ラムダの記憶①:黒い髪と蒼い瞳の天使
――――これはまだ俺が理想の“騎士”を夢見ていた頃の思い出。すでに終わったむかしの話。
「さぁ、ラムダ様! もう一度、両手剣の柄をしっかりと握って、刃を水平に持ち上げて!」
「――――ぐぅ、ぐぎぎぎ……お、重いぃいい……! シ、シータさん……こ、これ…………本当に『構え』として合っているんですか……!?」
「――――いえ、何もかも間違いです! その『一角獣の構え』は“独創性”を重視した私のオリジナルで…………あぁ、そう言えば……その構えは重量の軽い細身の剣じゃないと出来ませんでした! わたしってばうっかり屋さん♡」
「合ってないんかーい!? 何だったの、その自信満々のどや顔は!?」
辺境の街【サートゥス】――――エンシェント邸庭園。まだ、俺が両親から“ゴミ”呼ばわりされて追放されるより四年前、まだまだ育ち盛りな11歳の頃。
街の自警団である【サートゥス騎士団】の任務で多忙を極める父さんの代わりに、俺に剣の稽古を付けてくれたメイドの女性が居た。
彼女の名はシータ=カミング――――俺が生まれる一年程前からエンシェント家に仕え、今は俺専属の教育係として屋敷で住み込みで働く、黒い髪と蒼い瞳が印象的な女性。
「いやー……ラムダ様ならきっとわたしのこの『格好いい構え』を扱いきれるかな~って思っていたんですが…………そもそも、想定している剣の種類が違っていました♡ 反省反省♡」
「もぉ~……! まず覚えるのは普通の剣術だと思うんだけど……」
「えへへへ……申し訳ありません、ラムダ様」
常に明るく、愛嬌を忘れず、それでいて優しい――――今にして思えば、どこかノアに似た雰囲気をした天使のような人。
俺の身の回りの世話、学校への送迎、剣の稽古――――俺の生活には常にシータの姿があった。
「シータさん……ぼく、ちゃんとした騎士剣術を覚えたいんだけど……」
「あはは……我流の田舎剣術で申し訳ありません〜……。でしたら、お昼の後は騎士剣術をわたしが覚えている範囲でお教え致しますね、ラムダ様!」
「うん、分かった! よろしくお願いします、シータさん!」
お昼前の時間、ちょうどお腹が空いてくる頃合い――――シータははにかんで、俺に笑いかける。
世話焼きで、稽古は厳しくて、どこか母親を連想させるような不思議な雰囲気の女性――――彼女と居るととても居心地が良く、思わず気も緩んでしまう。
それが、当時の俺の日常であり、何時までも変わらない生活だと思っていた。
「――ここに居たのか、ラムダよ。またシータに稽古を付けてもらっていたのか?」
「ラムダー! お姉ちゃんが帰って来たよー!」
「…………父さん! ツヴァイお姉ちゃん!」
「――――お帰りなさいませ、旦那様、ツヴァイお嬢様」
その日、何時ものようにお昼前まで行われていたシータの稽古――――それが終わって食事にしようとした時に現れたのは父さんとツヴァイ姉さん。
いつもの甲冑姿では無く礼服に身を包んだ父さんは、同じく祭事用のドレスを着たツヴァイ姉さんを引き連れて珍しく庭園を訪れる。
「それで……旦那様…………ツヴァイお嬢様の『神授の儀』の結果は……?」
「それについては本人の口から聴きなさい」
「聞いて、ラムダ、シータさん! あたし――――女神アーカーシャ様から【竜騎士】の職業と【抜刀術:一閃】って言う“抜刀術”のスキルを授かったわ!」
「すごい! 【竜騎士】ってすごく珍しい職業だよね……!? お姉ちゃんはすごいな~」
「ぬふふー♪ もっとお姉ちゃんを褒め称えなさい!」
「まぁ! おめでとうございます、ツヴァイお嬢様!」
忘れもしない――――その日は、俺の姉・ツヴァイ=エンシェントの『神授の儀』の日。ツヴァイ姉さんが女神アーカーシャから【竜騎士】の職業を授けられ、“騎士”となった記念の日。
