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第3話:エンシェント家の面汚し


「よぉー、誰かと思えば……かわいいかわいい、ラッムダちゃんじゃねぇか!」



 全てを失い、途方に暮れながら、重い足取りで玄関から続く長い庭園を抜けようやく辿り着いた邸宅の門を開けようとした時、俺の背後から軽快けいかい軽率けいそつな男の声が響いた。


 聞き覚えのある声に振り向いた俺の視界に映ったのはふたりの男女。



「ゼクス兄さん、ツヴァイ姉さん……!」



 ツンツンに逆立った金髪と黒い騎士甲冑きしかっちゅう姿が特徴的な長身の青年――――【黒騎士】ゼクス=エンシェント。


 膝下まで伸ばされたピンク髪のツインテールと極限まで軽量化された白い鎧が印象的な女性――――【竜騎士】ツヴァイ=エンシェント。


 共に『神授の儀』で騎士の職業クラスとスキルを与えられた、エンシェント家の名誉ある騎士。俺の兄さんと姉さんだ。



父様とうさまから話は聞いたわ。伝統でんとうある騎士の名家であるエンシェント家の貴方がどうしてこんな事になっているの!?」


「ごめんなさい、ツヴァイ姉さん…………」



 いつもは凛々(りり)しい姉さんが、柄にもなく困惑したような表情で俺に詰め寄って来る。

 

 姉さんもまた、俺が騎士の職業クラスを与えられるのを楽しみに待っていた一人。そんな姉さんの落胆らくたんにも似た言葉に、おのれ不甲斐ふがいなさを痛感させられた俺はただ謝るしかなかった。



「おいおいおいおい、あんまりラムダちゃんをいじめてやんなよ、姉貴あねき。お優しいラムダ坊っちゃんには騎士って言う栄誉ある職業クラスは荷が重たかったのさ。なっ、ラ〜ムダちゃん?」



 そんな姉さんとは真逆、普段から素行に問題がある(らしい)ゼクス兄さんはさもなぐさめている様な耳触みみざわりの良い言葉を、非常に嫌味ったらしい口調で俺に吐き捨てる。



「なっ……!? 違う、私はただ……ラムダのことが心配なだけだ!」


「そ・れ・が、駄目なんだよ! ほら、姉貴が『本来なら〜貴方は騎士に成れるはずだったのに〜』って言っちまったら……()()()()()()()()()ラムダちゃんが…………自分の事をみじめに思っちまうだろう〜ッ!」


「――――ッ!」



 明らかな挑発行為。俺のことをコケにして、あまつさえ、姉さんの想いまで嘲笑あざわらったゼクス兄さんの陰湿いんしつさに、俺は思わず兄さんを睨みつけてしまう。



「おおっと、怖い怖い……! もしかして〜、騎士に成れなかったこと根に持っちゃってんのか? ゴミ漁りの…………ラァ〜ムダちゃ〜ん! クククッ、ヒャッハハハハッ!!」


「度が過ぎるぞ、ゼクス! それが実の弟に取る態度かッ!?」


「おいおい……何言ってんだよ姉貴、こいつは親父おやじ勘当かんどうされたんだろ? だったらよぉ……こいつは俺たちの弟でも何でもねー、ただの小汚こぎたねぇゴミ漁りじゃねぇか!」



 ツヴァイ姉さんがたしなめても構うことなく、ゼクス兄さんはゲラゲラと高笑いをあげながら俺を嘲笑あざわらっている。


 以前から何かと他人を見下した言動が多かった人だが、流石に今回ばかりは心底しんそこうんざりとした気持ちが湧き上がってきた。



「…………はぁ、冷やかしたいだけなら、俺はもう行くよ。“エンシェント辺境伯様”から街を出るように言われているからね」



 正直、このろくでなしの兄を一発ぶん殴ってやりたい。そんな感情を必死に抑えながら、俺はふたりに背を向けて屋敷の門へと向かおうとする。



 その時だった――――


わりわりぃ、そう不貞腐ふてくされんなよ。…………っと、あぁー、そうだ。だったら、詫びの代わりに()()くれてやるよ」


 ――――何かを思いついたかのように、ゼクス兄さんは俺に詫び代わりに渡したいものがあると言ってきたのは。



 その言葉に反応してしまった俺がもう一度だけ振り向いたのを確認するやいなや、ゼクス兄さんは腰に付けていた鞘から取り出した剣を俺に向かって放り投げてきた。


 ゼクス兄さんに放り投げられた剣はクルクルと小さく弧を描きながら宙を舞い、ものの数秒もしないうちに“ザクッ”っと少し鈍い音を立てながら俺の目の前に突き刺さった。



「なんのつもりですか、ゼクス兄さん?」


「だ~か~ら~、プレゼントだよ、プ・レ・ゼ・ン・ト! 揶揄からかっちまった詫びに~、そいつをくれてやるよ」



 怪訝けげんな表情で問い詰めた俺に対して、悪びれもなくプレゼントだと返すゼクス兄さん。正直、信用できないと思いつつも、俺は眼前がんぜんに突き刺さった剣を見る。


 随分ずいぶんと使い込んだのか所々(ところどころ)汚れや刃こぼれがあるものの、研ぎなおせば十分に使える筈、それが俺の率直な感想だった。



「どういう風の吹き回し、ゼクス? さっきまであんなにラムダのことをなじっていた癖に……!」


「まぁまぁ、そうカッカすんなよ姉貴。俺だって心配してんだぜ~、ラムダちゃんのこーと。それに、姉貴も見ただろ? ラムダちゃんの私物が全部焼かれちまってんのをさ~」


「それは、確かにそうだが……! 父様も父様だ、なにも私物まで全部燃やさなくても……!」


「だろ~? だから~、優しい俺様ちゃんは……ラムダちゃんにせめてもの贈り物をしてあげるってわけさ」



 俺の置かされた境遇きょうぐう、父さんが俺にした仕打ち、それらを上手うまく絡めこんで自分の行為の正当性を主張するゼクス兄さん。


 嫌味で悪辣あくらつだが、一応『心配はしている』と言わんばかりの恩着せがましい行為。


 だけど、例えこの行為がゼクス兄さんが優越感ゆうえつかんひたるための行為だったとしても、着衣と僅かな路銀ろぎんしか持ち物がない俺にはこの先を生き残るためにこの剣を受け取らない訳にはいかなかった。



「……分かりました。ゼクス兄さんのご厚意こうい、ありがたく頂戴ちょうだいします……」



 馬鹿にされている悔しさを必死に噛み殺し、感謝の言葉を口にしながら、突き刺さった剣を引き抜こうとした瞬間――――


「いや~、丁度よかったぜ。実は前回の任務でその剣、だいぶ汚しちまってな〜……捨てようかって思ってたんだ。だからさ、ラムダちゃんにはお似合いだろ……拾うの好きだもんな……『ゴミ』を拾うのがさ……ッ!」


 ――――耳元でそうささやいて挑発してきたゼクス兄さんの顔面を、我慢できずに俺は思いっきりぶん殴ってしまった。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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