第42話:災いを引き起こす者
「深淵迷宮が緊急封鎖!? どう言う事だ!?」
「で、ですから……迷宮内にいた全ての冒険者が失踪してしまいまして。原因を追求するために迷宮を一時閉鎖せよとの王国からの通達が……!」
「馬鹿が……! それで呑気に王立騎士団にでも探らせる気か、国王陛下は!? そんな悠長な事をしていては行方不明者が全員死んでしまうだけだぞ!!」
――――翌日早朝、迷宮都市・冒険者ギルド支部受付カウンター。
普段は活気に溢れ愉快な笑い声が聞こえる筈のエントランスに今日聴こえるのは、困惑の声、苛立ちの声、そして俺の目の前で受付嬢に詰め寄るアンジュ=バーンライトの怒号であった。
昨日の夜、俺が謎の黒い手、リティア=ヒュプノスを操っていた真の黒幕と対峙した直後、深淵牢獄迷宮内のあちこちに突如として黒い手が出現して内部で探索を続けていた冒険者の殆どを呑み込んだらしい。
唯一、黒い手の強襲を逃れた高速移動のスキル持ちの冒険者によって異常事態が知らされ、魔法を用いた高速通信による報告を受けた冒険者ギルド本部、国王陛下によって迷宮の閉鎖の処置が施されたと言うのが昨晩からの流れらしい。
「この事態、ラムダさんはどう思います?」
「人質だろうな。強制催眠装置、リティア=ヒュプノス、そして迷宮内部にいた冒険者たちを餌に俺たちを誘ってるんだ」
「それなら……迷宮の閉鎖は……」
「奴の仕込みだろうな。恐らく、奴は何らかの方法で『誘い』を仕掛けてくるはずだ……!」
ノアの疑問に対する答えはすでに出ている。昨夜、黒幕は俺に『牢獄の最下層まで降りてこい』と言っていた。恐らく何かを仕掛けるつもりなのだろう。
そう考えた俺は焦ることなく、受付カウンターのあるエントランスホールの壁にもたれ掛かって黒幕の動きを待つことにした。
「おい、何だあれ!? 迷宮の入口に文字が浮かんできやがったぞ!?」
「えっ、えぇっ、なんですか!? 今までこんな事、無かったのに……!?」
「…………来たな!」
事態が動いたのはそれから小一時間ほど経過してから、遂に事態は動き出した。深淵牢獄迷宮の入口となっている石扉に突如として何者かのメッセージが浮かび上がるように刻まれたのだ。
黒幕による『誘い』だと判断した俺は、急いで石扉に刻まれた文字を読む。
『迷宮の最下層、深淵の牢獄の扉は【勇者】によって開かれる。生贄を救わんとする勇敢なる者よ、汝、逃げることなく立ち向かうべし』
「牢獄の扉は【勇者】によって開かれる……って僕!?」
「ラムダ様、これってもしかして……」
「あぁ、これは名指しだよ、オリビア。どうやら黒幕はアリアをご所望らしいな……」
昨日、俺と対峙したリティアはミリアリアの事を【勇者】だと断定していた。恐らくは、冒険者ギルドに登録されたミリアリアの情報を強制催眠装置を悪用して閲覧したか、ミリアリアの噂をどこかで聞き付けたのだろう。
そして、リティアがミリアリアの素性を知っている以上、彼を操っていた黒幕が『ミリアリアは【勇者】である』事を知っているのは至極当然の流れ。
「敵の真の狙いはミリアリアさんって事でしょうか?
「人質の対価に【勇者】を所望する……か。真意は分からないが、裏があるのは間違い無いな」
「なら……ミリアリア様を迷宮に入れるのは悪手ではありませんか〜?」
「そりゃ悪手さ。だからこその、あのメッセージなんだろ? 周りを見れば分かるはずだ」
メッセージに【勇者】の存在を明記して、最下層へは勇者でないと到達出来ないと断言した。これは周囲にいる冒険者を煽る為だ。
「勇者……? 勇者がこの街に居るのか!?」
「“厄災の引き金”……災いの兆し。この事態も勇者が現れたから?」
「勇者ってのはどいつだ!? さっさと出てきて深淵迷宮で失踪した奴らを助けに行け!!」
そんな見え透いた扇動に煽られて冒険者たちが一斉にざわめきだす。失踪した冒険者の仲間、迷宮攻略に赴きたい冒険者、興味本位で勇者を一目見たいだけの冒険者。
彼等はメッセージ一つで簡単に煽られ、その場に居るかどうかも分からない勇者へと大口を叩いている。
皆、口を揃えて言う――――『勇者なら迷宮へと挑んで、行方不明者を救出しろ』と。
「そんな見え見えの『罠』にアリアを連れて行けと?」
「しかしラムダさん……もし、あのメッセージ通り、最下層の扉がミリアちゃんでしか開けない様に細工がされていた場合は彼女の助力が必至になりますよ?」
「分かっているよ。それに、この迷宮都市にリティアが催眠下に置いた手先がまだ潜んでいないとも限らないしな……」
黒幕は俺たちが強制催眠装置の奪還を狙っている事を知っている。つまり、俺たちがこの事態を無視して街から離れる可能性が無いことを確信している。
あとは【勇者】を名指しして、勇者を擁する俺たちを誘えば良い。
