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第4話:覚醒の兆し


 零距離ゼロきょりで俺に左頬をぶたれて姿勢を崩すゼクス兄さん。

 

 だが、顔を仰け反らせたものの、一歩後ずさりしただけでゼクス兄さんを身体は倒れることはなく、俺は目の前にいる兄と自分との『実力レベル』の差を痛感させられてしまう。



「……おい、誰に向かって手ぇ出してんだゴミ野郎? どうやら……『身の程』ってのが分かってねぇらしいなぁ!!」



 そんな目の前の相手との『格の差』を俺に考えさせる間もなく、ゼクス兄さんは目を見開き、溢れ出る殺意を隠そうとせず、俺に対する怒りを露にする。



「二人ともやめなさい! 兄弟同士で何をやっているの!?」


「姉貴はすっこんでな! ほら……剣を抜きな、ラムダちゃん。俺様が本物の『騎士』の恐ろしさってのを、その身に刻んでやんよぉ!!」



 必死になって俺たちを止めようとするツヴァイ姉さんの言葉などまるで意に介さず、舌打ちをしながらゼクス兄さんは俺に剣を抜くように促す。


 剣と剣との果し合い――――これは『決闘』だ。



「『次元鞘インヴィジビリ・ヴァジーナ』、方陣展開――――抜刀ッ!」



 眼前に出現させた魔法陣から、ゼクス兄さんはまるで鞘から引き抜くようにつるぎを召喚する。


 騎士や剣士系統の職業クラスを持つ者が修得することが出来る次元魔法の一種『次元鞘インヴィジビリ・ヴァジーナ』――――術者専用の異空間に格納された武装を、魔法陣から取り出す召喚魔法だ。


 その魔法を使ってゼクス兄さんは真新しい剣を取り出して俺に向けて構える。



「さぁ、新しく買ったこの剣の最初のさびにしてやんよ……ゴミくず野郎!」


「ゼクス、まさか兄弟で決闘する気ッ!? ラムダも、ゼクスの挑発に乗っちゃダメ!」


「ごめんなさい、姉さん。流石にここまでコケにされたら、俺でも我慢できないよ……!」



 ツヴァイ姉さんの忠告を聞き入れず、ゼクス兄さんの挑発を買って俺はかたわらに突き刺さっていたつるぎに手を掛ける。



 その瞬間だった――――


『刀剣武器:ロングソード――――認識にんしき。ゼクス=エンシェントによる保有権限の放棄――――認識。スキル【ゴミ拾い】の効果発動――――放棄されたロングソードの所有権を術者:ラムダ=■■■■■■に設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調シンクロ率の最適化――――完了。拾得物に記憶された技量ぎりょう熟練度じゅくれんど継承ラーニング――――完了。技量スキル【剣術:Lv.2】、固有ユニークスキル【衰弱死針イニエクチオ・インフィニミタス】修得――――完了』


 ――――無機質な女性の声が頭の中に響き渡ったのは。



 そして、起こった異変はそれだけじゃ無かった。


 俺が手にしたゼクス兄さんが捨てた剣が、まるで長年愛用した物のように()()()()()



「――――えっ!?」


「なに余裕ぶっこいて余所見よそみしてんだゴラァ!!」



 頭に響いた無機質な女性の自動音声システム・メッセージと急に手に馴染んだゼクス兄さんの剣の呆気あっけに取られた俺に対して、怒号どごうと共にゼクス兄さんは剣を振り上げて斬りかかろうとする。



「――――しまった!?」



 一瞬だけ反応が遅れた。それは、戦いにおいては即ち“死”を意味する。例え今の職業クラスが『ゴミ漁り(スカベンジャー)』だったとしても、幼少より騎士としての鍛錬たんれんを行ってきたから、俺は瞬時に己に迫り来る“死”を感じってしまう。



