第245話:最後の大罪
「ラムダ=エンシェントガ昇降機ニ乗リ込モウトシテイルゾ! 何トシテデモ止メルノダ!」
「ご主人様、敵がどんどん集まって来ますよ〜!? 早く昇降機を呼んで下さい〜〜!」
「分かっているけど、ボタンを連打しても中々降りて来ないんだよ! くそ、雑魚が邪魔だッ――――相転移砲【アイン・ソフ・アウル】発射ッ!!」
「オワーッ!? アノ攻撃ハ防ゲナイーーッ!?」
――――空中要塞『メサイア』内部、エレベーターホール。
ノアの囚われている管制室へと向かいたい俺は要塞の中央部に位置する巨大な広場に到達していた。長い廊下を抜けた先にあったのは円形状の区画、其処には要塞の各区画へと移動する為の昇降機が所狭しと並べられていた。
その内の一基、管制室へと直通しているものを見つけて上向きの矢印の描かれたボタンを押したが昇降機はすぐには扉を開かず、俺とe.l.f.は追手の機械兵の襲撃を受ける羽目になってしまった。
「ご主人様、次は右の通路から来ます! その五秒後には正面通路から敵が!」
「くっ……こいつ等どんだけ数が居るんだよ!? 倒しても倒してもキリがない!」
エレベーターホールから伸びている通路は四つ、この階層の各区画へと続く通路だろう。その通路の奥から俺を狙って機械兵達が大挙して押し寄せて来ていた。
攻撃を加えて一部隊を倒しても次から次へと現れる機械兵の軍勢。その際限の無さは下手な魔物の群れよりも遥かに恐ろしい。
個体ごとに見ればちょっと強めのゴブリンぐらいの強さしかないが、全機が漏れなくこの時代では『アーティファクト』扱いされる武装を所持している。ビームブラスター、感知式爆弾、光線銃、一発でも直撃すれば高温で皮膚や内蔵を焼かれて死に至るだろう武器だ。
出来れば相手はしたくない。
「殺傷能力に特化した兵器……こんなの日常的に撃ち合いしていたらそりゃ人類なんてすぐに滅びるだろうな!」
「危なッ!? ビームが掠りかけた……うえ~ん、クラヴィスの姐さんの背中に帰りたいよ〜〜(泣)」
「昇降機はまだか!? こうなったらありったけの火力で通路を全部崩してやる!」
「さっきそれやって無駄に時間掛かったじゃないですか! この要塞の素材、相当頑丈ですよ!」
これ以上、無駄な戦闘は避けようと、何度も通路を崩そうと天井や壁面に攻撃は加えているが効果は薄い。
どうやらこの空中要塞『メサイア』は内部での戦闘を想定して設計されているようだ。壁も天井もどれだけ攻撃しても大きく破損することは無く、ほんの少し破片が砕けたり窪んだりするだけだ。大火力を注ぎ込めば壊せはするだろうが、通路を塞ぐだけと言う目的の為に注ぐにはリソースが無駄に掛かり過ぎる。
大人しく機械兵の攻撃を凌いでいた方がまだマシだ。
「増援ガ来タゾ、コノママ数ノ暴力デ押シ潰セーーッ!!」
「まだか、まだかなのか? 早く来いよ昇降機……!!」
「むちゃくちゃボタン連打している……ご主人様って結構せっかちですね。あっ、やっと来た……!」
「よし、さっさと乗り込むぞ! 機械兵にはさっき拾った感知式爆弾をくれてやる!!」
そうこうしている間にやっと到着した昇降機。到着を知らせる電子音と共に開いた扉に飛び込んだ俺は広場になだれ込んで来た機械兵に向けて爆弾を投げ付けつつ、e.l.f.に開閉ボタンを操作させて昇降機の扉を急いで閉めさせた。
扉が閉まると同時に聴こえてきたのは爆発音と機械兵達の間の抜けた断末魔。それを微かに聞き届けながら昇降機は上階に向けて発進し、ようやく俺は僅かながらの休息の時間を得られたのだった。
「はぁ〜……疲れた……。コレットが持たせてくれた水でも飲もう……」
「うぇぇ……なんで私がこんな目に……? クラヴィスの姐さんと地下迷宮で番人している方が平和だった〜」
疲労からか立つことも億劫で昇降機の中でへたり込んで頭部装甲を脱いで、壁にもたれ掛かりながら装甲の腰部に装備していた水筒から水を飲む……ぐらいしか出来なかった。
昇降機はなんの騒音も無く極めて静かに動いているが、動き自体は非常に速い。仮に管制室が空中要塞『メサイア』の最上部に在ったとしてもものの数分で到着するだろう。
「ご主人様……顔色が悪いですよ……! オリビアさんが持たせてくれた回復薬もしっかりと服用して下さい!」
「違うよ、e.l.f.……身体が疲弊しているんじゃないんだ……もう精神が疲れた……」
「ご主人様……“強欲の魔王”アワリティアと戦っていたクラヴィスの姐さんも同じような愚痴を呟いていました……ちょうど【逆光時間神殿】でアウラさんと別れた数日後ぐらいでした……」
