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第55話:勇者事変《カラミティ・トリガー》


「さて……名残惜しいけど、エルロルともお別れだな……!」

「良いのか……見送りは私だけで? 君は今回の事件の“英雄”なんだぞ、ラムダ=エンシェント?」

「だからですよ、アンジュさん。他の冒険者が居たら、『ウチのパーティに入ってくれー』ってうるさいですからね」

「まぁ……この二日間、君とミリアリアは大変だったみたいだしな。気持ちは分かるよ……」

「まったくですよ……! みーんな、手のひらを返して僕たちを“英雄”だーなんておだてちゃってさー! 事件が起きた時は『早く消えた冒険者を助けに行けー』とか罵っていた癖に〜!」



 迷宮都市【エルロル】第0階層――――中央大通り、時刻は早朝。陽は未だ地平線から顔を覗かせただけであり、普段は冒険者で溢れ返るメインストリートには誰も居ず、街はまだ深い眠りについている。


 そんな静寂に包まれた街の正面ゲートに立つのは俺たち【ベルヴェルク】のメンバー達と、見送りに来たアンジュ=バーンライトだけだった。



「さて……色々と世話になったな、ラムダ=エンシェント。君が居なければ、私はずっとリティアの玩具おもちゃにされていただろう……」

「気にしない下さい、アンジュさん。一緒に戦えて、光栄でした!」



 深淵牢獄迷宮【インフェリス】での魔王アワリティアとその眷属・リティア=ヒュプノスとの戦いから二日が経ち、街で疲れを癒やした俺たち【ベルヴェルク】は、名残惜しくも迷宮都市【エルロル】を後にする事とにした。


 今回の深淵牢獄迷宮【インフェリス】で起こった事件は――――『最下層に眠る先史文明の怪物【アワリティア】の復活を目論んだリティア=ヒュプノスが、【勇者】ミリアリアを狙った事件』として処理される事となった。


 当然、真実は違う――――禁忌級遺物カラミティ・アーティファクト強制催眠装置エクスギアス】を何処からか手に入れたかつての魔王【アワリティア】が、一介の冒険者であったリティア=ヒュプノスを催眠して引き起こしたのが今回の事件の真相。


 しかし、俺たちが【強制催眠装置エクスギアス】の存在を秘匿した為に、冒険者ギルドは事件の真実に辿り着くことは無く、今回の事件はリティア=ヒュプノスの単独事件として扱われる事となった。


 故に、事件の真相を知るのは俺たちとアンジュの六人だけで、他の冒険者やギルドからは俺たちは迷宮ダンジョンを完全攻略しリティアの野望を打ち砕いた“英雄”と持てはやされるだけであった。



「アンジュさんはこれからどうするのですか? 良かったら俺たちと一緒に……」

「またラムダさんが女の子をたらしこんでる……」

「“天然ジゴロ”って言う奴ですね……」

「アッハッハ! 誘いは嬉しいが生憎と私は風来坊ふうらいぼうでね。それに……今は少しだけ、一人で居たいんだ……」

「そっか……じゃあ、また……会えますか?」

「もちろん、次に会った時は君の力になる事を約束しよう…………ラムダ=エンシェント、深淵牢獄迷宮【インフェリス】を踏破せし勇敢なる冒険者よ!」



 無論、この事件を通じて得たものも沢山ある――――迷宮ダンジョン攻略で手に入れた財宝トレジャーで得た大量の報酬金、迷宮ダンジョン攻略といにしえの邪神アワリティア討伐の証として贈られた特例の“B級”冒険者ライセンス、かつての勇者であるクラヴィス=ユーステフィアが振るった破邪の聖剣【シャルルマーニュ】、禁忌級遺物カラミティ・アーティファクト強制催眠装置エクスギアス】。


 そして、新たなる仲間にして、勇者パーティ【ベルヴェルク】の名付け親――――【勇者】ミリアリア=リリーレッド。



『さて……私もそろそろ逝くとするか……』

「――――クラヴィスさん……」

『そう寂しそうな顔をするな、ラムダ=エンシェント! 所詮、私もアワリティアも三千年前に生きた、ただの時代遅れの亡霊さ……! だから……私が遺した後悔を――――晴らしてくれて……ありがとう……!』

「さようなら……勇者クラヴィス=ユーステフィア……! 聖剣を雑にぶっ放して本当にごめんなさい」

『うん……まぁ、アレは無いな……死ぬかと思った! あははははは! それじゃあ……その聖剣、今度は大事に使ってよね〜!』



 得たものもあれば、失ったものもある。


 破邪の聖剣【シャルルマーニュ】に宿っていた勇者クラヴィスの残留思念たましいは、『魔王アワリティアの完全討伐』と言う役目を終えて天へと還る。


 質実剛健しつじつごうけん豪放磊落ごうほうらいらく――――邪悪な邪神、強欲の魔王を倒した気高き勇者は、今を生きる俺たちの行く末を祝福しながら、最後の最後まで笑って消えていった。



『さようなら~クラヴィスのあねさ〜ん! わたしは新しいご主人様とよろしくやっていくからね〜!』



 ――――コイツは残るのか、人格は女なのか、って言うかコイツは一体何なんだ…………いや、深く考えてはいけない。多分、頭が痛くなる。



「あぁ、そうだ…………ラムダ=エンシェント! どこかでツヴァイに会ったら『アンジュがよろしく言っていた』と伝えといてくれ!」

「アンジュさん……ツヴァイ姉さんと知り合いなんですか?」

「あぁ、新米の頃からの腐れ縁でね! よくあいつとは『どっちが強いか』で喧嘩したものだ……久々に会って、また派手に喧嘩したいものだ……」

「あぁ~……多分、周りがぶっ壊れまくるから、できれば会わないほうが……」

「アッハッハ! 大丈夫だ……多分…………」

「う~ん、自信なさげだ……」



 かくして、俺たち【ベルヴェルク】はアンジュに見送られる中、迷宮都市【エルロル】を後にして、新しい旅路へと着く。


 別れは軽やかに、禍根かこんは残さず、笑顔で手を振って、冒険者たちはそれぞれの道を行く。


 結局、俺はアンジュに『リティア=ヒュプノス』の事をどう想っているかはけなかった。あの時、リティアが【深淵の孔】に消えていった時、なぜ彼女が涙を流したのか――――それはきっと、アンジュだけが知る感情なのだから。



「さよーなら〜、アンジュさーん! また会いましょうねー♪」



 俺たちは迷宮都市【エルロル】を離れて地図を頼りに街道を進んでいく。陽はようやく登り、天候は快晴――――小鳥がさえずるのどかな旅路。


 迷宮都市【エルロル】と、その地下に広がる深淵牢獄迷宮【インフェリス】で巻き起こった、勇者ミリアリアと禁忌の遺物アーティファクト、強制催眠装置【エクスギアス】を巡った事件――――後に冒険者ギルドによって編纂へんさんされた通称を『勇者事変カラミティ・トリガー』。


 この事件が後に、ラムダ=エンシェントの人生に大きな転機をもたらすことになるが、それはまだ少し先の未来の話。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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