幕間:リティア=ヒュプノスが命ずる
「オイこら、くそガキ! 回復薬ぐれぇ持ってんだろ!? さっさと俺たちに持ち物を寄越せや!!」
「お、お願いします……乱暴にしないでください!」
――――弱肉強食、強者は暴利を貪り、弱者は一方的に搾取される。それはどこの世界、地域、組織に於いても変わらず、ましてや明確な『実力』が明示されたこの世界の強者弱者の力関係は想像を絶する。
“迷宮都市”エルロル、地下迷宮【インフェリス】第一階層。複雑に入り組んだ石造りの迷宮の一画で、今まさに強者による搾取は行われていた。
二人組の冒険者の男たちと、そのふたりに暴行を受けて地面に蹲る黒髪の少年――――名はリティア=ヒュプノス。冒険者となってまだ一年のリティアは冒険者ランクもEと低く、日夜高ランクの冒険者たちからの執拗なイビリを受けていた。
そして、この日もまた、迷宮で魔石を探していたリティアの見つけたお宝や所持品を狙って、ふたりのDランク冒険者が彼に因縁をつけて襲ってきたのだ。
「オラオラ!! 死にたくなかったらさっさと有り金全部寄越せや、ハーッハッハッハ!!」
「もう少し……もう少し、耐えれば……!」
リティアは暴漢たちの暴力にじっと堪える。
ただ、リティアの我慢は嵐が過ぎ去るのを待つのでは無く、より大きな嵐が来るのを待つための『演技』に過ぎなかった。
「何をしている貴様ら? よってたかって少年をいたぶるなど、感心できんな」
人気の無い迷宮の片隅、暴漢たちの罵声と暴行の音だけが響いていた場所に静かに響くは凛々しき女の声。
「誰だ、邪魔すんのは……って、テメェ……まさか……ア、アンジュ=バーンライト!?」
「な、アンジュ=バーンライトだと!? エ……Sランクの冒険者じゃねぇか!? そんな奴がどうしてこんな所に……」
自分の背丈ほどもある大剣を背負い、竜種の鱗で繕われた高価な鎧に身を包んだ金髪紫眼の女戦士――――彼女の名はアンジュ=バーンライト、冒険者ギルドの数少ないSランクの凄腕冒険者。
「迷宮の入口からその少年を付け狙うお前たちが目に入ったのでな。後を付ければこのざまとは嘆かわしい」
「う、うるせぇ!! 弱ぇコイツが悪んだよ! やられるコイツが悪いんだ、違うか?」
ふたりの暴漢を睨みつけるはアンジュの三白眼。
その怒り、哀れみ、正義感が折り混ざった鋭い眼に怖気づいた男たちは『殴られるリティアの方にも問題がある』と自己弁護を始め、責任を倒れて蹲ったままの少年へと擦り付けようとする。
「いいや、お前たちが悪い。いかなる理由があろうとも……弱いものいじめは、やったほうが悪い!」
「「――ヒッ!?」」
断罪、糾弾、制裁――――暴漢たちに向けられたアンジュの言葉には慈悲の心は無く、彼女は拳をポキポキと鳴らしながらゆっくりと彼等へと歩み寄る。
S級冒険者、アンジュ=バーンライトは理不尽な暴力を何より嫌う。故に、ひ弱なリティアをいたぶる暴漢たちに対して、彼女の怒りは燃え上がる炎の様に滾っていた。
そして、切羽詰まった暴漢たちがアンジュへ抵抗しようと懐から短剣を取り出そうとした瞬間――――
「な、何がS級冒険者だ!! ふたりでやっちまえば――――ッ!?」
「悪いが……お前たち二人がかりでも私には敵わん」
――――いっきに距離を詰めたアンジュが放った鉄拳がふたりの顔面に炸裂した。
「すごい……これがS級冒険者……!」
リティアの目の前で二人の暴漢は気を失って倒れた。アンジュの鉄拳を顔面にまともく食らい、悲鳴を上げる間も無く意識を失ったのだ。
少年の目の前には鼻血を流しながら伸びた二人の暴漢が倒れている。そして、二人の傍らに立つのは凛々しく髪を掻き上げるアンジュ。
「ふぅ……大丈夫か、少年? 随分と痛めつけられたみたいだな?」
