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ラムダの記憶③:我が身命を賭して


「ですのでー、わたしはお父様とお母様が見繕った縁談なんてまっぴらごめんです! わたしの結婚相手は、わたし自身が慕う方と心に決めていますので!」

「そう言わずに……オリビアお嬢様……! ラムダ様はエンシェント辺境伯のご子息で無くとも十分に魅力的なお方ですよ? ほら……ツッコミが出来ますし……」

「何のフォロー!? 他に何かアピールポイントあるでしょ、シータさん!?」



 ――――オリビア=パルフェグラッセと“婚約関係”になって、シータ=カミングの抱える“秘密”を知ってから三ヶ月後、季節は雪降る寒い冬の日の夕暮れ。礼服を着た俺とドレスで着飾ったオリビアは、シータの付き添いの元、ロクウルスの森を通る街道を征く馬車に揺られながら辛気臭しんきくさい話を続けていた。


 ロクウルスの森――――『アーティファクトの少女』が、来るべき“運命の日”を待ちながら眠り続ける深い森。その日は、サートゥスとオトゥール、そしてラジアータをさえぎるこの森に綺麗に整備された街道が開通した記念日。


 オトゥールで開かれた式典に出席したその帰り道――――俺とオリビアにとって、“世界”が変わる運命の日。



「…………ラムダ様は素敵な方だとわたしも思います。ですが…………やはり、親の言いなりになって、心も通じ合っていない男女…………それも子どもが軽々しく結婚するのには抵抗があります……」

「オリビア様……」

「…………ぼくは、オリビアさんとなら結婚したいと思っているよ? だって……オリビアさんはそうやってお互いの事を考えれる優しい人だもん!」

「はぅ/// なんて無自覚な口説き文句なの……!? オリビア……ラムダ様に墜ちてしまいそうです///」

「まぁ! まぁまぁまぁ! ラムダ様も隅に置けませんね〜、いつの間にそんなテクニックを手に入れたのですか!? わたし、感激で涙が……」

「えぇ……」



 冬の寒さを忘れる様に、馬車の中の会話は楽しく弾む。シータの献身的なアプローチもあってか、オリビアの俺への態度も春の雪のように解けていき、硬い表情だった彼女の顔にも笑いが見え始める。


 15歳のなれば『神授の儀』で女神アーカーシャから【騎士】の職業クラスを授けられて、オリビアと結婚して幸せな家庭を築いて、やがては王立騎士団に入って人々の安寧あんねいの為に剣を振るう。


 その時の俺はまだ、そんな曖昧あいまいな人生の設計図を夢想むそうするだけの子どもで、それが絶対に叶う願いだと信じ切っていた。



「それにしても……お父様もお母様もひどいです……! 大人達だけで宴会をして、子どもは早く帰りなさいなんて……!」

「あ~ぁ、パーティーに参加できるお姉ちゃんは羨ましいなぁ……」

「…………それなら~、今からわたし達の3人でエンシェント家の邸宅でささやかな“秘密”のパーティーをしませんか?」



 帰りの馬車は退屈な式典の帰り道、その後のお楽しみから外された俺とオリビアは大人たちに不満を垂れる。


 まだまだ自分たちは『子ども』なんだと言い聞かされているようで、無性に腹立たしくて。


 そんな俺とオリビアの不満げな表情かおに真意を察したのか、シータは『パーティーをしましょう』と提案をしてきた。



「わたしたちだけでですか、シータさん?」

「えぇえぇ、その通りですよ~! ぬふふ……ラムダ様と“心を通じ合わせる”……絶好の機会ですよ~、オリビア様?」

「――――なっ///」

「シ、シータさん!? なに言ってるんですか///」

「――――あっはは! ふたりとも顔を真っ赤にして照れてる〜!」



 オリビアは『政略結婚』では無く、意中の――――互いを想える相手との結婚を望んでいる。だからシータは、俺とオリビアがお互いをよく知れるように、父さん達がいない三人だけの秘密のパーティーを開こうと言ってきたのだ。


 お節介せっかいなメイドの行動。けれど、悪くない提案。俺もオリビアも顔を真っ赤にして照れながら、シータが見繕った機会に内心感謝していた。



 けれど――――


「もぉ~、からかわないでください、シータさん! わたしはそんな事しなくてもラムダ様のこと――――きゃ!?」

「…………!! 大丈夫、オリビアさん? 馬車が止まった……? こんな森のど真ん中で…………?」

「――――!」


 ――――そんなささやかな時間は来ることは無く、無情な“死”は足音を立てて近付いて来ていた。



 雪降る森のまん中で立ち往生をする馬車――――父さんが冒険者ギルドから派遣された馬を引く御者ぎょしゃに依頼したのは俺たちを『サートゥスのエンシェント邸まで送り届ける事』。こんな所で止まるのは不自然だ。


