ラムダの記憶⑤:その死に意味を持たすなら
「安らかに眠れ、清らかなる魂よ。そなたの高潔たる御魂は、やがて女神アーカーシャによって掬われ、報われるであろう……」
エンシェント辺境伯襲撃事件から二日後――――エンシェント邸共同墓地の片隅、シータ=カミングの墓。
本来はエンシェントの縁者のみが埋葬されるこの墓地に、エンシェントの血筋たる俺を護って命を落としたシータは特別に埋葬される事となった。
彼女をここに埋葬するのを反対した母さんを押し切ってまで、父さんが決めた計らい。それが、あの夜に見たふたりの“関係”に起因するのか、それとも同じ騎士団で戦った同士故の情けかは分からない。
それでも、父さんがシータの為に建立した墓標にはこう刻まれていた。
シータ=カミング――――『ラムダ=エンシェントの騎士』、と。
「旦那様、メメント様がお見えになられています。急ぎ応接室に……」
「あぁ……分かった…………さらばだ、シータ――――我が愛しき“魂剣”の騎士よ……!」
シータの葬儀に参列したのは、俺、ツヴァイ姉さん、ゼクス兄さん、父さん、そしてオリビアだけだった。
元々、彼女はエンシェント家に仕える一介のメイド――――輝かしい栄光がある訳でも無く、メイドとして優秀だった訳でも無く、彼女の死を悼むのは限られた者だけで。
シータ=カミングの“死”は大勢の人間にとっては取るに足りない些事で、いずれは忘れ去られる一時の思い出で。
だから――――俺は、彼女が『生きた証』を残してあげたかった。
「くっだらねぇ、死ねばそれで終いだ! シータの奴は犬死だ――――忘れちまえ、そうすりゃ心に傷は残らねぇ!」
俺の後ろで木にもたれ掛かって林檎を齧りながら、ゼクス兄さんは不服そうにシータの死を罵倒する。
死ねばそれで終わりだ、忘れれば彼女の“死”に苦しまなくて済むと。
「――――ゼクス!! あなた、シータさんがどんな想いでラムダを護ったと思っているの!? 残されたラムダがどれだけ辛い思いをしているか分かっているの!?」
すかさず飛び込んできたのはゼクス兄さんを叱責するツヴァイ姉さんの怒号。
ゼクス兄さんの着る喪服の襟を乱暴に掴んで、姉さんは兄さんの頬を引っ叩いた。
端から見れば死者を愚弄した完全な罵詈雑言――――しかし、ゼクス兄さんは悪びれる様子もなく、俺に厳しい視線を向ける。
「そうやって死者を偲んで、心の傷を舐めあって何の意味がある? ただ俯いて、慰めあってるだけなら――――シータの“死”に意味なんざねぇよ!!」
「――――ゼクス…………あなたって子は!!」
「俺はシータが死んだ時の事なんざ知らねぇ、興味もねぇ!! だがな、そうやって悲しんでいるだけじゃあ…………意味がねぇ事ぐらい分かる」
「………………ゼクス…………」
「シータの想いに……その死に意味を持たすなら――――やるべき事は分かっているんだろ? あいつの“死”に報えるのは、その“死”を看取ったお前にしかできねぇ事なんだよ――――分かってんのか、ラムダ!」
そう、俯いて、悲しんで、心の傷を舐めあってばかりじゃ――――シータの“死”に意味は無い。
彼女の“死”に意味を持たすなら、俺には果たさねばならない『約束』がある。
『立派な……騎士に…………なって……くだ…………さいね…………わたし…………途中で…………諦めちゃった……から…………』
俺は“騎士”になる――――それだけが、シータ=カミングが『生きた証』を残す方法。彼女の“死”に意味を持たす道。
「…………ぼくは…………騎士になる! シータさんに誇れるぐらい、立派な騎士に……なってみせる!!」
「分かってんなら結構…………シータの奴もきっと報われるさ」
「ゼクス……あなた…………」
「ラムダも姉貴もぬるいんだよ…………あーぁ、やっとかったるい葬儀が終わったぜ! 俺は屋敷に戻るぞ…………このあと剣の稽古があるからな」
それを伝えると、ゼクス兄さんは姉さんの手を振り解いて屋敷へと戻って行く。
「…………俺だって、シータに剣術を教わりたかったのに…………あいつ、ラムダばっかり贔屓しやがってよ……羨ましいったらないぜ…………まったく…………」