「流石はアハト様とツェーン様のご息女…………来年のゼクス様の『神授の儀』が待ち遠しいですね!」
「ふふ……ゼクスも性格は荒っぽいが剣の筋は良い。それに、アレは“眼”が効く…………剣のスキルさえ良ければ良き騎士になるだろう。それに、いずれはラムダもな」
「えぇ、わたしも同感です…………あぁ、ラムダ様の『神授の儀』が待ちきれません! 早く四年後にならないでしょうか?」
「慌てるな、シータよ。お前の役割は、『神授の儀』までにラムダを一人前に鍛える事だ…………その約束を忘れるなよ?」
「…………承知しております、旦那様。ラムダ様はわたしが一命を賭してでも、一人前の騎士として育て上げてみせます……!」
ツヴァイ姉さんは晴れて“騎士”となった――――あと『神授の儀』を待つエンシェントの子どもはふたり。
兄であるゼクス=エンシェントと、ラムダ=エンシェント――――俺だ。
兄さんや姉さんと違い、俺だけがシータの手解きを受けている。父さんの期待の現れだろうか、それとも教育係だったシータが偶然“剣術”に心得があったからだろうか、真実は分からないが俺にとっては、シータの稽古は何か“特別感”を感じる喜ばしい事だった。
「あぁ、そうそう……思い出した――――もうすぐパルフェグラッセ夫妻がご息女を連れて此処にやって来る。シータ、他の使用人たちと共に急ぎ饗しの準備をしなさい」
「パルフェグラッセ……! では、例の“縁談”の話が纏まったのですね、旦那様……!」
「あそこのご息女のオリビア嬢はまだ我々との婚約話に難色を示しているようだが…………夫妻が是非にと言うのでな、一度ラムダとの食事の席を設けたという訳だ」
「…………承知致しました、旦那様。急ぎパルフェグラッセ様を饗す仕度を致します……!」
父さんの口から出たのはサートゥスでも有数の商家である『パルフェグラッセ』の名前――――同じ学校に通う、街一番の美少女と目される『オリビア=パルフェグラッセ』の実家だ。
そのパルフェグラッセの夫妻が娘であるオリビアを連れてこの屋敷を訪れるとの事――――客人を饗すのは家主の努めだが、その準備をするのはシータたち【メイド】の仕事だ。
パルフェグラッセ夫妻とオリビアの饗しを指示されたシータは、スカートの裾を摘んで広げながら父さんに頭を垂れると、屋敷へと戻ろうといそいそと身なりを整える。
「シータさん……お昼が終わったらまた稽古の続きをしてくれる?」
「だーめ、シータさんは忙しいの! 女神アーカーシャ様から授かったスキルを見せてあげるから、お昼ごはんを食べたらあたしに付き合ってね、ラムダ!」
「ふふっ……ツヴァイお嬢様の言う通りですよ。そんなに慌てなくても大丈夫…………残念♪ 稽古の続きは、また明日♪」
「…………分かった! また明日だよ、約束だからね!」
せっかくのシータとの時間はまた明日――――彼女は俺ににこりと笑い掛けると、踵を返して屋敷へと早足で駆けて行った。
この後、俺はパルフェグラッセ夫妻との食事の席で、オリビア=パルフェグラッセとの“婚約”の話を切り出される事になる。
貴族との繋がりが欲しいパルフェグラッセ夫妻と、ある程度の“泊”が付いた良家の娘との“結婚”で勢力の拡大を目論むエンシェント家との『政略結婚』。
当時の俺は両家の大人達の思惑に気付く事が出来ず、思惑に勘付き拒否反応を示していたオリビアの本心も分からなかった。
これは在りしの記憶。俺が、“騎士”を志す契機となった――――ある“死”を巡る、すでに終わったむかしの話。
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