第242話:ラムダ=エンシェント、受難の日《グッド・フライデー》
「――――と言う訳で、今からラムダ様にはこの“超弩弓”【受難ノ日】で空中要塞『メサイア』に飛んで貰い、そのまま主砲【星間十字砲】を破壊して頂きますー! さぁ、ラムダ様、お覚悟をー!」
「あっ……うごごごご……なんで俺がこんな目に……」
目の前を南北に横断する光の帯、“超弩弓”【受難ノ日】で空中要塞『メサイア』に“槍(※俺)”を撃ち出す作戦が決行されようとしていた。
“超弩弓”【受難ノ日】――――元は攻城戦で使用する弩砲、その中でも特殊な魔力で精製されたゴムの性質を帯びた弦で大型の爆弾を高速で撃ち出して『城壁を一撃で破壊する』事を目的としたグランティアーゼ王国の兵器の一つだったらしい。
それをノアがこっそりと持ち出して『大陸間弾道ミサイル発射装置』として改造していたらしい。
「この “超弩弓”【受難ノ日】ならマスターをマッハ10で射出出来ます! 空中要塞『メサイア』にたったの三十秒で到達出来ますよ!」
「要は“人間大砲”だろコレ!? 俺じゃなくても良いじゃん!!」
「他の方を飛ばしたらきっと飛ばした瞬間に圧力で四散して即死しますよ? 装甲で防御力カチカチで、心臓のアーティファクトでゴキブリ並の生命力を得たマスターにしか出来ない芸当です……って、ノア様が嬉しそうに言っていました」
「うわーーっ、あの阿呆め、最初っから俺を飛ばす前提で作ってやがるぅぅーーッ!!」
明らかに『ラムダ=エンシェントを撃ち出す前提』で開発されたであろうせいで【受難ノ日】の射出威力は『撃ち出した瞬間に常人ならバラバラに四散して即死するレベル』に仕上がっていた。
俺はこの場面で始めて悟った、ノアは間違いなく『サディスト』であると。誰かが空中要塞『メサイア』に突撃しなければならない、その為の手段を行使できるのはラムダ=エンシェントしかいない、なら選択肢は一つしかない。
「オリビア、助けて……! このままじゃ俺、飛ばされちゃう……」
「御主人様が今まで見せたこと無い情けない表情でオリビアに縋り付いてる……」
「ラムダ様……何を言っているんですか? ラムダ様が飛んでわたし達を助けるんですよ?」
「『なに言っているんだコイツ?』みたいな勢いでオリビアお姉ちゃんがラムダお兄ちゃんを突き放したのだ……」
「うぅぅ……生身でマッハ10で飛べっておかしいだろ……俺をなんだと思っているんだ……?」
「そら“鉄砲玉”やろうなぁ……ノアはん、ああ見えて人使い荒いからなぁ……」
アインス兄さんやオリビア達が全員、俺に『はよ飛べや』みたいな視線を向けてくる。
こうしている間にも魔王軍は近付いている。たしかにもたもたしていれば此処で戦いが発生してせっかくの 【受難ノ日】が壊される可能性が出てくる。そうなれば空中要塞『メサイア』に到達する手段が失われてしまう。
どうやら覚悟を決めるしかなさそうだ。
「あー……分かったよ、飛ぶよ、飛びます! その代わり空中要塞『メサイア』を無力化したら特別賞与を国王陛下に請求するからな!!」
「マスター、さっきネザーランドさんが拾ってくれた荷電粒子砲【明けの明星】を持って行って下さい。空中要塞『メサイア』の障壁を破るのに使える筈です!」
「あっ、ちょっと、なに当機の武装を奪ってんのよ! 他人のものを奪うなんて、やっぱり噂に聞いた通りの寝盗り男ね! 恥を知りなさい恥を!」
「お前に“恥”について説教なんぞ垂れられたくないわ! 固有スキル【ゴミ拾い】発動……これでお前のアーティファクトは俺の物だ! 残念だったな、ルシファー!」
リヴから受け取ったルシファーの荷電粒子砲【明けの明星】を固有スキルで自分の物にして右手に装備しつつ、頭部を装甲で完全に覆って出撃の準備を整えていく。
遠くから微かに聴こえる雄叫びがもうすぐ此処が戦場になることを物語っている。もう時間は無い、急いで飛ばないと。