「死ねや雑魚がッ!」

「――――くッ!」



 俺の胴体目掛けて振り下ろされる凶刃きょうじん……駄目だ、間に合わない。剣を引き抜いて、ゼクス兄さんの剣筋に割り込ませるにはこの剣は重すぎる。


 そう思って、間に合わないと確信しながら、無我夢中むがむちゅうで剣を思いっきり振った瞬間だった。



「グッ!? な、何だとッ!?」

「えっ!? か、軽い……!?」



 地面に突き刺さっていた剣はまるで樹脂じゅしで出来た玩具オモチャの様に軽々と俺の腕に振られ、“ガキィン!!”と重厚な金属音を立ててゼクス兄さんの剣を完全に受け止めていたのだった。



「嘘だろ……テメェ、なんでその剣をそんな軽々しく振っていやがる!? ありえねぇ……()()()()()()()()()()!?」


「な、なにが……!?」



 互いに驚きで目を見開き、剣と剣がぶつかり弾けた火花と共に俺たちは後ろに飛んで距離を離す。


 ゼクス兄さんの顔は驚愕きょうがくで引きって、俺は自分自身に起きた出来事に人生でも一番と思える位に脳が回転を始めていた。


 ありえない位に剣が軽い。昔、父さんに持たせてもらった剣よりも、何倍も、何十倍も。そして、今のゼクス兄さんの言葉が真実なら、この剣は本来なら片手では軽々と扱える様な重量でも無い筈だ。


 そんな考えが頭にぎり、俺は頭の中に響いた“あの声”を思い返す。



『刀剣武器:ロングソード――――認識にんしき。ゼクス=エンシェントによる保有権限の放棄――――認識。スキル【ゴミ拾い】の効果発動――――放棄されたロングソードの所有権を術者:ラムダ=■■■■■■に設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調シンクロ率の最適化――――完了。拾得物に記憶された技量ぎりょう熟練度じゅくれんど継承ラーニング――――完了。技量スキル【剣術:Lv.2】、固有ユニークスキル【衰弱死針イニエクチオ・インフィニミタス】修得――――完了』



 俺の固有ユニークスキル【ゴミ拾い】の名称が言及されている以上、この違和感がスキルに由来するものなのは間違いない。


 そして、あの音声の内容が真実なら、ゼクス兄さんに『ゴミ』として捨てられた剣を“拾った”事で俺はこの剣との相性をスキルによって最高状態に高められ、この剣に焼き付いたゼクス兄さんの剣の技量とスキルを丸々修得したことになる。


 つまりこの【ゴミ拾い】のスキルは、拾った『ゴミ』を俺の所有物として最適化、それも本来の性能スペックを大幅に凌駕りょうがして俺に馴染ませ、さらに()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スキルと言う事になるだろう。


 それならば、俺の予想が正しければ、まだ勝機はある筈だ。



「悪いけどゼクス兄さん、この剣はどうやら俺を『真の使い手』として認めてくれたみたいだね」



 僅かな勝ちの目に賭けて、俺はゼクス兄さんに“挑発”の意趣返いしゅがえしをする。

 

 人を散々コケにした癖に、一回でもやり返されたら癇癪かんしゃくを起こした器量の小さい相手だ。必ず乗ってくる。



「――――ハッ、クッ……クク、ヒャーハッハッハ!! 笑わせるぜぇ、ラムダちゃーん! なに俺が捨てた『ゴミ』で奇跡まぐれ起こしたぐれぇでいい気になってんだゴラッ!?」



 俺の挑発に『全然効いてねぇよ』と言わんばかりの素振りでゼクス兄さんは高笑いするが、言葉の端々(はしばし)に垣間見える“怒り”の感情が、挑発によって冷静さを欠いている何よりの証明だった。



