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第254話:VS.【暴食の魔王】ルクスリア=グラトニス②/ 〜Lust Heart〜


「割れた頭部装甲ヘルメットから見える素顔が凛々しくて素敵じゃな〜、ラムダ=エンシェントよ? しかし、儂が好いておるのは蒼玉サファイアのような左眼なのじゃ……! どれ、もう少し顔を焼こうかの……」

「くっ……右眼を潰したぐらいでいい気になるなよ、グラトニス! 俺は……まだ負けちゃいない……!!」



 魔王グラトニスとの決戦、剣と剣の鍔迫つばぜり合いの中で放たれた赤い光によって俺の右眼から光は再び失われた。


 右眼からドロリとした血が流れているのが分かる、針で刺されたような鋭く喰い込むような痛みが走る、視界は半分に欠けて右側は何も視えない。



「この……可変銃ヴァリアブル・トリガー――――発射シュートッ!!」

「無駄じゃ……! 模倣再現――――“暴風障壁テンペスト・バリア”!!」


「なっ……うわッ!?」

「儂を可愛いだけの童子どうじと侮るなよ? お主の目の前に居るのは最強の“魔王”たる者と心得よ……!」



 それでも、半分になった視界で懸命にグラトニスを補足して腰部に取り付けた可変銃ヴァリアブル・トリガーによる自動射撃を敢行したが、グラトニスが自身の身体の周囲に展開した風の障壁バリアによって弾丸は明後日の方向へと飛んでいってしまった。


 そして俺自身も風に煽られて大きく飛ばされてしまう。俺とグラトニスの距離は二十メートルほど、一瞬で詰めれる距離だ。


 挨拶代わりの撃ち合いは終わり、次は仕留める為の一撃を撃ち込む『隙』を見抜く段階に移行した。前回、獣国ベスティアで遭遇した際、グラトニスはノアに背後を取られ、俺とノアを『生け捕り』にすると言う執着を疲れて醜態を晒した。


 だが、今回は違う。グラトニスは最初に俺を『殺す』と宣言している。間違っても腕を切り落として無力化して満足ではすまないだろうし、右眼を潰された俺に対してグラトニスは攻め手は休むことは無さそうだった。


 故に隙を探るのは慎重に、そしてグラトニスが隙を晒した瞬間からは迅速果断で。そうでなければ俺は勝てないだろう。



「さっきからリンドヴルムやアケディアスの技を多用している……! グラトニスのスキルか……!?」

「くっふっふー、察しが良いのう。そうとも、儂は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スキルを有しておる。名を【術式喰らい(スキル・イーター)】……まぁ、お主が拾った『ゴミ』から他者のスキルを継承ラーニングするようなものじゃ!」



 先ずはグラトニスの手札を読む所から。焦りを感じたような表情で俺が『何故アケディアスやリンドヴルムの技を使えるのか?』と問えば、グラトニスは勝ち誇ったような表情で自らの能力の一端を漏らした。


 名を【術式喰らい(スキル・イーター)】――――その身、もしくはあの左腕で『喰らった』スキルや術を会得する効果を持つグラトニスの固有ユニークスキルに付属した力。恐らくは『ゴミを拾う事でスキルなどを取得できる』俺の固有ユニークスキルと似た効果を持っている。


 そのスキルを駆使して、グラトニスは魔界【マルム・カイルム】の頂点にまで上り詰めた。



「なるほど……何でも喰らう、正しく“悪食あくじき”の王だな……!」

「そうとも……魔界の最下層の『ゴミ山』の中で生まれて、死臭のする死体を喰い漁って得た力じゃ……!!」


「ゴミ山で……」

「ラムダ=エンシェントよ……お主は知らないだけ、本当の『底辺』を! 泥と糞尿に塗れた地獄の中で這いつくばった『私』の気持ちなんか想像も出来ないでしょ!?」



 グラトニスの感情は揺らぎ、彼女は取り繕った『魔王グラトニス』の仮面の下の“素顔”を覗かせながら俺をなじる。俺は本当の『地獄』を知らないと。


 確かにそうだ。俺はその実、旅立った日からトントン拍子で【王の剣】まで上り詰めている。ノアと出会い、オリビア達に支えて貰いながら、乗り越えられる程度の苦痛を乗り越えて、成長した気になりながら。


