第57話:“享楽の都”アモーレム
「わ~っ! ここがアモーレムかぁ~、すっご~い……! 豪華な建物がい~っぱいだーっ!」
「あんまりはしゃがない、アリア……! 子どもじゃ無いんだからさぁ……」
「おお~っ! 冒険者だらけのエルロルと違って、此処には上品そうな人たちも沢山いますね~」
「はぁ……ノアもか…………」
――――迷宮都市【エルロル】で起こった『勇者事変』から一週間後、俺たち【ベルヴェルク】は何度か寄り道をしながらも次の目的地である“享楽の都”【アモーレム】へと到着した。
時刻は昼前、天候は曇り――――少し湿った空気が肌に纏わりつくなんとも言い難い感覚。
それでも、初めて訪れる街にノアとミリアリアは目を輝かせて周囲をキョロキョロと見渡していた。
「…………で、ここはどんな街なのかな? 僕に教えてほしいな~……」
「はぁ~、やれやれ……ミリアリア様も仕方ない方ですね~…………では、僭越ながら、ラムダ様の優れた従者である私、コレット=エピファネイアが説明致しましょー!」
コレットの口から語られるのは、“享楽の都”と謳われる【アモーレム】と言う街の話。
“享楽の都”【アモーレム】――――俺たちが住むグランティアーゼ王国に於いて、最大の歓楽街として名高い有数の娯楽都市。
大きな台地に築かれたこの街は、中央の高台に住む貴族たちの居住区と、多くの娯楽施設が建ち並ぶ外周部の商業区画に分かれた二層構造に分かれている。
「――――そして、この外周部には多くの娯楽施設が建ち並んでおります…………エステサロン、賭博場、闘技場、大型市場、それと…………ええっと…………その…………ふ、風俗店ですね…………///」
「この世の“快楽”を詰め込んだ背徳の都――――わたしが属する【アーカーシャ教団】に於いては“禁忌の園”と忌み嫌われている場所にもなります……」
グランティアーゼ王国の貴族たちによって築かれた背徳の街――――しかし、これでもまだ、この街の“光”の部分しか紹介されていない。
問題は、この街に蔓延った“影”の部分。
「問題はここから――――この街には、裏の顔があります…………それが、このグランティアーゼ王国最大の裏市場――――通称【快楽園:メル・モル】」
「快楽園……メル・モル……?」
「“死の蜜”…………随分、縁起でもない場所のようですね~」
この街の何処かにあると言う裏社会の社交場――――それが、【快楽園】と呼ばれる裏市場だ。
「各地から蒐集された多くの違法な薬物や、禁断の魔導書、各地で攫われた人間、先史文明の遺物を取り扱う闇の市場……!」
「アーティファクト……!」
「中でも、誘拐された女性たちをこの街で娼婦として娼館に売り捌いたり、各地の貴族たちの召使いとして売却したりする人間市場が大きく幅を利かせておりますね……!」
「貴族の召使いって事は…………コレットちゃんも……?」
「コ、コレットは違いますー! コレットは身寄りが無かった所をツヴァイ様に拾っていただいて、エンシェント家にお仕えしているだけに御座いますー! まぁ……あのお屋敷にいたメイドの中には……【快楽園】出身の者も居りましたが……」
「………………。」
そう、貴族たちがその手を染める裏市場【快楽園】――――そこは、決して俺と無関係な場所でも無い。
俺の父、アハト=エンシェントもまた、この街に出入りしている者なのだから。
「ねぇねぇ、コレットさん…………15歳になったら『神授の儀』で女神アーカーシャ様から職業を授けられるのに、そこから……その“娼婦”とかに職業が変わるなんておかしくない?」
「別におかしな話では御座いません。もちろん、アーカーシャ様より賜った職業こそが、その者の適正職業となりますが…………現実はそう甘くはありません……!」
そう、コレットの言う通り――――この世界は甘くはない。
栄光ある【騎士】の職業を授かった者が奴隷として炭鉱に売られることも、貞操を女神に捧げた筈の【神官】が娼館で売春をさせられている事も珍しくは無い。
現に、かつて住んでいたエンシェント家の屋敷にも、メイドして働いていて、父さんの夜の相手をさせられていた【騎士】の女性がいた事を俺は知っている。
俺の――――大切な、思い出の女性。
「ですので…………女性陣の皆さまはくれぐれも単独行動をしないように! 一歩でも路地裏に入れば、そこは【アモーレム】の影の部分…………連れ去られれば最後、裏市場で売られて何処かで慰み者にされるのが落ちですよ…………よろしいでしょうか?」
「うわ~……随分と怖い所なんだね……。ね、ねぇ……ラムダさん…………この街は早く発った方が良いんじゃ無いかな?」
「同感……! 冒険者ギルドで依頼をこなしてある程度の路銀が貯まったら、さっさと王都に向けて出発しよう」
コレットの話を聴いた女性陣の表情が全員曇っている――――当然だ、それほどの“闇”がこの街には潜んでいるのだから。
(……さぁ~て、オリビアさん……! いよいよ、私たちが念入りに計画した『ラムダさんと一線を越えちゃおう作戦』を実行に移す絶好の機会が訪れましたよ~♪)
(えぇ、ノアさん……! この“大人”な雰囲気の街で、ラムダ様の為に調合したこの『媚薬』を飲ませて発情させて……そのまま、わたし達を美味しく召し上がって頂きましょう……♡)
(うひひひひ……!)
