第243話:救世主の空
《無人機たち、“アーティファクトの騎士”を主砲に近付けさせるな! なんとしてでも阻止しなさい!!》
――――発射の為にエネルギーを集束しつつある主砲【星間十字砲】を破壊する為に空中要塞『メサイア』の上部へと向かう俺を待ち受けるのは、百機にも及ぶ無人機の機影だった。
戦場で俺たちを襲撃した“竜の爪”のような姿をした『ワイバーン』とはまた別の意匠をした機体。球体を素体に上下左右前後に等間隔で騎槍のような円錐状の刺を装着した雲丹のような銀色の無人機。
《あれは全方位制圧兵器【サプレッションスフィア:エキヌス】! 気を付けて下さい、ラムダさん!》
《この……! 喋るなって言っているだろ人形が!!》
ノア曰く、どうやら戦場制圧する為の機体で、俺の予想が正しければ正面背後の概念の無い、刺のある方向全てが正面になる全方位対応型の無人機。
それが俺の行く手を阻むように大挙して押し寄せてきている。だが、全てを相手にしている時間は無い。こうしている間にも主砲は発射に向けて動いている。
「全武装、起動! 固有スキル【煌めきの魂剣】発動! 目標……複数補足! “星々の輝き”……退けェェーーーーッッ!!」
もう立ち止まっている余裕は無い。一気に道をこじ開ける為に全力を出す。
右手にルシファーから奪った荷電粒子砲、左手に自前のビームライフル、腰部に備え付けた可変銃、駆動斬撃刃、展開した胸部相転移砲や翼、固有による蒼い魂剣を撃ち出す一斉射撃を撃ち出して、目の前に群がる無人機を一気に蹴散らしていく。
撃ち出された弾丸は次々と無人機を撃ち抜いていき、装甲を損傷した機体は激しい放電と共に爆散して空を眩い爆発で彩っていく。
《くっ、流石は“アーティファクトの騎士”、火力だけならアケディアス様やグラトニス様にも引けを取りませんね……!》
《バアルお姉様、敵を褒めている場合!? このままじゃ主砲に到達されちゃう!!》
《…………私が出ます! ゼブルは主砲の制御を、味方を巻き込んだ責任は姉である私が負います! あなたは、あなたが信じたやり方でグラトニス様のご期待に沿いなさい!!》
《バアルお姉様……! ごめんなさい、迷惑かけて……》
響き渡る通信を聴く限り、どうやら俺を食い止める為に双子悪魔の片割れが出張ってくるようだ。
そして、攻撃を逃れた無人機たちも俺を撃ち落とそうと反撃に転じてくる。機体を高速回転させながら、装着された刺の先端から四方八方に撃ち出される赤色の光線の弾幕。
一斉射撃で半数の五十機を失っても尚、空域を覆い尽くさんとする光の雨が襲い掛かってきた。
「【行動予測】……! e.l.f.、駆動斬撃刃で援護を頼む! 時間が惜しい、俺の魔力をありったけ持っていけ!」
「承知しました、ご主人様! 駆動斬撃刃、射撃形態……発射!!」
撃ち出された弾幕の軌道を【行動予測】で確実に見切り、自身に直撃しそうな光線をe.l.f.が操る駆動斬撃刃の射撃で相殺していく。
激しい閃光を発する光線どうしの衝突、機体の爆発が彼方此方で光る中を俺は主砲に向けて飛翔していく。
「もうすぐ射程圏内だ! 間に合うか……?」
「――――させませんよ、“アーティファクトの騎士”!」
「なっ……!?」
だが、あともう少しで主砲に手が届く所で敵の魔の手が来てしまった。空中要塞『メサイア』の搭乗口から勢いよく飛び出して、いかにも重そうな棘鉄球を投げ付けて俺に攻撃を仕掛けたのはメイド服を纏った赤い長髪の悪魔。
側頭部から生えた魔性の“角”、嫋やかな印象を与える少し儚げな金色の瞳、背中からやや下向きに生えた蝙蝠のものに酷似した翼、腰部から生えた黒い尻尾、そして手にしたのは大の大人ほどの大きさはありそうな鎖付きの巨大な棘鉄球。