去り際に、不満げにそう言い残して。
「…………あたし、馬鹿だ……! ゼクスの方がよっぽど大人じゃない……!! うぅ……うぅぅ…………!」
そんなゼクス兄さんの不器用な思いやりに、ツヴァイ姉さんは己の未熟さを痛感させられて大粒の涙を流し始めてしまう。
「あたし……【騎士】になって……浮かれてて…………シータさんが死んだのに…………なんにも…………出来なかった…………!! 悔しい……悔しい……悔しいよ…………あぁああああああ!!」
大声で泣きながら、ツヴァイ姉さんはその場を後にしていく――――きっと、弱いところを俺に見せたくなかったのだろう。
それが、ツヴァイ=エンシェントの契機――――後に、“S級冒険者”アンジュ=バーンライトにも、“魔王軍最高幹部”リリエット=ルージュにも引けを取らない程の強さを持つ“騎士”になった姉さんの、ささやかなきっかけ。
「………………ラムダ様、わたしたちも戻りましょう。ここにいたら…………風邪、引いてしまいますよ?」
シータの墓標に残ったのは、俺とオリビアだけ。彼女が命懸けで護り抜いたふたりの子ども。
黒い喪服に身を包みシータの死を悼んだオリビアもまた、彼女の“死”に意味を持たせようと足掻こうとしていた。
「ラムダ様、わたし……やりたいことが見つかりました。誰かを守る事…………守って、癒やして、救ってあげる。【修道女】でも【回復術師】でも【神官】でも――――誰かを救えるならなんだって……!!」
「オリビアさん……」
「悔しかった……シータさんが死んでいくのに、わたし……何も出来ずに、ただ泣き喚くしか出来なくて……!」
「それは……オリビアさんのせいじゃ……」
「それでも、わたし――――変わります! もう誰も死なせたくないから、もう誰も失いたくないから……変わります!!」
力強く幼い少女は胸を張って誓う。誰かを救う者になると。
商家の家に生まれた箱入り娘は、ひとりの女性の“死”と引き換えに羽化する――――いずれ、教会に残された子ども達を命懸けで守り抜く、強き精神を宿した【神官】に。
「ラムダ様……わたしを守ってくれて……ありがとうございます。オリビア=パルフェグラッセは、貴方の事を…………心から、お慕いしています……!」
「…………オリビアさん」
「いつか、ラムダ様が立派な騎士に成られた時に、胸を張って貴方の横に立てるような…………立派な女になってみせますね♡」
それ以来、オリビア=パルフェグラッセは変わったと言う――――ただわがままだったお嬢様は、魔導の勉強に勤しみ、慈善活動に精を出して、女神に祈りを捧げ続け、やがて『ラムダ=エンシェントに相応しい気品ある淑女』と言われていくようになる。
もっとも、彼女が『神授の儀』で授かったのは女神アーカーシャに純潔を捧げる【神官】の職業――――貞操を守り女神に尽くさねばならない都合上、やむを得ずオリビアとの“婚約”は解消されてしまう事になってしまった。
そして、『えっ……婚約破棄? どうして……??』とうわ言を呟きながら、魂が抜けたように呆けた彼女が、ラジアータ村への派遣をうわの空で聴き流して、真っ白になりながらサートゥスの教会を後にしたのは、また別の話。
「――――シータさん、ぼく……立派な“騎士”になってみせます。貴女が命をかけて繋いだ想いを、決して無駄にはしません…………だから、おやすみなさい…………ぼくの、愛しい“騎士”よ」
騎士の誓いは彼女の墓標に――――いずれ、『アーティファクトの少女』を護る騎士の“始まりの物語”。
これはすでに終わったむかしの話。
ある騎士の死と引き換えに生まれた――――ある騎士の目覚めの物語。
さようなら、愛しき我が“騎士”よ――――貴女の想いは、貴女の生きた証は、今もこの胸に“星”となって輝いて。
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追記:次回から第三章が始まります。今回の回想での禍根にも決着を付けるストーリーになりますので、楽しみにしていただければ幸いです。