第45話:数多の死を踏み越えて
「あわわわわ……! 僕の剣がすり抜けて当たらない!?」
「勇者ミリアリア! 幽霊系統の魔物に物理攻撃は効かん! 魔力を絡めた技を使いなさい!」
「魔力絡みの技なんて僕、覚えてないよ! って言うことは僕……もしかして役立たず!?」
「なら、この泡吹いて失神したノアを担いでいてくれ! 露払いは俺たちに任せて!」
深淵牢獄迷宮、第四階層【死霊の踊り場】――――突如として大量出現した幽霊達を薙ぎ倒しながら走る俺たちは、階層の中間地点にある墓地の中を走り抜けていた。
行く手を阻む大量の死霊、退路を塞ぐ無数の亡霊、死角を突いて襲いかかる数多の幽霊。俺たちを道連れにしようと、無数の霊体が出現してくる。
この窮地を脱すべく、気絶したノアを今回は役に立てなさそうな“物理特化型”のミリアリアに預け、俺たちは霊たちに攻撃を繰り返して道を切り開いていく。
「“光量子拡散砲”――――発射!」
「浄化の光よ降り注げ――――“無垢なる極光”!!」
「魔を焼く“白”の焔――――“狐火・白”!!」
「桜千爆殺――――“爆散桜吹雪”!!」
俺の攻撃で悪霊は消し飛び、オリビアの光で死霊は浄化し、コレットの焔で怨霊は燃え尽き、アンジュの爆撃で亡霊は爆ぜ消える。しかし、幽霊たちは尽きることなく湧き出続ける。
「チッ! どんだけ幽霊がいるんだ!?」
「それだけこの迷宮で命を落とした冒険者たちが多いと言う事だ! 油断するな、ラムダ!」
「死ね、死ね、死ね!! 生きてるお前たちが怨めしい……生きているお前たちが妬ましい……生きているお前たちが羨ましい……!!」
俺の持つアーティファクトの圧倒的高火力や、オリビアたちの魔法や術技で焼き払っても、幽霊たちは次々と湧いて出てくる。
これを一気に殲滅する手段があれば良いのだが、『ベルヴェルク』の頭脳であるノアが気絶中では話にならない。
「…………主人格:ノア、失神による機能停止を認識。緊急用自動操縦人格、起動――――感情回路:初期開発設定にて再現――――完了」
「ノアさん!? 気が付いたの?」
そう思っていた矢先だった、ミリアリアの肩に担がれていたノアが無機質な声で喋り始めたのは。
「ノア……?」
「否定、わたしはノアであってノアに非ず。わたしは、この身体を運用する主人格である『ノア』が何らかの異常で機能不全に陥った際に、この身体を運用する自動操縦人格です」
ノアの身体を操る『ノア』以外の誰かが喋っていた。自走操縦用人格を名乗った少女はミリアリアの背中から降りて俺に並走すると、虚ろな瞳で俺を見つめだす。
「我が所有者、ラムダ=エンシェント……我が主人格が世話になっております」
「ノアじゃないのか……?」
「然り……わたしは【自動操縦】スキルの応用でこの身体を護る仮の人格に過ぎません。故に、名はなく、我が所有者につきましては気軽に――――“人形”と呼び捨てて下さいませ」
人形と名乗ったノアの影は周りを取り囲む幽霊に怯える素振りも無く、淡々と機械の様に喋り続ける。
「事態は“眼”を通じて把握しております。この階層の霊体を完全排除するなら、一体の“巨大霊”にして纏めて倒してしまうのが最も効率的かと……」
「おいおい、このわんさかいる幽霊を一箇所に集めろって言うのか、ノア!?」
「肯定――――パルフェグラッセ様、貴女の魔法で巨大な“檻”を造る事は可能ですか?」
「そ、それぐらいなら……で、出来ます……けど?」
「結構です。それなら、最高効率でこの階層の適正個体の殲滅が可能です」
ノアの豹変ぶりに呆気に取られしどろもどろになるオリビアに淡々と受け答えをしながら、人形は着々とこの階層の攻略に着手していく。
「パルフェグラッセ様、この無数の霊魂を“彼等の意思”で一纏めにさせる術は存在しますか?」
