第256話:VS.【暴食の魔王】ルクスリア=グラトニス④/ 〜Beast Beat〜
「ウォォオオオオオオオ!!」
「これは……ラムダ=エンシェントの【オーバードライヴ】か……! だが……アケディアスと殺りやった時に観測したよりも出力が上がっている!?」
自らの“魂”を燃料にする【魂喰い・自壊】――――レティシアとガンドルフが披露した禁断術式。それを俺も発動し、【オーバードライヴ】の起動へとこぎ着ける。
身体の中にある何かが燃えていくような感覚。身体は熱を帯びていくのに、何かが失われて冷めていく感覚が意識中に纏わりつく。
『さぁ、あなたが恐れる“死”が観えてきましたよ? 戦いなさい、戦いなさい、戦いなさい……死神の手があなたの“魂”を根こそぎ喰らう前に……!!』
心臓を鷲掴みにされるような感覚が襲い掛かり、頭の中で死神の声が響く。俺に背後から迫る“死”の足音、それから逃げるように俺は意識を目の前に浮かぶグラトニスへと集中させていく。
【魂喰い・自壊】による自食は長くは保たない。所詮はただの“誤魔化し”、それで簡単にグラトニスを倒せるなら苦労なんてしない。
「ふんっ……自食作用による最後の抵抗のつもり? なら……さっさと引導を渡してあげようじゃないか!! “喰魔”……形態変化……!!」
グラトニスは俺の本気に動じる事は無い。ただ、獲物が最後の抵抗を見せるだけだと思っている。
実際にその通り、これは俺の最後の抵抗だ。この【オーバードライヴ】で仕留めきれないと俺はグラトニスに敗北する、そして死ぬだろう。それ決死の反撃をグラトニスも承知して、彼女もさらなる攻撃態勢へと移行していく。
空に向かって掲げられたグラトニスの左腕は奇声を発しながら“メキメキ”と骨が軋む音を立てて変形していく。大きく開かれた口内から出現したのは、舌が変形したと思われる黒い砲身。
「クッフッフ……喜びなさい、ラムダ=エンシェント! この私の独自の技をお披露目してあげるわ!! 決戦兵装――――“十三使徒”起動!!」
グラトニスが『神授の儀』によって授けられた力で独自に開発したと思われる武装【十三使徒】。その内の一つである砲身が俺へと向けられた。
聴く者の正気を蝕む不気味な奇声を発しながら砲身に魔力を集束させていくグラトニス。その魔力量は先程の比じゃない。
「私にも退けない理由がある! 女神に見棄てられて何の意味も無く死んでいった同胞達の無念を晴らす責任が私にはある!! 故に……私は“大悪”となりて世界を討つ!!」
それはルクスリア=グラトニスと呼ばれた少女の『覚悟』の現れ。彼女がどんな境遇で過ごしたかは知らない、きっと俺よりも過酷なものだろうと察する事しか出来ない。
けれど、気持ちは分かる。グラトニスにも命を賭してでも、世界から“魔王”と蔑まれても叶えたい『夢』があるのだろう。まるで、“傲慢の魔王”と呼ばれてでも『夢』を叶えたいと思う俺のように。
「ラムダ=エンシェント……私の『夢』を邪魔するな! 魔力放出――――“金羊毛殉教砲”!!」
「聖魔一体……“破 邪征服”!!」
そして、譲れぬ『夢』を護る為に俺たちは激突する。
グラトニスの左腕から放たれたのは黄金の光、幼き躯体から放出されたとは考えられない質量を帯びた超重量の攻撃。
それを聖剣と魔剣で受け止めた瞬間、足下の空中要塞『メサイア』の右ウィングが衝撃波でぐしゃぐしゃに歪んでしまった。
「ぐぅぅ……重い……!! 【オーバードライヴ】を発動しているのに……押し込まれる……!!」
「あらゆる魔物を喰らって、溜めに溜めた魔力よ! 今の私は“太陽”すら凌駕するエネルギーの塊と知りなさい!!」
甲板が衝撃に耐えきれず、音を立てながら窪んでいく。聖剣と魔剣もグラトニスの尋常ではない量の魔力量を吸収し切れていないのか、悲鳴をあげながらひび割れていっている。
このままでは俺が押し切られるだけだ。それが分かってしまって、少し心の中に“諦め”と言う邪念が過ぎる。