角の生えた“魔人種”の中でも上位に位置すると言われている『悪魔』と呼ばれた存在の女性が俺の前に姿を現していた。
「始めまして“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント。私の名はバアル=ベルゼビュート、偉大なる“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニス様に仕える側近に御座います……!」
「知っているよ、リリエット=ルージュから聞いている。魔界で好き放題暴れていた、不良も真っ青な“鏖殺姉妹”の片割れだってな……!」
彼女の名はバアル=ベルゼビュート――――魔王グラトニスの側近兼給仕係として仕える悪魔族の女性にして、かつて魔界【マルム・カイルム】で暴力の限りを尽くしていた高名な姉妹の姉だ。
歯向かう魔族を次々と叩き潰して腐敗した死体によるゴミ山を築いて魔族達を恐怖のどん底に突き落とした悪鬼羅刹。その悪名は『“吸血姫”レディ・キルマリア』と並び人間界にも轟いた程だ。
「私の名を知っていましたか、これは光栄の至り」
「グラトニスの世話係がのこのこと戦場に出て来やがって! 大人しく魔王城でふんぞり返っているのじゃロリ魔王の側に居れば良かったものを!」
「そういう訳には参りません! 私はグラトニス様よりこの空中要塞『メサイア』の全権を任されていますので……! さぁ、グラトニス様の『夢』に立ち塞がる“傲慢の魔王”よ、お覚悟を!!」
「時間が無い、さっさと済まさせてもらうぞ、バアル!」
ブンブンと鉄球を振り回すバアル。彼女の目的は主砲を俺から守ることで、どうやら退く気は無いらしい。
相手は魔王軍最高幹部【大罪】にこそ名を連ねていないが、轟いた悪名を鑑みれば実力は幹部にも引けを取らない筈だ。
《主砲【星間十字砲】、エネルギー充填率80パーセント! バアルお姉様、そんな小便小僧なんてさっさと倒しちゃって!》
「分かっています、ゼブル……! さぁ、擦り潰れなさい――――“地獄万力”!!」
凄まじい回転による摩擦で赤くなる程に発熱した鉄球はバアルの掛け声と共に大きく飛び上がり、そのまま悪魔の腕力で引っ張られた鎖によって加速しながら俺の方へと突っ込んできた。
鉄球の速度自体は速いが、【行動予測】がある以上避けること自体は容易だ。だが、ここで鉄球を避けても第二撃がすぐに飛んで来るだけだ。
ちんたら相手をしていては主砲の発射に間に合わない、一気に片を付けなければ。
「左腕大型兵装【巨人の腕】……装着!! 出力最大!!」
「ご主人様、避けないのですか!? あわわ……潰されるーーッ!?」
「真っ向勝負をお望みですか? 上等です、そのまま叩き潰して差し上げます……ハァアアアアア!!」
「行くぞ……! 包み込め――――“至天の鉄槌”!!」
左腕に全神経を集中して、迫りくる鉄球に呼吸を合わせて、迎え撃つように渾身の鉄拳を叩き込む。
拳と鉄拳の間で激しく迸る火花、ぶつかり合った衝撃の余波で吹き飛んで破壊されていく無人機たち、左腕を通じて身体中に走る激痛。
痛くて仕方が無い、すぐにでも拳を引っ込めて逃げたいぐらいだ。けれど、そんな事をすれば主砲によってみんなが消し飛ばされる。その苦痛の方がきっと何百倍も辛いだろう。
「ぐっ……うぉぉおおおおおお!!」
「馬鹿な……私の鉄球を圧していると言うの!?」
《エネルギー充填率90パーセント……! お姉様、負けないで!!》
「もう時間が無い……ご主人様、諦めないで!!」
もう何も失いたくない。俺の父親の代役を努めようとしてくれたオクタビアス卿が居なくなっただけでもう心が張り裂けそうだ。これ以上、大切な人を失いたくない。
護りたい……そんな細やかな“願い”は精神を動かす原動力になって、痛みに臆する心を麻痺させて、痛みに怯みそうな身体を軽くさせていく。
