第54話:強欲に支配された少年の行く末路
「アリア、怪我はないか!?」
「平気だよ、ラムダさん! ムキになって叫んだら、なんだか魔王を吹き飛ばせちゃった…………えへへ、僕ってばちょっと“勇者”っぽかったかな?」
『ラムダ=エンシェント、貴様ーーッ!! なんだあの技は、私を殺す気か!?』
魔王アワリティアを完全に討ち倒し、俺はみんなと合流していた。幸い、ミリアリア含め全員に大きな怪我も無く、失踪した冒険者たちも【強制催眠装置】の催眠から解放されて気を失っただけで命に別状は無さそうだった。
「ギャァアアアアアッ!! アァアアアアアアッ!!」
だが、この【深淵の孔】に静寂が戻ることは無く、頭上に吊るされていた魔王アワリティアの本体は激しい咆哮を上げ始める。
「あいつ、まだ……!」
『いいえ……あれは断末魔よ。魂を失った身体が苦しみに喘いでいるだけ…………直に完全に沈黙するわ。この戦い、貴方の勝ちよ……ラムダ=エンシェント』
それを見た俺は地面に突き刺さった聖剣を引き抜いて戦闘準備を整えるが、聖剣に宿った勇者クラヴィスの意識によって不要な判断だと教えられた。
最早、魂を失ったあの身体には沈黙する未来しか無く、戦いは俺の勝ちだと。
これで、【強制催眠装置】と【勇者】ミリアリア=リリーレッドを狙った魔王アワリティアの野望は完全に潰えた。
後は、行方不明になっていた冒険者たちと共に地上に帰還するだけ――――そう、思っていた。
「――――きゃあ!? ぶたれた!」
「――――ノア!?」
「動くな……!! 動けば全員、今すぐに『自害』させてやる……!!」
「リティア=ヒュプノス……!!」
あの少年――――リティア=ヒュプノスが最後の抵抗を見せるまでは。
祭壇に落下した際に頭を打ったのかリティアは頭部から血を流しながら、それでも凄まじい執念で立ち上がり、ノアを襲って彼女が持っていた【強制催眠装置】を再び奪い取っていたのだ。
「やめろ、リティア=ヒュプノス!! 魔王アワリティアは死んだ、お前も催眠から目覚めているはずだ!!」
「クッ、クククッ…………そうさ、もう僕は催眠には掛かっていない。自らの意思でこの【強制催眠装置】を奪うのさ……!!」
強欲の意思に支配された者のなれの果て――――魔王アワリティアの催眠から脱した筈のリティアだったが、【強制催眠装置】が放つ魅力の催眠からは逃れられず、彼は再び破滅への道をひた走る。
その眼にはもう純朴な少年の純真さは残っておらず、ただただ力を求める欲深き愚者と化した者だけが祭壇に立っていた。
「よくもノアをぶったな……! リティア=ヒュプノス……!!」
「出来れば最初のぶたれはラムダさんの方が良かった……! 後でいっぱいノアをぶって〜、ラムダさん♡」
「…………くっ、隙あらばラムダ様へのアピールを欠かさないなんて…………ノアさん、なんて手強いの……!!」
「ノア様、全然大丈夫そうですね〜」
例えノアに大した怪我が無いとは言え、第一階層での狼藉も含めてこれ以上の看過は出来ない。
俺は再び【破邪の聖剣】を構えて、リティアと対峙する。
「クククッ……そうさ、この催眠装置さえあれば、僕だって、S級冒険者のアンジュさんを手籠めに出来るんだ! こんな素晴らしい力を、みすみす手放してなるもんか!」
「いいや…………今度こそ、手放して貰うぞ、リティア=ヒュプノス! それは――――そのアーティファクトは……余りにも、人間には“有害”過ぎる」
「ハァ!? 有害だったら何なのさ!? 毒だって使いようさ、僕はこの催眠装置で、僕だけの理想のパーティを――――僕だけの理想のハーレムを作るんだ!! 邪魔をするな……邪魔を――――するなぁーーーーッ!!」
怒りを露わに、欲望に衝き動かされて、強欲に眼を眩ませたリティアは再び【強制催眠装置】を右眼に添える。催眠の兆候――――あれだけは防がないといけない。
俺は【光の翼】を展開し、【破邪の聖剣】を抱えて、リティアへと突貫する。
チャンスは一瞬、それでリティアの下らない欲望に決着を付ける。
「リティア=ヒュプノスが命ずる――――」
「――――これで終わりだ」
【強制催眠装置】の硝子に浮かび上がった瞳の紋章が妖しく輝き始める。分かっている筈だ、俺に催眠が効かないことを。
それでも、藁にもすがる想いで、リティアは【強制催眠装置】を使うのだろう。
なんとかなる、上手くいく筈だ――――そう、手にした力を盲信して。
「――――『お前は、永久に、この迷宮で…………彷徨っていろ』!!」
「悪いが、その催眠は自分で受けていな……!」
「…………えっ?」
それは、あまりにも呆気ない結末。
なんて事は無い――――俺はただ、手にした聖剣を自分の正面に構えて、刃の平たい部分をリティアとの間に挟んだだけだ。
磨き上げられた聖剣の刀身部分を鏡の代わりに使って。
聖剣の刃に当たった催眠の光は跳ね返り、そのまま呆けた表情をしていたリティアの瞳へと吸い込まれて行く。
そして、その光に魅入られたリティアは沈黙し、俺の前に膝をついた。
ノア曰く、【強制催眠装置】の命令行使は、“光”を用いた視神経からの脳への強制接続を原理としているらしい。
つまり、【強制催眠装置】の催眠命令は『鏡で反射』できる。
