第330話:もう一人の人形
「ノア、ホープ、機械天使の襲撃はどうなっているんだ!? 状況を教えてくれ!」
「今から説明するとこだ、てめぇも黙って席につけ! ノア、画面を付けろ!」
「分かっているってば! いちいち私に命令しないで、貴女に私への命令権は無いわ、ホープ!」
――――強襲要塞【トロイメライ】、作戦会議室。艦の船首側上層区画にある場所に俺は駆け込んでいた。女神アーカーシャの差し向けた追手が迫って来ているからである。
作戦会議室は百人程が腰掛けれるように長テーブルが設置された大学の講義室のような構造をしている。そして、部屋の最奥にある壇上に立つのはホープとノア、戦術指揮を担当する二人だ。
俺が到着した時にはすでにラストアーク騎士団の面々や、【ベルヴェルク】のみんなが席に着いてノアたちによる事態の説明を待っていた。そこに俺が現れた事で漸く話が進みだしたのだろう。ホープに指示をされたノアは珍しく『命令をするな』と彼女への反発をしつつも目の前にある教卓の操作盤を迷いなく操り、作戦会議室の照明を落として部屋を暗くしてきた。
そして、直後にノアたちの真後ろにあった画面が点灯。“木馬”の外の様子を映したと思われる映像が表示され始めていた。
「――――って、お日様は出てないから真っ暗だし、吹雪のせいで映像が不鮮明なのだ……」
画面に映し出されたのは夜明け前の、吹雪が吹き荒れる渓谷の様子だ。
視界が悪く、ハッキリとは読み取れないが、景色が手前から奥に流れているのを見る限り映像は恐らくは“木馬”の船尾に設置されたカメラからのものだろう。
「まぁ、焦んなや、アウラ。高感度・高倍率・高解像度のカメラを甘く見るなよ。今から映像を拡大するからな」
「はいはい、映像拡大っと……!」
「おっ、吹雪に紛れて何か飛んでいるね? 数は五百ほど……教会を襲っていた例の機械天使って兵器かな?」
「……んっ、もう気が付いたのか、おっさん? 流石は狙撃手だな、眼が良い」
「本当だ、見えてきたのだ!」
ノアによって画面の映像が拡大された瞬間、そこに映し出されたのは微かに朱く光る無数の発光体。機械天使の装着したバイザーの“一つ目”から放たれる光だ。
その数は五百、ウリエルが率いていた軍勢よりもさらに多い。率いるのは【大天使】ラファエル、王都襲撃の際に姿を見せていたアーカーシャ直轄の機械天使だ。
ラファエルの“一つ目”から不気味に浮かび上がる光を認識した瞬間、作戦会議室にいた全員が息を呑んだ。
「どうやって連中はあたし達の居場所を補足したの? 可哀そうな話だけど、オリビアは失明したのよね? トリニティ卿、あんたも元聖女でしょ? そっから女神アーカーシャに居場所を割られた可能性ない?」
「私はすでに女神アーカーシャとは接続が切れています。それに、念の為にホープさんから支給されたバイザーで視界情報は制限を掛けていますよ、ヘキサグラム卿……」
「そっか……なら、セブンスコード卿たちがつけられたとか? 元々、三人ともあたし達の追跡を命じられていたんでしょ? 連中がダモクレス騎士団の団長の『離反』を考慮していないなんてありえないと思うけど……」
追撃は予想していた。問題はラファエルがどうやって俺たちを補足したかである。教会ではオリビアの身体を乗っ取った女神アーカーシャによって潜伏場所が特定され、ウリエルに襲撃をされてしまった。
しかし、教会での襲撃の要因となったオリビアは自傷によって失明し、女神アーカーシャの視覚掌握は効力を発揮できなくなった。現在のところ、意識の乗っ取りも起こっていない。女神アーカーシャの干渉が無いのは元聖女であるトリニティ卿も同様のようだ。
他に考えられる可能性は『教会から出発してすぐに“木馬”が補足されていた』か『セブンスコード卿たち経由で居場所が割れた』かである。
前者については可能性は低い。教会から発つ時に周囲の哨戒は念入りに行われていた。広範囲の索敵を得意とするアウラの愛梟・ミネルヴァにも反応は無し、シャルロットの“千里眼”でも敵影は捕捉できなかった。
なら考えられるのは後者、セブンスコード卿たちを基点にして居場所を割り出したかである。
「僕たちは密偵活動は行っていない。それに関してはエンゲージさんとノアさんが保証してくれる筈さ」
「あぁ、保証する。ウィンター達には発信機の類は付けられていなかった。尾行や追跡は難しいだろう。オレたち“人形”の同型であるトネリコ=アルカンシェルが提唱していた『生体波動追跡』でも使わない限りはな……」
「トネリコ=アルカンシェル……! そう言えば、そのような名前の人物を女神アーカーシャは冷凍睡眠から目覚めさせようとしとったのぅ……」
「へー……へ〜……じゃあお前等のせいだな。おい、ノア、どうやらトネリコの奴は女神アーカーシャ側に付いたらしいぜ?」
「あっ……あ~……これはマズい! まさかトネリコまでいるなんて〜……! それにサンクチュアリさんの言っている事が正しいなら彼女は……」
そして、どうやらラファエルが“木馬”を追跡できたのはセブンスコード卿たちに原因があるらしい。
トネリコ=アルカンシェルなる人物の『生体波動追跡』と呼ばれる技術が使われているようだ。原理は全く分からないが、ノアとホープが懸念する以上、高度な技術を用いたものになるのだろう。
『やぁやぁ、お呼びかね諸君? お待ちかねの僕がやって来たよ。さぁさぁ、画面にご注目〜♪』
「画面が乗っ取られていますわ!? ノアさん、どうなっているのですか!?」
「分かってますって、シャルロットさん! あわわ、外部からハッキングされている〜!? 私の組んだセキュリティを突破するなんて、間違いなくトネリコ=アルカンシェル本人だ〜!」
「“管制者”……相変わらずのようだな、あいつ……!!」
そして、ノアとホープの二人が『トネリコ』の名を聞いて顔を顰めた瞬間、作戦会議室にある画面を乗っ取って一人の少女が姿を現した。
淡い翡翠色の髪、血を零したような朱い瞳、右肩に刻まれた個体識別用の紋様、肩を曝け出したシャツと黒いミニスカートを纏った少女。
「トネリコ……てめぇも生きていたのか……!」
『久しぶりだね、ノア、ホープ。また会えて嬉しいよ』
「トネリコ……!」
彼女の名はトネリコ=アルカンシェル――――ノアと同じ時期に開発された“人形”の一人。そんな古代文明の少女の姿が画面に映し出されていた。




