第38話:エクスギアス
「仲間になれ……本気で言ってるのか?」
「本気だとも。特に、そこにいる銀髪朱眼の女の子と【勇者】ミリアリアさんをね!」
「僕とノアさんを……?」
「おいこら、でこすけやろう! 私の事は『ノア様』と呼べー! なまいきだぞー!」
リティアの勧誘ははっきり言って『要求』のそれに近かった。彼はあろうことか、ノアとミリアリアを名指しで指名し仲間になるように言ってきたのだ。
俺の後ろでミリアリアは困惑し、躾のなっていない犬の様にノアはリティアに吠えている。
「ノアとミリアリアをご指名か? 他にも俺たちの仲間はいるんだけど?」
「あぁ、そうだね。あの巨乳の神官さんと、狐耳のメイドさんも欲しいかな。だけど……君だけは『要らない』よ、ラムダ=エンシェント」
「女を侍らせてハーレムでも作るつもりか?」
「ブーメランだけど、その台詞……」
「…………確かに!」
怪訝な表情をしている俺たちに、最早隠すこともせずに本心をぶち撒けるリティア。欲に塗れた瞳は濁り、笑い声は狂気を孕んで廊下中に反響する。
「俺だけはいらない……って事は、俺からノア達を『奪いたい』って言う事で良いんだな、リティア=ヒュプノス!」
「あっ、しれっと私のこと『俺の女』扱いしてくれた♡ 嬉し〜♡」
「くふふ、くふふふふ! いいや、違う! 奪うんじゃ無い、君が差し出すんだ……この僕に、君の大切な女たちをさぁ!!」
リティアから溢れ出す俺に対する明確な敵意。
それを感じ取った俺が量子変換装置から閃光剣を取り出したと同時に、彼は懐から『何か』を取り出した。
白い金属のフレームに覆われた長方形状の硝子のプレート。それを右眼に当てて、リティアは俺を硝子越しに凝視する。
「――――ッ!! なんで……なんで……あなたが『それ』を持っているのッ!?」
「ノアさん!? 何をそんなに驚いて……!?」
リティアが取り出した物を見た瞬間、通路に響いたノアの絶叫。俺が知りうる中で一番の怒号が、リティアに向けて発せられる。
慌てて振り向いた俺が見たのは血相を変えてリティアを睨みつけるノアの形相。今まで見たことも無いノアの鬼気迫る表情に俺はリティアの手にした“物”の正体を理解する。
もう一度、リティアに視線を戻した俺の視界に映るのは、不敵に笑うリティアと、発光を始める硝子のプレート。
「まさか……アーティファクト!?」
「リティア=ヒュプノスが命ずる――――『ラムダ=エンシェント、君の仲間を僕に差し出せ』!!」
「ラムダさん!!」
プレートに浮かび上がり、妖しく輝く瞳の紋章――――それが一際強く光を放った瞬間、俺の頭に中が侵入してきたのを感じた。
義務感、責任感、絶対感――――目の前のリティアの言う事の何もかもが正しく聴こえ、彼の命令を必ず遂行しようと思うような絶対の服従感。
『アーティファクト――――【強制催眠装置】認識。実行された“命令”の無力化――――成功』
そんなリティアへの服従の意思を掻き消すように頭の中で自動音声が響き、同時に頭蓋が割れるような激しい痛みが頭に走ってきた。
「さぁ、命令だ! 仲間を僕に差し出せ! 大丈夫……丁寧に扱ってあげるよ」
「ぐっ……つぅ、頭いった〜! ふざけた真似しやがって! 何のつもりだ、リティア=ヒュプノス!?」
「な、なに……!? なんで……僕の催眠術が効かないんだ!?」
「ラムダさん!! その人を捕まえて!! そいつが持っているのは禁忌級遺物――――強制催眠装置【エクスギアス】です!!」
「くっ……これがノアの言っていたやつか!」
身体に組み込んだアーティファクトのよる【自動操縦】でリティアからの催眠を防いだ俺にノアが伝えた事実――――禁忌級遺物【エクスギアス】、人の意思を奪い、与えた命令を強制的に実行させる催眠の瞳。