「敵対者が著しく強敵の場合、もしくはより強い意思で敵対者を殺めようとした時……」
「より強い敵と、より強い意思――――明確な“敵意”と“殺意”ですね。それなら我が所有者の得手かと」
「なるほど、だいたい分かった……!」
無数に湧いて出てくるのなら、一つに纏めて一網打尽にしてしまえば良い。そうノアの身体を操る“人形”は淡々と、粛々と解を導いていく。
幽霊たちが強敵と対峙した時、もしくは敵対者により強い“敵意”と“殺意”を抱いた時、その姿をより強大に変化させる。それを聞いた人形は俺を『適任』だと指名する。
なら、俺がやるべき事は一つ。俺は周囲を浮遊する幽霊たちを睨み付けて、大きく息を吸い始める。
「ふぅ……いい加減諦めたらどうだ、雑魚幽霊ども!! 雑魚がわらわら湧いてきた所で何時まで経っても俺たちは倒せないぞ!!」
「ラムダ=エンシェント……いったい何を?」
「あぁ、素敵♡ わたしもラムダ様に罵られたい♡」
「オリビア様は何を恍惚な表情をしているのでしょうか? 理解に苦しみます〜……」
眼前に群がる幽霊の大群を一気に薙ぎ払い、俺は残った幽霊達を言葉で刺激する。
「何時まで未練たらしく彷徨っているんだ!? お前たちは弱かったから死んだんだ! いい加減、生きている人間の足を引っ張るのは止めろ!」
「……黙れ」
死者を愚弄する気は無い。戦った果てに“死んだ”のなら俺は命を懸けた者達に敬意を払おう。だが、死してなお現世に留まり、生者を妬むと言うのなら容赦はしない。
「冒険者だったんだろ!? なら、死は元より覚悟していた筈だ! さっさと成仏してしまえ――――負け犬ども!!」
「黙れ、黙れ、黙れぇ!! あたし達はまだ消えれない、あたし達を謀って殺したあの邪神に一矢報いるまでは、絶対に消えれない!!」
俺の挑発に怒りを露わにする幽霊たち。
無念、後悔、執念――――深淵牢獄迷宮へと足を踏み入れ、命を落とした者たちの慟哭が響き渡る。
「あたし達は亡霊となってあの邪神を呪い殺す! お前たちも先に進めばどうせ死ぬ。なら、一緒に彷徨える死者となって、あの邪神を呪い続けましょう!!」
本心をさらけ出し、復讐に燃える幽霊たち。彼等は俺たちの眼前でみるみる一つに融合していき、やがて巨大な一体の霊となる。
骸姿の巨大霊【ヒュージ・ゴースト】――――無念を抱いて死した冒険者たちのなれの果て。この迷宮に積もりに積もった怨念の集合体が目の前に現れた。
「なんだ……この化け物は……!? 今までこの階層でこんな怪物は見たことも無い……!?」
「ウォオオオオオオオ……!! 貴様たちに死を! 死して我らが一部となりて、共にあの邪神に報復をォオオオオ!!」
「残念だけど……俺たちは死ぬ気はさらさらない! オリビア、今だ! 巨大霊を拘束してくれ!」
「悪しき者を裁く聖なる光よ、我が命に従い降り注げ――――“聖なる極光“!!」
この階層に巣食う幽霊が一手に集まった事で準備は整った。俺の合図とともに、オリビアは杖を構えて魔法を詠唱し、聖なる光が眼前で唸りをあげる巨大霊へと注がれる。
「グォオオオ……小癪なァ!! だが、今の我々にはその様な矮小な光など、効かぬわァアアアア!!」
「……その様ですね。しかし、この光はあなた達を囚える“檻”。本命は別にありますのでご安心を……」
「何ぃ!?」
巨大霊をすっぽりと包むように降り注ぐ光はあたかも“檻”の様に彼等を囚え、こちらの真意に気付いた巨大霊は光の壁を壊そうと必死の抵抗をし始める。
「――ぐぅ!? ラ、ラムダ様……あまり保ちそうにありません……急いで下さい……」
「分かっている――――来い、“太陽砲”!!」