俺にはだいそれた『夢』なんて持っていない。様々な思惑を持った者たちを従えたグラトニスのような果てなき『夢』なんて持てない。
ただ、大切な人を護りたいだけ。その細やかな『夢』だけが俺を突き動かす。
「うぉおおお……砕けろぉぉーーーーッ!!」
「きゃあ……!? そんな……私の鉄球が……砕けた?」
《そんな……バアルお姉様の鉄球が……!?》
歯茎から血が流れるほどに歯を食いしばり、悲鳴をあげる臓腑を気合いで抑えつけて、全力で振り抜いた拳はバアルの鉄球を粉微塵にして破壊する事に成功した。
粉々になった鋼鉄の破片に驚きを隠せずに目を丸くするバアル、実の姉の本気が力及ばずに砕かれた事に狼狽の声をあげるもう一人の悪魔の声。だが、これではまだ決着には不十分だ。
「くそ……このままでは主砲が壊されて――――」
「【オーバードライヴ】、瞬間移動! じゃあな、バアル――――“衝撃鉄鎚”!!」
「――――なっ、きゃああああああ!?」
追撃を許す前にバアルを倒す。その為に全力を発動させた俺は瞬間移動で一気にバアルの前へと距離を詰めて、彼女の腹部に全力の右ストレートを見舞った。
バアルは防御をする暇も無く攻撃を受けて吹き飛ばされ、空中要塞『メサイア』の壁面へと激突して意識を失ったのだった。
《バアルお姉様!? しっかりしてバアルお姉様!!》
「が……ゲフッ…………」
そのままバアルは壁から剥がれ落ちて落下していった。魔王権能が発動していない以上死んではいないだろうが、トドメを刺す時間すら惜しい。
落下したバアルがそのまま地面に叩き付けられて死ぬか、それとも意識を取り戻して再び立ち上がるかは彼女自身の“運”に任せるしかない。
「来い、アーティファクト【ストームブリンガー】!! 出力最大、刀身開放! “クェイサー・ソードビーム”……構え!!」
地面へと吸い込まれるように落ちていくバアルから視線を逸らしつつ、俺が主砲【星間十字砲】の撃墜に向けて武器を構える。
手にしたのは【ストームブレイカー】、かつて機械天使アズラエルから拝借した大剣のアーティファクト。この大剣の長射程斬撃なら主砲に届く筈だ。
幸いな事に俺とバアルの戦闘の余波で周囲の無人機は全滅して、遠方にいる機体の攻撃が届くまで若干の猶予がある。仕掛けるなら今しかないだろう。
《エネルギー充填率……100パーセント!! バアルお姉様が稼いだ時間、無駄にするもんか!! 主砲【星間十字砲】……発射ッッ!!》
「させるか!! 斬り裂け――――“クェイサー・ソードビーム”ゥゥーーーーッッ!!」
《あっ……!? 主砲が斬り裂かれ……!?》
最大限までエネルギーを集束させた主砲は眩い光を砲身に溜めて発射されようとしていた。だが、俺の方が僅かに早かったようだ。
空を切り裂くように思いっ切り振り上げられた斬撃は主砲【星間十字砲】の砲身を切断。支えを失った主砲は落下を開始して、同時に放たれた光の弾は目標地点であるダモクレス騎士団の居る場所ではなく、もっと手前の死都シーティエンへと落下して爆ぜた。
《そんな……我が魔王軍の拠点である死都が……逆に壊滅させられた!? あたしのせいで……“アーティファクトの騎士”めぇぇ……!!》
魔王軍拠点である【死都シーティエン】を消し飛ばしながら立ち昇った十字架の光、その破壊を最後に空中要塞『メサイア』の主砲は破壊されて無力化された。
「最大の脅威は排除した! 行くぞ、e.l.f.、このまま『メサイア』に突入してノアを救出する!!」
《くっ……“戦闘用機械兵”機動!! 侵入者を排除しなさい!!》
そして、そのまま落下してきた主砲を躱しつつ、俺はバアルが出撃した搭乗口から空中要塞『メサイア』へと遂に突入を果たすのであった。




