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第40話:深淵に潜む者


「あれって……S級冒険者、アンジュ=バーンライトだよな?」


「あの“爆ぜる光(バーンライト)”のアンジュが負けたってのか!?」


「うそ……あの翼の生えた少年は一体誰なの!?」



 ――――死闘は決着し、S級冒険者であるアンジュ=バーンライトは俺に敗北を喫して目の前で倒れている。


 その状況に周りにいた野次馬ギャラリー達はその光景に戦慄せんりつし、辺りは瞬く間に喧騒けんそうとした雰囲気に包まれていく。



「いない……あのふたりとリティアはどこに!?」



 騒ぎを聞きつけ続々と増えていく野次馬ギャラリーたち。しかし、その群衆の中から消えた人影が三つ。リティア=ヒュプノスと彼が催眠下に置いたふたりのA級冒険者。


 俺がアンジュと一騎打ちをしている間にふたりの冒険者は姿を暗まし、リティアもまた俺の索敵範囲から逃走していた。



《ラムダさん、聴こえますか?》

「――ノア! そっちは無事か!?」


《はい、問題ありません! 部屋に籠もってオリビアさんの固有こゆうスキルによる結界を張っています!》



 そんな折に聴こえてきたノアの通信。どうやら、彼女達は無事だったらしい。



《それと、こっそりリティアさんに発信機を付けておきました! いまラムダさんの右眼にリティアの座標を送りますね》


「助かる! ノアたちはアンジュさんの保護を頼む!」


《お任せを。すぐにコレットちゃんに保護して貰います! ラムダさんは【エクスギアス】を必ず!》



 ノアの機転でリティアに発信器が取り付けられたらしい。その発信機から発せられるリティアの痕跡こんせきを見つけるために、俺は光の翼(ルミナス・ウィング)の出力を上げて迷宮都市エルロルの上空へと飛翔する。



「どこに行ったんだ、リティア=ヒュプノス?」



 上空から観た迷宮都市エルロルは大きな円形状のあなの様な跡の上に建てられた街であることが分かり、その円の中心部分に冒険者ギルドの支部と深淵迷宮インフェリスの入口があることが分かった。



「――――居た! リティアの野郎、迷宮ダンジョンの入口にいやがったな!」



 そして、小さな青い反応で表示されるリティアの位置。奴は冒険者ギルド支部にある深淵迷宮インフェリスの入口へと近付いており、近くにはあのふたりの冒険者の反応もあった。


 それを認識するやいなや、俺は一目散に急降下して突撃する。絶対に逃がすわけにはいかない、リティアはここで止めなければ。



「リティア=ヒュプノス!! アンジュ=バーンライトは倒した! 次はお前の番だ、覚悟しろッ!!」


「な、アンジュさんが負けた……!? 馬鹿な、こんな奴に負けるなんて……! あの女、取り柄は顔と身体だけなのか!?」



 冒険者ギルドの建物の天井をぶち抜いて現れた俺に驚き、リティアは慌ててふたりの取り巻きの影に隠れた。そしてアンジュを罵倒し始めた。

 

 女を盾にし、負けたアンジュをののしる。男の風上にも置けない最低の下衆野郎げすやろう。それがリティア=ヒュプノスの本性だ。



「人の尊厳を散々に踏みにじって、よくもそこまで言いたい放題出来るな……このクズ野郎!!」


「ハッ! いい子ちゃんぶるのも大概にしろ、騎士様! 女なんてのはなぁ、男に腰を振って媚びていれば良いんだよ!!」


「なんだと!? てめぇ、どこまで性根が腐っているんだ!!」


「性根? それが何だ!? 僕を馬鹿にした女なんて、全員、僕の奴隷にしてやるんだ! あの勇者も、銀髪朱眼の女も、あの神官も、あのメイドも、全員……僕の玩具おもちゃにしてやる!!」



 イカれている、それが俺がリティアに抱いた感情だった。ただの男尊女卑だんそんじょひの思想だけなら“ただのクズ”だが、人の尊厳を一切(かえり)みないリティアはそれ以下の存在。