『遺物――――認識。対星外侵略生物用殲滅武装・太陽熱集束砲:アポロン――――認識。スキル【ゴミ拾い】効果発動―――所有者をラムダ=エンシェントに設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調率最適化――――完了。拾得物に記憶された技量熟練度及び技能の継承――――完了。技量スキル【反生命特効:Lv.10】取得――――完了』
砲撃系重兵装アーティファクト【太陽熱集束砲】――――古代文明に於いて飛来したと云われる侵略者との戦いで用いられたと言う決戦兵器で、ノアが眠っていた“方舟”に搭載されていた主砲を俺が扱えるように調整したもの。
内部に備え付けられた『太陽を擬似的に精製する』動力炉、【擬似太陽炉】から生成される超高温のエネルギー波を射出する兵器であり、本来は戦艦級の機動兵器に搭載しなければならないものを無理やり扱った超弩級のアーティファクト。
超合金製の光量子展開射出式超電磁左腕部で無ければ反動を制御出来ず、俺の心臓に組み込まれた第十一永久機関からの大量のエナジーの供給が無ければ起動すら不可能な大型兵器。
背の丈を有に超え、いつか戦ったあの魔狼の図体を遥かに凌駕する巨砲を左腕で制御し、俺は目の前で光に囚われた巨大霊に狙いを定める。
「放熱防御用冷却領域、展開! 第十一永久機関、最大出力! 擬似太陽炉臨界駆動――――擬似太陽、再現精製! 発射準備…………完了」
撃ち出すは太陽の光、暗い地下迷宮で永劫に彷徨う死者の魂を天へと還す恵みの光――――
「“太陽熱集束砲”――――発射ッ!!」
――――引き金は躊躇われることなく引かれ、砲身から摂氏数万度まで高められた超高熱の白光が放たれた。
「馬鹿な……!? 我々はまだ……まだ……復讐をぉおおおお――――」
暗く閉ざされた第四階層を白く照らしながら進む光は、苦しみにもがく幽霊たちを瞬く間に包み込んでいく。
「俺たちはお前達を殺した邪神を討つ。そして、お前たちの無念は必ず果たす! だから……後は俺たちに任せて、ゆっくり眠ってくれ」
「…………そっか、そうなんだ。なら、あなた達に託すね……あたし達の復讐……」
形を失い、消え逝く死者たちに送る鎮魂の約束――――彼等の死を踏み越えて、俺たちは進む。
「あぁ……やっと眠れる……。最期に……もう一度だけ…………会いたかったなぁ…………リ……ティ…………」
迷宮に挑み死んでいった者たちの最期――――光と共に幽霊達は消え去り、静寂が第四階層を包む。
放熱と砲撃による熱放射を防ぐために冷却用のバリアを張っていた俺たちの周辺以外は高熱で融解が発生しており、あちこちで溶けた石材が崩れ落ちていた。
「ぐっ……左腕が痺れる……! 分かっていたけど……流石にエナジーを殆ど持っていかれるな、このアーティファクト……! 充填まで時間も掛かるし、そう簡単に連発はできそうに無いか……」
「敵性個体の完全消滅を確認………お疲れ様です、我が所有者」
「す、すごい……! S級なんてレベルじゃない……これが、ラムダ=エンシェントの実力か……!?」
「……っと、ちょっと派手にやり過ぎた! 多分、黒幕も今のに気付いただろう……!!」
しばらくの休息の後、砲撃による階層内の急激な温度上昇が収まったのを確認して、俺たちは再び出発する。
そして、そのまま敵の居なくなった第四階層を走り抜け、俺たちは次の階層へと走り抜ける。目指すべき最深部までは、まだ遠い。
「……ふぇ!? ラムダさん、ラムダさん、幽霊が……幽霊が……私の美しい身体から……って、アレ?」
「あっ、やっと元に戻った」
「何、何!? 何があったの!? 幽霊は、あの非科学的存在はどこに……!?」
「ノアさんはこちらの方がしっくりきますね」
「………………?」
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