第26話:【吸血淫魔】リリエット=ルージュ
「街が……! 誰かが戦っているのか!?」
――――陽は地平線へと沈み行き、時は夜、オトゥール外縁部。
街に戻ってきた俺が見たのは、あちこちから火の手が上がり、人々が混乱の中で逃げ惑う混沌とした惨状だった。
「皆さーん! 落ち着いて、速やかにサートゥスへと避難してくださーいっ!!」
「街への護衛は俺たちが受け持つ! 急げ急げッ!」
「あぁ……せっかく、ギルドに『火炎茸』の収穫依頼を出したのに……店が、店がぁああああ!」
オトゥールの街で住民たちを誘導するサートゥス騎士団の少女、住民たちに寄り添って護衛を務めるギルドの冒険者たち、財産を失い嘆き悲しむ住人。待て、『火炎茸の収穫依頼』って俺たちが受けた依頼だった筈だ。
依頼主が街から避難したら報酬が受け取れないじゃ無いか。
「ゆ、許せねぇ……!! 苦労してキノコ集めたのに……六本しか見つかってないけど!」
街で何が起きているかは分からないが、少なくとも依頼の達成が困難になった以上、俺が介入するには十分な口実だ。
この騒ぎの元凶には痛い目にあってもらわないと気が済まない。
「あぁ!? 駄目です駄目です、いま街で危険な魔族が暴れています! あなたも避難してくださーいっ!」
避難する住人を押し退けて街へと向かう俺を制止しようとする騎士の声が聴こえたが、それを無視して奥へ奥へと走って行く。
依頼の件もそうだが、もしこの騒動の元凶がラジアータを襲った『ローブ姿の魔族』なら俺は止まることは出来ない。オリビアと約束したからだ、村人たちの無念を晴らすと。
「――ッ!! ゼ、ゼクス兄さん……!」
そして、オトゥールの中央広場に到着した俺が目撃した光景は壮絶な戦いの爪跡だった。
無惨に殺害されたサートゥス騎士団の騎士たち、崩落し所々から火の手があがる家々。そして、ローブ姿の女に首根っこを掴まれて瀕死の状態に陥った兄・ゼクスの姿。
「――――ガッ! く、くそ……が…………ッ!」
「あっはははは! よくここまで頑張ったわね、流石は『エンシェント』の血筋! すっごく生意気♡」
「テ、テメェ……俺たちこと知って……」
燃え盛る教会の屋根に立つローブ姿の女は、血塗れになったゼクス兄さんを宙づりにして愉悦に浸っている。
「ローブ姿……間違いない、あいつがラジアータを襲った魔族か!」
その残虐極まりない姿に、俺はあの女こそが一連の事件の黒幕だと確信した。あいつこそが、凶悪な魔物の軍勢を引き連れて【勇者】を狙った敵。
「せっかくエンシェントの騎士をいたぶれたし……このまま生命力を吸収して、ミイラ化したあなたをあの忌々しい竜騎士ツヴァイに送りつけてあげるわ」
「この、殺して……やる……!」
「くすくす……死ぬのはあなたの方よ、黒騎士さん? 固有スキル【吸血搾精】――――発動」
ゼクス兄さんの負け惜しみを嘲笑いながら、ローブ姿の魔族は背後から伸ばした尻尾の先端をゼクス兄さんの腹部へと突き刺す。
「グッ!? なんだこれ……気持ち悪ぃ……!?」
「くすくす……大丈夫♡ すぐに気持ち良く逝けるからね〜」
腹部に突き刺さった尻尾から何かを吸われ悶絶するゼクス兄さん。
その異様な光景は明らかに人命に直結するものだと容易に理解できた。
「あの尻尾……淫魔の!? くっ……光量子展開射出式超電磁左腕部――――射出!」
もたもたすればゼクス兄さんが殺されてしまう。
そう判断した俺は左腕をローブ姿の魔族に向けて勢いよく射出した。
しかし、左腕が直撃する直前――――
「ッ!?」
――――ローブ姿の魔族は身を翻して攻撃を回避した。
俺が左腕で掴めたのは奴が身に纏っていたローブだけであった。だけど、咄嗟に開始した事でローブ姿の魔族はゼクス兄さんから手と突き刺した尻尾を離した。
