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幕間:来たれ、汝甘き死の時よ


「クソ、クソ、クソ、クソクソクソクソクソ……クソがぁーーーーッ!! 何だって、この俺様が……こんな低級の雑魚魔物(モンスター)をチマチマ狩らなきゃなんねーんだッ!!」



 ――――時は少々(さかのぼ)り、ここはロクウルスの森。


 夜のとばりりた月明かりの森の中で、その男――――【黒騎士】ゼクス=エンシェントは惨殺した魔物モンスターの亡骸を踏みつけながら、怒りに満ちた慟哭どうこくをあげる。



「それもこれも……全部、ラムダのせいだ! あいつが余計な事さえしなけりゃ、俺様がこんな目に会うことなんぞ無かったのに……!! クソが、クソが、クソがぁーーッ!!」



 以前、この付近一帯で起きた連続事件――――魔王軍最高幹部である【吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス】リリエット=ルージュによる襲撃での失態をとがめられたゼクスはサートゥス騎士団の団長の座を追われ、今や一介の騎士としてサートゥスの街で発生する雑務をこなす日々を送っていた。


 横柄な態度でこき使えた部下はもう居らず、唯一“落ちこぼれ”の自分の自尊心プライドを満たすことが出来ていた筈の“格下ラムダ”は遥か雲の上の強さを手に入れて――――ゼクスと言う男は劣等感に耐えきれず、日々怒り狂う事でなんとか自己を保っていた。


 俺のせいじゃない、ラムダが自分の成功を邪魔したからだ――――と、責任を誰かに転嫁てんかしないと、自己の存在意義アイデンティティーが維持できなかったからである。



「テメェ等みたいな雑魚ザコが――――俺様の気分を害してんじゃねぇよ!! さっさと、死に晒せや!! オラ……オラ、オラ、オラオラオラオラオラオラァ!!」



 惨めで、無様で、何より弱い――――そんな自分自身への劣等感を消し去るために、忘れ去るために、ゼクスは既に死した魔物モンスターの亡骸につるぎを振りかざす。


 騎士にあるまじき蛮行、獣ですら行わない無意味な死体蹴り――――墜ちる所まで墜ちた鬼畜の所業。


 それが、今のゼクス=エンシェントの姿であった。



「おやおや……こんな夜更けにお盛んですねぇ……? ゼクス=エンシェントさん……」

「――――あん? なんだ……テメェ……!」



 そんな亡者と化した返り血塗れの黒騎士に話し掛ける者がひとり――――黒いローブで全身を覆った仮面の人物。


 月明かりに映える姿は死神の如く、生命を喰らう黒き者。



「テメェ――――【死の商人】だな……!」

如何いかにも――――わたくしの名はメメント。裏社会であきないにいそしむ、しがない【商人】にございます……」



 その者の名はメメント――――またの名を【死の商人】、穏和な語りで素性を隠した人喰いの悪鬼。



「栄えあるエンシェント辺境伯様の騎士にわたくしの異名を知って頂いているとは……いやはや、これは光栄の極み……!」

「よく言うぜ――――テメェの噂はよく聞いている……! 裏社会の仲立人ブローカー……冒険者ギルドのS級賞金首(バウンティ)さんよぉ……!」



 招かれざる客、見えざる脅威――――それまで、狂気に支配され死した魔物モンスターを斬り刻んでいたゼクスが、冷静に剣を握りしめて敵対姿勢を取るほどの相手。


 相手は手ぶら――――しかし、仮面の奥から漏れる不気味な威圧感は、ゼクスの足を釘付けにするには十分な効果があった。


 故に、ゼクスは慎重に言葉を選ぶ。


 その二つ名の通り――――“死”を取り巻く商人だ、下手を打てば自分が死ぬ事になる。



「それで……裏社会の大物がこんな辺鄙へんぴなクソ田舎に何の用だ? この先には廃れた村しかねぇぞ? それとも……俺様に首を差し出しに来たのか?」

「ふふふふ……まったく、黒騎士様はご冗談がお好きなようですね。えぇ、わたくしはこの先の廃村はいそん――――かつてのラジアータ村に用があるのですよ……そこに逃げ隠れた“商品”の回収に来たのでね……」