 馬車が止まった拍子に体勢を崩したオリビアは受け止めながら、俺は馬車の窓から外を見る。


 雪降る薄暗い森、生い茂る木々――――俺にはなんの異常も見当たらない。



「あの……ラムダ様…………もう大丈夫ですので…………その、離していただけると…………///」

「――――ごめん、オリビアさん!」

「ラムダ様……オリビア様……声を殺してお静かに……! ()()()()()()()……!」

「…………それって…………!」



 だが、シータは馬車の外に隠れた“異変”にすぐさま勘付き、険しい表情かおで窓の外を警戒していた。


 いつもの穏やかな表情とも、いつか見た寂しそうな表情とも違う――――いくさおもむく者の表情かお



「――――ラムダ様、これを持っていて下さい。わたしが携帯している護身用の短剣ダガーです」

「…………シータさん…………!」

「いざという時は、これでラムダ様がオリビア様をお護りしてください…………!」



 メイド服のスカートを大きく引き裂いてスリットスカートの様に即席で改造したシータは、太腿ふとももに隠して備えていた短剣ダガーを俺に差し出す。


 これでオリビアを守れと言う事なのだろう。


 彼女から受け取った短剣ダガーは子どもの俺では片手で振るうにはまだ重い――――それは、自分の“覚悟”がまだ未熟だと言うこと。


 ズシリと右手にのしかかった小さな剣を、俺は強く握りしめる。



「ラムダ様…………わたし……こわい…………」

「大丈夫…………ぼくが付いているから……」

「わたしが外に出ます…………おふたりは馬車ここに…………そして、わたしが合図した場合は、躊躇ためらわずに走って逃げてください…………良いですね?」

「………………うん」

「よろしい……それでは、行って参ります……! ラムダ様…………わたしは、我が身命を賭して――――貴方を護ります……!!」



 俺が受け取った短剣ダガーをしっかりと握ったのを確認すると、シータは『ラムダ様を護ります』と言い残して、扉を開けて外へと足を踏み出した。俺に出来る事は、恐怖に怯えるオリビアを抱えて嵐が過ぎ去るのを待つだけ。


 シータはたったひとり、危険をかえりみずに死地へとおもむく――――それは、如何なる困難に直面しても諦めず、護るべき人を護らんとする【騎士】のあり方そのもの。


 俺が夢見た――――理想の騎士の姿。



「御者が射殺されている…………誰だ、出てきなさい!! エンシェント辺境伯のご子息に害を為さんとするのは不埒ふらちやからは何者か!?」



 シータは声高こわだかに叫ぶ、森に潜む脅威に対して――――張り詰める緊張、ざわめく木々、冷たく降りしきる冬の結晶。


 そして、森の静寂を打ち破ったシータに応えるように敵は現れる。



「なんだ? 腕利きの護衛でもいると思っていたが…………か弱いメイドだけじゃねぇか!」

「ひっひっひ…………油断したなエンシェント辺境伯様も…………こんな乳くせぇ女ひとりに、大事な大事な坊っちゃんの警護を任せるたぁな……!!」

「……その肩の入れ墨――――【鬣犬ハイエナ盗賊団】の残党か……!!」



 木々の隙間を縫って現れたのは、盗賊の衣装に身を包み、肩にハイエナの入れ墨を掘った屈強な男たち――――その数、30人。


 シータが語ってくれた王立騎士団の武勇伝で聞いたことがある――――【鬣犬ハイエナ盗賊団】、王国一帯で“人攫い”を生業にしていた無法者の集団。


 当時、王立騎士団の第八師団の団長を務めていた父さんとその部下たちによって壊滅させられたと聞いていた。


 そんな連中が、再び徒党を成して牙を剥く――――恐らくは、俺たちが式典でオトゥールに出向いた所を狙ったのだろう。



「――――12年前に壊滅した盗賊風情が何のようだ!?」

「そりゃ決まってんだろ? 俺たちを壊滅させたアハト=エンシェントへの報復だよ……! その為にも、その馬車に隠れているエンシェントの子どもと、居合わせたパルフェグラッセのご令嬢は頂いていくぜ!」