勇者が居なければ最下層には至れない、勇者を地上に残しても催眠下に置かれた手先に拐かされる可能性がある、勇者が逃げれば人質にされた冒険者たちは殺される。
まるで“蜘蛛の糸”に絡められた獲物の気分だ。どの選択肢を選んでも、何かしらの実害が生じる。
「ど、どうしよう……ラムダさん? 僕はどうしたら良いの……!?」
それを、ミリアリアも【直感】のスキルで感じ取ったのだろう。彼女は不安げな表情で、パーティのリーダーである(正確にはなったつもりは無いのだが)俺に対して意見を求めてくる。
「行きましょう。私は……ラムダさんを信頼しています。ラムダさんなら、例え『罠』であったとしても、ミリアちゃんを守り抜き、勝利すると信じています」
「…………ノア」
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』です。それに、承知の上で『罠』を踏み抜いて、敵の思惑をぶっ潰すのって……最高に『格好良い』じゃないですか、ラムダさん?」
「ハッ! 口が上手いな、ノア!」
“罠”と知った上で飛び込んで、なおかつ“罠”を踏み抜けとは。このノアって少女は中々どうしてぶっ飛んでいる事を言うのだろうか。
「勝算は?」
「ラムダさんと私がいれば――――勝てます!」
敵は女神アーカーシャと争った巨悪。張り巡らされた罠は蜘蛛の巣の如く、敵の手中には文明を容易く崩壊させる禁忌級遺物【強制催眠装置】。それでも、ノアは俺が『勝つ』と信じている。
「アリア! 俺が付いている、この迷宮に一緒に行こう!」
「…………分かった! 君を信じるよ!」
なら、ノアの信頼に応えてやるのが『騎士』の務め。
「ふぅ~……ッ! 聴け、迷宮都市の冒険者たちよ!! 僕の名はミリアリア――――【勇者】ミリアリア=リリーレッドだ!!」
そして、俺の意志に呼応するようにミリアリアの勇気を持って宣誓する。自分こそが【勇者】であると。
「敵の狙いは僕だ! だから、僕はこの迷宮攻略に向かう! 信頼する彼らと共に!」
素性を明かし、冒険者たちの注目を一手に集めたミリアリアは自らの迷宮の攻略を宣言する。
傍らに居た俺たちを『信頼する仲間』だと冒険者たちに紹介した上で。次の瞬間には冒険者たちはざわざわと騒ぎ始める。
「あいつが勇者!? 女の子じゃないか!?」
「紹介されたあの金髪の少年……昨日、アンジュ=バーンライトを倒した奴じゃないか!?」
【勇者】ミリアリア、そして、S級冒険者アンジュ=バーンライトを打ち破った少年ラムダ=エンシェント。冒険者たちの衆目は俺たちに注がれる。
「聞け、我らの名は――――ベルヴェルク!! 世界を揺るがす巨悪に弓引く者なり!!」
そして、ミリアリアの口から宣言されるは俺たちのパーティ名――――その名を『災いを引き起こす者』。
「いや、なに勝手に名前決めてんだ!?」
「あっ、ごめんなさい……! 旅に出る前に考えてた理想のパーティ名をつい言っちゃった///」
歴史の中に数多いた【勇者】たちの呪いの名、世界に大いなる災いをもたらす者の名。そして、彼岸の彼方より来る厄災に立ち向かう者の名だ。
「神すらも討ち滅ぼす厄災……」
「ノア……? 名前、気に食わないのか?」
「ん~~、気に入りました♪ 女神アーカーシャに反旗を翻す私たちにはピッタリの『忌み名』ではありませんか♪」
「あ~、まぁ、俺も案は無いから文句ないけど。ちなみに、女神アーカーシャに反旗を翻す下りはみんなには秘密だからな? 特にオリビアには絶対に言うなよ?」
いきなりパーティ名を決定されたのは些か不満だが、こうしてミリアリアの宣言と共に俺たち『ベルヴェルク』は結成された。
俺、ノア、コレット、オリビア、ミリアリア――――なんの因果か集まった5人は、迷宮都市の秘密へと挑む事となる。
冒険者ギルドの支部長の判断の元、封印を解かれ開いていく深淵牢獄迷宮へと扉。そこから溢れ出す邪悪な気配、飢えた魔物の咆哮、勇者を狙う禍々しき悪。
「――――行くぞ、みんな!」
リーダーである(ってミリアリアに紹介された)俺の宣言の元、『ベルヴェルク』、アンジュ=バーンライト、そして腕に覚えのある勇気ある冒険者たちは深淵牢獄迷宮へと足を踏み入れる。
二度目の探索――――それは、迷宮都市に張り巡らされた陰謀への挑戦。
「あっ、そうそう! 冒険者ランク“D”昇格の為の緊急依頼の受注をしたいでーす!」
「えっ!? 今するんですか!? え、え~っと、『デーモン1体の討伐』ですけど……」
「それ受〜けた! ラムダさん、ラムダさん、ついでに依頼もサクッとこなしてしまいましょー♪」
「はぁ……せっかくの雰囲気が……」
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