第50話:少年は強欲に溺れる
「…………開いたぁ!! やりましたよ、ラムダさん! 僕の勇者パワーで封印されていた最下層への扉は開きました!!」
「ここが深淵牢獄迷宮【インフェリス】の最下層…?」
「観てください、ラムダさん。あの中央に封印されている怪物を……! すっごいキモいデザインです!」
「アレが邪神……強欲の魔王【アワリティア】の本体か!」
深淵牢獄迷宮【インフェリス】――――最下層【深淵の孔】。封印されていた扉をミリアリアの力で開き、そこで俺たちが見たものは、深淵に囚われた怪物の姿だった。
巨人と見紛う程の巨躯、上から下まで散りばめられた無数の眼、人間三人分はありそうな巨大な角、捕らえた相手を貪り喰わんとする二つの口、腐り果てた亡者のようなドロドロに溶けた醜悪な頭部――――ノアの指摘通り、見るだけでも不快感がこみ上がる様な不気味な姿の怪物。
地中深く、どこまでも続いていそうな大孔に無数の“黄金の鎖”で縛り付けられていたその怪物こそが、この深淵牢獄迷宮に囚えられていた厄災――――強欲の魔王【アワリティア】。
「―三千年前、魔王であった我はこの地で、【勇者】クラヴィス=ユーステフィアと相見えた。そして、勇者が自らの生命と引き換えに放った聖剣の一撃で致命打を受けた我は、その隙を狙った女神アーカーシャの天よりの“落涙”に敗れ、その際にできたこの大孔に封印された……!」
「リティア=ヒュプノス……!!」
囚われた怪物の真下、祭壇の様な場所で佇んでいたのは魔王アワリティアの眷属・リティア=ヒュプノス。そして、祭壇の周りに倒れていたのは迷宮内で失踪した冒険者たち。
「永きに渡り……あのいけ好かない【死の商人】から提供された冒険者の魂を喰らって生き永らえていたが、それも今宵で終わりだ。新たな勇者――――ミリアリア=リリーレッド、そなたの身体、我が新たな『器』として頂戴する!!」
「――――断る! 僕の身体は、お前になんか渡さない! あんたに渡るぐらいならラムダさんにあげるもんね!!」
「いらないよ!? 自分の身体は大事にして!?」
「その“女神の祝福”を授けられた勇者の身体さえあれば……我は“女神の権能”で蓋をされたこの牢獄から解き放たれ、再び自由を手にする事が出来るのだ!!」
リティアの身体を乗っ取って、魔王アワリティアは対峙した俺たちに宣戦布告を行う。数多の冒険者たちを喰らい、幾重にも罠を張り巡らせてミリアリアを狙った邪悪なる化身、彼岸より現れた厄災、強欲な魔王。
彼の願いは自身の復活――――勇者ミリアリアの身体に憑依し、自身を縛り付けるこの【深淵牢獄迷宮】から解き放たれること。
「聴こえている、リティア=ヒュプノス? その【強制催眠装置】を今すぐ手放して! さもないと、あなたは自分の身を滅ぼす事になるよ」
「クククッ、この『器』の少年は力を欲していた。意思を否定し、尊厳を踏み躙り、相手を隷属させる王の力を! それが、この玩具で叶ったのだ。みすみす手放すと思うかい、ノアさん?」
「気安く私の名前を呼ばないで……不愉快!」
そして、ノアとの会話の中で見え隠れするリティアの残酷な本性。ノアは懸命に力に溺れた少年を説得しているが、そんな性根の腐った相手に説得は無駄だろう。
リティアの根底にあるのは【支配願望】――――あらゆる者を意のままに従え、支配したいと願う“強欲”な真意。
既に、あの少年は力の虜。決して、手にした力を手放すことは出来ない。例え、その強欲の果てに“破滅”が待っていたとしても。
「あなたが欲しいのはコレでしょ? 【強制催眠装置】――――これは僕の力だ! 誰にも渡さない……くくくっ、そんなに欲しいのなら僕の奴隷になりなよ? そうすれば、ノアさんにも王の力の一端を使わせてあげ――――」