「ありがとうございます……! 流石はS級冒険者さん、強いんですね」
アンジュに差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと立ち上がったリティアは服に付いた埃を払いながらアンジュへと礼を伝える。
「なに……ただのお節介さ。昔から弱いものいじめをする輩は嫌いでね。さっ、歩けるか?」
「大丈夫です! そうだ、助けて貰ったお礼をしないといけませんね……!」
「お礼……? 言っただろう、これはただのお節介だ。礼など不要……」
「いいからいいから! さっ、この『プレート』を見つめて下さい……アンジュ=バーンライトさん」
礼はいらないと遠慮するアンジュの言葉を遮って懐からある物体を取り出したリティア。
「何だ……その四角い硝子の板は?」
白い金属の枠に囲まれた硝子のプレート。それをアンジュに見せびらかす様に、リティアはそのプレートを自分の眼前へと翳す。
「よぉ〜く観てて下さいね? 貴女を誘う“眼”を……!!」
「硝子の中に眼が……?」
怪しく笑うリティアの合図と共に、赤い光を放ち、硝子の中心に浮かび上がる眼の様な紋章。
全ての準備は整い、今――――リティアの欲望は溢れ出す。
「リティア=ヒュプノスが命ずる――――『アンジュ=バーンライト、僕の下僕となれ』!!」
ほんの一瞬、眩く閃光を放つ硝子のプレート。その光に充てられた瞬間、アンジュの動きは完全に静止した。
覗き込む様な姿勢で固まったアンジュ。瞳から光は消え失せ、糸の切れた人形の様に彼女は動かなくなり、ただただリティアの次の行動を待つばかり。
そんな彼女の姿に快感を感じたのか、リティアは口元をにやりと歪ませて邪悪な笑みを浮かべ始める。
「さて……質問だよ、アンジュさん? 君は……誰の『所有物』かな?」
そして、リティアの口から発せられらのは、アンジュを“物”として扱った暴言だった。
不躾な質問、人間の尊厳を踏みにじった問い掛け、著しく礼節を欠いた物言い。人のことをまるで“物”の様に扱ったリティアの言葉。
本来のアンジュであれば、すぐさまにでも激昂しかねない下賤な言葉だ。
「…………はい、私は貴方の忠実な下僕です……リティア=ヒュプノス様……」
しかし、アンジュの口から返ってきたのはリティアに対する隷属の誓い。彼女は自らをリティアの『所有物』であることを肯定した言葉だった。
「――――くっ、くふふ……あはははははは!! やった、やったぞ!! あのS級冒険者のアンジュ=バーンライトが僕の物になった!!」
虚ろな瞳でリティアを主と認めたアンジュの姿に、欲深き少年は無邪気にはしゃぎまわる。
「――――本物だ!! このプレート……高レベルの冒険者でも絶対に催眠に掛ける事が出来る!! くっ、くくく……適当なチンピラ2匹を催眠に掛けてまで演技したかいがあった……!!」
彼がどんなに醜悪な本性を曝け出したとしても、既にアンジュの耳には届かない。
アンジュに抵抗する意思は無く、リティアに身体を弄られても尚、彼女は直立不動を保ったまま動かなかった。
「僕好みの顔、僕好みの身体、そして手に余るほどの実力。ずっっと、アンジュを僕のものにしたかった……!! これで、君は僕のものだ……これからよろしくね、アンジュさん?」
「はい……なんなりとお申し付け下さい……ご主人様」
「くふふ、くふふふふっ……あーはっはっはっは!!」
迷宮の片隅で木霊する欲に塗れた少年の笑い声。
迷宮都市エルロルに渦巻く欲望――――リティア=ヒュプノスの野望はまだ始まったばかりであった。
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