第323話:ラムダ=エンシェントと言う名の男
「オリビア、しっかりしろ、オリビア!!」
「…………」
「ラナ、ラナッ! オリビアの治癒を頼む!」
「は、はい! すぐに取り掛かります!」
――――オリビアの身体を乗っ取った女神アーカーシャによる攻撃。それをオリビアの精神は無理やり食い止めて、あろう事か自分自身に向けて放ってしまった。
凝縮された魔力の塊を顔に直撃させたオリビアはその場で崩れ落ちるように倒れ込み、抱きかかえた俺が呼び掛けても返事の一つもしない状態に陥っていた。
「怪我が酷い……眼球から出血している……」
「ラナ……オリビアは大丈夫なのか!? お願いだ、彼女を死なせないでくれ!」
「分かっています! この教会で……もう誰も死なせる訳にはいきません!」
女神アーカーシャの意識を追い出す為に死ぬ気で攻撃を受けたのだろう、オリビアは閉じた両目から血を流してぐったりとしている。辛うじて息はあるが、それだけだ。処置が遅れれば手遅れになってしまう。
それを察したラナが慌てて治癒魔法を掛け始めたが、それが間に合うかどうかも分からない。
「シャルロット、千里眼で索敵を頼む! わざわざオリビアの身体を乗っ取ったんだ、追手が迫っている筈だ!」
「ラ、ラムダ卿……残念ですが、私たち、すでに包囲されていますわ……機械天使の大軍が……」
「――――ッ! 戦闘可能な者は表に! 負傷者、支援担当は教会に残って避難者をなんとしてでも守り抜け! ラナ、オリビアを頼む!」
「ラムダ団長……オリビア師匠は必ず助けます! ラムダ団長は貴方にしか出来ない責務を果たしてください!」
そして、教会はすでに包囲されている。シャルロットの“千里眼”が捉えたのは、教会を囲んでいるであろう機械天使の大軍。女神アーカーシャがオリビアの眼を通じて場所を特定し、軍勢が押し寄せてきたのだろう。
聖堂内に描かれていた王都へと続く『転移陣』はすでに行き先を失って役目を終えている。
つまり、俺たちに退路はもう無い。
残された道は機械天使の軍勢を押し返して逃げることだけだ。それを全員、嫌という程に理解して、全員が即座に行動を起こし始める。
ノアの側に立て掛けてあった聖剣を手に俺は聖堂の扉に手を掛け、ミリアリアたち戦闘職がそれに続いていく。出陣したのは俺、ミリアリア、コレット、リリィ、レティシア、ジブリール、エリス、シエラ、キャレット、リヴ、ネオン、シャルロット親衛隊二十名、ツェーネル率いる第二師団六名、総勢三十七名。
残りのアウラたち支援職、負傷者たちは聖堂内に残り避難者達の防衛に当たる。状況をひっくり返すにはあまりにも心許ない人数だ。
「よぉ、また会ったな、ラムダ=エンシェント……! アーカーシャからの信号を受信して来てやったぜェ!」
「お前は……ウリエル……!」
「アッハハハハ! 主機は運が良いらしいな! 偶然、近くを哨戒していたお陰で、こうして一番乗りだ!!」
そして、状況は絶望的だ。
教会から飛び出した俺たちを待っていたのは、王都で目撃した【大天使】の一角であるウリエル、その配下と思しき機械天使の軍勢だった。
数にして三百機、無慈悲な天使たちは翼を白く輝かせ、“一つ目”を朱く光らせて、俺たちをジッと凝視している。その威圧的な光景を見た瞬間に、俺の後ろのミリアリア達が固唾を呑んだのが分かった。
「量産型ども、全機攻撃準備だッ! 半分は上空から斉射攻撃、残りは主機と共に殲滅を掛けるぞ! 一人も残すな、一切残さずに殺せ! アッハハハハ!!」
「出ろ、e.l.f.! もう負傷は治っているな? “駆動斬撃刃”――――展開!!」
「起動、起動、起動――――e.l.f.、起動開始します!」
「主機はラムダ=エンシェントを殺る! 量産型どもは取り巻きを潰せ! 斉射組は教会に隠れた鼠を炙り出せ!!」
ウリエルの合図と共に動き出す機械天使――――半数は上空に上がり、翼を広げ、両手にビーム兵器を構えている。王都を壊滅させた一斉掃射攻撃を行うつもりだ。
そして、残りの半数はウリエルに続くように突撃を開始、まっすぐ俺たちの元へと向かってき始めた。ウリエルたちは俺たちを直接叩き潰すつもりのようだ。
「右眼も無ぇ、左腕も無ぇ今のテメェが主機に勝てると思ってんのか!?」
