第44話:死の領域
――――深淵牢獄迷宮【インフェリス】、第四階層:死霊の踊り場。ランク“D”以上の中級冒険者でなければ本来出入りを許可されていない“危険領域”。
第一から第三階層までの所謂“上層階域”は先史文明に於いては当時の貴族たちの『居住区画』として使われていた場所であり、魔物も比較的出現しにくく定着もしにくい事から、駆け出し冒険者でも危険性が少ない区画となっていた。
しかし、ここから先は別だ。
第三階層【悪魔の庭】にあった赤い扉によって固く閉ざされたこの階層は、元より先史文明に於いて“暗部”として使われたいわくつきの領域。積年の非道な行いによって積もり積もった瘴気の影響で危険な魔物が徘徊する“死の領域”と化してしまったのだ。
そして、ここ第四階層【死霊の踊り場】はその名の通り死霊系統の魔物――――先史文明の犠牲者、或いは最下層に封印された黒幕によって弄ばれて無念の内に亡くなった冒険者たちが道連れを求めて彷徨う嘆きの迷宮。
「……と、パンフレットには書かれてます〜」
「まぁ、死霊系の魔物が多いって事だな」
観光案内片手に意気揚々と現在地の解説をするコレットの話を流し聞きしながら、俺たちは慎重に奥へ奥へと進んでいた。
「幽霊コワイ、幽霊コワイ、幽霊コワイ、幽霊コワイ、幽霊コワイィィィィ……」
「ノア様が見たこともない勢いで振動して、ラムダ様の左腕にしがみついていますぅ~」
「あわわわわ……!? や、やめろノア、震えながら俺にしがみつくなぁぁぁぁぁ……!」
我らが『ベルヴェルク』の『司令塔』兼『盾役』である【聖女(偽装)】ノアはどうやら【幽霊】が苦手らしい。
低体温時に発生する生理現象である振動発熱を軽く凌駕する勢いで震えて俺にしがみついていた……こっちにも振動が伝わるので邪魔である。
「エ、霊媒物質の集合体である幽霊がさも当然の様に徘徊しているなんて、非科学的です、非論理的です、非常識的ですぅぅぅぅ…………」
「ノアさんは幽霊が怖いんですねぇ(笑) 【聖女】【神官】の職業なら浄化・除霊の魔法は基礎中の基礎だと言うのに……」
「コレットは知っているのです。ノア様が“職業偽装”をしているのを……」
「わ~幽霊かぁ……初めて見るな〜、僕わくわくしてきた!」
ノア以外の三人は平然とした顔をしながら辺りをキョロキョロと見回し、幽霊の出現を今か今かと待ち構えている。
「お前のパーティ凄いな。さっき私が『油断すると私でも呆気なく死ぬ』と忠告したばかりなのに、もう『肝試し気分』で行進しているぞ……!?」
「おかしい、正統派ヒロインが誰もいねぇ……」
「あたしもそう思いますぅぅぅぅ」
「うぅ……幽霊こわい。心なしかラムダさんの腕も冷たい……。もっと暖かみがあるものかと……」
「お前が握っているのは合金製の光量子展開射出式超電磁左腕部の方だ。そりゃ冷たいだろ……」
あちこちに照明が付けられ見通しの良かった上層域とは打って変わり、この中層域は殆どが暗闇に覆われていた。オリビアの杖に灯した魔法の光と、コレットが進行方向上に飛ばした狐火の灯りがなければ一歩も進めなかっただろう。
敵は神出鬼没の幽霊。いつ現れても良いように、俺、ミリアリア、アンジュの三人は得物を構えてジリジリと歩を進める。
「………ッ! …………ッ! 大丈夫、大丈夫、いざとなったら、ラムダさんの胸に飛び込めば大丈夫……!」
「何が大丈夫なんだよ、それ? 俺が戦えねぇよ! 邪魔でしょうがないだろ!?」
「公然とラムダ様に引っ付くのが狙いね……! わたしも『蟲系魔物』が苦手って設定にしよ……」
「コレットはいま『女性の強かさ』を目の当たりにしております〜……」
「あははは! あたしも蜘蛛苦手なのよねぇぇ」
「こいつら、凄まじく図太い……!?」
進む先に敵はなし、俺の右眼にも反応なし。いつ来るかも分からない敵襲に俺は思わず息を飲むのだが、そこで俺は妙な“違和感”に気が付いた。
「なぁ、コレット……このメンバーの中で、一人称が“あたし”の奴は居るか?」
「…………? ノア様とオリビア様とアンジュ様は“私”……ミリアリア様は“僕”……コレットは“私”……」
「しれっと嘘ついたぞこの狐……」
「はいはい〜! それ、あたしぃぃぃぃぃ!」
会話に混じった妙な“違和感”――――ひとり多い。その事実に俺が気付いた瞬間には、既に手遅れの状況だった。
「うらめしや~……なんちゃって♪」
「で、出たぁぁーーーーっ!!?」
俺の左腕にしがみついていたノアの胸部から生えてくるように姿を見せる赤い髪の少女。身体は半透明でやや白く発光し、ノアの背中からはみ出た下半身は途中で掻き消えて脚が存在しない。
間違いない――――幽霊だ。
「久々の獲物ね。あなたも一緒に死にましょう!!」
「ノア!! 急いでそいつから離れ…………」
「きゅぅ…………」
「あぁ駄目だわ、泡拭いて失神してるわ」
眼を赤く光らせて牙を剥く幽霊、それと呼応するように壁や床、果ては天井からも一斉に飛び出す幽霊群れが俺たちを囲む。
ここは第四階層【死霊の踊り場】。
生者を妬む死者たちの彷徨う霊廟、志半ばで息絶えた冒険者たちの成れの果て。生きては帰れぬ“死の領域”。
欲望渦巻く深淵の路はここからが本番。
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