「それを俺が許すと思うか?」


「お前だって本当はあの女どもを下に見ているんだろ!? 正直になりなよ、何を我慢してるんだ、暴力で全員組み伏せて散々に犯せばいいじゃないか!!」


「それ以上、喋るな……虫酸むしずが走る!」



 これ以上、あいつの下らない妄言もうげんは聞くに堪えない。俺は光の翼(ルミナス・ウィング)の出力を最大に引き上げて加速する。



「うわ!? お、お前たち、僕を守れ、さっさとしろ、何の為にお前たちを催眠したと思っているんだ!!」


「俺の相手は『お前』だッ!! 逃げるな、この臆病者ッ!!」



 ふたりの女を盾にするリティア。だが、そのふたりが武器を構える前に俺はたたんだウィングを拡げて両名を吹き飛ばし、壁に打ち付けて戦闘不能にする。



「そんな、A級冒険者が一撃で……!?」


「歯ぁ食いしばれ、リティア=ヒュプノス! お前には、とびっきりのおきゅうを据えてやる!!」


「ヒッ――――グァバ!!?」



 そして、護衛がやられた事にただ驚き、呆けるだけのリティアの顔面に炸裂する左腕アインシュタイナーによる鉄拳制裁。


 俺の鉄拳をもろに受け、鼻血を出しながらリティアは深淵迷宮インフェリスの入口である重厚な石扉いしとびらへと叩きつけられる。



「――ガッ、――ガァ、――――あぐぁ!!」

「さぁ、その【エクスギアス】を渡せ!!」



 勝敗は既に決している。元々がランクEの冒険者であるリティアには俺の鉄拳は大ダメージだったらしく、リティアは顔を両手で庇って地面でのたうち回るだけだった。


 最早、リティアに俺に対する抵抗手段は無い。


 下僕しもべであったアンジュとA級冒険者のふたりを失い、頼みの綱である【強制催眠装置エクスギアス】は俺には通用しない。


 後は、【エクスギアス】を回収すればリティアは無力なただの冒険者に戻るしかない。



「い、嫌だ……! ()()が無いと……僕はまた『弱虫』にもどっちゃう!! そんなの……絶対に嫌だ!!」


「お前……」


「無力な僕が、弱虫な僕が、誰よりも弱い僕が……誰かに『勝つ』には……これが無いと駄目なんだ!! 死んでも渡さない、死んだって渡さない! これは僕の、リティア=ヒュプノスの、()()()眷属けんぞくである……僕の力なんだーーーーッ!!」


「あの方……? お前……何を……?」


 

 そう思っていた。リティア=ヒュプノスが意味深な言葉を口にするまでは。


 あの方の眷属とリティアは言った。強制催眠装置エクスギアスを持ち、誰も彼もを意のままに支配できるリティアが、それでもなお従う人物の存在を俺は示唆したのだ。


 そして、その存在を俺は早々に知ることになる。



「何だ!? 迷宮ダンジョンの入口から黒い手が!?」

「あぁ、我が主……僕を迎えに来てくれたのですね」



 突如、深淵迷宮インフェリスへと続く石扉が開き、奥から巨大な黒い手が伸びてきた。


 手のひらだけで俺の背丈を有に越えるその黒い手は、リティアの身体を包み込むように掴んで俺の行く手をさえぎった。



「我が眷属が世話になったな、【ゴミ漁り(スカベンジャー)】の少年よ。だが、まだこの駒を失う訳にはいかないのでな、回収させて貰うぞ」


「リティア、まさか誰かに操られているのか?」



 黒い手に包まれた瞬間に意識を失ったリティア。そして、次に彼が言葉を発した時、口から出たのは『リティア=ヒュプノス』とは明らかに違う人物の語り口調だった。



「まさか、リティアも強制催眠装置エクスギアスに……!?」


「エクスギアス……? ほう……この玩具おもちゃはそのような名なのか。クククッ、あの【死の商人】め……どうやらとんだ“掘り出し物”を我に寄越よこしたようだな」



 禍々しい気配、邪悪な魔力、人間を“駒”としてしか認識していないその悪辣さ。ただの小物こものであり、内に秘めた暴力性をさらけ出していたリティアとは全く違う、異質な存在。



「感謝するぞ、少年。我に極上のにえを用意した事を……!」

「お前……何者だ!? どこに行く気だ!?」



 その黒い手の主はリティアを抱えたまま、深淵迷宮インフェリスの奥へと消えていこうとする。迷宮ダンジョンに逃げ込むなど正気の沙汰さたでは無い。



「この玩具おもちゃを……そして、この忌々しい迷宮めいきゅうにいる全ての人間を返して欲しければ、この()()の最下層まで来るが良い……! フフフ……フハハハハハハハッ!!」


「――――――!?」



 牢獄の最下層で待つ、そう言い残して黒い手とリティアは迷宮ダンジョンの奥へと消えていった。冒険者ギルド支部はひっそりと静まり返り、俺がぶち抜いた天井から差し込む月の光だけが暗くなった屋内を照らす。


 そして、目の前に広がる深淵迷宮インフェリスに潜っていた冒険者たちが全員消息を絶った事を知ったのは、翌日になってからであった。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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― 新着の感想 ―
[気になる点] アホだなぁ、無駄に寄越せ!とか言わずに奪えばいいのに、余裕ぶっこいて逃げられるとか 最高にダサイ事をしてるよ。
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