「私は……あなたなんかの“所有物”にはならない!! 私は……私が一緒に居たいのは、この世界に一人しか居ない!!」
リティアの手の中で妖しく光る禁忌の遺物――――【強制催眠装置】。迷宮都市【エルロル】で巻起こった騒動の元凶。
「みんな、気を付けて! あの装置が発する光を見たら催眠状態になっちゃうから!」
「そんな……!? では、ノアさん……わたしたちはどう戦えば良いのです!?」
「私たちはラムダさんの補佐をすれば良い……! それに……どうせ、拐かした冒険者たちも漏れなく催眠しているんでしょ、リティア=ヒュプノス?」
「あっはははは!! 如何にもその通り……リティア=ヒュプノスが命ずる――――『目の前にいる全員を僕の前に跪かせろ』!!」
リティアは【強制催眠装置】を掲げて、周囲に倒れていた冒険者たちに“命令”を下す。そして、リティアの命令に従って起き上がり、武器を手にする冒険者たち。
眼に生気は無く、虚ろな瞳で、立ち上がった冒険者たちはノアたちを見つめる。リティアが催眠下に置いた奴隷たちが、俺たちの前に立ち塞がった。
「あぁ、勇者ミリアリアは傷付けちゃ駄目だよ? あの娘は、我が主に献上しなくちゃならないからね……!!」
「ラムダさん、あの冒険者さん達の相手は僕たちが請け負う! ラムダさんはリティアさんを!」
「ラムダ様、ミリアリア様の護衛はコレット達にお任せ下さいー!」
「ノア、コレット、オリビア、アリア、こっちは任せた! あいつは俺が止める――――“光の翼”展開!!」
一斉に迫りくる傀儡と化した冒険者の群れを飛び越えて、俺はリティアへと飛び掛かる。
アーティファクトの効果で【強制催眠装置】を無効化できる俺じゃないと、リティアの相手は出来ない。
「くくくっ……やっぱり、君が相手かぁ。さあ、我が主……僕の身体を捧げます!! 存分に使って、目の前の“騎士もどき”を蹂躙してください!!」
「――――何を!?」
飛び掛かる刹那、頭上に吊るされた魔王アワリティアに身を捧げんと両手を広げて狂気の笑みでリティアは叫んだ。
そのリティアの意思に呼応するように、黄金の鎖で封印されていたアワリティアの身体から漏れ出した黒い液体が真下に居た従僕の身体を覆っていく。
そして――――
「【勇者】クラヴィス=ユーステフィアを打ち破りし少年、ラムダ=エンシェントよ。我は貴様を見くびっていたようだ。だが、それもこれで終いだ。我の全霊を賭けて、貴様を殺してやろう……女神に見捨てられた、忘らるる騎士よ!!」
――――俺の左腕を衝撃波で弾きながら現れたのは、強欲の化身。
側頭部から生えた魔性の角、魔性に連なる証たる金色の瞳を輝かせ、額に【強制催眠装置】と同じ朱い光を灯した瞳を出現させた――――リティア=ヒュプノスに似た何者か。
「強欲の魔王……アワリティア! 【強制催眠装置】を取り込んで、リティアの身体を完全に乗っ取ったのか!?」
「フハハハハハッ!! 女神を殺るのにはちと物足りないが、この『器』で殺してやろう……ラムダ=エンシェント!!」
そこに居たのは魔王アワリティア――――リティアの身体を完全に乗っ取って、有り余る禍々しき力を引き出した真の黒幕。
迷宮都市【エルロル】に張り巡らされた邪悪な陰謀――――今こそ、決着の時。
【この作品を読んでいただいた読者様へ】
ご覧いただきありがとうございます。
この話を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしたりブックマーク登録をして頂けると幸いです。