「あー、はいはい……分かったよ。だったらよぉ……次はキッチリと息の根止めてやんよッ!!」



 蛇の様に目を鋭く光らせて、俺に向けて再び剣を振りかざすゼクス兄さん。さっきの一撃で俺が剣を降る速度を理解した筈だ。恐らくは、その速度に合わせた斬撃を繰り出す筈。


 なら、俺が出来るのは、さっきよりもはやく、この剣を振り抜く事。



「死ね――――ッ!!」

「――――ッ!!」



 そして、再び俺たちの剣が斬り結ぼうとした瞬間だった。



「スキル発動――――【抜刀術:一閃ストリクト・ルーチェス】!!」



 俺とゼクス兄さんの間を、何かが光速で横切り、次の瞬間には俺たちが振りかざした剣がどちらも刃の中心部分から真っ二つに切断されていた。



「――――ッ、こいつは姉貴のッ!?」


「光速抜刀術――――【抜刀術:一閃ストリクト・ルーチェス】……!」



 俺たちの脇には既に剣を振り抜いて立ち尽くすツヴァイ姉さんの姿があった。


 今まさに斬りかからんとした俺たちよりも疾く、まるで“閃光”と見間違う様な速さでツヴァイ姉さんは俺たちの剣を切り落としていた。


 音を置き去りにし、閃光と同じ速度スピードで抜刀を行うツヴァイ=エンシェントの固有ユニークスキル――――【抜刀術:一閃ストリクト・ルーチェス】。



「ふたりともそこまでだ! これ以上の私闘しとうは私が許さない!」



 剣を俺たちに向けて、鋭い眼光がんこうと共に警告を発するツヴァイ姉さん。



「ゼクス……今回の狼藉ろうぜきは流石に看過かんか出来ん、実の弟を殺めようとするなど……! アインス兄様にいさまが知れば、相応の処罰しょばつは免れないと思え!」


「――――チッ、分かったよ」



 姉さんの強い糾弾きゅうだんの言葉に、剣を納めて渋々と従うゼクス兄さん。



貴方あなたもよ、ラムダ。これ以上、事を大きくすれば貴方は『エンシェント家』に歯向かう逆賊ぎゃくぞくにされてしまうわ。今は大人しく父様とうさまの命に従い、この屋敷を後にしなさい……!」


「…………はい、分かりました……ツヴァイ姉さん」



 ゼクス兄さんとは違い、姉さんはさとすように俺にそう告げる。確かに冷静になって周りを見渡せば、騒ぎを聞きつけた屋敷のメイド達が続々とこちらに集まってきているのが見えた。


 これ以上、ここにいれば俺はゼクス兄さんに不敬ふけいを働いた逆賊にされるのは間違いないだろう。つまり、これは俺の身を案じたツヴァイ姉さんの最後の警告なんだろう。


 そう判断した俺は、半分に切り裂かれた剣を降ろすと、姉さんの忠告に従って屋敷の門を開いていく。



「ラムダ……今の私では父様の決定は覆せない……。だから……今は耐えなさい」



 そのツヴァイ姉さんの言葉に振り向かず、俺は門をくぐってエンシェント家の屋敷を後にする。


 父さんは俺を追い出した、母さんは俺を庇ってくれなかった、ゼクス兄さんは俺を殺そうとした、ツヴァイ姉さんでも俺を守りきれなかった。


 屋敷から外に出て、俺はいよいよ『エンシェント家』から絶縁された事を実感し始める。


 ただ、騎士に成れなかっただけで。ただ、ゴミ漁り(スカベンジャー)になってしまっただけで。ただ、『ゴミ拾い』なんて訳の分からないスキルを与えられただけで。


 俺は……今までの15年の人生の全てを、否定されてしまった。


 そう思うと無性に悔しくなって、俺は走り出してしまう。一刻も早くこの街から離れたい、一刻も早く誰も知らない場所に逃げ出したい、一刻も早くこの『現実』を忘れたい。


 地平線に沈みゆく夕日に、自分の人生の悲哀ひあいを感じながら俺はただ走り抜ける。今日が俺の、ラムダ=エンシェントの人生最悪の日なんだろう。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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[気になる点] …主人公の姉が余計なことを…厄介なことをしでかしたなぁ…主人公達の決闘を中断したことでは無いです、現時点で主人公の唯一にて最高の武器である剣を折ったことです!能力が文字通り半減しますし…
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