「ラムダ、君の任務は『主砲【星間十字砲】の破壊』、『空中要塞の障壁の解除』、『ノアちゃんの奪還』、それと出来れば『アケディアス=ルージュの撃破』だ! 単騎での危険な任務になるが、よろしく頼むよ……!」
「私とワサビくんも動けるようになったらリリィ達と一緒に『メサイア』に向かうから……ノアちゃんをお願いね?」
「その代わり、君の仲間は私たちが命を懸けて守ると誓うよ。だから、安心して行ってきなさい……!」
「アインス兄さん……ツヴァイ姉さん……ありがとう。でももう少し俺を労って欲しいな……」
たった一人での空中要塞『メサイア』への電撃作戦、待ち受けるのは武装まみれの要塞と魔王軍最高幹部アケディアス。それらを掻い潜ってノアを救出するのは至難の業だが、“ノアの騎士”を名乗る以上、彼女を拐われたままなんて醜態を晒し続ける訳にはいかない。
アインス兄さんとツヴァイ姉さんの激励を胸に秘めつつ、俺は空中に浮かび上がって空中要塞『メサイア』を背中にしつつ【受難ノ日】の光の帯に正対する。
飛び方は簡単だ、光の帯を発射装置に見立てて、俺を自身を“玉”に見立てて、光の帯で自身を目一杯に引き絞って空中要塞『メサイア』へと飛べばいい。後は放たれた勢いを利用して、空中要塞『メサイア』が攻撃を仕掛けるよりも速く要塞の基部に突撃する……それだけだ。
「それでは空中要塞強襲作戦『神を殺す日』を開始する! ラムダ卿、我々の運命を貴殿に預ける……!」
「イエス・ユア・ハイネス! 任された以上はご期待に沿うてみせます、ヴィクター様!」
「それではマスター、“良い空の旅を”で〜♪」
「喧しいわ、ジブリール!! ええいままよ……やぁっってやるぜぇぇーーーーッ!!」
ヴィクター第一王子によって決行の旗は振られ、それと同時に背中のスラスターを最大まで吹かして俺は光の帯へと突撃した。
帯はまるでゴムのように靭やかに伸びつつも、元のピンと張った状態に戻ろうと抵抗を強めてくる。それを加速で抑えつけながら、空中要塞『メサイア』から距離を取るように俺は飛び続ける。
「待っててくれよ、ノア。今から迎えに行く……あと殴るからな!」
目の前で輝く光が“ギリギリ”と音を立てて軋んでいく。
もう少しで張力にも限界が訪れるのだろう。それでも、もっと射出の威力を高める為に飛び続けないといけない。
《マスター、魔王軍の“一番槍”が視認距離まで近付きました! 相手は“若獅子”ルドルフ=ヴォルクワーゲン、既に【受難ノ日】の存在を認識しています!!》
「ここいらが限界か……! 固有スキル【終わりなき黄金郷】発動……“黄金装甲”……! オクタビアス卿、どうか見守っていて下さい……! 行くぞ――――突撃ッッ!!」
そして、帯を引き千切れる限界まで伸ばし、装甲にオクタビアス卿が遺した固有スキルの黄金を被せた俺はジブリールからの通信を聴くと同時に加速を止めて、空中要塞『メサイア』に身体の正面を向けた。
スラスターと言う張力を失った帯は元の状態に戻ろうとし、その勢いに身を任せた俺は眼下で心配そうに見つめていたオリビア達をほんの一瞬だけ視界に焼き付けてから飛び出した。
「しまった、遅かったか……!? こちらルドルフ、空中要塞『メサイア』に“アーティファクトの騎士”が凄まじい速度で飛んでいった! 至急迎撃を、繰り返す、“アーティファクトの騎士”が空中要塞『メサイア』に向かったぞ!!」
俺に気付いたルドルフの緊急通信を微かに耳に留め、数万にも及ぶ魔王軍の戦士達を見下ろしながら、空中要塞に向けて一直線に飛んでいく。
「は、速すぎる……!? か、身体が……バラバラになりそうだ……!!」
全身を装甲で覆い、さらに黄金で塗装してもなお身体に空気の圧力が重くのしかかる。
身体が引き裂かれそうな痛みが襲いかかる、飛ばないほうが良かったと言う後悔が押し寄せる。けれど、目の前で徐々に大きく近付いてくる空中要塞にはノアが居る。
