第53話:三千年の妄執、潰える時
『待て、ラムダ=エンシェント! 魔王アワリティアの反応が無い!?』
「――――ッ!?」
破邪の聖剣【シャルルマーニュ】と魔王アワリティアの固有スキル【強欲魔手】との熾烈な激突の果て、俺の左腕の代わりとなったアーティファクトが遂に魔王アワリティアが憑依する身体を捕らえた…………筈だった。
「………………うぅ」
「リティア=ヒュプノス……!? アワリティアは何処に行った!?」
しかし、俺が左腕で捕らえた先には魔王アワリティアの邪悪な気配は無く、そこに居たのは弱々しくうめき声をあげるだけのしがない冒険者・リティア=ヒュプノスの姿しか無かった。
「まさか―――――いま避けた“黒い手”に!?」
『下よ、ラムダ=エンシェント!! 貴女の仲間が狙われているわ!』
左腕が当たる直前、魔王アワリティアが伸ばした二本の“黒い手”――――真の狙いは俺では無く、遥か下方で戦っているノア達に向かっていた。
勢いよく伸び続ける“黒い手”には二つの物体――――片方はアーティファクト【強制催眠装置】。そして、もう片方の手には金色に輝く発光体。
「あの手の先端にある発光体はまさか……!?」
『アレは魔王アワリティアの“魂”だ! あの魔王――――私のかわいい後輩勇者ちゃんに憑依するつもりだ!! 美少女に憑依するとか変態か!! 恥を知れ、恥を!!』
「ノアーーッ! アワリティアがそっちに行った!!」
勇者クラヴィスは言う、あの発光体は魔王アワリティアの“魂”だと。
つまり、奴は俺の左腕に掴まれる直前にリティアの身体を放棄し、俺への攻撃を装って下にいるミリアリア達を狙った事になる。
抜け目の無い奴だ――――だが、必ず追い詰める。
《あーっ!? 上から“黒い手”が猛スピードでこっちに向かってくるー!?》
「――――光量子展開射出式超電磁左腕部…………回収!」
『あっ……依り代にされていた子が下に落ちた。死なない、アレ?』
「…………今は気にしてる場合じゃ無い(汗)」
【強制催眠装置】を持った手はノアの方へ、魔王アワリティアの魂を持った手はミリアリアの方へ――――先に助ける必要があるのは、ノアだ。
「駆動斬撃刃:短剣形態! スキル【投擲】――――逃がすかぁ!!」
俺はシールドにせずに近くに待機させていた駆動斬撃刃の一本を手持ち用の短剣へと変化させて、それをノアへと向かっている“黒い手”へと投擲する。
アーティファクトに詳しいノアを手中に落とされたら不利になる。それに――――他の奴に、ノアだけは奪われたくない。
彼女だけは渡さない。
必死の思いで、右眼で“黒い手”の軌道を完全に予測し、俺は短剣を“黒い手”目掛けて全力で投げつける。
「――――カッ!?」
「きゃあ!? 心臓に悪いっ!」
寸でのところ――――ノアの死角から彼女に【強制催眠装置】を掛けようとしていた“黒い手”は、俺が投擲した短剣によって祭壇の床へと落ち、床に串刺しにされた“黒い手”から、俺たちが探し求めていた【強制催眠装置】は零れ落ちた。
「ノア! 奴が落とした【強制催眠装置】を!!」
《――――はいっ!! 【強制催眠装置】――――“催眠”…………解除!!》
そして、それを拾ったノアの手によって【強制催眠装置】による卑劣な“催眠”は全て解除され、ノア達を囲んでいた冒険者たちは糸の切れた人形の様に一斉に地面へと倒れ込む。
全ての催眠が解除された瞬間――――リティアへ掛けられた催眠も、アンジュに掛けられた催眠も、全てが消し去られてなかった事になる。
《ラムダさん……これでみんな元に戻りましたよ!》
「ありがとう、ノア! 後は、魔王アワリティアだけだ!!」
残るはミリアリアへと向かった“黒い手”と、そこにある魔王アワリティアの魂を倒すだけ。
だが――――
「貴様の身体――――我に寄越せェーーーーッ!!」
「う、うわぁーーッ!?」
――――流石に魔王アワリティアの方が一歩だけ早かった。
“黒い手”はミリアリアの胸へと押し付けられて、魔王アワリティアの魂が彼女の中へと入っていこうとしている。
『まずい……! あのまま魂の侵入を許せば、彼女が魔王アワリティアに乗っ取られてしまう!!』
「――――クッ! 空中から間に合うか!?」
最早、一刻の猶予も無い。急いでミリアリアの元へと向かい、彼女を助けなければ。
そう思って、【光の翼】で一気に下へと降りようとした瞬間だった――――
「この…………穢い手で……私に、触るなぁーーーーッ!!」
「――――馬鹿な、我が…………弾かれた…………!?」
――――“黒い手”で拘束されていたミリアリアは自らの身体から魔力を放出し、“黒い手”と共に魔王アワリティアの魂を弾き飛ばしたのは。
ミリアリアから弾かれて“黒い手”は消し飛び、魔王アワリティアの魂は無防備な状態で宙を待っている――――チャンスは今しかない。
《ラムダさん、僕に構わずにこの魔王をやっつけちゃって!!》
「――――言われなくてもそのつもりだ! 光量子展開射出式超電磁左腕部――――超電磁砲、起動! 悪い、勇者クラヴィス――――お前の聖剣、ちょっと雑に扱うぞ!」
『えっ、ええっ!? なに、なになに――――聖剣を左手で撃ち出すように構えて何するの!? ま……まさか……!?』
俺は左腕の手のひらに聖剣を磁力の力で固定して準備を整える。狙うは魔王アワリティアの魂、スキル【精密射撃】で俺は奴の魂を完全に捉える。
今度こそ、決着の時だ。
「ぶっ飛べ聖剣…………【超電磁聖剣砲(即席必殺技)】――――発射ッ!!」
『ギァーーーーッ!? 何すんのーーーーッ!?』
撃ち出されたのは破邪の聖剣【シャルルマーニュ】――――左腕の超電磁砲による超速度の射出で撃ち飛ばされた聖剣は、見切れない程のスピードで魔王アワリティアの魂へと向かって行く。
そして――――
「――――カッ…………!!」
「聖剣が……魔王アワリティアの魂を真っ二つに…………!」
――――撃ち出されてから僅か1秒、聖剣は魔王アワリティアの魂を一刀両断に伏せ、そのまま祭壇の床へと突き刺さった。
両断された魔王アワリティアの魂――――遂に力を失ったのか、金色の魂は急激に色をくすませて粒子となって霧散していく。
三千年に渡り、この深淵牢獄迷宮【インフェリス】で冒険者たちを喰らい続け、女神アーカーシャへの復讐の機会を待っていた強欲な魔王の最期。
「そんな…………我が…………我が…………負けると…………言う……のか…………? お……のれぇ…………ラムダ…………エンシェ……ン…………」
最期まで、誰かに対して憎しみを振り撒きつつ、邪悪な魔王は塵となって消えていった。
これが、深淵牢獄迷宮で巻き起こった悲劇の元凶――――強欲の魔王アワリティアの最期であった。
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