「…………あぁ、僕は――――この迷宮で永遠に……彷徨うよ…………アハ、アハハハハハ! あぁ、なんて素晴らしいんだろう、あの封印された怪物は! あれは僕のものだ、僕が見つけたんだ…………僕のものだ!!」
「………………アーティファクトの力に魅入られた者の…………末路か…………」
もう、リティアに逆転の目は無い。彼は、自分自身で掛けた『迷宮で未来永劫に彷徨い続ける』と言う催眠に掛けられて、永遠と迷宮を彷徨い続けるだろう――――【強制催眠装置】の催眠解除をしない限りは。
俺は封印された魔王アワリティアの抜け殻に見惚れているリティアから【強制催眠装置】を取り上げると、ゆっくりと彼から離れてアーティファクトをノアに手渡した。
「なあ、ノア…………あいつ、どうしたら良いんだ?」
「いま催眠を解除すれば、またこれを狙って来ると思います。だから、私たちが迷宮都市を離れるまでは、このままにしておくしかありません……」
「そっか……ッ!? なんだ、この揺れは!?」
「ギャァアアアアアアッ!! アァアアアアアアッ!!」
「ラ、ラムダさん……! あの封印された魔王の身体がすごい暴れているよ!?」
リティアの処遇は、俺たちが街を離れるまでそのまま。そう話が纏まった時だった。
頭上に吊るされていた魔王アワリティアの抜け殻は突如として暴れ出して、この【深淵の孔】を崩そうとし始めたのだ。
「どうなっている!? じきに沈黙するんじゃ無かったのか!?」
『まさか…………魂を喪った身体が、別の魂を取り込もうとしている!? 魔王アワリティア…………なんてしつこいの!?』
「なんだって!? なら、急いであいつを始末しないと……!!」
状況は最悪――――魂を喪って尚、魔王アワリティアの活動は停止せず、封印されていた肉体はアワリティアの代わりとなる“魂”を求めて暴れ回っているのだ。
このままだとこの階層全体が崩れて下の大孔へと俺たちもろとも落下してしまう。急いであの怪物を沈黙させなければ。
「固有スキル……【爆ぜる閃光】! 最大奥義――――“流星爆撃”!!」
「ラムダ様――――扉の方に!!」
そう思って俺が飛翔しようとした矢先、魔王アワリティアの抜け殻はあちこちで輝き、爆発し始める。
この迷宮都市で幾度となく見た光景――――冒険者ギルドにその名を轟かせた“S級冒険者”の放つ“爆ぜる光”。
「アンジュ=バーンライト!!」
「言っただろう、ラムダ=エンシェント…………借りは返すと……! さぁ、私を弄んだ借り…………キッチリと返して貰うぞ――――このクソ野郎ッ!!」
この【深淵の孔】の扉に立っていたのはアンジュ=バーンライト。リティアによる催眠から彼女も解き放たれて、ここに駆けつけたのだろう。
そして、アンジュの爆撃によって魔王アワリティアの抜け殻は完膚なきまでに爆破され、その衝撃で封印に使われていた黄金の鎖も次々と爆散していく。
「このままこのキモいデカ物を下の孔に落とす! お前たちはさっさと避難しろ!!」
「分かった! ノア、冒険者たちは!?」
「落下による崩壊に巻き込まれる位置にいる冒険者はみんなで避難させています! あとは…………」
「…………リティアか!」
アンジュの爆撃によって魔王アワリティアの抜け殻が落下するまで時間が無い。俺は祭壇の中心、魔王アワリティアの抜け殻の真下に居るリティアへとこちらに来るように呼び掛ける。
「リティア! そこは危険だ、今すぐこっちに避難しろ!!」
「――――嫌だ! そうやって、また僕からお宝を奪うつもりなんだろ!? もう騙されない、この怪物は僕の物だ!!」
「…………!! この――――ばかやろーーーーッ!!」
「だめ、あっちに行かないで! ラムダさん、一緒に避難して! 崩壊に巻き込まれてあなたが死んじゃう!! お願い、止めて!!」
「逃げろ、ラムダ=エンシェントッ!! もう落ちるぞ!!」
「………………ッ!!」
――――それは、力を求めて、アーティファクトに魅入られて、強欲に支配された少年の行く末路。
黄金の鎖による支えを失って、大量の瓦礫と共に落下し始めた魔王アワリティアの抜け殻を、真下に居たリティアは逃げることなく受け入れる。
一度、身体を『器』として差し出したからだろうか。魔王アワリティアの持つ強大な力を彼は瞬時に“鑑定”して、それを今度は欲した。
アレさえあれば、僕は最強になれる、どんな相手でも支配できる――――そう、妄想を抱きながら。
「アハハ……アハハハハハ!! 手に入れた、僕は手に入れたんだ!! 最強の力を……僕は、手に入れたんだーーーーーーッ………………」
俺には、欲望に支配された憐れな少年を救えない。もっと大切な、守るべき少女がいるから。
俺たちが見つめる中で、魔王アワリティアの抜け殻が踏み潰した祭壇と共に、底の見えない大孔に落ちていきながら、それでも高らかに笑いながら――――リティア=ヒュプノスと言う少年は、最後の最後まで欲に溺れたまま、深淵の底の底に消えていった。
「リティア=ヒュプノス…………さようなら、私の…………たった一人の相棒よ…………」
その最期を見届けて、アンジュ=バーンライトは涙を流す。憐憫か、同情か、はたまた憎しみか――――自身を催眠して散々に辱めた少年に対して、彼女が何を想ったのか。
それは、俺には理解できない感情であった。
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