「なんでお前がそれを持っているかは知らないが……喧嘩を売ったんだ! 覚悟しな!!」
「ヒッ!? お、お前たち、僕を守れ!! 命令だ! 聴こえているなら僕を助けろ、アンジュ!!」
その催眠に絶対の自身があったであろうリティアは、俺が命令に抵抗したのを見るやいなや、侍らせていたふたりの女性に盾になるように命令する。
その瞬間に武器を構えて前に出るエルフと魔女のふたり。彼女たちはリティアの自己中心的な発言を一切疑うことなく聞き入れ、死んだ魚の様な瞳で俺を睨み付けている。
間違いない、あのふたりも、アンジュ=バーンライトも、リティアの催眠に掛けられている。リティアが隠していた真実に気付き、俺は戦闘体勢へと移行する。
「アリア! ノアを連れて部屋に逃げろ!!」
「ラムダさん! エクスギアスの催眠はあの端末でしか解除出来ません! 絶対に奪い返して下さい!!」
エルフの弓兵は弓を番い、魔女の女性は杖の先端に魔力を込めて魔法の準備を整え、俺に狙いを定める。
「女性を傷付けるのは騎士道に反するけど……悪いが力づくでも通してもらうぞ!!」
ふたりの冒険者に架せられた命令は『リティアを守れ』――――俺が危害を加える素振りを見せなければ、彼女たちは攻撃してこない。
故に、ほんの僅かな“差”であるが、俺の方が疾く動く事が出来る。
「“光の翼”――――展開!」
機動力を上げる為に翼を装備した俺は、ふたりの女性を盾に逃げる準備をしているリティアに狙いを定める。
彼女たちの攻撃を掻い潜り、一瞬でリティアを仕留める為に。
「光の翼――――最大加速!!」
「――――ッ!?」
「――――ッ!?」
加速開始から最大速度到達まで――――僅かコンマ3秒。
エルフの弓兵が弓矢を射るよりも、魔女の女性が魔法を放つよりも疾く、ふたりの間をすり抜けつつ翼から放たれる衝撃波で両名を壁に叩きつけ、そのまま俺は一気にリティアへと距離を詰める。
「なっ!? 一瞬でふたりを!?」
「そのアーティファクトを渡してもらう――――リティア=ヒュプノス!!」
俺とリティアの間に障害は無い。あとは目の前の男を倒して、アーティファクトを回収すれば万事解決だ。
しかし――――
「固有スキル――――【爆ぜる閃光】」
「――――ッ!! “光量子障壁”、展開!」
――――そう上手くいかないのが世の常。
リティアの背後から聴こえた声と共に右眼の視界に広がる朱い【行動予測】、それと共にリティアの背後から現れる金髪紫眼の女、アンジュ=バーンライトが現れた。
俺を目掛けて大剣を振り抜くアンジュと、咄嗟に左腕と光の翼から放出された光量子で作り上げた防御壁を展開した俺。ふたりの剣と盾はぶつかり合い、激しい爆音と共に宿屋の通路が吹き飛び、粉々になった残骸が辺りに散らばっていく。
「アンジュ=バーンライト……!!」
「アンジュさん! あはは……あっははははは!! 間に合ったんだね、流石は僕だけのアンジュさんだ!!」
爆炎の中から現れたのはアンジュ=バーンライトはリティアの盾になりながら、虚ろな瞳で俺を凝視している。
「リティア=ヒュプノスが命ずる――――『アンジュ=バーンライト、その男を殺せ』!!」
「承知しました、ご主人様」
「やっぱり……あんたもそうなんだな! だったら容赦しねぇ、ぶん殴って眼ぇ覚まさせてやる!」
リティアの催眠に堕ち、彼の命じるままに俺への殺意を向ける凄腕の冒険者。迷宮都市に渦巻く邪悪な陰謀の犠牲者。
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