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第6話:決死口


「Aroooooooon――――ッ!!」

「――――ッ、くそッ!」



 狩りの開始を宣言するがごとく鳴り響く大狼たいろう咆哮ほうこう、それと共に大きく飛び上がる獣の巨影きょえい、上級魔物(モンスター)・ガルムによる一方的な鏖殺おうさつの刻。その哀れな犠牲者ぎせいしゃは他ならぬ俺自身。


 獲物えものを喰い殺さんと剥き出しになったガルムの牙が、俺の身体に喰らい付く迄の時間は僅か数秒。


 咄嗟とっさに手にしていた折れた剣を身体の正面に構える、瞬時に身体にちからを込める、即座そくざに生き残るすべ模索もさくし、俺の理性と本能がリミッターを外して稼働を始める。


 俺の“実力レベル”では目の前の怪物モンスターは倒せない、俺の職業クラスでは魔物モンスター下僕しもべにする事は不可能だ、俺のスキルでは迫りくる脅威モンスターへの有効打がない。なら、大人しく喰われて死ぬしかないのか。


 いいや、もってのほかだ。


 俺に残された選択肢はたった一つ、逃走あるのみ。



「Gwooooooon――――ッ!」



 迫りくる狼牙ろうが、迫りくる凶爪きょうそう、俺のはらわたを喰い破らんと金色こんじきあやしく光る魔性のまなこを見開いて大狼ガルムが迫りくる。


 さぁ、どう逃げる?


 相手は俺よりはや疾駆しっくする狼、走っても逃げ切れない。相手は嗅覚に優れた狼、隠れた所ですぐに見つかるだろう。


 考えろ、考えろ、考えろ、さもなくば死ぬだけだ。



「一か八か――――さぁ、掛かって来いッ!!」



 大狼ガルムの牙が身体に届くまでの僅かな隙間、俺は構えた剣を前方へと突き立てる。


 水平に構えられた剣、本来であれば“剣の構え”としては不適格ふてきかく姿勢しせいだが、俺の意図いとは別にあった。



「Oooooooo――――ッ!?」



 その俺の狙いにまんまとまったガルムの目に僅かに驚きの色が浮かぶ。


 そして次の瞬間、“ガキィン!”とまるで金属が激しくこすれる様な重低音じゅうていおんと共に俺の目の前、僅か数歩先の距離でガルムの鋭い牙は何も無いくうを噛みしだいた。


 間違いない、この魔物モンスターは今、確実に()()()()()()()


 とげのある獲物を捕食する事を忌避きひするように、毒のある植物をかじる事を避けるように、この狼は俺が構えた剣が口内こうないを傷付ける事を拒絶した。


 恐らくは、喰い殺した騎士に一太刀ひとたちを喰らってしまったか、あるいは数多あまたの人間と渡り合った()()()()()か。


 どちらにせよ、このガルムが折れた状態の剣ですら『触れれば斬られる鋭利えいりな刃物』と理解できている事は確実だった。



 だが、とは言え――――


「Grrr!!」

「ぐッ!?」


 ――――食い千切られて即死するのだけは避けられたが、勢い良く飛び掛かってきたガルムの“勢い”は止めることは出来ず、噛み合わさった牙に小突こずかれた剣に加わった衝撃で俺の身体はダメージと共に弾き飛ばされてしまう。



 時間にして3〜4秒ほど、弾かれた俺の身体は宙を飛び、そのまま背後にあった岩に叩きつけられ――――


「あっ……ぐうッ!?」


 ――――激突の衝撃で視界が揺らぎ、小さく嘔吐えずいた途端に背中から激痛が広がっていく。



 今までに味わったことの無い苦痛、浅く呼吸を繰り返すたびに全身に染み渡っていく身を削るような痛みが、意識をハッキリと保つことも気を失うことも許さずに俺の身体を縛り上げる。


 死にこそしなかったが、死ぬほど痛い。いっそのこと『死んだほうが楽なのじゃないか?』とさえ、思ってしまうほどに。


 けれど、弱音を吐いても誰も助けてくれないし、敵も待ってはくれない。



「Aroooooooooon――――!」



 痛みに歯を食いしばって耐え、乱れた視界を目をらした俺を待ち構えていたのは一気に距離を詰め、目の前で大きく右前足を振り上げたガルムの姿だった。



「――――ッ、まずい!」



 ガルムが仕掛けようとした攻撃に身体は一瞬で痛みを忘れ去り、俺は慌てて地面を蹴ってその場から飛び退く。

 

 次の瞬間、ガルムの前足は勢いよく振り落とされ、“ドカァンッ!!”と爆発音のような爆音を響かせて俺がさっきまでいた所に大きなクレーターを作り上げた。



「クソっ、“お手”がダイナミック過ぎるっての……ッ!」



 まともに受けていたら身体が風船ふうせんの様に破裂していたに違いない。目の前で作られたクレーターを見て、俺は呆れ気味に文句を言うしかなかった。



「Grrrr!」



 岩に叩きつけられ、次弾じだんを回避して次の行動アクションの準備が取れていない俺。


 そんな“格好の獲物”を凶暴な獣が見逃す筈も無く、万策ばんさく尽きた俺の視界に焼き付くように映ったのは左前足を大きく振り上げたガルムの姿…………()()()()、地面にできたクレーターから広がっていく“地面のヒビ”だった。


 ピシッ、ピシッ……と、かわいた地面を割りながら広がっていく亀裂きれつ


 俺に向けて再び凶爪きょうそうを振り下ろさんとしているガルムはまだ()()には気が付いていない。


 ピシッ、ピシッ……と、気付けば裂け目はクレーターから大きくはみ出て俺の後ろにまで広がっていく。


 嫌な予感がする。ガルムの追撃ついげき()()()()()を引き起こそうとしているのが分かってしまう。


 だが、ガルムの攻撃をかわして大きく後方へ飛び退いたとしても、既に手遅れな程に崩壊ほうかいきざしは大きく育っていた。



 そして――――


「Aroooooooon――――ッ!!」

「――――クソっ!」


 ――――ガルムの咆哮ほうこうと共にはなたれた攻撃は俺の眼前をかすめて地面を叩き、“バカンッ!”と大きな音を立てて地面は崩落ほうらくを始めた。



 真っ暗な森よりも更に黒い漆黒しっこく、落ちれば二度とい上がって来れないと錯覚さっかくしそうな程の奈落ならく、ポッカリと空いたあなの上で落ちようとする獲物えものを喰らわんと大口おおぐちを開けた深淵しんえん


 それを目の当たりにして、しかし宙に投げ出された俺には落ちる以外の選択肢は無かった。



「うっ、うわぁああああああああ!?」



 我ながら情けない絶叫を上げながら、吸い込まれるように割れた地面のあなに落ちていく。


 事の元凶であるガルムも体勢を崩していたが、そんなこと気にする余裕は俺にはもうなかった。砕けた地面の破片と共に、俺は下へ下へと落ちていくのだった。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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