「外したか……! ゼクス兄さん、大丈夫!?」
大きく広げたローブの影に隠れ姿を暗ました魔族の行方を眼で追いつつ、俺は敵から解放され教会の屋根から地面へと落下したゼクス兄さんの近くへと走り寄る。
「ラ……ラムダ……テメェ、俺を助けたのか!?」
「悪い? たとえ昨日殺し合いした関係であっても……実の肉親を見殺しにするほど、俺は薄情な人間になったつもりは無いよ」
「あーそうかよ、そりゃありがたいこって……」
戦闘による傷、尻尾での吸収、落下によるダメージ。重傷と言える程の負債を負ったゼクス兄さんだったが辛うじて生きている。
「気ぃ付けな、ラムダちゃん。あの女、恐らく……」
「あら、随分と珍妙な腕をした坊やね……? クスクス……いったい何者かしら?」
不意に、上空から響く蠱惑的な女性の声。その声につられ俺が見上げた先には、ひとりの女が宙に浮かんでいた。
褐色の肌、魔性を帯びる金色の眼、長く尖った耳、先端がハート状に形成された尻尾、露出を多くした官能的な淫魔の装束、男を惑わす美貌。そして、肩甲骨と腰からそれぞれ生えた計四枚の翼、頭部と側頭部から伸びた四本の魔性の角。
「前に姉貴から聞いた。あいつは……魔王軍最高幹部のひとり【吸血淫魔】リリエット=ルージュだ」
「ヴァンパイア……サキュバス……!?」
魔王軍最高幹部・リリエット=ルージュ――――それが、一連の事件を仕組んだ黒幕の正体。
「お前が……森にガルムを放って、ゴブリンの部隊を指揮し、オーク達にラジアータを襲わせた魔族だな?」
「へー、そのことを知っているって事は……そう、あなたが私のかわいい下僕を全員殺ったのね?」
「だったら何だ? ラジアータの教会も無事に取り戻したぞ」
「そう……なら、私の計画の殆どが、あなたに邪魔された事になるのね……」
ガルム、ゴブリン、オーク――――多くの魔物を引き連れ【勇者】を狙ったルージュの策略。それを図らずも潰して回った俺に対して、彼女は静かな苛立ちを見せ始めていた。
「オトゥール郊外に陣を敷いた筈のゴブリン達が居ないから何事かと思ったら……。ふふふっ、まぁ良いわ、ゼクス=エンシェント――――『その坊やを殺しなさい』」
そして、ルージュからゼクス兄さんへと『俺の殺害』が命じられた瞬殺、重傷を負って動けなくなったゼクス兄さんの身体が動き始めた。
「身体が……言うことを効きやがらねぇ……!? “魅了”か……クソが……!!」
自分の意思を無視して、剣を片手に起き上がろうとするゼクス兄さん。淫魔が有するスキル【魅了】――――淫魔の“瞳”を観た者を意のままに従える催眠系統のスキル。
ゼクス兄さんはルージュの魅了に掛けられてしまったのだろう。なら、俺が取るべき選択は一つ。
「ごめん、ゼクス兄さん――――ッ!!」
「ラムダ……何を――――ごあっ!?」
俺はゼクス兄さんの頭部に思いっきり左腕でパンチを放ち、兄さんを気絶させた。
「えっ!? あなたのお兄さん、すごい勢いで地面に顔が半分埋まったけど大丈夫なの?」
「昨日も殴ったから大丈夫!」
「そんなこと聞いてないんですけど!?」
地面に顔を埋め、ゼクス兄さんは白目を剝いて気絶している。意識さえ失えば、ルージュの魅了に操られる心配も無いだろう。
「俺の名はラムダ! よくもゼクス兄さんを半殺しにしてくれたな! 覚悟しろ、リリエット=ルージュ!!」
「トドメはあなたなんですけど!? やだ……すっごい理不尽だわ、この子……!」
戦いの邪魔(ゼクス兄さん)はいなくなり、燃え盛る街に残るは俺とルージュのふたり。『神授の儀』の日から続いた因縁に、今こそ決着を付ける時だ。
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