『クフフ……クフフフフ! 決死の反撃でその様ですか? 呆気ない、実に呆気ない! 早く諦めたらどうです? 諦めて光に飲み込まれれば、もう苦しまずにすみますよ?』
俺の中で“死”を囁やく死神の誘惑だ。
彼女が俺の中で『来たれ、汝甘き死の時よ』と蕩けるような声色で囁いているせいだ。俺をあの世に連れて行こうと、俺の背中を手で引っ張りながら。
気持ちが沈んでいく、身体が死んでいく、精神が犯されていく。グラトニスでした抗おうとする俺の“牙”が少しずつ折られていくのが分かる。
『ラムダ=エンシェント……よく頑張りました。もうグラトニスの軍勢は瓦解しました、後はアーカーシャ教団の教皇ヴェーダによる“粛清”によって彼女は滅されて終わるでしょう。もう……あなたが頑張らなくても良いのですよ?』
飛ばされまいと踏ん張った脚を、剣を必死に支える肩を、強大な敵に死物狂いで喰らいつく意志を、俺の全てを腑抜けさせようと死神が耳元で囁やく。
もうグラトニスは終わりだ、もう俺が頑張らなくともいい、死を受け入れれば苦しまずに済むと。
《ラムダさん、ラムダさん、聴こえますか!? 私の声が届いていますか!?》
けれどまだ諦めれない。ノアの声が耳に届く内は、まだ諦めてはいけない。彼女を世界の果て、女神アーカーシャの居る場所まで送り届ける。その約束を果たすまで俺は諦める事は許されない。
それが、棺に眠るノアを呼び起こす『選択』をした俺の負うべき『責任』なのだから。
「ぐぅぅ……アァァ……ウォォオオオオオオオ!!」
「ラムダ=エンシェント……まだ諦めないの!? さっさと潰れろ、諦めろ、死んで楽になれ!! お前が始めた『物語』は私が責任を持って連れて行ってやる!」
「俺は……ノアの騎士だ!! 俺が……彼女の旅を最後まで見届けるんだ!! お前にも……誰にも……ノアは連れて行かせない!!」
「馬鹿な男! たかだか人形一体の為に命を賭けるの? 世界を敵に回すの? 背負っている『覚悟』が違う、死んでいった『価値なき人々』の無念を背負った私の方が“救世主”に相応しい!!」
俺はノアの為だけに命を賭ける。世界を救うなんて高尚な精神は持ち合わせていない。グラトニスのような大層な覚悟なんて持っていない。
けれど、そのノアが征く路が茨の道なのだとしたら、その茨を全て斬り拓くのが俺の務めだ。
「だから……ノアの前に立ち塞がったお前を……俺が倒す!! 聖剣、魔剣、起動開始……! 魔力解放、反射――――“金羊毛殉教砲”」
「なっ……!? 私の技を模倣したの!? くっ……きゃあああああ!?」
だから、まだ諦めない。
崩れ行く身体も、折れそうになる精神も、手招きする死神の声も、全部無視して俺は剣を振るう。斬撃と共に刀身から放たれたのはグラトニスが放つ黄金の光。散々に撃ち続けたグラトニスの魔力を限界いっぱいまで喰らって溜めた決死の反撃。
撃ち返した砲撃はグラトニスが撃ち続けている砲撃えお見る見ると押し返して、異変に気付いたグラトニスが咄嗟の回避に移る前に彼女を捉えてそのまま空中要塞『メサイア』へと押し込んでいった。
「ハァ……ハァ……ハァ……ウッ、ゲボッ……ゲボッ……!」
「ご主人様、頭部装甲を脱いで! これ以上の吐血は危険です!」
「あぁ……そうだな……」
空中要塞『メサイア』に消えたグラトニスが出てくる気配は無い。その事を確認した俺はe.l.f.に促されるままに頭部装甲を脱ぎ捨てて、その場に崩れるように膝をつく。
視線を落とせば其処には夥しい量の血が流れている。これでまだ死んでいない事の方が驚きなぐらいに。
「ご主人様、【オーバードライヴ】の解除を! このままだとあなたが死んでしまいます!」
「駄目だ……まだグラトニスは倒せていない……! まだ戦いは終わっちゃいないんだ……!!」