 俺はまだ知らない、世界に蔓延った『不条理』を。



「だから……じゃからこそ、儂の方がお主よりも強い! 固有ユニークスキル【色欲魅了ラスト・ハート】発動……!!」

「これは……獣国ベスティアの時の……!? うっ……身体が動かない……視線も逸らせない……!?」


「くっふっふー! 無機物すら意のままに従わせる最上位の“魅了チャーム”じゃ! 今度は手加減はせん、今すぐに自害をさせてやる……!!」

「駄目だ……右眼カレイドスコープが壊れたせいで【自動操縦オート・パイロット】が機能しない……!?」



 そんな『不条理』を体現したかのようにグラトニスの両目はピンク色に妖しく輝き始め、俺の身体は視えない鎖で縛られたように動けなくなってしまった。


 “暴食の魔王”が持つ“魅了チャーム”のスキル。それが彼女の根幹を成すもう一つの力。


 そのスキルを発動させたグラトニスは言葉に魔力を乗せて俺に命令を下す。愛しき恋人に『愛』を囁やくように。



「ルクスリア=グラトニスが命ずる――――『その心臓を捧げよ』!」



 グラトニスが俺に命じたのは心臓を捧げよと言う自害命令。俺の心臓に組み込まれたアーティファクトを奪うつもりだろう。


 その命令は甘くとろけるような快感と共に耳から脳髄へと伝わり、甘い菓子のような香りと多幸感が意識を支配していく。心臓を抜き出せなんて馬鹿げた命令ですら甘美な行いだと錯覚させて。



「うっ……身体が勝手に……!?」

「前回の獣国ベスティアでの邂逅の時にお主の防衛機構セキュリティは解析しておる。抵抗は無駄じゃ……さぁ、さぁさぁさぁ、儂に身も心も捧げるが良い!」



 俺の身体はグラトニスの命じるままに動く。


 左手は俺の意思に反して動き、手にしていた魔剣をグラトニスへと放り投げて、そのまま空いた手の爪を鎧越しに俺の胸へと突き立てる。



「ご主人様、何をやっているのですか!?」

「身体が……言うことを聞かない……!」

「くっふっふ……その心臓のアーティファクトも儂に献上してもらうぞ! 何もかも儂に差し出せ、身を委ねろ、お主の御魂みたま……いざ貰い受けん!!」



 俺に拒否権は無い、このままグラトニスの命じるままに自分の心臓を抜き取って差し出してしまうのだろう。


 その光景をグラトニスは受け取った魔剣を抱き締めながら見守っている。俺が死ぬのを待っているらしい。



「残念じゃな〜! 素直に儂に隷属していれば長生きできたものを……!」

「それは…………俺の台詞だ!! 決戦術式【事象切断コンフュルム・フェノメノン】、事象廻帰発動――――魅了解除!!」

「んなっ……なんじゃと!? 儂の“色欲”の権能を弾いたのか!?」



 けど、獣国に続いて二度も同じ失態を許すほど俺も愚直じゃ無い。グラトニスに対抗する為の手段は用意してある。


 決戦術式【事象切断コンフュルム・フェノメノン】――――二つの【時の歯車(クロノギア)】を用いた対事象防御。俺に対して起こり得るあらゆる干渉を()()()()()()()()するスキル。


 ノアがかねてより考案していた“対グラトニス”用の切り札。獣国ベスティアで強襲された際は【時の歯車(クロノギア)】を持っていなかったせいで日の目を見せれなかったが今は違う。


