第58話:消えるは気高き君
「わー、これはわたしが探していた高位蘇生魔法【リザレクション】の魔導書だ~♪ これ買っちゃお〜っと♪ あっ、これって“対刃”のアミュレットですか? ラムダ様の為にこれも買っちゃいましょう♪」
「…………」
「おーっ! これもしかして【ニ段跳躍】の“技術習得石”と、持ち手が上下にスライドして順手と逆手が素早く切り換わる最新式の片手剣……!? 僕、これ買います!」
「………………」
「ほうほう……亜人種専用の毛づくろいセットですか……こっちは野宿に便利な携帯の魔石シャワー……むむむっ、欲しい……買いますー!」
「……………………」
「えーっと、シリンダー……ピンセット……フラスコ……スポイト……漏斗……あとは、空の魔石……! いや~、錬金術師の道具販売にあるのは私の研究に使えそうな物ばかりで助かりますね〜♪」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! む、無駄使いし過ぎだーーッ!!」
【享楽の都】外周部――――街一番の市場(※表向きの)、時刻は昼過ぎ。
外周部の区画の25パーセントを占めるこの巨大マーケットには連日、多くの人々が行き交い、様々な商品を購入している。
衣服、食料、武具、アクセサリー、美容品、家具、魔導書、果ては乗馬用の馬や【魔物使い】用の魔物すら取り扱っている――――まさになんでもありの大型市場だ。
冒険者用の宿屋に部屋を確保した俺たち【ベルヴェルク】はそのままこの市場へと買い物に出掛け――――そして、俺は女性陣の長い買い物に付き合う羽目になってしまった。
オリビアは魔導書店で魔導書やアクセサリーを買い漁り、ミリアリアは武具屋で武器やスキル習得用の魔石を買い漁り、コレットは家具や美容品を買い漁り、ノアは錬金術師用の研究道具を片っ端から買い漁っていた。
「なにを言っているのですか~ラムダ様〜? 女性の買い物は長いものですよ~……ラムダ様も将来、伴侶を娶るならこれくらいの買い物は黙って連れ添う器量の大きさを…………」
「俺が言っているのは“無駄使い”の方だ! 路銀を貯めてさっさとこの街から出ようと言ったのに、そのそばから大量の買い物とは一体全体どういう了見なんだ?」
「あっ……え、え~っと……それは……その、前に【深淵牢獄迷宮】を攻略した際に獲得した報酬金がまだ残っているから大丈夫かな~って、コレットはラムダ様に言い訳してみたり~……!」
「はぁ……コレット含め、【ベルヴェルク】の女性陣の金銭感覚の荒さには参るよ……」
現在、ノアの買い物を店の外で待っている俺の周りには、オリビア、ミリアリア、コレットが先に買った大量の買い物袋が山積みにされている。俺が買ったのは、【破邪の聖剣】を研ぐ為の砥石ぐらいだと言うのに。
まさか、貴族出身である俺だけがまともな金銭感覚をしているだなんて考えてもいなかった。
「ラムダさん、これ経費で落ちますか? えっ、落ちない? 自腹で買いなさい? むぅ……“研究所”勤めの時はだいたい経費で落とせていたのに……世知辛い世の中ですね……」
育った環境が恐らく特殊だろうノアはともかく、他の三人は一体どうなっているのだろうか。
「うふふふふ、見ていてくださいラムダ様♡ オリビアはラムダ様に相応しい立派な淑女になってみせますね♡」
「僕、お小遣いなんて月200ティアだったからこんな大金使えるの初めてだ~♪」
「コレットが使って良いお金がこんなに……! 申し訳ございません、ラムダ様――――コレットは今まで禁欲していた衝動を抑えきれません~!」
「……ダメだこりゃ」
うーむ、人間とはかくも複雑なものなのか――――と、俺は山積みの荷物を眺めながら頭を抱えてしまう。流石は“享楽の都”と謳われた都市、目の前に並べられた魅力的な品々にノア達はあっという間に魅了されてしまっていたのだ。
特にコレットはほんの数時間前に俺に『快楽に溺れるな』と忠告していた筈なのに、すっかり買い物に夢中になってしまっている。
さて、皆の買い物が終わるまでどうしたらいいものか、俺は大量の荷物を隣に置きながら通りにあるベンチに腰かけて待ちぼうけることになってしまった。
「おい、聞いたか? 近郊にある村が【ケルベロス傭兵団】に焼き討ちにされたらしいぞ! それで、村にいた娘たちが根こそぎ連中に攫われたらしい……!」
「連中に攫われたってこたぁ……村娘たちは全員、【快楽園】に“商品”として出品されちまうんだろうなぁ~……あーあ、可哀そうに」