e.l.f.は【オーバードライヴ】を解除するように促しているがそれは出来ない。グラトニスは視界から姿を消したが、決してあの程度で倒せてはいない。せいぜい手傷を負わせたぐらいだろう。
まだ気を脱いてはいけない、それだけは確信を持てる。
『何を呆けている? まだ我らの“宴”は終わってはおらんぞ? 模倣再現――――“引風”!!』
「この声……グラトニス! うっ……身体が吸い寄せられる! うわぁぁああああ!?」
そして、俺の予感は的中した。
不意に聴こえたグラトニスの声と共に俺の身体は風に連れ去られるように浮かび上がり、そのままグラトニスが吹き飛ばされた空中要塞『メサイア』の穴へと吸い込まれるように飛ばされていく。
獣国でリンドヴルムがガンドルフを盾にする時に使っていた風の術式、それをグラトニスが使ったようだ。その風に煽られるように空中要塞『メサイア』の中へと誘われた俺はそのまま乱暴に壁や天井に身体を打ち付けられながらずるずると引き摺られて要塞内部を進んでいく。
「ぐっ……! 此処は……?」
「此処は……空中要塞『メサイア』の動力炉のようです、ご主人様……!」
そして、最後に天井に乱暴に打ち付けられて床に叩きつけられて開放された俺の視界に映ったのは、空中要塞『メサイア』の心臓部とも言える場所だった。
真っ暗で無機質な部屋、要塞の各部に赤い稲妻状の動力を送る透明な管、部屋の中央で不気味に輝く赤い宝玉が装置に繋がれていた。
「なんだ……あの宝石……? 獣の鳴き声のような異音を発している……?」
「これこそ獣国ベスティアに眠っていたアーティファクト【第六永久機関】……! この空中要塞『メサイア』を動かす“獣の心臓”よ!」
「グラトニス……! そうか……獣国ベスティアにお前が居たのはそのアーティファクトの存在をルシファーに聞かされていたからなんだな……!!」
「その通り……! クフフ……その筋は世話になったな?」
装置に繋がれたのは手乗りサイズの硝子玉、アーティファクト【第六永久機関】。どうやら獣国ベスティアからグラトニスが秘密裏に持ち出した遺物らしい。
合点がいった、通りで『獣国の公現祭』の時にグラトニスの姿が無かった訳だ。グラトニスは“獣の心臓”を組み込んで空中要塞『メサイア』を起動させたのだろう。
「クフフ……ゲフッ……! よくも私に傷を……まさかあんな“手品”が使えるとはね……!」
アーティファクトを安置した装置に手を掛け、口から血を流しながら笑みを浮かべるグラトニス。見たところ重傷では無い、だが彼女の自慢の左腕の怪物は先程の反撃技で負傷を負ったのか少し弱々しくなっていた。
それでもグラトニスが怖気づく事は無い。むしろ彼女の闘争心は一層に上がっているようにも感じられた。
「クフフ……クハハハハハハ!! あなたの本気、しかと見届けさせて貰ったわ! 次は……私が本気を見せる番ね?」
「そのアーティファクトを左腕に咥えて何をする気だ!? ま、まさか……!?」
「そのまさかよ!! “獣の心臓”……まさしく魔王の炉心にピッタリ似合うと思わない? “喰魔”――――捕食せよ!!」
そして、グラトニスの左腕の怪物は赤く輝く宝玉をガブリと喰らい呑み込んで、“暴食の魔王”の心臓に“獣の心臓”を送り込むのだった。
「ウゥゥ……ウォォオオオオオオオ!!」
「e.l.f.……嫌な予感がする……」
「同感ですね、ご主人様……私もです……!」
左腕から心臓へと送られた赤い宝玉がグラトニスの心臓と混じり合った瞬間、動力炉に鳴り響いた獣の鼓動。それと同時にグラトニスから溢れ出した禍々しいまでの赤い魔力。
高圧的だったさっきまでのグラトニスの魔力とはまた違う、荒々しく野性的な獰猛に吠え猛るような獣の魔力。それがグラトニスの全身に駆け巡っていく。
「フーッ、フーッ、フーッ!! では……ここからは『狩り』の時間だ――――【魔王顕現】……発動ッッ!!」
そして、全身から赤い魔力を嵐のように噴出しながら、グラトニスは遂に本気を出してきたのだった。




