第331話:目には目を歯には歯を
「あいつがノアの言っていたもう一人の“人形”……トネリコ=アルカンシェルか……!」
『その通り、僕がトネリコ=アルカンシェルだよ。よろしくね、ラムダ=エンシェント君』
――――強襲要塞【トロイメライ】作戦会議室、そこに設置された画面に映し出された少女・トネリコ。彼女の登場によって作戦会議室の雰囲気は慌ただしくなってきた。
女神アーカーシャ側に与したと思われる人物が“木馬”に接触を図ってきたのだ。それも、現在俺たちは機械天使の追跡を受けている。
「なんのようだ、トネリコ! オレたちの邪魔をするんじゃねぇ! さっさと消え失せな!」
『まぁまぁ、そう邪険にしないでよ、ホープ。同じ試験管で培養された“仲間”でしょ、僕たち』
「仲間だと友好を謳って右手を差し出しながら、残った手に隠し持った機械天使と言う刃物を突き付ける。相変わらずの無表情っぷりね、トネリコ……!」
『逆に君は感情表現が豊かになったようだね、ノア? 随分とイレヴンに感化されたようだ』
ノア、ホープは画面に映るトネリコに向けて厳しい視線を向けている。ただ敵対関係にあるからでは無さそうだ。もっと根深い、在り方そのものに根ざした対立があるように見える。
その因縁が何かは俺には分からないが、このままではノアもホープもトネリコの術中に嵌まるだろう。彼女からは人間らしさは感じられない、言葉選びもどこか軽薄だ。ノアやホープが“希望”に向けて必死に足掻くタイプの性格なら、トネリコは“絶望”に浸かって何もかも諦めている。そんな印象を感じた。
それがトネリコがノア達と相容れなかった原因だろう。
『僕の精神鑑定は済んだかい、ラムダ君? そうとも、苦しみに塗れた“希望”を目指すよりは、心地の良い“絶望”のぬるま湯に浸かりたい派なんだよ、僕はね……』
「それで俺たちに敵対するつもりか、トネリコ=アルカンシェル? どうやらお前は最初からセブンスコード卿たちが俺たちに与すると判断していたな?」
『あぁ、それは勿論、女神アーカーシャも同じ考えだよ。ウィンター君たちは必ず君たちの仲間になる、そして君たちは彼等を必ず拒絶しない。まったく、人間は分かりやすいね』
「僕たちの裏切りはやはり読んでいたか……」
『うん、だから予めラファエルを監視に付けておいたのさ。でも、監視には気付けなかったよね? 僕の開発した“生体波動追跡”ならたとえ瞬間移動しても相手を追えるからね……』
トネリコは根本的な部分で人間を信用していない。恐らくセブンスコード卿たちは女神アーカーシャに『逃走者たちの追跡』を命じられていたのだろう。そして、セブンスコード卿たちはそれを承諾した、俺たちと接触する事を真の目的と定めて。
そして、女神アーカーシャとトネリコは彼等がラストアーク騎士団に加わると判断していた。つまり、彼等は初めから“釣り餌”として使われていた事になる。最初から、トネリコは俺たちの居場所を掴む目的だけでセブンスコード卿たちを泳がせていた。
『さて、じゃあ質問の時間だ――――何処に向かっているのかな、君たちは? 其処に何が在るのかな?』
「…………!」
『うんうん、何人かは焦った表情をしたね。やっぱり……ただの逃避行じゃ無いね。その“木馬”はただのおまけだ。何か……本命を隠してあるね、ノア、ホープ?』
「――――チッ!」
『そう言えば、“神託戦争”の影に隠れて国家予算を横領して、君は何かを造っていたね、ホープ? あぁ、たしか、次期主力戦艦のコンペティションに負けてお蔵入りになった筈の戦艦ラストアークの設計図をノアから預かったのも君だったっけ?』
目的は俺たちを抹殺することじゃ無い。彼女の真の目的は俺たちが向かう先あるもの――――戦艦ラストアークだ。
詳しい経緯は不明だが、ホープは古代文明時代に戦艦ラストアークの設計に携わっていたらしい。そして、その事を覚えていたトネリコは俺たちの行き先に目算を付けたのだろう。
『行き先はアルカ・ナディア氷界域……其処に戦艦ラストアークが在る……違うかな?』
「トネリコ……貴女は何を考えているの? 貴女はアーカーシャに恨みは抱いていないの?」
『恨み……? どうしてだい? 僕が嫌いなのは人間だよ? その人間を一度駆逐したアーカーシャを恨む理由が何処に在るんだい?』