「商品……?」

「えぇ……わたくしとの契約を不履行にした商品――――あわれな“角折れ”の淫魔サキュバスの回収をね……」



 風が吹き、ゼクスの鼻腔を血の匂いが刺激する。彼の足下に転がる魔物モンスターの血の匂いでは無く――――【死の商人】からただよった人の血の匂いが。



「“角折れ”の淫魔サキュバス――――まさか……!?」

「それと……貴方を雇いに来たのですよ、【黒騎士】ゼクス=エンシェント」

「俺様を……? ハッ、冗談きついぜ…………テメェと関わった奴は()()()()()()()()……悪いが他所よそを当たってくれや!」



 ゼクスの本能が告げている――――コイツは危険だ、今すぐ殺せと。しかし、身体が動かない。【死の商人】から発せられる緊張感プレッシャーがゼクスの覚悟を鈍らせていく。



「ふふっ、そう怖い顔をなさらずに……あぁ、そうそう……()()()()()()()()()()()、ゼクスさん」

「…………ッ! ラムダに……?」

「えぇ、何日か前にエルロルの郊外で……。わたくしが趣味で手作りしている街の観光案内パンフレットを格安でお譲りしたら、たいそう喜んでおられましたよ……」

「それが……なんだ……? 俺様になんの関係があるんだ……? (手作りの下りいるか……?)」

「ふふふ……(観光案内パンフレットを手作りしてるとつい口を滑らせてしまいました……)」



 ラムダの名前が出た瞬間、ゼクスの表情かお強張こわばる。自身の地位キャリアを壊した弟――――【ゴミ漁り(スカベンジャー)】の分際で【騎士】の真似事をする偽物。


 ラムダに対する“憎悪”の感情が、【死の商人】に隙を与えてしまう。



「いやはや……彼は中々に強そうでしたねぇ……。良い“遺物いぶつ”を持っていらっしゃる事だけはある」

遺物いぶつ……? 何を言っているんだ、テメェは……?」

「気になりませんか? 騎士でも何でも無い【ゴミ漁り(スカベンジャー)】が、本物の【騎士】である貴方を、そしてリリエット=ルージュを倒した――――本当の理由を……!」



 贈る言葉は甘き蜜の如き誘惑――――ゼクスの頭部に残る強打のあとうずかせて、【死の商人】は悪魔の取引を進めていく。



「――――言え、理由はなんだ?」



 薄々は分かっている――――あの日、あの食堂での喧嘩の時に、ゼクスはラムダの右眼と左腕の異物感に気付いていた。


 しかし、その異物が何なのかまでは分からなかった。その答えを――――目の前の【死の商人】は知っている。


 だから、ゼクス=エンシェントは答えを求める――――それが、悪魔との契約だと知りながら。



「――――【来たれ、(エテル)汝甘き死の時よ(ヌス・アニマ)】…………()()()()ですね……!」



 かくして、死の契約は交わされる。



「ゼクス=エンシェントさん……この森の地下に()()()()があるのをご存知ですか?」

「…………舟?」

「彼は……ラムダ=エンシェントはそこで拾ったのですよ。数万年前に滅びた超文明の遺物――――アーティファクトをね……!」

「アーティ……ファクト……!」



 ゼクス=エンシェントの運命が揺れる。死と言う不可避の運命がにじり寄る。ラムダ=エンシェントの隠した『秘密』を知ったゼクスの表情かおが驚きの色に支配されていく。


 そんな彼の行く末を暗示するかの如く、遥か彼方から【死の商人】に向かって飛来する発光体が二つ――――桃色に輝く鮮やかな光と、緑色に輝く弱々しい光。


 二つの光は【死の商人】の手のひらに落ちて、握られた拳の中で淡く輝く宝石へと変化していく。



「おや……? 少々、失礼……エルロルで行っていた“契約”が満了したようですね――――ふむふむ……『リティア=ヒュプノス』……『クラヴィス=ユーステフィア』……おや、アワリティアさんの魂は回収し損ねましたか……? これは残念……」

「何をしている……貴様?」



 強く輝く桃色の宝石と弱々しく輝く緑の宝石を観て、誰かの名前を呟く【死の商人】。その不気味な光景に、ゼクスは不安と好奇心をくすぐられる。


 その好奇心が、猫すらも殺すと知らずに。



「ふふふ……良いニュースですよ。貴方の弟は、どうやらまた一つ武功を挙げたようですね!」

「――――なに……!」

「…………良い“眼”だ。激しい憎悪と嫉妬に満ちている……!」



 運命の歯車は歪みだす――――無様な“負け犬”の人生を送らざるをえなかった【黒騎士】は、ギリギリで踏み止まっていた最後の“良心”から足を踏み外す。



「ふふふ……歓迎しますよ、【黒騎士】ゼクス=エンシェント――――貴方を我が居城……快楽かいらく流転(るてん)都市(とし)【アモーレム】へとご案内致しましょう!」

「――――“享楽の都”【アモーレム】……!!」

「さぁ……そこで、貴方の復讐を幕開けましょう……! 最悪の兵器――――アーティファクトと共に……!!」



 これは、快楽と憎悪に彩られた男の復讐前夜――――“死”の螺旋らせんに囚われた者たちの『死への戒め(メメント・モリ)』。


 死を運ぶ天使の演劇――――間もなく開演。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


ご覧いただきありがとうございます。


この話を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしたりブックマーク登録をして頂けると幸いです。



※追記:次回から全五編の短編を挟み、第3章へと繋いで行きますのでよろしくお願い致します。

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