「勝つ、勝たなきゃならない! みんなを生かして逃がすことが俺の責任だ!! 押し通らせて貰うぞ、ウリエル!!」
「やれるもんなら、やってみな!! 動力炉駆動! 高出力斬砲撃兵装【神炎】―――起動ッッ!!」
「破邪の聖剣【シャルルマーニュ】――――起動ッッ!!」
お互いに手にした大剣を輝かせながら俺とウリエルは激突を開始。それと同時に上空から光の弾丸が降り注ぎ始め、教会前では騎士たちと天使たちの戦闘が勃発し始めた。
激しい戦闘音と爆撃音が響き渡る中で鍔迫り合いに縺れ込む俺とウリエル。彼女が手にした【神炎】と呼ばれた大剣は紅く発光しながら高熱を帯び始めている。刀身の内部に格納した何らかの機構で熱量を得ているのだろう。
刀身の間近にいるだけで皮膚が焼かれそうになる。
「うっ……熱い……!」
「だろうな! さぁ、主機に見惚れていると骨まで焦げ付くぞ!!」
「剣が重い……左腕が無いとまともに戦えない……!」
加えて、ウリエルの大剣の圧力に俺はあっという間に圧され始めていた。
固有スキルの効果で手にした聖剣は合成樹脂のように軽く振るう事ができる。しかし、アーティファクト製の義手である左腕が無いせいで、今の俺の剣術には圧倒的に“重量”が不足している。
右腕の腕力と固有スキルによる同調率を加味しても、ウリエルの出力を上回る事は出来なかった。すでに俺の身体は海老のように反り返ってしまっている。このままではすぐに倒されてしまう。
そう思って俺は後ろに素早く跳躍、ウリエルの攻撃を躱そうとした。
「馬鹿が! そうやって回避行動を取らせるのが主機のやり口さ! 【神炎】、砲撃形態へと移行――――発射ッ!!」
「なっ、大剣が割れて――――うわッ!?」
だが、俺の行動はどうやらウリエルの想定した動きだったようだ。
ウリエルは所持していた大剣の切っ先を此方へと向けると大剣を変形させた。刀身は真っ二つに割れ、裂け目から姿を現せたのは砲口。彼女のもつ武器【神炎】のもう一つの姿だろう。
砲口から放たれたのは真紅に輝く光量子の砲撃、それがまっすぐ俺に向けて飛んできた。
「―――つあッ!?」
「ご主人様、ご無事ですか!?」
「俺は気にするな、e.l.f.! 駆動斬撃刃で上空の機械天使を牽制し続けろ!!」
「ですが……このままではご主人様が……!!」
幸い、間一髪の所で聖剣を盾にして攻撃を防ぐことが出来た。だが、吹き飛ばされた俺はそのまま教会の扉へと叩き付けられて、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。
王都での台詞からウリエルたち女神アーカーシャ直轄の【大天使】は幾重にも改造を重ねて強化されている事が分かっている。単純な出力が違いすぎる。重ねて、俺は左腕を失って本領を発揮できない。どうやら俺は勝負の土俵にすら立てていないらしい。
「呆気ねぇな、ラムダ=エンシェント? まぁ、無理はねぇ、主機たちを相手にして王都から逃げ果せた時点で“大金星”なんだ……」
「俺は……まだァ……!!」
「周りを見てみな、お前の大切な仲間ももうすぐ死ぬ! これが現実だ! 世界を統べる女神に逆らったちっぽけな蟻が辿る末路だ!!」
「うっ……みんな……」
俺へと迫りくるウリエルに促されて周りに視線を向ければ、其処には残酷な現実が広がっていた。
ミリアリアたちも機械天使の圧倒的な手数を前に為す術なく地に伏せられ、教会には絶えず上空からの攻撃が降り注いでいる。
まだ聖堂はアウラたちの張った結界に守られていて、シリカとアケディアスが空中で懸命に機械天使の攻撃から教会を守っている。だが、二人では大量の物量攻撃を防ぐことは叶わず、白く発光する障壁にもヒビが入り始めている以上、長くは保たないだろう。
「もう暫くすればミカエルたちも到着する。そうなりゃ詰みだ! 諦めろ、お前の負けだ!」
「…………」
「だが、よく戦った、主機はお前の反逆を称賛しよう! そして、敬意を払い、一撃で首を刎ねてやる……!!」
すでに戦局は決している。
王都から逃げ延びて疲弊した俺たちではウリエル率いる機械天使の軍勢には敵わない。そして、じきにミカエルたちも合流する事が判明している以上、事態は悪化の一方を辿るばかりだ。