彼女を迎えに行くのは“騎士”である俺の務めだ。その意識だけが精神を強く支えて、重圧の中で俺を後押しし続ける。
「死都シーティエン……通過! 近くで見ると大き過ぎる……これが空中要塞『メサイア』か……!!」
飛び出してから僅か十五秒後、当初の攻略予定地だった死都を通過した。
ふと、一瞬で過ぎ去った廃墟になった亡国の首都に魔王グラトニスに敗れたグランティアーゼ王国の行末の『未来』を想像してしまい、目の前の山のように立ち塞がるの空中要塞に規格に息を呑んでしまう。
もし、俺が何も成せずに敗北して、アインス兄さん達も破れてしまえば、王都も滅ぼされてさっきの廃墟のようになってしまうのではないかと思ってしまう。
正直、ルクスリア=グラトニスがそのような無益な殺戮を愉しむ性格をしているとはもう思っていない。彼女は曲がりなりにも“筋”を通そうとしていた。かつての『勇者ミリアリア暗殺未遂事件』も“自身の脅威を事前に排除する”と言う理屈に沿ったものだった。
なら、『女神アーカーシャの破壊』を目論むグラトニスはきっと戦力を確保する為にもグランティアーゼ王国の住民を無駄に殺す事だけはしないだろう。そんな根拠のない確信が何故かあった。
けれど、魔王軍も一枚岩では無い。グラトニスの意に反してグランティアーゼ王国を滅ぼそうと動いた者が現れたらその瞬間に終わりだ。
だからこそ、俺は彼女の野望を全て砕かなければならない。祖国を護るために、其処に住む人々を護るために、俺の愛する人たちと一緒に生きる『未来』を護るために。
「荷電粒子砲【明けの明星】――――発射ッ!!」
撃ち出されてから三十秒後、頭の中で思考をぐるぐるとさせている間に俺は『メサイア』の下部へと到達していた。
目の前には見上げても頂上が見えないほど巨大な要塞がある。その要塞を覆う障壁にルシファーから奪った荷電粒子砲で撃ち、侵入する穴を開けて俺は突入する事に成功した。
障壁を越えた俺は要塞に激突しないように減速して、侵入口を見つける為に要塞の上部に向けて飛行を開始する。
《くっ……迎撃する前に侵入されましたか……! ゼブル、すぐに無人機を発進させなさい!》
《オッケー、バアルお姉様! 無人機発進、“アーティファクトの騎士”を撃ち落としなさい!!》
《ラムダさん、私は『メサイア』の管制室に居ます! 地図を送りますね!》
《チッ、余計な事をするな人形! アケディアス=ルージュ、何時まで寝てんの!? “アーティファクトの騎士”が侵入したわよ!!》
聴こえてきたのはノアの声と二人の女性の声、二人の声はグラトニスの側近である魔族バアルとゼブルのもので間違いないだろう。
そして、姉妹のどちらかがノアをぶったような音と共に『メサイア』の翼から無数の無人機が発艦され始めた。俺を迎撃するつもりなのだろう。
《バアルお姉様、既に“アーティファクトの騎士”が来たならもうダモクレス騎士団なんて壊滅させちゃお!》
《“将軍”たちが応戦しています! 主砲【星間十字砲】はまだ使うタイミングでは……》
《そんな悠長なこと言って、さらに侵入者を許せばグラトニス様の計画が水の泡よ、バアルお姉様! お姉様が発射スイッチを押さないならあたしが押すからね!!》
《待ちなさい、ゼブル! 味方が巻き込まれます……あぁ、なんて事を……!!》
そして、通信越しに聴こえた姉妹喧嘩の末に主砲【星間十字砲】の発射スイッチが押されたらしく、俺の目の前で主砲である黄金に輝く“聖杯”がゆっくりと起動を始めた。
盃を模した砲身はゆっくりと回転しながらエネルギーを集束し始めていく様子が分かる。このままでは再び死の光が放たれてアインス兄さん達も魔王軍のルドルフ達も消え去ってしまう。
「させるか! 俺が……俺がみんなを護るんだ!!」
迫りくる無人機、発射されようとしている主砲【星間十字砲】、残された時間はあと僅か。
 