「てめぇ……それでも人類の恒久的平和の実現の為に造られた“人形”か!?」
『そうだけど? だから僕は女神アーカーシャと協定を結んで今の世界の安定化を目指すのさ。その為にも、君たちに戦艦ラストアークを渡すわけにはいかないよ。アレは僕が有効に使わせて貰うとするよ……』
トネリコには人間に個人的な恨みを抱いている。そして、そんな人間を一度滅ぼして、再構築した上で管理する女神アーカーシャの理念に共感しているようだ。
故に彼女は戦艦ラストアークを女神アーカーシャへと献上する気らしい。
無論、俺は例の戦艦ラストアークの性能を知らないから、戦艦がトネリコに奪取される事がどれだけの脅威になるかは断定できない。だが、ノアとホープが冷や汗を流している以上、非常にマズい事態に陥るのは確実だろう。
『さて、聴いたかい、ラファエル? 彼等の目的は判明した。アルカ・ナディア氷界域にはミカエルを向かわせる。君は“木馬”を破壊するんだ。いいね?』
『承知しました、アルカンシェル。量産型、全機攻撃形態に移行。急襲要塞【トロイメライ】を破壊せよ……!』
「おい待て、トネリコ! てめぇは『イレヴン』の――――」
『言っただろ、僕はぬるま湯のような“絶望”が心地良いのさ。じゃあ、久々に会えて良かったよ。さようなら、安らかに眠ると良いよ……』
「切られた……! ホープ、機械天使が攻め込んでくる! 急いで迎撃準備にかからないと……!!」
そして、俺たちを追跡するラファエル率いる機械天使の軍勢に無慈悲な殲滅命令は下されて、トネリコの通信は途絶した。
その瞬間、激しい爆発音と振動が“木馬”に襲い掛かってきた。命令、受けたラファエルたちの攻撃が始まったのだろう。艦内の照明は一気に落ちて緊急事態を示す赤い照明が代わりに点灯し、警報が鳴り響き始める。
「心配すんな、てめぇ等! この“木馬”には光量子による強固な障壁が張られている! ちょっとやそっとの攻撃じゃ落ちはしねぇ! ノア、てめぇが指揮を取れ! それがてめぇの本職だろ!」
「――――っ! ラストアーク騎士団、我が精鋭よ、今こそ再起の時! ラファエルたちを退けてアルカ・ナディア氷界域に急行、ミカエルに奪われる前に戦艦ラストアークへと到達します!!」
最早、一刻の猶予も残されていない。
ホープに指揮を促されたノアは俺たちに向けて戦闘に突入する事を宣言した。その瞳には教会で見せていた後悔はもう見えない。彼女も覚悟を決めたのだろう。
ホープが用意したラストアーク騎士団と言う“再起の翼”――――それを背負う覚悟をしたのだ。
「遠距離攻撃が可能な者は甲板に出撃して機械天使の迎撃、近接型は対空砲を使用し“木馬”の防衛に当たりなさい! そして、ウィル=サジタリウス、貴方は【大天使】ラファエルの牽制を……!!」
「やれやれ、おじさんに大役を任せるなんて、ノアちゃんは随分と人使いが荒いねぇ……」
「貴方の狙撃技術はホープから聞かされています。今回の戦いは追手から此処【ステューディム渓谷】と言う限定空間での逃走戦です。此処でなら、私は貴方の性能を十二分に引き出せる……!!」
「なら……おじさんも頑張ろうか! 精々おじさんを有効に使ってくれ。期待しているよ、ノア=ラストアークちゃん……!」
ノアからの指示を受けて慌ただしく動き出すラストアーク騎士団。此処でやられれば今までの苦労は水の泡、王都から逃げ延びた人々も守り切れない。だからこそ、皆、決死の想いで戦いに赴こうとしている。
「ラムダさんは私と共に医務室へ!」
「ノア……? どうして俺だけ……」
「右眼と左腕が無いと不便でしょう? ホープから新しい“観測眼”を譲って貰いました! 今から貴方を十分に戦える状態にします……!」
「――――ッ! 分かった、頼む……!!」
「オレが用意した進化した演算装置だ! そいつで機械天使どもも、トネリコの奴もぎゃふんと言わせてやりな! やられっぱなしは趣味じゃねぇだろ?」
「あぁ、奴らに一泡吹かせてやる……!!」
そして、俺は失った右眼と左腕を治すためにノアと共に医務室へと向かう事になった。どうやらホープが右眼用の演算装置を新しく融通してくれたらしい。
欠損さえ補えれば俺はまた自由に戦える。
教会ではホープたちに救われた。今度は俺が彼女たちを救う番だ。共に世界へと羽ばたく仲間として。