故に、ウリエルは『諦めろ』と諭すように語り掛けてきた、無駄に抵抗しても苦しみが増すばかりだと。そして、彼女は称賛した、俺たちの戦いを。
「…………まだだ………まだだッ!!」
「テメェ……まだ……!」
けど、それは違う、この戦いは称賛には値しない。
「俺は……俺は……!! まだ諦める訳にはいかない! 死んでいった人たちの無念に応える為にも! 未来を託して散って逝った人たちの想いに応える為にも! 過去に絶望したノアに明るい未来を観せる為にも!! 俺は……まだ立ち止まれない!!」
「テメェ……往生際の悪い奴だな!!」
此処で俺が死ねば、今までの旅は全て無駄になる。
死んでいったアインス兄さん達の想いが全て無駄になる。それは、たとえ誰もが許したとしても、俺が絶対に許せない。
「俺は騎士じゃ無かった、けどそんな俺を信じてくれた人がいた! 俺には“星々の騎士”を名乗る資格は無かった、けどそんな俺を必要としてくれた人がいる! なら! ならば!! 俺は――――決して屈しない!!」
もう、挫けるのはやめよう。もう、諦めるのはやめよう。もう、絶望するのはやめよう。今こそ、俺は一人の男として立ち上がる時だ。
たとえ翼をもがれても、脚があるのなら立て。
たとえ腕が斬られても、その口に剣を咥えろ。
たとえ心を砕かれても、何度でも這い上がれ。
それが、俺が負うべき責任だ。それが、俺が果たすべき誓いだ。それが、ラムダ=エンシェントの生き様だ。
「俺を殺せるのは無慈悲な裁きのみ! この首が欲しくば心して掛かってこい、機械天使! 我が名はラムダ=エンシェント――――偽りの世界を支配する神を殺す者だ!!」
「さっきまでと雰囲気が違う……内部出力が急上昇している……!? 馬鹿な……土壇場で覚醒したのか……!? くっ……量産型ども、遠慮はするな、一斉攻撃でラムダ=エンシェントを討ち取るぞ!! こいつは危険だ!!」
どうしてだろうか、心臓がとても熱い。心臓のアーティファクトが反応しているのだろうか。けれど、高鳴る鼓動が、今までよりも身体に馴染む。
迫りくる機械天使の大軍、絶望的な盤面だ。だけど、不思議と怖くない。もしかしたら死ぬかもしれないのに、心の奥底から勇気が湧いてくる。
「みんなと一緒に生きたい、みんなと一緒に何処までも行きたい! だから、俺は戦うんだ!!」
右手で聖剣を握り締めて、ウリエル達に向かって走り始める。刺し違える気は無い、自己犠牲を払う気ももう無い、ただ勝とう、勝って先に進もう。
それだけが、俺の望みで、俺の贖罪だ。
「くたばっちまえ、ラムダ=エンシェントォォ!!」
「させません――――“天城越え”!!」
「喰らいなさい――――“極光閃”!!」
「なに、背後から攻撃だと……うぉぉおおおお!?」
そして、そんな俺の想いに応えるように、彼女たちがその姿を現した。
ウリエルの背後から飛来した白く輝く斬撃と、白く輝く光の槍による攻撃。その攻撃によってウリエルを囲んでいた量産型の機械天使は一気に破壊され、ウリエルはその衝撃で姿勢を崩してしまった。
「“光量子充填弾”――――装填ッ!! ぶっ飛びなァ――――“真・獄狼氷牙”!!」
「なっ――――グォオオ!?」
「あれは……まさか……!!」
その瞬間、ウリエルの目の前に現れた白銀の少女。
彼女が右腕に填めた篭手が煙を吐いて獣の遠吠えのような唸りを上げ、それと同時に放たれた少女の鉄拳が目の前の機械天使の頬を強打し、ウリエルは勢いよく吹き飛ばされて地面へと叩き付けられた。
そして、呆然とする俺たちの前に姿を晒したのは三人の見知った顔。
「トリニティ卿……ルリ……あと魔王軍の幹部……! 二人ともやっぱり生きていたんですね! あと魔王軍の幹部の人も!」
「エイダ=ストルマリアね! なんで忘れてんのよ!?」
「よぉ、久し振りだな、ラムダ! 助けに来たぜ!!」
「遅くなってすみません、ラムダ卿! トトリ=トリニティ、エイダ=ストルマリア、ルリ=ヴァナルガンド、ただいまより加勢します!」
トトリ=トリニティ、エイダ=ストルマリア、ルリ=ヴァナルガンド――――『アーティファクト戦争』の中で行方を暗ませた者たちが、俺たちの目の前に立っていたのだった。