「運が良くて貴族の召使い――――運が悪けりゃ、この街の娼館で性奉仕だな……!」
「……。」
そんな折に聞こえてきたのは、俺のすぐ隣のベンチで駄弁っている二人の冒険者の会話――――どうやら、このあたり一帯で幅を利かせている傭兵団が村を焼き討ちにして、そこに住んでいた女性たちを誘拐したらしい。
人を“物”みたいに扱う姿勢は正直、擁護できない――――そう言った禄でもない人間の悪性の話が出ると、少し苛立ってしまう。
「……で、その村娘の救出依頼はギルドに出てるのか?」
「もちろん出てるぞ――――村の生き残りがギルドに依頼した、【ケルベロス傭兵団】の壊滅込みのA級依頼でな!」
「はぁ~、無理無理! あのならず者集団の頭領って、王立ダモクレス騎士団の元騎士団長だろ? 勝てっこねぇよそんな相手……俺たちは、ギルドで噂になっている勇者パーティ【ベルヴェルク】じゃあるまいし……」
「……俺たちの噂か……そうか、俺たちもいよいよ有名人なんだな」
「それに……例の救出依頼――――既に受注した冒険者が既にいるらしい」
「マジかよ、無謀すぎるだろ!? 誰なんだそりゃ!?」
「なんでも――――【レティシア】って名前の少女騎士らしい」
聴こえてきたのは村娘の救出とならず者傭兵団の討伐を兼ねたA級相当の依頼が冒険者ギルドに出されたこと、そしてその依頼を受けた【レティシア】と言う――――グランティアーゼ王国の第二王女【レティシア=エトワール=グランティアーゼ】と同じ名を冠する少女騎士がいること。
どうやら先を越されたらしい――――そのレティシアと言う少女が依頼に向かわなければ、“俺たち”が受けたのだが……。
「大変、大変、ラムダさん! ちょっとこっちに来て―!」
「……? どうしたんだ、アリア?」
「いいから早くー! とにかく大変なんだよー!」
「おい、今の聴いたか? ……ラムダって、あの噂になっている“ギルドの――”のラムダか?」
「……? まぁいいや……コレット、ノアと一緒に荷物番しといてー!」
と、しばらく噂話に耳を傾けていた俺だったが、オリビアとふたりで新しい衣服を買いに行っていた筈のミリアリアに不意に呼ばれる――――どうやら、何かあったらしい。
隣にいた俺が件の【ベルヴェルク】のラムダだと気づいた冒険者のよく聞き取れなかった俺への評価を流し聞きながら、俺は急いでミリアリアの元へと駆けていく。
そして――――
「どうしたんだ、この女の人たち!? みんな、ボロボロじゃないか!?」
「そうなんだよ! みんな、何処かから逃げてきたみたいで……!」
「皆さん大丈夫ですか? いま、わたしが【回復魔法】を掛けますからね!」
――――ミリアリアと合流した俺が見たのは、市場のエントランスでオリビアに介抱してもらっていた十数人の女性たちの姿だった。
全員、シーツの下の衣服はボロボロにされ、野外を素足で走ったのだろうか足は擦り傷まみれで、一目見ただけでのっぴきならない事態に巻き込まれたのが分かる程の酷い有様だった。
そのせいか往来を行く人々は警戒して近付こうともせずに遠巻きに眺めるか、我関せずと素通りするか――――最も、傍観者たちの殆どが冒険者でも何でも無いただの住民たちだ、関わろうとする方がおかしいのだろう。
特に、このような街では。
「大丈夫ですか!? 一体、何があったのですか!?」
「うぅ……冒険者の方でしょうか? お、お願いがあります……た、助けて欲しいお方がいるのです……!」
「助けて欲しいお方…………何があったんですか?」
そんな中で手を差し伸べた俺たちに対して、傷だらけの身体を押してまで助力を乞う一人の少女――――目に大粒の涙を浮かべながら、彼女は俺たちに告げる。
「傭兵に攫われたわたし達をたった一人で救ってくれて、そのまま彼等に囚われた姫騎士様――――第二王女レティシア様を……どうかお救いください!」
たった一人で【ケルベロス傭兵団】へと挑み、三人の強大な敵を相手取りながら、それでも攫われた村娘たちを見事、全員救って見せた勇ましき少女騎士――――その名を、レティシア=エトワール=グランティアーゼ。
「「レ……レ……レティシア姫だってー---ッ!?」」
「レティシア姫……? それって凄い人なの、ラムダさん?」
俺たちが住むグランティアーゼ王国の最も気高き第二王女。
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