(くふふふふ……!)
そして、この街にも負けない程の“闇”を抱えて良からぬ事を企んでいる少女が身近にふたり――――ノアとオリビアは何やらコソコソと話あっているが、非常に残念な事に、聴覚に優れているコレットには全て筒抜けであり、コレット経由で俺の耳にも入っていた。
このふたり、清楚な見た目の割には脳内が色欲に染まり切っている。
特にオリビアはまずい――――下手をすれば【アーカーシャ教団】から破門されるのでは無いかと心配してしまう程だ。
「はぁ~……ノア様とオリビア様も懲りませんね~…………ラムダ様、少しおふたりにお灸を据えてもよろしいでしょうか?」
「任せるよ、コレット……」
「それでは――――【狐火・霊炎】」
「――――うっ、急に悪寒が……!?」
「――――ハッ、何やら寒気がしてきましたわ……!?」
従者コレットは意外と貞操観念には厳しい――――こと、主である俺の女性関係については特に。
悪巧みを企むノアとオリビアはコレットの狐火に当てられて、文字通り『狐につままれた』様な表情をしながら、ジト〜っとふたりを見詰めるコレットに詰め寄られている。
「おふたり共……ラムダ様が自らの意思でおふたりと男女の関係を持つなら、コレットは何も言いませんが――――ラムダ様の意思を無視した、または無理やり関係を迫った場合、おふたりには相応の“地獄”をご覧になって頂きます…………よろしいですね?」
「「…………はい…………き、肝に命じておきます〜」」
「わ~、ラムダさんモテモテだなー! 僕も交ざっても良い?」
「…………頭が痛い…………」
度が過ぎた快楽は身を滅ぼす――――身分違いの叶わぬ恋に落ちて財産を全て貢いだ村娘がいた、見目麗しい娼婦に恋い焦がれ没落するまで財を捧げ続けた貴族がいた、侍らせていた従者に子を産ませてしまい血みどろの相続争いに巻き込まれた王族がいた。
快楽とはこれ極上の海なり――――嗜む程度なら心地良い極楽を味わえるが、深みに嵌まれば二度と浮かんではこれない蜜の迷宮。
この街はそんな快楽が渦巻く大海――――金の快楽、暴力の快楽、性の快楽。あらゆる“快楽”があの手この手で人々を誘う背徳の都。
「ラムダ様も――――くれぐれも快楽に溺れぬように。もしもの時は、それこそノア様かオリビア様……この際、ミリアリア様にも頼るように……お願い致します……!」
「分かってるよ……俺はエンシェント辺境伯の子ども――――家の格を貶める様なへまはしないさ!」
ここは“享楽の都”【アモーレム】――――俺たち【ベルヴェルク】を快楽の渦に飲み込まんとする街。ここで待ち受けるのは、果たして如何なる出来事だろうか。
【この作品を読んでいただいた読者様へ】
ご覧いただきありがとうございます。
この話を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしたりブックマーク登録をして頂けると幸いです。




