第2話:追放
『神授の儀』で職業【ゴミ漁り】とスキル【ゴミ拾い】を与えられてから僅か数時間後の夕方、屋敷に戻った俺は応接室でエンシェント家からの絶縁と領地であるサートゥスの街からの追放を父さんから言い渡された。
「エンシェント家は騎士の家系。故に、騎士に非ずはエンシェントの者に非ず。ましてやゴミ漁りなどと言う下賤な身分の者など言語道断! 即刻、この領地から去り、二度と『エンシェント』の名を名乗ることを禁ずる。良いな、ゴミよ?」
「はい、父さ――――」
「お前はもうエンシェントの人間ではない。誰の事を“父”だと気安く呼んでいるのだ……んっ?」
「――っ、申し訳ございません……エンシェント卿」
文字通りの“ゴミを見るような目”で淡々とそう告げる父さん。
その無慈悲な宣告は、父さんにとって最早、目の前の息子はなんの価値もない存在なんだと言う事実を如実に俺に突き付けていた。
俺はその追放宣告に異を唱えることも出来ず、剰え、目の前にいる実の肉親を“父さん”と呼ぶことすら許して貰えなかった。
そして、俺を汚らしいゴミの様に蔑んでいたのは、父さんだけじゃなかった。当主である父さんの座る立派な机、その傍らに立つメイド長と、応接室の中央に置かれたソファーに腰を掛けていた当主の妻、母さんまでもが部屋のドアの前に立たされた俺に怪訝な表情を向けていた。
「貴方はもうエンシェント家の息子でも、私の息子でもありません。早くこの屋敷から出ていって頂戴ッ!」
俺の事を可愛がってくれた母さんはもういない。そこにいたのは、俺を早く捨てたがっているエンシェント辺境伯の妻だった。
「貴方はもう坊ちゃまでも、ラムダ様でもありません。エンシェント家の名を騙っていた汚らしいゴミです」
俺の面倒を生まれた時からずっと見守ってくれていた優しいメイド長はもういない。そこにいたのは、屋敷の主たちの為に俺を早く掃除したがっている使用人の姿だった。
「殺されないだけ有情だと思え。そして今すぐ私の前から消え失せて、日陰で一生ゴミでも漁っていろ」
俺が敬愛した、俺がその背中を追った父さんはもういない。そこにいたのは、俺が消えるの今か今かと待っているエンシェント辺境伯の姿だった。
「……ッ! も、申し訳……ございません……」
日陰で一生、ゴミでも漁っていろ。
そんな屈辱的な言葉に唇を噛む程の悔しさを感じながら、それでも俺は頭を下げて赦しを乞い続けるしかなかった。
けれど、多分、俺は赦されないのだろう。
父さんも母さんもメイド長も、俺の謝罪の言葉にもはや誰も一切の反応を示さず、ただ、俺と言う“ゴミ”が早々に眼前から消え失せるのを眉間に皺を寄せて待っているだけだったのだから。
それを嫌というほどに理解して、失意と絶望の中で俺は踵を返して応接室のドアに手を掛ける。
「今まで、こんなゴミみたいな自分を……育ててくれて……ありがとうございました……」
最後に、それでも、今まで共に過ごした時間だけはかけがえのないものだったと信じて、ゆっくりと開いていくドアを見詰めながら、感謝の言葉を伝えて俺は応接室を後にした。
「ようやく行ったか……全く、とんだ期待外れのゴミだったな」
応接室の扉の向こうから聴こえてきた父さんの声に、血が出るぐらいに唇を噛み締めながら。
「あぁ……俺はこれからどうすれば良いんだ……?」
15年住んだ我が家から締め出され、夕暮れに照らされた玄関のドアにもたれながら、ため息交じりに途方に暮れるしか俺には出来なかった。
「職業【ゴミ漁り】、スキル【ゴミ拾い】ねぇ……」
今日の出来事が、悪い夢であって欲しいと内心願ってそう呟きながら、俺は右手を空にかざしてガラスプレートの様な小窓を出現させる。
スキル【二次元の閲覧者】――――『神授の儀』によって女神から与えられる全人類共通の術式。
自身の【個人情報】、【能力値】、【職業】、【保有技能】、【技能レベル】など、自身を示すあらゆる情報を立体映像として表示させる事が出来、更には取得した【ライセンス】すら表示できる、所謂“身分証明証”となるスキルだ。
「うゎ……ほんとに出せるようになってる……」
目の前に現れた立体映像にほんの少しだけ感心しながら俺は恐る恐る、自身のパーソナルの項目を開いて内容を閲覧する。
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名前:ラムダ=■■■■■■【※上位権限により名字削除】
年齢:15 総合能力ランク:Lv.11
体力:100/100 魔力:20/20
攻撃力:90 防御力:50
筋力:50 耐久:30
知力:110 技量:90
敏捷:60 運:20
冒険者ランク:なし 所属ギルド:なし
職業:【ゴミ漁り:Lv.1】(成長ボーナス無し)
固有スキル:【ゴミ拾い:Lv.1】
保有技能:【二次元の閲覧者】
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「はぁ……やっぱゴミ漁りなんだな。ってか、名字削除されてるし……どうやるんだか……」
ウィンドウに表示されていたのは、今日の朝には想像すらしていなかった、自分の理想とは程遠いラムダ=エンシェントの現実。
それを見て余計な心の傷を受けて、俺は大きく項垂れてしまった。
消された『エンシェント』の名前を見て、もう自分が完全にこの家から居場所を失ったことを改めて痛感して、俺はトボトボと屋敷の門へと向かって歩き始める。
「碌な装備も道具もない、宿屋に泊まるだけの路銀もない、ましてや生活に役立つスキルもない! ナイナイづくしとは……先が思いやられるよ」
持ち出せた私物はいま着ている礼服と腰にぶら下げた巾着袋に入った僅かな路銀のみ。
俺の残りの私物や家財道具の一式は、庭園の隅っこで狐の尻尾が生えたメイド渋い表情をしながら全て焼却していた。
「あの剣、今日……貰うはずだった…………」
無造作に積み上げられ、メラメラと燃えて灰と炭になっていく俺の荷物。その中に、俺は一振りの小綺麗な剣を見つけた。
それは本来、俺が『神授の儀』で騎士の職業を与えられた祝いの品として、父さんが街一番のドワーフの鍛冶師に打たせた剣だった。
「あぁ……うぅ、あぁあああああ…………ッ!」
その剣を見つけた瞬間、俺の中で悔しさと悲しさが溢れ出て、嗚咽と動悸が止まらなくなっていった。
『この剣はな、お前の為に大枚叩いて打たせた一級品だ! これをお前が振るう日が楽しみだ!』
昨日、ほんの昨日の、父さんの嬉しそうな言葉が脳裏に蘇る。俺が騎士になった証、俺が認められた証、俺の未来を象徴する筈だった証、それが俺の目の前でゴミになっていく。
一度も手にすることなく、一度も振るうことなく、無価値で無意味なゴミになっていく。
そして、新品だったラムダ=エンシェントの剣は燃え盛る炎に耐えられなくなって、『バキンッ!』と金属が砕ける音と共にバラバラに砕けてゴミになってしまった。
まるで、その剣の担い手になる筈だった俺の『末路』を暗示するように。
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