めて宣戦布告を。

 穏やかな時間はもうすぐ終わりを告げる。


 ギルドの使者の回収作業は滞りなく終わり、もうすぐわたし達は【ラピーナ城】を後にして【享楽の都(アモーレム)】へと引き返す。


 そこに居るのは【死の商人】――――わたしとラムダ様に“心の傷”を負わせた憎き敵。必ず倒して、わたし達は過去の因縁に決着を付ける。


 死の演劇は第二幕へと――――消えた王女を探して、わたし達は動き出す。【死の商人】が潜む背徳の都へと。

 

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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