「旅立った日からずっと戦いっぱなしだ、こびり付いた血の匂いが取れる暇も無い、目の前で敵も味方もどんどん死んでいく……」
今いる場所が閉所空間だからだろうか、妙に不安な気持ちが大きくなってきた。或いは、さっきから上層から感じている途轍もない“重圧”に気圧されているからだろうか。
上階には間違いなく【大罪】の長であるアケディアス=ルージュが待ち構えている。ジブリールを瞬く間に処理した男だ、きっと苦戦を強いられるだろう。
そんな分かりきった先の『予測』に精神が疲弊していたのだろう。
「同じことをクラヴィスの姐さんも言って、夜な夜なぐずっていました。けど、姐さんは最後まで諦めなかった、自分の命の火が消えるその時まで……諦めはしませんでした……!」
「分かっている、俺だってまだ諦めてない、諦めたくない……! ノアの旅を終わらせるのが俺の使命なんだ……!」
「なら、暗い表情は心の奥底にしまって、“アーティファクトの騎士”に相応しい『仮面』で自分を着飾って下さい! その弱音は……帰ってからオリビアさんに聞いてもらいなさいな?」
「厳しいな、e.l.f.は……。分かったよ、もうちょっとだけ頑張るよ……!」
どれだけ弱音を吐いても昇降機は止まることなく俺を決戦の舞台へと案内していく。望まなくとも、死闘に臨まないといけない時が迫ってくる。
それを理解っていて、e.l.f.は俺を鼓舞したのだろう。かつて、勇者クラヴィスの相棒を努めた聖剣らしいやり方で。
けれど、e.l.f.に励まされてもう少しだけ頑張ろうと思う気持ちが湧いてきた。
水筒に残っていた飲み切れなかった水を頭に掛けて気持ちを切り替えて、再び頭部装甲を被って立ち上がって、敵味方から“アーティファクトの騎士”と畏敬の念を持たれた者としての『仮面』を被り、俺は昇降機が目的地に到着するのをジッと待った。
そして、微かに感じていた上へと登っていく感覚は治まり、扉はゆっくりと開かれて、俺の目の前に殺風景な通路が姿を現した。奥に微かに見える大きな障壁型の扉、その奥が管制室なのだろう。
その事をしっかりと認識した俺は、意を決してゆっくりと奥に向けて歩き出した。
「魔王軍最高幹部【大罪】、その最後の一人、【怠惰】アケディアス=ルージュ……ようやくここまで来れた……!」
故郷を追い出された『神授の儀』の日から始まった魔王軍との因縁。その最初の相手であった【復讐】のリリエット=ルージュから戦い続けた魔王軍最高幹部【大罪】との決着の時が近付いている。
唯一、手を下していない【凌辱】のエイダ=ストルマリアを除く五名全員と刃を交えた。そんな激動の旅路を歩むなんて誰が想像しただろうか。少なくとも俺はしていなかった。
もし、ノアと出逢わなかったら、うす汚く迷宮を彷徨う【ゴミ漁り】のままだったら一生関わる事の無かった相手と戦うこと。恐ろしくもあり、哀しくもあり、喜びもある。
誰かに認められたいと言う承認欲求を満たすこと、憧れ続けたアインス兄さんに空中要塞『メサイア』の攻略を任されたこと、オクタビアス卿にグランティアーゼ王国の行く末を託されたこと、その全てが精神を蝕む不安と拮抗して俺を突き動かす。
残す敵はアケディアスと魔王グラトニスだけだ。その二人を倒して、長く続いた因縁に終止符を打つ。
その決意を胸に、俺は管制室の扉の前に立って、決戦の幕が上がるのを待った。
「なっ……貴様は……“アーティファクトの騎士”ね! もう此処までやって来たの!?」
「ラムダさん……!」
扉の先にあったのは空中要塞『メサイア』の頭脳とも言える部屋。
大きな円形状の部屋、その壁面に並べられた複数の機器やモニター、部屋の中央に浮かぶ不毛地帯全域の地図を表示した立体映像、そして全周囲の窓から見えるのは広大な空と眼下に広がる不毛の大地。戦場を制圧するための管制室だ。
其処に居たのは三名の男女。天井から吊り下げられた鋼鉄の鳥籠に囚われたノア、そのすぐ近くで機器を弄るメイド服を着た青いツインテールの“悪魔”ゼブル=ベルゼビュート。
そして、管制室の中央に備えられた指揮官用の座椅子に座すは――――
「よく来たな、歓迎するぞ……“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント……!」
「アケディアス……ルージュ……!!」
――――魔王軍最高幹部【大罪】の最後の一人、アケディアス=ルージュ。
男の俺でさえ見惚れるような圧倒的な美貌を持つ白銀の吸血鬼が、俺を歓迎するように待ち構えていたのだった。