 術式の発動によってグラトニスに掛けられた“魅了チャーム”は巻き戻しによって『掛けられる直前の状態』まで廻帰して無効化され、自由を得た俺の反撃が始まる。



「獣国での借りを返させて貰うぞ、グラトニス!! 魔剣解放――――“憤怒焔獄イーラ・アルデアト”!!」

「なっ、熱っつッッ!? 魔剣が発熱を……!?」



 俺の命令に従って“神殺しの魔剣”【ラグナロク】の刀身は熱を帯びて朱く発光を始め、その高熱に腕を灼かれたグラトニスは慌てて魔剣から手を放す。


 驚いた表情のグラトニスの視線は彼女の手から零れ落ちた魔剣に注がれている。その一瞬の隙を見逃してはいけない。



「魔剣駆動、灼き斬れ――――“地獄の番犬(ケルベロス)”!!」

「魔剣が一人でに……小癪な!! 喰え、“喰魔ベルゼブブ”――――【魔力喰らい(フォース・イーター)】!!」



 俺の指示と共に魔剣はその刀身をさらに朱く燃やして輝き、グラトニスの頭部に向いた切っ先から灼熱の光を発して攻撃を加えた。


 至近距離からの灼熱の熱線を浴びせられたグラトニスだったが、彼女はすんでの所で光と顔の間に左腕を割り込ませ、大きく開かれた怪物の口で魔剣からの光を喰らうのだった。



「戻って来い、魔剣よ……! 俺を甘く見るなよ、グラトニス……!!」

「つッ……少し顔が焼けたな……! よくも儂の顔に傷を付けたな、褒めてやるぞ“アーティファクトの騎士”よ! じゃが……その決戦術式、()()()()()()()()()()?」

「…………ッ、その通りだ、長くは保たない。だから、その前にお前を倒す……!!」



 グラトニスに大きな怪我は無い、せいぜい皮膚が熱で少し赤みを帯びたぐらいだ。攻撃の殆どを左腕の“喰魔ベルゼブブ”と呼ばれた怪物に喰わせたらしい。


 そして彼女の指摘通り、この決戦術式【事象切断コンフュルム・フェノメノン】は莫大な量の魔力エナジーを消費する。俺の心臓での生成量が追いつかないほどに早く。


 加えて、俺は二回の死闘を経たせいで既にズタボロの状態。その死にかけの身体での決戦術式の行使は“死に急ぐ”行為そのものだった。俺の口から溢れ出た血液が、消えた手脚の感覚が、薄れゆく意識が、俺の命が風前の灯火ともしびであることを警鐘のように報せていた。


 それをグラトニスも察しているのだろう。彼女はくすりとわらいながら、血反吐を吐く俺を眺めていた。



「ルシファーとアケディアスを退けて尚、儂に喰らいつく気概きがいは見事じゃ! 殺すには惜しい……実に惜しい……くふふ……くーっふっふっふ!!」

「そうやって執着を見せるとまたノアにしてやられるぞ……()()()()()?」


「ラムダ=エンシェント……儂の名を軽々しく口にするな……!! 儂は“暴食の魔王”グラトニスなるぞ!」

「気に()()()()()()か? だが……それがお前の本質だろう、“愛玩人形ルクスリア”……!!」



 そんなグラトニスの表情が一気に険しくなったのは、俺が彼女の名を口にした瞬間だった。


 ルクスリア――――その名に隠された『真実』こそが、魔王グラトニスが『仮面』で隠した秘密。“暴食の魔王”と呼ばれた少女が神殺しを目論んだ『犯行動機ホワイダニット』。



「俺はお前を愛さない、俺が愛する女性ひとはお前じゃ無い! 諦めろグラトニス……“色欲の魔王”ルクスリア!!」

「クッ……クククッ……アハハ……アハハハハハ!! そうか……そうか、そうか、そうか!! ラムダ=エンシェント……お主は『儂』では無く、『私』と相見える事を望むのね?」



 ルクスリア=グラトニス――――魔界マカイを統べる“暴食の魔王”にして、情愛を振り撒く“色欲の魔王”。色香で男女をたぶらかし、欲望のおもむくままに劣情をむさぼる悪童。


 この世界で唯一、二つの魔王としての権能を有した突然変異の怪物。それが彼女の正体。



「私の正体を知った上で、私を愛さないと言うのなら致し方なし! その身体も、その心も、その“魂”も、全て微塵に砕いて喰らって、我が腹の中で溶け合って――――永遠の“揺り籠”の中で私が愛してあげましょう!!」



 内に眠る本性を、空が薄闇に包まれ程に溢れ出した魔力と共に曝け出した『ルクスリア』が笑う。


 永遠の処女、飢餓に苦しむ餓鬼、愛されるだけの人形、愛を喰らって増長する怪物、魔界マカイに生まれた魔王。



「ラムダ=エンシェント、私があなたを愛してあげるわ!! 一つに溶け合って、一緒に女神を殺して、自由に生を謳歌できる『理想郷ユートピア』を造りましょう!!」



 “色欲”をもてあそんだ穢れなき無垢な身体に“暴食”の衝動を宿し、“色欲”の本性を“暴食”の仮面で隠した少女。


 ルクスリアが遂に“牙”を剥き始める。

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