「こちらの情報は筒抜けか……! 仕方が無い――――固有ユニークスキル【煌めきの魂剣ヴィータ・フルジェント】!!」



 相手はかつて王国を震撼させた盗賊団の残党たち。シータは固有ユニークスキルを発動させ、蒼白い魔力で形作られた剣を握りしめる。


 召使いとしてあるじに仕える【メイド】には、不釣合な“剣”のスキル――――それこそが、シータ=カミングの正体だとも気付かずに、俺は彼女の剣に見惚れていた。



「ラムダ様! オリビア様と共にサートゥスへと走って下さい!! わたしは――――この賊どもを斬り伏せます!!」

「出来るのか? 相手は男30人だぞ、女!!」

「なんのこれしき――――アハト様と行ったハーピィ百人斬りに比べれば朝飯前ですね……!!」



 得物えものを構えた男たちに、シータは不敵に笑ってみせる――――彼女の“覚悟”を無下には出来ない。



「今だ――――オリビアさん、一緒に逃げよう!」

「…………ラムダ様……!! でも、シータさんが……!」

「分かっている! でも、今の僕たちじゃあいつ等には敵わない――――敵わないんだ…………!!」



 俺は、震えるオリビアの手を引いて馬車から飛び降りて、一目散に走り出した。


 悔しい、悔しい、悔しい――――シータをひとり残して逃げる自分が、戦うすべを持たない自分の未熟さが、ただただ悔しかった。



子供ガキが……! 逃がすな、追え!!」



 だが、相手も俺たちの逃走を許すほど甘くはない――――リーダー格とおぼしき男に指示された三人の男たちが俺たちを追って走り出す。


 オリビアの手を引いたままじゃ、ましてや子どもの足では絶対に追い付かれる。


 そう思って、俺はシータから預かった短剣ダガーを右手に握り締めてオリビアの盾になるようにして後ろを振り返る。


 俺だって、騎士の息子なんだ――――オリビアを護ってみせると、そう息巻いて。



 けれど――――


「わたしの大事なラムダ様に――――手を出すなーーーーッ!!」

「――――ガァ!?」


 ――――そんな思い上がった俺を諫めるように、シータがスキルで作製した小さな蒼白い短剣ダガーの投擲が、男たちの心臓を背後から精確に射抜いたのだった。



「ラムダ様!! あなたには指一歩触れさせません! だから、どう――――かッ!!」

「…………シータ…………さん…………?」

「あぁ…………いや…………いやーーーーっ!!」



 その隙が命取り――――俺たちの方を振り返ったシータを襲ったのは、御者を射殺したのと同じボウガンの矢。


 背後から突き刺さり、彼女の胸元を貫通して黒い矢がやじりを覗かせる。


 崩れ落ちるシータ、傷口から舞い散る鮮血、それを見たオリビアの絶叫――――死神が“死”を纏って近付いてくる。



「身体が……!? まさか……毒…………!」

「ヒュドラの“毒”を塗り込んだ矢だ……! 直に動けなくなるぜ、女……! さぁ、子供ガキを生け捕りにしろ!」

「シータさん、負けないで!」

「無駄だ、無駄! テメェの忠実なメイドはもう役に立たねぇ! 諦めなッ!!」

「…………見くびるな…………わたしを、見くびるなぁーーーーッ!!」



 それでも、シータ=カミングは倒れない。肺を穿うがたれ、血反吐を吐きながら、身体を猛毒に蝕まれても、愛する者を護らんと“魂”を燃やして咆哮する。


 あぁ、なんて美しいのだろうか――――黒い髪と蒼い瞳の天使は、朱き血に塗れてもなお“騎士”として燦然さんぜんと輝く。



「なに!? こいつ…………毒矢で胸を射抜かれてまだ……!? 馬鹿な、だいの大人でもすぐさま身体が麻痺して死に至る猛毒だぞ!」

「はぁ……はぁ……ッ!! 聞け、盗賊団の悪漢共よ――――我が名はシータ=カミング!! 王立ダモクレス騎士団、第八師団でアハト=エンシェントと共に戦った【騎士】である!!」

「シータさんが…………【騎士】…………!?」



 王立ダモクレス騎士団、アハト=エンシェント率いる第八師団――――そこに名を連ねた騎士、それがシータ=カミングの正体。


 蒼い剣を水平に構え、盗賊団へと彼女は自らの正体を明かす。



「こいつ…………まさか、頭領ボスったと言う――――“魂剣こっけん”カミングか……!?」

「さぁ、お前たちの相手はこのわたしだ!! エンシェント辺境伯とパルフェグラッセのご子息をかどわかしたいのなら――――このわたしを殺してみせなさい!!」



 “魂剣こっけん”――――父さんの率いた第八師団に於いて、次期団長と目され、12年前に突如失踪したと言われる天才騎士。


 父さんすら凌駕したと謳われた天賦てんぶの才を持つ騎士が――――俺たちを護るために命を燃やす。



「行きなさい、ラムダ!! 貴方が――――オリビア様を護り抜いて!!」

「――――――ッ!!」



 シータの怒鳴られて、オリビアの手を引いて俺は再び走り出す。


 彼女なら、盗賊団なんかに絶対に負けない――――そう信じて、振り返らずに。



「相手は手負いの女! 頭領ボスかたきだ――――殺っちまえ!!」

「――――いざ尋常に、押して参る!!」



 鳴り響く剣戟の音に、シータへの期待と、己の未熟さを感じながら。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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